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リアクション
14:00 温泉復活
旅館・薫風全体に轟音が響く。
大浴場に張られていたお湯が、一瞬で吹き飛んだのだ、無理もない。
何事かと驚愕する縁の元に届けられたのは、温泉が復活するという連絡だった。
突然の轟音に客も騒然となったが、縁からその知らせを聞くと、客の期待も、従業員の士気も一気に高まる。
「早ければ後30分後にはお湯が来る、という話だけれど……」
正直な所、縁はまだ半信半疑だ。
しかし、盛り上がる皆の様子を見ていると本当であってほしいと願わずにいられない。
「ゆーかーりんっ!」
不意に、縁の背後から声がかけられた。
縁が振り返ると、そこに立っていたのはミルディア・ディスティン、和泉 真奈(いずみ・まな)、アルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)の三人。
「貴女達? いったいどうしたの?」
三人は防塵マスクを身に着けていた、服装も接客用の衣装ではなく、ツナギを身に着けている。
「あの、女将……大変申し上げにくいことなのですけれど……」
三人を代表して年長者の真奈が口を開く……
「お湯が戻る前に、お風呂の掃除が必要なのではないか、と……」
そう、温泉復活の知らせにすっかり舞い上がってしまって、忘れていたのだ。
……今の大浴場の有様を……
ジュレールのレールガンは狙いを寸分違わず命中した。
その弾道上にあった地面は半径50センチ程の半円形に抉れ、真っ直ぐな水路となっている。
そこを通って温水が流れ込んでくるという話だ。
流れる途中でお湯が冷めないようにと、上では今、水路に保温処置を施しているらしい。
だが、問題はその着弾点だった。
「あぁぁ、うちの大浴場が……」
あまりの惨状に縁はその場にへたり込んだ。
かつて湯船があった所は今、大きなクレーターとなっていた。まぁ、綺麗な円形なので湯船として使えないこともないのが唯一の救いだ。
そして、その湯船に張られていたお湯が一瞬で吹き飛ぶ程の衝撃によって、周囲は荒れ放題となっていた。
「これは……お、お掃除のし甲斐があるわね……」
目の前の惨状に衝撃を受けたのは縁だけではなかったようだ。
(防塵マスクって時点で、気付かなかったのは失敗だったわ……)
軽い気持ちで掃除の協力を申し出た事にアルメリアは激しく後悔した。
「さぁ、どんどんやっちゃお〜!」
やる気満点のミルディアが駆け出す。
周囲に散らばる土砂をものすごい勢いで片付けていく。
「まぁミルディったら、でもこの状況だとすごく頼りになりますわね」
ミルディアの仕事ぶりを満足げに見つめる真奈だが、いつまでも見ているだけ、というわけにはいかない。
「女将、気をしっかり持ってください、アルメリア様はこのホースをお願いします」
茫然自失状態の縁を揺り起こし、アルメリアに仕事を割り振る。
「え? あ、私ったらいったい何をしてたのかしら、お客さんが待ってるのよね、うん」
ようやく我を取り戻した縁もテキパキと作業する……この分ならなんとかなりそうだ。
そして30分後……
「うん、すっごく綺麗になった!」
おそらく最も多く働いたのだろう、自分の仕事の成果にミルディアは満足げだ。
「ふぅ、なんとかお客さんを入れられる状態になったわね」
縁もほっと一安心。
「うー……もうだめ……」
予想を大きく上回った労働量にアルメリアは疲れきっていた。
「ふふっ、皆様、お疲れ様ですわ」
念の為にと真奈が逐一点検していく、問題はなさそうだ。
一方その頃
上の方でも一通りの作業が終わったようだ。
「いよいよ温泉復活の瞬間か」
感慨深く紅蓮が呟く。
「せっかくだから、後で一緒に入ろうよ」
と芹菜。
『ここにいるみんなで』という意味だったのだが、誤解した紅蓮の顔が真っ赤になる。
「ふふっ、それは良いですね、では、主役の温泉に復活してもらいましょう」
博季が温泉の復活を宣言すると、誰からともなく拍手が起こった。
「さぁ、頼んだぞ、ミュリエル」
エヴァルトに背中を押され、ミュリエルが前に出る。
そこには、わざわざこのためにあつらえた水門があった。
「あ、開けますっ!」
緊張しながら水門を開けるハンドルを回す……非力なミュリエルの力でも簡単に回った。
水門が開き、お湯が勢いよく水路を流れていく……
巻き上がる歓声……旅館・薫風の名物である温泉が、今ここに復活したのだ。
「あれ……お兄ちゃん?」
流れていくお湯を見ていたミュリエルがふと首をかしげた。
「なかなか立派だったぞ、ミュリエル」
そんなミュリエルの様子に気付かず、満足そうに微笑むエヴァルト、親馬鹿状態だ。
「今、お湯と一緒に人が流れていったような……」
ミュリエルのその発言に気付いた者は誰もいなかった。
「ゆかりん、来た、来たよ、お湯が!」
興奮した様子でミルディアが叫ぶ。
まさに今、水路を通ってお湯が流れ込んできていた。
クレーターを改装した円形の湯船にお湯が少しずつ溜まっていく……
「うん……よかった……よかったよぅ……」
念願の光景に涙ぐむ縁。
これできっと、去ったお客さんも戻ってくる。
「よかったですね、本当に……」
そんな縁の頭を優しくなでる真奈……に思わぬ所からツッコミが入る。
「ちょっとそこっ、ワタシの役目を取らない!」
真奈からひったくるようにして縁に抱きつくアルメリア。
温泉を前にしたせいなのか、先程までの疲労感は綺麗になくなっていた。
「ゆかりちゃん、ワタシ達にはまだ、やらなければいけないことがあると思わない?」
「え?」
何かやり残しただろうか……と真面目に考える縁を脱衣所まで引っ張っていくアルメリア、慣れた手つきで縁の着物を脱がしていく。
「ほら、せっかくの着物がこんなに汚れてしまったわ、大変」
着物についた汚れを大げさにアピールするアルメリア、まるで通販番組のようだ。
「あ、でも着替えが……」
残念なことに縁は着替えを用意していなかった。
下着姿で心細そうに立ち尽くす縁。
(か、かわいいわ……)
胸に湧き上がる興奮を必死に堪えるアルメリア、平静を装い、真奈に声をかける。
「ゆかりちゃんの着替えがどこにあるかわかります?」
「はい、取ってきますね」
そんなアルメリアの内心に気付いていない真奈は素直に着替えを取りに出ていく。
……これで邪魔者(常識人)はいなくなった。
「あら、髪もこんなに汚れているわ……これは洗わないとお客様に失礼よねぇ」
と言いながら自分のツナギのファスナーを下ろす……もちろん中には何も着ていない。
「え、えーと……アルメリアさん?」
迫ってくるアルメリアに気圧され、後ずさる縁。
「ミルディちゃん、貴女もゆかりちゃんとお風呂に入りたいわよね?」
「うん、一緒に入ろうよゆかりん」
即答だった。
もっともミルディは単にお風呂に入りたいだけのようだが、これで状況は二対一。
と、そこで脱衣所の扉を開けてミナ・エロマ(みな・えろま)が乱入する。
「……ゆかりんの着物を持った真奈さんを見かけたので、もしやと思いましたが……あなた達!」
ミナの剣幕に思わず首をすくめるアルメリア……しかし……
「なんで私も呼んでくれないのですか! 水臭いですわ」
唖然とするアルメリアによくやったわとガッツポーズ、同類だった。
「い、嫌ぁぁぁ!」
二人によって縁の下着が剥ぎ取られたのは言うまでもない。
「ほら、ゆかりーん、温泉気持ちいーよー」
真っ先に湯船に飛び込んだミルディがはしゃぐ。
「ミルディ、湯船に入るのは先に体を洗ってからですわよ」
たしなめるミナ、温泉のマナーにうるさいのかと思いきや……
「ふふっ、そうよね、体を洗うのは大事だわ」
アルメリアの目が光る、見つめる先には縁がいた。
三人には既に晒してしまったとはいえ、己の貧相な体を気にしてタオルで隠している。
「もう、胸なんて気にしなくても充分魅力的ですのに」
ミナにしてみれば今のサイズがちょうどいいのだが……当の縁としてはもう少し欲しいようだ。
「そこを気にしているのが、かわいいんじゃない?」
とアルメリア。
そういう考え方もあるかも知れない、と関心するミナだったが……
「と、いうわけでゆかりちゃん、ワタシが体を洗ってあげるわね」
アルメリアが後ろから縁の体……それも胸を両手で掴む、モミモミ……
「きゃっ、な、何するんですか!」
「ゆかりちゃんは胸を大きくしたいんでしょ? 胸を大きくするにはやっぱりコレよね〜」
寄せたり上げたりしつつ、縁の小ぶりな胸を丁寧に揉んでいく……
「ちょっと、や、くすぐったい」
抵抗する縁だったが、アルメリアの手は縁の胸から離れない。
「離しなさい、ゆかりんが嫌がっていますわ」
ミナがアルメリアを引き離す、しかし本音は……
(この大きさが良いのに、大きくなんてさせませんわ)
キッとアルメリアを睨むミナ。
「なにもそんなに目くじら立てなくたって……」
しぶしぶ引き下がるアルメリア。
「だいたい、肝心の体を洗えてないじゃないですの……」
と言いながら自分の体に泡をつける、今度はミナが何かするつもりだ。
「か、体なら自分で洗うからっ、だ、大丈夫よ」
縁にミナが迫る。
「ゆかりん、これは私からの提案なのです」
真剣な表情でそう言われれば縁も聞かないわけにはいかない。
「今から私がやるようにして、ゆかりんがお客さんを洗ってあげる、というのはどうでしょう?」
そう言って縁に抱きつくミナ。
泡を纏った自分の体をスポンジ代わりにしているつもりのようだが……
「だ、ダメ、こんなの、絶対ムリだか、ら……」
ただの口実なのは明白だった。
どう考えても客相手にこんなことが出来るわけがない。
必死に抵抗する縁、泡のおかげでミナの体が滑る……抜け出すチャンスだ。
「今だ!」
体勢を崩したミナを振りほどき脱出する縁……だがしかし!
「ミナちゃん、ちゃんと洗わないとダメじゃない」
そこには先程ミナに邪魔されたアルメリアが待ち構えていた。
「か、体を洗うのはもういから、お湯に入りましょ、ね、ね?」
なんとか二人を落ち着かせようと、そう提案する縁だったが……
「それは、続きはお湯の中でってことですわね?」
自分の都合のいいように解釈するミナ。
「まぁ、ゆかりちゃんたら、そういうのが良かったのかしら」
アルメリアも同様の意味に受け取ったらしい。
さらに……
「なかなかお湯に入らないと思ったら、三人だけで遊んでる〜!」
放っておかれたミルディアが、わけもわからないままそこへ突撃する。
たちまちもみくちゃになる4人。
「きゃっ、温泉で暴れないで」
「ううぅ、重いですわ、どいてくださいま……ブクブク……」
「あら、ミルディさんもなかなか……」
「ちょっと、変な所触らないでよ〜」
温泉の中は今、すごい光景になっていた。
(あぁ、なんということだ)
声にならぬ叫びをあげる男がそこにいた。
エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)はすぐ近くで繰り広げられているはずの光景を見ることができない己の身を呪った。
彼は今、大浴場に置かれたダンボールの中にいる、目的は当然覗きだ。
本来そこにあるはずのないダンボールは怪しさ満点。
怪しすぎるものは逆に疑われないという心理を突いた完璧な作戦……のはずだった。
「もう、こうなったら、あたしもやっちゃうんだから!」
ミルディアの声が聞こえる。
(やっちゃう、ですと! なななにをやっているんです! 気になる! 激しく気になります!)
ダンボールに空けられている取っ手用の穴から見ようとするのだが、どうにも角度が悪い。
(もう少し、このダンボールがあと1センチ右に動いてくれれば……)
気合を入れるもダンボールはぴくりとも動かなかった。
と言うのも実は理由があるのだ……
……浴場の掃除まで時間は遡る。
(フフフ……まさか私がここにいるとは、誰も気付かないでしょう)
縁達が来る前から大浴場にスタンバイしていたエッツェル。
実の所、どう見てもバレバレだったりするのだが……その時は状況が違った。
(む、誰か来ました……気配を殺さねば……)
「さぁ、じゃんじゃん片付けるよー!」
近づいて来たのはミルディアだった。
周囲に散らばる瓦礫を拾い集めている……と、その最中でエッツェルのダンボールに気付いた。
「あれ、ダンボールだ……何が入っているんだろう」
(!!)
ダンボールに手をかけるミルディア……絶体絶命のピンチだ。
しかし……
「あれ? からっぽだ」
ダンボールの中には何も入っていなかった、正確には入っていないように見えた、と言うべきか。
(どうやら、引っ掛かってくれたようですね)
ダンボールの中でエッツェルがほくそ笑む。
簡単に発見されないようにダンボールは二重底になっているのだ。
「でも、これは便利かも知れない」
ミルディアがつぶやく。
(? 便利?)
確かにそのダンボールは便利だった……拾い集めた瓦礫の捨て場所として。
瓦礫がダンボールの中に次々と詰められていく……なかなかの重さだ。
(ちょ、やめてください! どれだけ詰め込む気ですか)
「あ、すっごい重たくなっちゃった……でもここなら邪魔にならないし、後で誰かに捨ててもらえばいっか」
詰めるだけ詰め終えるとミルディアは次の作業に向かっていった。
(お、重くて動けない……)
後に残されたダンボールが動くことはなかった。
そして今……
ダンボールの中で一人悶えるエッツェル。
(あの着物でガッチリ固めた女将のレアな裸体がすぐそこにあるというのに……)
いっそダンボールに穴を……それではダンボールが重さに持ちこたえられなくなる。
激しい葛藤がそこにあった。
しかし、そんなエッツェルの思惑などおかまいなしに、それは突然やってきたのである。
「きゃぁぁぁ!」
どこからか聞こえる悲鳴、その直後……湯船からお湯が舞い上がった。
「げほっげほっ! ……ここは?」
久世 沙幸が目を覚ますとそこはまだお湯の中だった。
水位は浅く、息をするのには困らないが、流れが速く自由が利かない。
「桜子? そういえば桜子は……」
慌てて桜子の姿を探す沙幸だったが、その左腕がひどく重たい事に気付く。
見ると彼女の左腕には桜子が、気を失いつつもしっかりと捕まっていた。
「よかったぁ……」
はぐれていなかった事に安心する沙幸。
「う、う〜ん……さゆきさん? ……ここは……」
桜子が意識を取り戻す。
目覚めた彼女が最初に見たのは心配そうに覗き込む沙幸……ではなく眼下に広がる風景。
二人が今流されているのはジュレールのレールガンで穿たれた水路だった。
勾配の急な岩山を貫くように伸びる水路の中を高速で流れ落ちる二人。
「たたたたかい! はぅぅ……」
恐怖から再び意識を失う桜子だった。
「ちょっと桜子、しっかりしてよぉ!」
だが桜子の心配をしている余裕はなかった。
……滝壺だろうか? 二人を流すお湯の流れの終着点が迫る……どこかで見たような気がするが、思い出している暇はない。
滝壺? はすぐそこだ。
「きゃぁぁぁ!」
悲鳴をあげる沙幸。
かなりの速度を保ったまま、二人は落ちていった。
「きゃぁぁぁ!」
どこからか聞こえた悲鳴に、縁達は気付く事ができなかった。
人間二人分の質量の着水により、湯船から周囲にお湯が飛び散る。
「な、何が起こったの?」
一人難を逃れた縁が周囲の様子を確認する。
……ミナとアルメリアがミルディアに興味を持った隙にその場を離れていたのだ。
「ぷはっ、うー、ひどい目にあったよ……」
数秒後、湯船に人が浮かんできた、悲鳴の主である沙幸だ。
続いて意識を失った桜子が浮かんでくる、ミナとアルメリア、ミルディアもだ……4人とも意識がなく、脱力状態で浮いている。
それはまるで……毒物を流した直後の川で魚が浮いてくるかのような、凄惨な光景だった。
「あれ? 女将さん? ここは……ひぃぃぃぃ!」
目の前に立つ縁と周囲を交互に見て、沙幸が悲鳴をあげて倒れる。
「よ、よくわからないけど、大変だわ」
浮かんでいる5人を介抱しないと……そう思った矢先、浴場の入り口が開く。
「女将……?」
……それは縁の着替えを持ってきた真奈だった。
「いったい、ここで何が?」
全裸で湯船に浮かぶ5人……惨状に言葉を失う真奈。
「……それは、私も知りたいわよ……」
力なくうなだれる縁だった。
意識不明の5人は急遽、近くの使われていない客室に運び込まれた。
幸いなことに5人とも気を失っているだけで、特に怪我などはないようだ。
責任を感じて、つきっきりで看病しようとする縁だったが……
「責任って……こっちが謝りたいくらいだ」
ミナが暴走しないように、と見張っていた泉 椿(いずみ・つばき)としては自分こそ責任を取らないといけない。
「でも私がもっとしっかりしていれば……」
一瞬、『どうにもならかったんじゃないか?』という考えが浮かんだが、首を振って追い出す。
「他の子はともかく、少なくともミナのやつは自業自得だ、そんなに気にしないでくれ」
そう言って縁を励ます。
「看病ならあたしがするから、女将は女将の仕事をまっとうしてくれよ、その方が皆の為になる」
廊下の方を見ると、従業員達が心配そうに覗き込んでいた。
みんな縁の方を見ている、決して倒れた人間だけを心配しているわけじゃない。
「でも……私……」
なお食い下がろうとする縁だったが……
「ほら、皆が待ってる、行った行った」
押し出すようにして椿が縁を外に出すと、出てきた縁の元に皆が集まってくる。
「ゆかりん、お客さんが早く温泉に入れろって言ってきてるんだけど……」
「女将、男湯と女湯はどうしますか? いっそ混浴という手もありますが」
「温泉の中でお酒を飲みたいという人がいるの、温泉内での飲食はどうしますか?」
「あの猫たちに餌をあげたいんだけど、ゆかりんは何をあげれば良いと思う?」
たちまち質問攻めだ。
「ちょ、ちょっと皆? そんな一度に言われても……」
「みんな、ちょっと女将がいなかっただけでこの有様なんです、ひどいでしょう?」
「でも私達には女将が必要なんですよ、指示を、お願いします」
まっすぐ縁を見つめる皆の視線が、縁に力を与える。
(うん、ここは私の旅館なんだもの、私ががんばらなきゃね……)
乾いてきた髪を結い上げ、気合を入れなおす。
「即席だけど、大浴場の真ん中に衝立を置いて男女に分けましょう、物置から取ってきてもらえる?」
「はい!」
「これ以上は待たせられないわ、10分で仕上げて、お客様にもご案内を」
「はい!」
「温泉用のお盆があるわ、飲食希望のお客様にはそれを配って」
「はい!」
「飼い猫なのだから飼い主に無断で餌を与えてはダメよ」
「は〜い……」
次々と指示を飛ばす縁の姿に、従業員達も活気づく。
そして……
「皆様、大変お待たせ致しました、当旅館の新しい温泉をどうぞご堪能ください」
高らかに宣言する縁の声に、温泉を待ちわびた客達から拍手が起こるのだった。
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