空京

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重層世界のフェアリーテイル

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第一世界・第3章「村人と会ってみよう!」
 
 
 調査隊の一部が幻獣とひと悶着起こしている頃、風森 巽(かぜもり・たつみ)は一人、空の旅を楽しんでいた。
「いい風だ……どこまでも飛んで行きたくなるな」
 彼は専用の装備に身を包み、大空を翔けるヒーローの姿となっている。
 胸部プロテクター付のライダースーツにブーツ、グローブ、マスク。更に赤いマフラーを首に巻いた巽。颯爽と村に降り立った彼は最早、巽ではない。そう、彼の名は――
仮面ツァンダーソークー1、新たな世界を切り拓く為、ここに参上!」
「……おったまげたなぁ、空から見た事もねぇ幻獣が降りてきたっぺよ」
「…………あれ?」
 
 新幻獣『ツァン・ダー』現る!
 
 そんな話題が小さな村を駆け巡っていたとか、いないとか。
 それはともかく。男の案内の下、無事に村へと辿り着いた調査団のメンバーは各々が気になる場所を調査する為に散っていた。
 木崎 光(きさき・こう)達が初めに向かったのは、この村の長の所だった。
「――って訳で、俺様達にこの世界の事を色々調べさせて欲しいんだ!」
「なるほど……話を聞く限り、あなた方は伝承にある『門』から現れた異郷の戦士と見て間違い無いでしょう。私達に出来る事であれば、協力させて頂きます」
 齢八十は超えているであろう老人がゆっくりと頷く。そのあっさりとした物言いに瀬戸鳥 海已(せとちょう・かいい)が違和感を覚えた。
「随分と簡単に信じるな? 俺達が言うのも何だが、変わった格好の奴らが大勢押しかけたらもっと警戒しそうなもんだが」
「変わっておるからですな。霧が晴れ、伝承にあった『門』が実際に現れたのです。ならば他の部分も信じられるというもの」
「『門』ってーと、俺達が通ったゲートの事か。現れたって言うのが気になるが」
「えぇ、自分達が見た限りでは平原の真ん中と、かなり目立つ位置にあったようですけどね」
 海已の言葉を神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)が引き継ぐ。あのような位置にある物がこれまで未発見だったとは考えづらい。それこそ急に出現したという事でも無い限りは。
「あなた方は知らないでしょうが、あの辺りには今まで霧が発生していたのです」
「霧、ですか?」
「ただの霧ではありません。中に入った者は途中で方向を見失い、いつの間にか元の場所に出てしまうという不思議な霧です」
「それは……まるで結界ですね。そして今はその霧は跡形も無く消滅している、と」
「左様。何年前になるでしょうか……平原の霧が消え、『門』が姿を現したあの日以来、私達は伝承が現実の物になると考えていたのです」
「ふむ……ご老人よ、差支えなければその伝承の内容を聞かせてはもらえぬだろうか?」
 今度はガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)が質問を行った。元の世界でドロシー・リデル(どろしー・りでる)から聞いていた伝承、それとどこまで差異があるのかを確かめる為に。
「私達の伝承にはこうあります。遥か昔、『大いなるもの』と呼ばれる存在がこの地を脅かし、異郷から来た戦士達がそれに対抗し、勝利を収めたと」
「こちらの世界で聞いた伝承と同じか……」
「そして、彼らの世界とを繋ぐ『門』が姿を現し時、大地にかつての光と闇が訪れる。光と闇、交錯する二つのうねりはやがて、賢者の下で一つの道筋を示すだろう、とも」
「光に、闇……光はドロシーの話にもあったが、意味合いは多少違うな」
「恐らく、伝承の方の光はドロシーさんの言う『光をもたらす者』、つまり自分達の事では無いでしょうか。そして闇は恐らく、蘇ろうとしている『大いなるもの』か、それに連なる者……」
 ガイウスに翡翠が自身の考察を述べる。この場にいる大半の者も同じ考えに至ったのだろう。後ろでは鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)が頭に手をやり、海已は顔をしかめている
「元々この世界への道が開かれたのは『大いなるもの』の封印が解けかけてるからって話だろ? つまり伝承からすると復活する闇、『大いなるもの』を光、俺達で再度封印しろって事なのか? えぇいっ、頭痛くなってきたぞ」
「全くだ……嫌な予感がするぜ。面倒事は遠慮願いてぇんだがな。だがこうなった以上、放り出す訳にはいかねぇけどな、鈴倉」
「まぁそれはそうだけど。村長さん、他にもいくつか質問させてもらっていいですか?」
「えぇ、構いませんよ。何からお話ししましょう」
 頷く村長に何人かが手を挙げる。まずは姫宮 和希(ひめみや・かずき)が質問をする事になった。
「この世界ってどんな所なんだ? 見た感じ剣と魔法の世界ってイメージだけど」
「剣と魔法……剣が武器を指しているのなら、そちらは普通に存在しますな。魔法の方は……一応存在するとは言われておりますが、王都の方で研究されている状態でして、実際に見た事はありません」
「王都って事は王様もいるのか、結構ファンタジー世界そのままっぽいな」
 和希が礼を言って引き下がる。次いで質問を行ったのはティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)だった。
「えっと、ボク達が来た『門』以外にも遺跡とかってあるのかな?」
「ありますよ。我々は聖域と呼んでいます」
「聖域?」
「伝承にもある、幻獣が生まれし地を指します」
 話を引き継ぐように、今度は黒川 信道(くろかわ・しんどう)新城 影継(しんじょう・かげつぐ)が村長に尋ねる。
「その幻獣とはどのような存在で、この村の方とはどういった関係性なのですかな?」
「見た所、我々の世界でも一般的な動物もいる様子。それらと幻獣の差異を教えて頂きたい」
「元々聖域は霧の中にあり、幻獣は伝承上の存在でした。それが数年前に突然霧が晴れ、彼らが現実の物となった訳です」
「つまり、幻獣と動物の違いはその霧が晴れる以前には確認出来ていなかった生物と、そうでない者という事ですな」
 信道が顎に手をやりながら下がる。彼と影継は今後大平原で幻獣の調査を行う際、どのような点に気を付けて調査をするべきかを考え始めていた。
「そういえば……伝承上って事は、その霧が晴れるまで実際に幻獣を見た人はいなかったって事ですか?」 
 水上 光(みなかみ・ひかる)が思いついたように手を挙げる。それにしては急に現れた未知の生物とでも言うべき存在に対し、村長の態度は落ち着いているように見えた。
「いえ、あくまで文献と口伝にはなりますが、ごく稀に霧を通り抜け、聖域へと辿り着いた者がいると伝えられています。あなた方『門』から現れた方々を受け入れた一つの理由には、そうした者達が語った聖域についての内容と、受け継がれている伝承が合い、更に霧が晴れた事で実際に存在が確認出来たからという事もあるのです」
「なるほど。実際に霧を越えた人は今もこの村に?」
「残念ながら、私の先祖が聖域に辿り着いたという記録を最後にここ500年ほどは現れておりません」
「そうですか……ん? どうしたの、モニカ?」
 質問を終えて引き下がろうとした光が目を輝かせているモニカ・レントン(もにか・れんとん)に気付く。何となく想像はついているが。
「あの、その方々の中で、幻獣との愛を貫いた方はご存じ?」
 やっぱり、と光が頭を抱える。モニカは愛を信じ愛のために生きる少女ではあるが、まさか――少なくともここまで光が見て来た限りでは――人ならざる幻獣とまで愛を広げるとは、と。
「そうですな……聖域から幻獣を連れて帰ったという記録は残っておりませんが、霧に入ったきり帰って来なかったという話はあります。彼らがどうして戻って来なかったのかは定かではありませんが、もしかしたらその中に自分の意志で聖域に留まった者がいるのかもしれません」
「あぁ……きっとそうですわ。愛は種族も、世界さえも超えるんですもの!」
 更に目を輝かせるモニカに対し、光は最早ため息をつくしか無かった。
 
 質問を終え、一旦村長の家から出た調査団のメンバーはそれぞれ村内での情報収集に移る事になった。手始めとして、村長から村と周辺の地図をもらった翡翠が山南 桂(やまなみ・けい)にそれを手渡す。
「では情報の取り纏めは桂さん、あなたにお願いします」
「分かりました。他で活動している方にも後で記録を渡しておくとしましょう」
「頼むぜ、俺とガイウスはせっかくだから村で手助けが必要な場所が無いか見てくるわ」
 桂の肩を叩き、和希達が村の奥へと向かう。それに伴って他の者達も各々行動を開始した。
「さて、それじゃ俺様達は村の皆との友好をブッ壊す奴がいないか回ってくるか。行くぜラデル!」
「あ、あぁ……」
 和希達とは反対の方向に向けて木崎 光が歩き出す。ラデル・アルタヴィスタ(らでる・あるたう゛ぃすた)はその背中を茫然と見つめていた。
(あ、あの光が、物事にはソニックブレードをかましてから当たる光が、何事も無く村長との挨拶を終えてまともに働いてるだって……?)
 光=暴走正義ヒャッハーという図式が成り立っていたラデルにとって、今の状況は信じがたい物に見えた。心なしか、寂しさすら覚えている。
(え、何? あの疲れるツッコミをしなくて良いだけなのに、何でココロに風が吹いてるの……?)
 そこから導き出される物を首を振って消し去ると、ラデルは急いで光の後をついて行った。ただ一人村長宅前に残ったティアは姿を見ないパートナーの事を思い出す。
「そういえば、空飛んで先に来てるはずのタツミはどうしたのかな?」
 
「コラー! お前、村の皆をいじめるな! この悪め!」
「ち、違う! この人達が我を幻獣と間違えるから、誤解を解こうと――」
「問答無用! ヒャッハー!」
 
「あ」
 
 
 村の一部で小さな騒ぎが起きていた頃、食堂兼酒場を経営している小さな店ではエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が情報収集を行っていた。
「なるほど、魔法はこの世界の人にはほとんど馴染みは無いのか。それじゃあもし怪我をした時なんかはどう治療しているのかな?」
「えっと、この近くに切り傷に良く効く草が生えているので、それで……」
 エースが元の世界から持ってきた一輪の花を受け取り、若干顔を赤くしながらウェイトレスの少女が答える。彼女にメシエが携帯で撮影した付近の植物の画像を見せると、次々に切り替えられる画像の中から一つを指差した。
「あ、これです……凄いですね、いくつもの花の絵が出てくるなんて、不思議な箱です」
「なるほど、こういった物は存在しない世界か。パラミタに似ているようで違う、興味深い世界だよ」
「そうだね。食事とかはどうなのかな?」
 エースの視線の先では、料理担当でもある店主と東雲 絵砂(しののめ・えすな)弛神 毬(ゆるかみ・まり)の二人が話し終わった所だった。こちらに戻って来る絵砂達は実りある話だったのか、笑顔を浮かべている。
「言葉の問題が無かったのと同じで、料理も共通点が多く見られました。地域性によるアレンジの違いといった感じですね」
「いくつかはレシピも教えてもらったよ。後で買い物して、パラミタに戻ってからも作れるようにしたいな」
「わたくしは美味しい紅茶があれば嬉しいですね。ただ……通貨まで同じとは思えないので、そこは何とかしなければなりませんけど。あら? どうされました、ナギさん?」
 絵砂が振り向くと、そこにはマエダ ナギ(まえだ・なぎ)が立っていた。心なしか楽しそうだ。
「あのね、この近くに神殿があるんだって!」
「神殿?」
 突然の事に首を傾げる絵砂達の為に前田 風次郎(まえだ・ふうじろう)が補足に現れる。
「秘宝や財宝についての情報を集めてみた。どうやら聖域と呼ばれる所の中央に古代の神殿があるらしい」
「なるほど……ナギさんはそこで見つけた財宝でお買い物をすれば、と」
「俺は財宝その物には興味無いがな。ただそこに胸が高鳴るような探検が待っているか……それさえあれば場所も、世界すらも気にはしない。そんな訳で俺達は先に失礼する。探検の準備をしなければならないんでな」
「あ、ふーじろう! それじゃあ皆、またね〜!」
 店を立ち去る風次郎達を見送る四人。エースは彼の残した言葉を再び頭に思い浮かべていた。
「神殿……幻獣がいる聖域の、中心にある建物、か……」
 
 
「――とまぁ、この世界には魅力と危険が一杯、だそうだよ」
 村の片隅、見張り台の上にいる白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)の下に戻って来た松岡 徹雄(まつおか・てつお)が、独自に集めて来た情報を伝えた。待っている間ずっと大平原の方を見ていた竜造は、その報告を聞いて薄く笑みを浮かべる。
「『大いなるもの』の復活か。話には聞いてたが本当なら面白れぇ事になりそうじゃねぇか。邪悪な存在だとか言ってやがるが、人か、獣か、何であっても愉しみだぜ」
(やれやれ、やっぱりこういう反応をするんだねぇ。ま、今に始まった事じゃないけど)
「後は……神殿っつーとあの向こうに小さく見える奴か。あの辺が聖域だとして、今は随分広い範囲に幻獣がいやがるな」
「ちなみにその幻獣についても一つ。基本的には大人しい幻獣なんだけど、最近――」
 徹雄の言葉を聞き、笑みを大きくする竜造。どこか、空気もざわめいているような気がした。
「……ククッ、そいつは面白そうだな。幻獣の――狂暴化か」