空京

校長室

【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)

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【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)
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リアクション


エンディング〜それぞれのあした(3)

 祝賀会特設ステージでマイクを片手に、パフォーマンスよろしく司会をバリバリとこなす自称フリーライター。
「みんなー! ノッてるー!」
「うおおおおぉぉ! まゆりたーん!」
「そこぉ! たんとか言わない、たんとか!」
 なにやら、カナンの兵たちも羽目を外して騒いでいる様子が目についた。
 テーブルでラーメンと呼ばれる日本食を食べながらほほ笑ましそうにその様子を見やっていたのは、シャムスの妹――エンヘドゥである。一緒にラーメンを食すのは、ともに戦ってきた友人たちだった。
 もっとも、エンヘドゥから言わせれば「戦ったというより助けられた」わけだが……横で麺をお上品にお食べになる亜璃珠や、正面のほうで、朱里とラブラブで見せつけやがってコンチクショウな感じで一緒に食事しているアインたちが言うには、彼女もまた立派に戦った仲間らしい。
 そんなことを言ってくれる友人たちが、とてもかけがえのないものに思えた。
 ふと、エンヘドゥは、我が姉が誰かと話しているのを見た。確か……沙鈴と言ったか。駱駝を傍らに従えた二人は、その背を撫でながら楽しげに会話している。シャムスの駱駝は友人から借り受けたものという話だったが、もしかして鈴のものだったのだろうか?
 エンヘドゥがそんなことを考え、鈴のもとに良玉がやって来たそのとき、ステージのパフォーマンスに最高潮に達しようとしていた。
 というか、もう色々とめちゃくちゃだった。『酒飲み大会リベンジマッチ戦』と書かれた横長の垂れ幕の下で、シニィと南カナン兵たちが何百本という酒瓶を前に壮絶な戦いを繰り広げている。どうやら南カナン兵VSシニィの構図のようだ。次々とダウンしてゆく兵士に対して、シニィはケラケラと笑うばかりで楽しそうにお酒を飲み続けていた。
 そんな楽しそうな祝賀会――と言っていいのかこれは?――の姿を見ていると、エンヘドゥも自然と笑みがこぼれる。そんな彼女の傍では、最後の最後まで彼女を助けようと必死になっていた正吾も、一緒に笑っていた。
「ねえ、正吾……」
「ん……?」
「助けてくれて……。…………ううん……私を……護ってくれてありがとう」
 心の底から、そう思う。あのとき、死を覚悟した自分を護ってくれた彼を。約束を果たすために、爆発の中に飛び込んだ彼を。エンヘドゥは、とても誇りに思う。彼もまた、かけがえのない友人だ。
 正吾が何かを言いかけたそのとき、エンヘドゥはステージの近くにいたルシェンたちに呼ばれて席を立った。
「お、おい……美那……!」
 思わず口に出たのは、そんな言葉。
 エンヘドゥは少し悪戯な笑みを浮かべて、振り返った。
「私の名前はエンヘドゥ! 泉美那は……もういないですよ!」
 そう言い残して、彼女はルシェンたちのもとに向かった。
 してやられた……といった顔で苦笑する正吾。レジーヌ、それに姉であるシャムスたちと一緒に幸せそうに笑う彼女を見て、彼は改めて思った。
「……よかった」
 ――と。



「これまではネルガルという共通の敵がいたから結束できていた。でもね、」
 屋台が並び、人々の笑い声が沸き交っている。「私も民と一緒に」と会場を訪れたイナンナには、当然衛兵も帯同している。
 帯同の理由は『衛兵の一人として』でも藤林 エリス(ふじばやし・えりす)は友として彼女に言っていた。
「文化と経済の急速な発展は人々から信仰心とモラルを失わせることがあるから―――って聞いてる?」
 突然イナンナの姿が消えた…… ではなくその場に屈み込んで、子供たちから差し出された水飴を受け取っていた。
「聞いてますよ。続けて下さい」
「だ、だから! ネルガルに力を利用されていたとはいえ、国を砂漠化したり民を石化刑にしたのは他ならぬイナンナ、あんた自身の力よ。あんたは自分の力が引き起こした事態の結果責任を取らなきゃいけないわ」
「なるほど、確かにそうね」
 イナンナは子供たちに貰った水飴を「たくさん貰いましたから」と衛兵たちに分けようとしているし、パートナーのアスカ・ランチェスター(あすか・らんちぇすたー)は「違うのよ、エリスちゃんはイナンナちゃんの事が心配だから言ってるだけなのよ」なんて衛兵に言ってるし。
「政治的引責を明確にする為にも、今後のカナンの統治は、政教分離してイナンナは神事に専念するべきだわ」
「違うのよ、ほら、ツンデレなの、心配してるからこそ強く言っちゃうみたいな、ねっ、そう、そうなのよ」
 なぜだかアスカが必死になって衛兵に言っていた。何なの? そんなに衛兵たちと仲良くなりたいわけ?
「国の統治はこれまでも各領主に一任していたし、私はそれを取りまとめているだけ。それはこれからも変えるつもりはないわ」
「でも……」
「そうね、私たちが変わらなきゃいけないって事は分かってるわ」
「イナンナ様だけではありませんわ」
 イオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)は静かな笑みで。
「変わらなくてはならないのは民も同じです。ネルガルの造反は決して許される事ではありませんが、そう感じさせるだけの何かを強く感じてのことでしょうから」
 動機は知っている。ネルガルの思想も彼の死に様も当然、イナンナの耳に入っている。
 自分を裏切り、あれだけの凶行に走らせた。責任は当然自分にもあるという想いは今はまだ胸の内に押し込めている。
「千年ごとの厄災、もあるんでしょ?」
 そう切り出したのは宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)だった。
「よく調べたわね」
「全然よ、分からないことだらけ」
 今回のネルガルの造反が厄災にあたらないとしたら。また今回のように人が起こした国の破壊も厄災と成り得てしまうのならエリュシオンといった外敵による侵攻がそれにあたる可能性だってある。
「エリュシオンですか」
「えぇ、ネルガルは接触を図っていたようですけど。なにか心当たりはありませんか?」
「いいえ。でも無視できない問題であることは間違いありません」
 彼女は最後に「何もかも、これからですわ」と瞳をキッと引き締めた。手に水飴を持ちながら。
 雑多の中で何という会話を……という気もするが、活気に満ちた場だからこそ自然の防壁が声の拡散を抑えてくれるという効果もある。今やみんなして水飴を手にしている事はご愛敬。
 国の在り方や復興と方針。検討すべき問題と事柄は山のように、この国に降り積もった砂の如しに大量多量膨大にある。
 それでも今このときだけは、笑っていても良いですよね。



 各地で開かれている戦勝祝賀会の盛況ぶりは、社のつないだ基地局のネットワークで北カナンにも届いていた。
 その声に耳をすます人、ステージに飛び入り参加して千尋と一緒に歌を歌っている人、談笑している人……特にラーメン屋台が、想像以上に繁盛していた。初めての異郷の味がどこまで受け入れられるか、ちょっと心配な部分もあったのだが、思いのほかカナン人の口に合ったらしい。誠治とヒルデガルトの2人は、もう何時間も休憩なしにてんてこまいしている。特に誠治が。
 鉢の回収、洗浄、具材の追加やわりばしの追加などは、助けを買って出てくれた仲間たちでもなんとかなるが、ラーメンの味を決める大事なところは誠治にしかできないのだから仕方ない。
(あとで手伝いに行ってやるかぁ)
 社は満足げにうんうん頷きながら、手元のスイッチをパチンと入れた。
「よっしゃあ〜ノってきたでーっ。こうなったら今日は朝まで無礼講やーっ!!」
 ますます盛り上がりを見せる祝賀会場に、上機嫌な社のアナウンスが響き渡る。
 そのにぎわいは、朝がきても薄れる様子は見せなかった。