空京

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戦乱の絆 第二部 最終回

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戦乱の絆 第二部 最終回
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リアクション

 
空中ドック内部・1
 
 その欠片を手にして、源 鉄心(みなもと・てっしん)は、深い溜め息を吐いた。
「……何が見えました?」
 パートナーのヴァルキリー、ティー・ティー(てぃー・てぃー)が訊ねる。
「……小さな欠片だしな……。何も見えなかった」
 カンテミールが最後に残した、彼の部品。
 それに鉄心は、サイコメトリを使ってみたのだ。
 何も見えなかった。脳裏に浮かぶ、映像は何も。
 ただ、最後の最後、その死に際に、シャムシエルへの――ミルザムへの、深い愛情が伝わってきた。
 それだけだ。
「……そう、ですか……」
 ティーは目を伏せた。
 その目から、静かに涙が零れ落ちた。



 太平洋上空に浮かぶ空中ドックは、厳戒体勢で護られている。
 シャムシエルは、シャンバラのイコン部隊とF.R.A.G.隊との戦闘の隙をつき、水中仕様のイコンで真下まで近付いた後、イコンを捨てて一気にドック内に飛び込んだ。
 最下層から、制御装置を目指すシャムシエルを、ドック内で警護にあたっていた契約者達が迎え撃つ。

「今の内です、玖朔さん!」
 シャムシエルと別行動となっていた霧島 玖朔(きりしま・くざく)は、後を追って空中ドックに向かい、その援護の為に、水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)は、魔王尊を駆り、ノイズ・グレネードで牽制をかけつつ一気に近付いて、彼をドック内に侵入させた。
「助かったぜ!」
 礼を言って、玖朔はドック内へ、シャムシエルを追って行く。
 それを見送る睡蓮に、ドック上部の甲板から銃撃が向けられた。
 F.R.A.G.機ではないことで、ここまでの接近を許したが、流石に味方機でないことは知れたのだろう。
 機体の操縦を担当するパートナーの機晶姫、鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)は、素早くその場から飛び去る。
「……玖朔さん……」
 無事、彼が目的を果たした後は、再び彼等を回収に来るつもりだが、そうでなければ、と、睡蓮はドックを睨み付けた。
 玖朔は、シャムシエルを説得するつもりだ。
 だが、それが叶わないなら、睡蓮は、ドックの外からでもシャムシエルを撃ちたいという気持ちだった。
「……これ以上、玖朔さんを惑わさないでくださいね、シャムシエル……」


 ぼこり、と、肥大化したシャムシエルの腕、その手のひらが、盛り上がる。
 それはもがれるように床に落ち、どんどん膨れ上がりながら、人の形を成していく。
 シャムシエルの形だ。
「……はあ……っ」
 次々にクローンを造り出しながら、シャムシエルは苦しげに息を吐いた。
「大丈夫? 辛そう……」
 辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)のパートナー、ハーフフェアリーのアルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)が心配そうにそう言って、シャムシエルに睨まれ、びくりと身を竦めて刹那の後ろに隠れた。
「……最初から無理をしすぎではないか?」
 クローンを生み出すごとに、シャムシエルの疲労が増して行く。
 それを見ていた刹那が警告する。
 クローンを生み出すことは、シャムシエルを酷く消耗させるのだ。
 それに、疲労だけではない、と刹那は感じとっていた。
「制御装置を奪う前に、倒れてしまっては元も子もないじゃろう」
「ボクは倒れたりなんてしない。だらだらやるのは性に合わないよ」
 シャムシエルはきっぱり言い放った。

「シャムシエル!」
 そこへ、呼ぶ声がし、反射的にシャムシエルクローンが身構える。
 ディテクトエビルや、パートナーの英霊、伊吹 九十九(いぶき・つくも)の追跡の特技などをフル活用し、彼女を発見した玖朔が駆けつけて来ようとして、だが彼は、その間に立つシャムシエルクローンに、はっとして立ち止まった。
「ちっ……!」
「また出たわね」
 九十九が苦笑する。
「邪魔だっ!」
 玖朔は躊躇わずに、シャムシエルクローンにファイアストームを放った。
「ああっ!」
 攻撃を受けるクローンを見て、アルミナが声を上げ、シャムシエルは表情を歪める。
「……ボクのクローンに、何すんの」
 その凄惨な表情に、玖朔も眉をひそめた。
 いつものシャムシエルではない、と、感じる。
「……もうやめろ、シャムシエル」
 諭そうとする玖朔を、シャムシエルは冷たく見遣った。
「これはお前の為でもあるんだ! 制御装置は――ぐっ!」
 玖朔は言葉を詰まらせた。
 肥大化したシャムシエルの腕が、玖朔の喉を掴んだのだ。
 そのまま片手で持ち上げられ、玖朔は顔をしかめる。
「なるほどね。味方のフリして近付いて、そういう魂胆だったわけ」
「違……聞け、シャ……」
「霧島!!」
 駆け寄ろうとした九十九に、シャムシエルは玖朔を投げつける。
「がはっ!」
 激突した玖朔諸共に倒れこんだ九十九は、玖朔の胸元から腹部に、袈裟懸けに斬られた傷を見て、はっとして身を起こした。
「裏切り者、なんて、言わないよ」
 もう片方の手に持った剣から、血が滴っている。
 シャムシエルは、冷たく笑った。
「最初から、信用なんて、してなかったからね」


「見付けたぜえ」
 愉悦に満ちたその声に、ティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)は振り向いた。
「……あなたですか」
 眉をひそめるティセラに、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)はにたりと笑う。
「さあ、雪辱戦といこうじゃねえか」
「今は、そんなことをしている場合ではございませんわ」
「は! 世界崩壊の危機ってやつか!? 生憎だが俺には関係ねえ。
 世界救済なんてなぁ、いい子ちゃんどもにやらせておけばいい。
 ああ、こんな安くて脆弱な世界、一度ぶっ壊して作り直してもいいんじゃねえか?」
 げらげらと笑って、竜造は長ドスをティセラに向けた。
「護りたい奴は勝手に護ってな! 俺は俺、最後まで俺だ!」
「……何故、そうまでして、わたくしを倒したいのです」
 星剣を抜きながらも、その執着に対し、ティセラは疑問を向ける。
 彼とは、以前にも戦ったことがあった。倒れ伏しながら、まだ、諦めていなかったのか。
 何が彼をそこまでかきたてるのだろう。
「理由が必要か? 強者との死闘が欲しい。てめえが気にくわねえ。前にも言ったな。人形のくせに」
「わたくしの存在が、許せない、と」
「そういうことだ。さあ、世界が滅ぶまで殺しあおうぜぇ!」
 正面から斬りかかる竜造を、ティセラは受け流しながら背後に回った。
 竜造は、踵を返しつつも前に飛ぶ。
 しかし、空けた距離よりティセラの射程が長く、構えた腕を斬り裂かれた。
「ちっ!」
 腕を代償に、剣先をかいくぐり、長ドスを突く。
 ひら、と、ティセラの髪が一房、宙に舞った。
「……あなたに、倒されるわけには、まいりませんわ」
「ぐっ!!」
 腹部に焼けるような痛みを感じて、竜造は膝を付く。
 ティセラはそれ以上攻めようとせず、ずっと様子を窺っていた、竜造のパートナー、松岡 徹雄(まつおか・てつお)の方を見る。
「……てめえ、ふざけんな……!」
 これで終わるつもりか! と竜造が叫ぶと、ティセラは静かに言った。
「あなたにも、あなたの存在を許してくださる人がいるはずですわ。その方に免じます」
「何だと……!」
「……誰に存在を許されなくても、たった一人、その方さえが許してくだされば、生きていける」
 そういう方に、わたくしは、巡り会えたのです。


 それはシャムシエルによく似ていたが、明らかに本人ではない、と解る容貌だった。
「クローンか!」
 武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が、身構えながら言うと、シャムシエルクローンは、彼を見てにやりと笑った。
「やだなあ。失礼なこと言わないでよ」
「……シャムシエル……!」
 クローンであると解っても、セイニィが、苦い表情で睨み付ける。
 それに気付いて、シャムシエルクローンは、もう一度笑った。
「あれ、なんか、見た憶えのあるようなコがいるね」
 感情を逆撫でするような言葉に、じゃっ、とセイニィが双剣を抜き払う。
「いいよ、相手したげる」
 言うなり、シャムシエルクローンは素早い動きで攻めこんだ。
 牙竜が横から、その攻撃を払う。
 払われても構わず、シャムシエルクローンは攻撃を仕掛け、それをセイニィが受け流した。
 続く怒涛のような攻撃を凌ぎきると、シャムシエルクローンが一旦飛び退いて距離を取る。
 そこへ、牙竜のパートナー、機晶姫の重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)が、レーザーガトリングを放った。
「うわっ、と!」
 避け損ねて踏み留まり、両腕を構えるシャムシエルに、リュウライザーは撃ち続けながら接近して、ダメ押しのミサイルポッドを発射する。
「うわ……!」
 爆音が響き、天井や壁、床が破壊されて瓦礫が飛散し、牙竜は片膝を付いて凌ぎ、飛んで来た鉄塊を、セイニィは身を竦めて避けた。
 砂塵の舞う中、シャムシエルクローンの姿は見えず、セイニィは崩れた床から下を見ようと身を乗り出した。
「シャムシエルはっ!?」
「ここだよっ」
 砂塵の中から、片腕を潰されたシャムシエルが、それでも戦意を失わず、飛び出す。
「させない!」
 だが、そこを待ち構えていた牙竜が、その背後からグレートニャッツを振り下ろした。
「はうっ!」
 動きを止めるシャムシエルクローンを、セイニィが蹴り飛ばす。
 倒れたシャムシエルクローンに、牙竜がとどめを刺した。


「……セイニィ」
 シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)は、躊躇ったものの、やはり言うことにした。
 セイニィの心情は理解できる。最終的に決めるのは彼女だ。
 その決断に、自分は従おう。
 けれど、やはり、伝えるべきだ。
「何?」
 セイニィが振り返る。
「……シャムシエルは、殺してしまうべきではないと、私は、思います」
 ぴく、とセイニィの表情が固まる。
「冷静に考えて、シャムシエルの存在は、ゾディアックの力を使う為の切り札になるかもしれません。
 それに……」
 カンテミールの計画では、シャムシエルが女王となり、ゾディアックの力を使うことができるはずだった。
 ウゲン・タシガン(うげん・たしがん)は、切り札と成り得るシャムシエルを、この局面で、世界の繋がりを望む者の手で倒すことによって、その切り札を自ら失わせようとしているのではないだろうか。
 理屈を言えばそうだ。だが、シャーロットの思いはそれだけではない。
「……セイニィが、カンテミールやシャムシエルのことを快く思っていないのは承知の上です。
 シャムシエルを止める為に……救う為に、力を貸してくれませんか?」
「…………」
 その真摯な瞳に、セイニィは一瞬呑まれたようになり、それからじっと見つめ返して、少しして、笑った。
「わかったわ。……シャーロットが、そう言うなら」
「……ありがとう」
 酷な選択をさせたと思う。
 それでも、そう言ってくれたことが嬉しくて、シャーロットはほっと安堵の息をついた。

「いいのか?」
 牙竜が、セイニィの心を案じて訊ねた。
 長く続いたシャムシエルとの因縁を終わらせる、これが最後のチャンスだと牙竜は思う。
「うん」
 思いの外、後悔の感じられない表情でセイニィは答えた。
「シャムシエルは……いつまでも、子供のままだと、思う。
 でもわたしは、少しは大人になったのよ」
 これでもね、と胸を張った。

「どうすればシャムシエルをモンスター化から救って、説得できるかはわからねぇけど……、その為にはまず、シャムシエルを止めないとな」
 シャーロットのパートナー、呂布 奉先(りょふ・ほうせん)が、そう言って先を促す。
 ……それに、セイニィには過去ではなく、未来を選んで欲しい。
 言葉にしなかったシャーロットの思いを受け、セイニィが未来を選んでくれたことが、奉先は嬉しかった。


 空中ドックの護りの要は、エネルギー制御装置である。
 シャムシエルの動きを追って随時ドック内を移動する者も多い中、赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)は、制御装置の防衛についた。
「ここまでシャムシエルが入って来たら、相当まずい事態になっちゃうとは思いますけどねえ」
 レティシアは肩を竦めた。出番が来ないことを祈るばかりだ。
「ふむ……」
と、霜月のパートナーの魔道書、グラフ・ガルベルグ著 『深海祭祀書』(ぐらふがるべるぐちょ・しんかいさいししょ)は密かに息をついた。
「八方塞がりの上、こちらが成功しても完全に平和が訪れそうにないのう」
 呟いて、ちらり、と霜月を見る。
「どうしました?」
 視線を受けて訊ねる霜月に、
「些事じゃよ」
と答えるに留めた。
「……シャムシエルさんは来るでしょうか?」
「どうかの。
 シャムシエルと対峙する為に、腕に覚えのある者共が多数集まっているようだしのう」
 問題は、そこではあるまい、と、密かに深海祭祀書は思う。
 シャムシエルはまるで、泣いている子供のようだ、と彼は思う。
「妙な慈悲を出すでないぞ」
と、そう言おうかと思い、しかし結局口にはしなかった。