空京

校長室

戦乱の絆 第二部 最終回

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戦乱の絆 第二部 最終回
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リアクション

 
空中ドック内部・2
 
「一番乗り〜!」
 呑気な声が入って来て、レティシア・ブルーウォーター達に緊張が走る。
 しかし驚くことはなかった。
 あらかじめ、レティシアのパートナー、守護天使のミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が施していた禁猟区に反応があり、警戒を強めていたからだ。
 シャムシエル、ではなかった。
 よく似てはいたが、本物だったら、今その片腕は肥大化し、半モンスターと化しているはず。
「クローンね」
 ミスティが言うと、シャムシエルクローンは気分を害したように、
「酷いなあ。ボク達に、本物も偽者もないよ」
と口を尖らせる。
「それ、貰うね。邪魔するなら容赦しないよ」
 制御装置を指差すシャムシエルクローンに、
「それはこっちのセリフなんですけどねえ」
とレティシアは言った。
 本物も偽者もない、とシャムシエルクローンは言ったが、明らかに強さは本人より劣っている。
 赤嶺霜月達に装置の防御を任せて、ミスティの援護を受けながら、レティシアがシャムシエルクローンと対峙した。
 離れた位置から、深海祭祀書も魔法を撃ってくる。
 そうして、楽勝、とまでは行かなかったが、何とか倒して、一息つこうとした時、深海祭祀書が叫んだ。
「気をつけよ!」
「えっ!?」

 空気から滲み出るように、何かが姿を現す。
 何かの生き物のようなそれは、次々と現れ出て、次々とくっつき、人の2倍ほどもある、巨大な生き物の集合体となった。「……何、これっ!?」
 ミスティ達は目を丸くする。
 沢山の顔は、一斉にしゃあっと戦慄いて、毒の霧を吐いた。


 ミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)もまた、空中ドック防衛の為、侵入してきた敵の警戒の為に内部の巡回をしていた。
 ミルザムの護衛の為に、青葉 旭(あおば・あきら)が同行する。
 ところで、と、青葉旭のパートナーのゆる族、山野 にゃん子(やまの・にゃんこ)が、声をひそめてミルザムに訊ねた。
「気になってたんだけど、ミルザムって、誰と契約してんの?」
 日本は、契約者には年齢を問わずに被選挙権を与えた。
 だが、ミルザムにはパートナーがいたろうか、と、にゃん子はふと疑問に思ったのだ。
「……いいえ」
「じゃあやっぱり、御神楽環菜が日本国籍を用意したんだ」
 そうじゃないかとは思っていたが、と言うと、
「はい」
とミルザムは頷いた。
 実のところ、この人となら、と思う相手が、いなかったわけではないのだが、機会を得られないまま今に至る。
「なるほどね〜」
 にゃん子はうんうんと頷く。
 話は、そこで唐突に途切れた。
 禍々しい敵意を感じたのだ。
「……シャムシエルか!?」
 旭がミルザムの前に立ちながら言うが、廊下の角から現れたのは、獣の姿をしたモンスターだった。
 狼に似ているが、大きさは三倍ほどもあり、頭は三つ、それぞれに目が四つずつついていて、足も六本生えている。
「……何だ、こいつは……!?」
 驚く旭の背後で、ミルザムも剣を抜いた。
 そうだ、何があろうとも、自分のするべきことはひとつ。
「ミルザム様は、オレが護るッ!」
 吠えた旭に、ありがとうございます、とミルザムは笑んだ。


 シャムシエルが目指す場所は明らかで、侵入してきた場所も解っているなら、その経路は自ずと限定される。
 シャムシエルクローンが至るところを徘徊し、契約者達の目を惑わせたが、それでも、制御装置に到達する遥かに先に、彼等はシャムシエルの本体を捕捉した。
「ああもう、邪魔だよ!」
 シャムシエルは苛々と言い放つ。
 周囲に居たクローン達が、次々に攻撃を仕掛けて来る。

 シャムシエル本人と対峙する仲間達が少しでも有利になるようにと、酒杜 陽一(さかもり・よういち)は露払いの為、始めからシャムシエルクローンを標的とした。
「アイシャ様は、命を賭けて地球とパラミタの共存を選んだ……。
 その信頼に応えぬ者は人間じゃねえぜ!」
 この戦いに臨む者は皆、敵も味方も、それぞれの信念の下、命を賭けていると知っている。
 だから陽一は、敵であっても敬意を払い、敬意を払っているからこそ、全力を以って戦った。
 ――だが、そこに現れた敵の存在は、陽一の予想を外していた。

「ぬかったぜ……!
 F.R.A.G.の随伴兵が来るかもとは思っていたが、超霊どもかよ!」
「警戒してしかるべきであったな」
 パートナーの魔女、フリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)が、陽一の言葉に答える。
『門』が開かれれば、超霊達の動きは活発になる。
 ウゲンの支配を離れた数万とも言える超霊達が、一気に広がって行くのだ。
 その影響が、ここに現れないはずがなかった。
 今や、コンジュラーでなくても、通常のモンスターと変わらず、その姿が見えた。
 干物のような肉体の、3メートルはゆうにありそうな双頭の人型モンスターが、ゆるゆると近付いてくる。
「足を狙え! 横倒しにして頭を踏み付けてやる!」
 あまりにも頑丈なのか鈍いのか、攻撃が効いている様子の無いモンスターに、陽一が叫び、フリーレはブリザードを放って足を固めた。
 ぎし、と動きを鈍らせたモンスターに、剣を力任せに横薙ぎで叩き付け、ぐら、と傾いたところへ更に一撃、ようやく、モンスターは体勢を崩した。


「ウゲンの超霊達? ……ふうん」
 現れた超霊達に、シャムシエルはさほどの興味も示さなかった。
「……何てザマだ、シャムシエル」
 源鉄心が、挑発の言葉を投げ付ける。
 このシャムシエルの姿を見て、カンテミールはどう思うだろう。
「……そうか。結局のところ、キミの父上は、最初から失敗していたんだな」
「パパの悪口は許さないよ」
 シャムシエルの表情が険しくなる。
「パパの計画は、ボクが成功させる!」
「だが、彼の描いた未来に、彼自身は居なかった」
「黙れ!」
 挑発し、気を引き付け、捕縛する。鉄心はそう考えていたのだが。
 クローン達を倒され、新たに造りだそうとしたシャムシエルの腕の一部が、ぼこりと盛り上がる。
「……!」
 だが、シャムシエルは、突然びくりと表情を強張らせ、腕を抑えて蹲った。
 ボコボコボコ! と、肥大化した腕のあちこちが不自然に盛り上がり、モンスター化した異形の部分が、腕より先――体の方まで浸蝕して行こうとする。
「うっ……ああああ!!」
 それに抵抗するように、シャムシエルは呻いた。
「シャムシエル!」
 傍らに立つ辿楼院刹那が叫ぶ。ついに来てしまった。
 超霊は、シャムシエルの片腕だけに留まろうとしていなかった。
 精神まで乗っ取られれば、シャムシエルは半モンスターではなく、完全な超霊となってしまう。
「暴走か!?」
 鉄心は目を見張り、はっとティー・ティーを見た。
 暴走しかけているとはいえ、今のシャムシエルは隙だらけだ。捕らえるなら今である。
 ティーも気付いて駆け寄った。
「……させないっ!」
 刹那が立ちはだかる。
 例えシャムシエルがどうなろうと、自分がどうなろうと、側につき、護ると決めたのだ。
「殺しはしない! 助けるためだ!」
 鉄心が刹那を留める。
「くっ……近寄るなッ!!」
 一層肥大化が進む腕を払って、シャムシエルはティーを弾き飛ばした。

「……シャムシエル!!」
 だが、背後から、五月葉 終夏(さつきば・おりが)がシャムシエルを抱きしめた。
 ティーと同時にシャムシエルを抑えようと、駆け寄っていた終葉は、【荒ぶる力】で渾身の力を込めて、飛び付き、抱きしめるようにしっかりとしがみつく。
「お願いだ、止まって……!」
 どうしてもどうしても、渡したいものがある。
 ああ、言葉が届かなくても、歌なら届くだろうか。
 苦痛に歪むシャムシエルの表情が、微かに変わる。

 終夏が必死にシャムシエルを抑えるその横に、光学迷彩で姿を隠していたグレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)が現れた。
 振り上げられた刃を見て、終夏は驚愕するが、心配するなとグレンは頷く。
 その手に持っていたさざれ石の短刀を、グレンはシャムシエルの肥大化した腕部分に突き刺した。
「……ぅぁ!」
 シャムシエルは、カッと目を見開く。
 根元まで突き刺した短刀は、モンスター化した腕部分を石化させた。
 が、程なくして、薄皮1枚剥がれるように、破裂するかのように表面部分がばきんと割れる。
「……ダメか……」
 シャムシエルを殺さず、超霊部分だけを消滅させる。
 その為の、最後の手段だ。
 猶予はない。
 暴走しかけているシャムシエルを前に、グレンは迷わなかった。
 ライトブリンガーで、シャムシエルの腕を斬る。
 超霊だけを斬れれば、と思ったが、腕は、根元から断ち落とされた。
「……っ!!」
 びくっと身を強張らせたシャムシエルは、終夏に抱きしめられたまま、やがて糸が切れたように、がくりと跪く。
 体に浸蝕しようとしていた異形の部分が、ぼろぼろと剥がれ落ちた。
 抵抗が収まり、様子を窺って、終夏は腕の力を緩める。
 ずる、とシャムシエルの体が床に伏した。
「シャムシエルっ……」
 刹那が走り寄り、直前ではっと顔を上げた。

 一思いに『パパ』の元へ送ってやるのも慈悲だ、と、シャムシエルのなれの果てを見て、思わずにはいられなかった。
 シャムシエルには、恨みしか無いが、憐れにも思っている。
 鬼崎 朔(きざき・さく)は、シャムシエルの為にも、もう、死なせてやるしかないと考えていた。
 超霊に体を乗っ取られようとして尚、『パパ』とやらに執着し、これ以上生かしたところで、心の支えも失い、多くの恨みも買いすぎた。
 そんな朔を見て、彼女は実のところ、シャムシエルと自分を重ねているのだろう、と、パートナーの機晶姫、スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)は思っていた。
 心を痛めつつ、それでも何も言わずに見守りながら、復讐に執着し続ける朔は、シャムシエルに、いつか辿る自分の未来を見ているのかもしれない、と。
 光学迷彩とブラックコートで姿を隠していた朔は、戦闘が終わり、シャムシエルに大きな隙ができる瞬間を、とどめの一撃を刺せる瞬間を待っていた。

 姿を隠したまま、朱の飛沫による一撃を繰り出す。
 見えないなりにも、何かを感じたのか、刹那が立ちはだかるが、予測の上だ。手は止めない。
 躱せれば躱し、無理ならば諸共――。
 剣先が、刹那に届くその寸前、見えないはずのその手が掴まれた。
「!?」
 いつの間に身を起こしていたのか、それはシャムシエルのもので、消耗しきった様子ながらも、ふふんと笑う。
「同じ手はくわないよ」
 ち、と朔は舌を打った。
「このコはボクのだよ。キミにはあげない」
 朔はシャムシエルの手を振り払い、無言のまま退く。
 気配が離れたのを確認して、シャムシエルは今度こそ力尽きて倒れた。

 だが意識はあって、座り込む終夏の膝に頭を乗せ、シャムシエルは、ぼんやりと終夏やグレン達を見上げた。
「キミ達は、何で殺さないの?」
「……逃げるな」
 グレンが言った。
 自分で考えて行動することをせず、カンテミールの思想に縋り付く。
 それは逃げでしかない。
「逃げるのはいい……。だが最後まで逃げ続けるのはダメだ……」
「カンテミールの意思を継ぐことだけが存在意義だと思っているのなら……貴女は、ただの『道具』でしかありません」
 グレンのパートナーの機晶姫、ソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)が言葉を継ぐ。
「……そんなのは、悲し過ぎます」
「何で?」
 ふう、と、シャムシエルは疲れたように息を吐く。薄く、目を伏せた。
「パパの目的がなくなったら、ボクは空っぽだ。
 ……そんなボクを生かして、何をさせたいの」
「そんなの、これからいくらでも探せばいいよ」
 終夏が言った。
「いくらでも、探せる」
「…………バカばっかり」
 小さく肩を竦めて、シャムシエルは、終夏の手を、とん、つついた。
 ずっと握り締められたままだったその手を、終夏ははっとして広げる。
 カンテミールの部品を加工して造ったペンダントを、ずっと、その手の中に持っていた。
 シャムシエルは、それをひょいと摘み上げる。
「……もう、バカバカしくなっちゃった」
 そう言って、目を閉じ、シャムシエルは意識を失った。

「……終夏」
 パートナーの英霊、ニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)が声をかける。
 ほろり、と、終夏の目から涙が零れた。
 見下ろす視線の先――シャムシエルの残された片手は、今もペンダントを握り締めている。
 彼女の、真っ直ぐな思いは、ついに届いたのだ。
「よかったな」
 ぽん、と優しく手を頭に乗せた。