空京

リアクション

　
対Ｆ．Ｒ．Ａ．Ｇ．・１
　
「全く、実戦で腕が磨かれる、って、ホントどうかと思うけどね」
　太平洋上に集結している戦艦にも、勿論格納庫はあるが、主な役割は、戦うイコンの足場である。
　空中ドック内の格納庫がやはり、イコン整備と補給の主となる場所だ。
　長谷川　真琴（はせがわ・まこと）のパートナー、機晶姫のクリスチーナ・アーヴィン（くりすちーな・あーう゛ぃん）は苦笑しつつそう言った。
「今回の相手は、クルキアータだそうですね」
「第二世代機とはね」
　真琴の言葉に、肩を竦める。
「現行機じゃ辛い戦いになるだろうけど……何、大丈夫さ。皆、目が死んでない」
　圧倒的不利な状況でも、パイロット達は、どう切り抜け、どう勝つかを考えている。
「……そうですね……」
　真琴は頷いた。
　ならば整備士の自分達にできることは、彼等が少しでも戦いやすく動けるよう、最善のチューニングをすることだ。
　愚痴を言いそうになってしまった自分を心の中で叱咤して、真琴はイコン整備を急ぐ。

「空中ドックのエネルギーチューブを、私のイロドリＣと繋ぎたいんだけど」
　とりあえず言質をとって、作業は自分でやるわと言う天貴　彩羽（あまむち・あやは）の提案に、無茶をしますね、と真琴は苦笑した。
　けれど、今回は事情が違う。多少の無茶にも応えるつもりだった。
「前の時もできたから、今回もできると思うんだけど。
　空中ドックのエネルギーが使えれば、ノー補給で戦えるでしょ？」
「わかりました。でも、それだと、ドックから離れることができませんよ？」
「んー……それよね。
　基本攻撃は狙撃として、スキルを上乗せして、射程をどこまで延ばせるか……」
　唸る彩羽に、真琴はもう一度苦笑する。
「空中ドックが墜ちる程のエネルギーは、使わないでくださいね」
「エネルギー制御は、きっちりするでござるよ」
　パートナーの機晶姫、スベシア・エリシクス（すべしあ・えりしくす）が請け負った。

　維暮　征志郎（いぐれ・せいしろう）の機体、青白が甲板から格納庫に降りて来た。
　整備の為ではなく、補給物資を上部甲板に運んでいるのだ。
　整備を必要としない弾薬の補給等なら、外で素早く済ませてしまった方が手際がいいだろう、と判断したのである。
「おー！　こっち全部持ってっていいぞ！」
　クリスチーナが声を張り上げる。
「今回は、弾丸の消費が前の空中ドック防衛の時の比では無いものと思います。
　甲板は、補給イコンと最終防衛ラインの両方を担うことになりますから、混乱が予想されますね」
　征志郎は、自ら確認するように、パートナーの剣の花嫁、壱影　封義（いちかげ・ふぎ）に言った。
「はい」
　主にイコンの操縦をするのは封義だ。
　注意しなければと頷く。
　被弾して、スムーズに着艦出来ない機体がある可能性もある。それらのサポートも、二人がするのだ。
「厳しい戦いになりそうですね……」

　そこへ、共通通信が入った。
『Ｆ．Ｒ．Ａ．Ｇ．第二クルキアータ部隊、シャンバラ国軍、前線部隊と接触しました』
「始まりましたね……」
　征志郎はぎゅっと表情を引き締め、格納庫では、クリスチーナがイコン出口から空を仰いだ。
「皆、無事に帰ってくるんだよ」



　Ｆ．Ｒ．Ａ．Ｇ．の第二部隊。
　それは、クルキアータと名付けられた第二世代イコンで構成されている。
　アサルトライフルを装備した一般機と、ランスを装備した指揮官機、そして内に一機、特別にカスタムされたと思われる機体があった。
　肩口にキャノン砲が埋め込まれた重火力型であり、他の指揮官機とは違った、音叉を思わせる形の長いランスを手に持っている。
　マヌエル枢機卿の専用機、【レヴィアタン】である。


「敵機クルキアータ数、５０、こちらはおよそ６０機です」
「数の上では、僅かに有利、といったところね」
「１対１でしたらね」
　計器を確認しながらの、橘　早苗（たちばな・さなえ）の言葉に、葛葉　杏（くずのは・あん）は肩を竦めた。
　第二世代イコンと呼ばれるクルキアータとシャンバラの現行機では、機体の性能が違いすぎる。
「一発でも受けたら、撃墜されてしまいますよ。
　機体もですけど、武器の性能もこちらとは違います」
「機体や武器で劣ってる分は、経験でカバーすればいいだけよ。
　何の為に毎日訓練を重ねてると思ってるの」
　当たらなくても、時間稼ぎできればそれでいいんだしね、と、杏はコームラントの両手にアサルトライフルを構えている。
「弾幕張りまくりよ！
　それでもドックに近付くなら、大型ビームキャノンもあるわ」
「的にならないように、動き回りますから、上手く撃ってくださいね」
　杏さんなら大丈夫だと信じていますが。操縦を担当する早苗に、杏は笑った。
「任せて」


　補給ポイントは幾つかあり、中でも、空中ドックでは補給が切れることはまずない。
　少なくとも、繭に突入した部隊が作戦を終了させると推定される、その時間内には。
「残弾を気にすることなく撃ちまくることができるというわけですね」
「そうね」
　御凪　真人（みなぎ・まこと）の言葉に、パートナーのヴァルキリー、セルファ・オルドリン（せるふぁ・おるどりん）も頷く。
　つまりは繭の中の作戦が終わるまで、とにかく敵を空中ドックに近付けなければいい。
「撃墜よりも、近寄らせなければ勝ち、ですか。
　ひたすら弾幕を張って、敵機を近寄らせないようにしましょう」
「よし、真人は遠慮しないでガンガン行きなさい。
　通信や索敵はこっちでフォローするわ」
　アサルトライフルを装備しているクルキアータ一般機は、中距離から遠距離用の戦闘機だろう。
　弾幕を張り続ければ、容易に近付かないはずだ。真人は頷いた。
「俺のパラスアテナは火力支援機体ですしね。
　本領を発揮させてもらいます」


「くそ！　解ってたけど固ぇ！」
　クルキアータ一般機は、接近戦より、遠距離からアサルトライフルでの攻撃を主としている。
　それを何とか躱しつつ、和泉　直哉（いずみ・なおや）達のスプリングもライフルを構えたが、クルキアータの装甲は固く、射撃攻撃が殆ど通用せず、直哉は舌打ちした。
　攻めあぐねるスプリングを見て、月舘　冴璃（つきだて・さえり）のアーラが、際どい角度からビームキャノンによる援護射撃を撃って来る。
　そのタイミングに乗り、スプリングは一気に直接攻撃を仕掛けた。
「ちっ、ノイズグレネードは効かねえか！？」
　敵のレーダー障害を狙ったが、敵の動きは鈍らない。
　横薙ぎしたビームランスは、クルキアータの装甲の表面を弾いた。

「奇跡を信じる気はありませんが……まだ未練というものもあるんですよ。
　だから、今は絶対に分断させはしません」
　操縦席内で、冴璃は呟く。
　奇跡などには頼らない。
　私達は自力で、世界の分断を、阻止してみせる。
「背後から接近！　指揮官機！」
　パートナーの強化人間、東森　颯希（ひがしもり・さつき）が声を上げた。
　一般機の陰から飛び出すように抜け出して、一気に飛び込んで来る。
「くっ……！」
　間近に迫ったクルキアータに、冴璃は咄嗟にコロージョン・グレネードを投げた。
　爆炎が上がり、しかし炎の中から、クルキアータが飛び出して来る。
「――やはり駄目ですか……！」
　後退が間に合わない。
　だがその背後から、追い付いたスプリング機がとり付いた。
　ビームランスを突き込み、手を離す。
　クルキアータもまた、スプリングにランスを突き刺した。
　その反対側から、至近距離でアーラがハンドガンを連射する。
　その隙に、スプリングはクルキアータのランスを抜き、それをクルキアータの機体に叩き込んだ。
　クルキアータのランスは、その機体を貫く。
　動きを止めたクルキアータは、そのまま海中に落下して行った。
「くそっ、相討ちかよ……！」
　損傷の酷いスプリングは、アーラに支えられ、海上の艦隊上に運ばれる。
「充分だよ。
　頑張ったね、スプリング……」
　パートナーの強化人間、和泉　結奈（いずみ・ゆいな）が、傷ついた機体を労った。


　杜守　柚（ともり・ゆず）の機体、アズライトは、ヴァラヌスなので飛行能力は無い。
　その為、飛行能力の無い機体の為に配備された飛空艇を足場にして、クルキアータに攻撃を仕掛けた。
　しかし、向こうも当然、柚の足元――飛空艇を狙って来る。
　自機を狙ってくるならともかく、自由に動けないので、回避もままならない。柚の役割は、もっぱら囮だ。

　比較的、自由に移動ができるポータラカ製円盤型飛空艇を足場に選んだのは、レジーヌ・ベルナディス（れじーぬ・べるなでぃす）達の乗るクェイルである。
「わー、これってＵＦＯ？　ＵＦＯに乗るの？」
「……はっきり言わないで下さい……」
　ちょっと恥ずかしいんですから、と、パートナーの機晶姫、エリーズ・バスティード（えりーず・ばすてぃーど）の直球な言葉に、顔を赤らめつつも、内心、滅多にない体験に多少浮き足立ってもいる。
　少し移動させてみて、操作にも慣れた。
「サーフィンみたいな感じかな？　サーフィンしたことないけど」
「そうですね……」
「でも、射撃の時は、上手く踏ん張らないと、落ちそう。――ま、大丈夫、私に任せて！」
　レジーヌはしっかり攻撃に専念してね！　と胸を張るエリーズに、レジーヌはただ苦笑した。

　ドン、と爆音が響いて注意を向けると、飛空艇上のヴァラヌスが被弾している。
「敵機、ヴァラヌスの西側より接近、指揮官機と思われます」
　指揮官機の武器は、アサルトライフルではなくランスだ。
　直接攻撃によってとどめを刺そうというのだろう。
　剣の花嫁、レジーナ・アラトリウス（れじーな・あらとりうす）が、計器を見ながらパートナーの金住　健勝（かなずみ・けんしょう）に伝える。
「援護するであります！」
　海上の艦隊上で、スナイパーライフルによる支援攻撃を担っていた健勝のシルバーが、アズライトに向かうクルキアータに狙いを定めた。

「左足に被弾！　機体損傷３０％、くっそ、戻った方がいいかも、これ。
　次食らったら、墜ちるよ！」
　パートナーの獣人、杜守　三月（ともり・みつき）の言葉に、柚は顔を顰めた。
「まだ……！　一機でもいい、倒したいです！」
「そりゃ、そうだけど！」
　その時、迫ってくるクルキアータ指揮官機が、二方向から狙撃された。
　健勝と、レジーヌによるものだ。
　装甲は固く、レジーナの銃弾は表面をへこませただけで弾かれたが、急所を狙った健勝の銃弾は関節を貫き、二方向からの攻撃によって、クルキアータはバランスを崩す。
「今だっ！」
　アズライトは、クルキアータに飛び付いた。
　何とかクローを引っ掛けると、引き寄せるようにしがみつき、自重を利用して、クルキアータを海中に墜落させる。
　アズライトは水中対応しているが、クルキアータは水中仕様ではない。
　途端に動きが鈍るクルキアータを限界まで押し沈めてから、アズライトは単独、浮上した。

「ヴァラヌス、海上に浮上を確認」
　レジーナが、そう伝えてほっとする。
　安堵しつつも、その息は心なしか、重かった。
「迷っているのでありますか」
　びく、とレジーナは顔を上げた。ぎゅ、と唇を引き結ぶ。
「健勝……」
　彼が、世界の為に戦ってくれることは嬉しい。
　だが、本当の平和の為には、世界は、分断させた方がいいのかもしれない。
　実は、レジーナの心の中には、そう思う気持ちもどこかにあった。
　二つの世界が交わらなければ、争うこともないはずだ、と、どうしても思ってしまうのだ。
「それで、本当に後悔しないでありますか？
　自分は、最後まで挑戦したいであります。
　もう、パラミタとは無関係ではいられないのでありますから」
「……はい……」
　レジーナは頷く。
　一番の、本当の理由。
　それを健勝は口にはしなかった。
　ただ、レジーナと別れたくはないのだと。