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リアクション
「温風をパピーにあてて! 強制輸液をやるわ! 栄養補給ルートを確保するの」
「私がやる」
優梨子の決然とした声に、クレアが応じ、複数の生徒をともない、地下からエレヴェーターで必要な機材を運び込む。
(落ち着け。白衣を着ていた頃の自分に還るのだ。手技を思い出せ、正確に思い出せ)
自分に必死に言い聞かせながら、クレアは、パピーの鼻腔からチューブを入れていく。エコー(超音波検査装置)の画像を見ながら、手につたわる感覚を思い出していく。ここでチューブの尖端が気道を傷つけたら、一巻の終わりだ。
(食道に入った!)
クレアの額の汗を優菜が拭く。あともう少し! が、クレアの両眼がひらかれる。
「噴門部が…狭窄している!」
噴門部は、食道と胃を仕切るラインである。そこをコントロールする神経叢によって、噴門部は開閉する。そこが閉じたままなのだ。これでは、チューブは胃に入らない。
「落ち着いて、クレアさん。チューブ先端のバルーンは、食道下部にとどいている。そこに空気を送り込むの」
「圧力で噴門を開放させるのだな」
的確な優梨子のアドヴァイスに、クレアは大きく頷く。チューブにブランチをつくり、そこからコンプレッサーで空気を送り込む。
「噴門部開きます!」
睡蓮が叫ぶように言う。今だ! クレアによって、チューブが胃内部に進入される。
「流動栄養液を流し始めて! ゆっくりよ」
優梨子の声に、高栄養流動液がチューブを通じ、少しずつ、胃に流れ込んでいく。胃に入った栄養液体は瞬間的に粘膜から吸収され、消えつつあるパピーの生命を急速に賦活化させていく。
クレアは、この瞬間、士官候補生ではなく、医学生だったころの自分にもどっている。からだが勝手に動く感覚で、パピーの尾部をおおう長い毛の一部を刈り、そこの血管から鎮痛剤や抗生物質をふくむ点滴をはじめている。
多くの生徒たちの手が死んだように動かなくなったパピーのからだにすがる。矢のような視線が心電図に注がれる。
やがて、動き始めるピックアップ。
「心拍回復! 体温あがっていきます!」
睡蓮は、もう涙をこらえきれない。
「呼吸正常へ」
パピーを起こしてはならない。生徒たちは、口をふさいだまま夜の野外に駆け出し、大声を爆発させる。
「やったぞ!」
パピーは、おだやかに眠りながら、生命の危機を脱しはじめる。
「今からでも遅くないわ」
優梨子のやすらいだ声に振り返ったクレアは、優梨子がさしだした右手を見つめる。
「あなた、すぐれた狙撃者だけど、きっとすぐれたドクターにもなれるわよ」
クレアは微笑む。
「他人の人生に口を出すな。そういうあなたこそ」
最高のドクターではないか、藤原 優梨子。
クレアが優梨子の手を固く握り、ふたりは軽く抱き合う。
「見てみい、まったく人の苦労も知らんで、よう寝とる」
集中治療を受けながら、亞狗理は、パピーの寝顔を眺め、まんざらでもないという表情で言う。
亞狗理は重症である。が、プリーストたちがもたらすヒールのちからは、奇蹟というにふさわしい鮮やかさで、亞狗理の病状を急速に改善させていく。
「真の功労者は、亞狗理、やっぱりお前だろうな」
ルースが拳を掲げる。一瞬、戸惑った亞狗理は、その拳に自分の拳をあわせる。
「なあに、元農業科の意地じゃけえ」
洞窟内部をおだやかな笑みがわたっていく。