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グリフォンパピーを救え!

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グリフォンパピーを救え!

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 パピーが洞窟に運び込まれようとしている。それを察知した飛行艇群は、パピーを確実に殺そうと、さらに低高度から激烈な攻撃をかけてくる。
春告 晶(はるつげ・あきら)は、強力な魔力と極端に無口な人柄で知られるウイザードである。その晶がパートナーの永倉 七海(ながくら・ななみ)にちいさな声を発した。
「なな(七海)…高空の見張り…頼んで…いいかな」
「パピーを守るか、晶ちゃんもよ」
 ん。晶はちいさく頷いた。そして、他人との壁をつくるためにかけていたヘッドフォンを外し、七海に手渡す。
「晶ちゃん、お前…」
「なな…ボク…信じて…みたい…んだ。なな…パピー…モンスター…」
 仲間!
 必死に、しかし朴訥と語る晶に、七海は笑った。
「じゃ、こいつは俺が預かっとく。人間不信になったら、いつでも返してやるよ」
「…ん」
 その短い声としっかりとした肯定が、晶の意志が固まったことを七海に伝える。
 晶は空飛ぶ箒に乗り、天空の高みに駆け上がる。それが自分を閉ざすものへの戦いであるかのように。そして、そこから逆落としに飛行艇に襲い掛かっていく。
「撃ち減らされてるってのに、戦意が落ちない! あいつらどういう神経してんの?!」
 敵をひきつけようと、あーる華野の光条兵器が青空に屹立する。
「どこかの段ボール娘みたいに頭がお気楽にできてるんじゃない?!」
 小型飛行艇で敵機の背後から追い立てる未沙が怒鳴る。
「この段ボール、ワタシのファッションなんですけど!」
「あっそう。さしずめ、“借金地獄成れの果てモード”ってとこね!」
 あーる華野の眼が三角になる。地上と空にいるそんなふたりの間に割って入り、チェインスマイトで三方向から向かってくる敵機に牽制をくわえたものがいる。
「お前たち、今、私たちがなすべきことが牽制であり、牽制とはどうするべきかを知っているのか」
蒼 穹(そう・きゅう)にきびしい口調で言われ、あーる華野は、へん! と言いながらみかん箱の段ボールをずりあげ、未沙は、口を尖らせる。
 穹は、ふたたび軍用バイクにまたがり、白銀の矢の群れのような機銃弾の豪雨を突っ切る。
 墜落するほどに高度を落としてくる飛行艇。その真正面めがけてジャンプする。
「守って見せろ、パピーを。そして、絶対に忘れないようにあの幼い眼に刻みつけてやれ」
 かつて、なんの見返りも求めず、損得でもなく、ただ、いのちを賭けて、自分の消えそうないのちの火を守った多くの若者がいたという記憶をな!
「わかってるわよ!」
 異口同音が弾けた。あーる華野の光の剣が、飛行艇の右翼を切り裂き、同時に未沙の仕込み竹箒の斬撃が左翼を切断する。あっけなく墜落していく巨大な胴体を見ながら、先に着地していた穹は、かすかに苦笑する。
「あのふたりに功を譲ったか。私も、まだまだ未熟ということなのかな」
 ついさっきまで口喧嘩していたこともわすれたように大喜びするふたりの少女に、その呟きは聞こえない。
 穹と同じタイプの軍用バイクが戦場を猛スピードでジグザグ走行をつづけている。しかも、そのライダーは、右手に長大なランスを持ち、座席に立ったままバイクを操っているのだ。
「弱敵を討って誇れる自分ではないが、敵を座視して黙過するなら教導団に籍は置かん」
 来い! 幽霊以外なら自分が相手をしてやる、このセオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)がな。
 が、彼のランスが胴体をつらぬくのと、ほぼ同時に、左翼のプロペラが2基とも吹き飛んだ。
「バーストダッシュ! ナイトか?!」
 セオボルトは、思わずその方向を見る。機体後部から火を発しながらゆるやかに落ちていく機体をバックに、立ち尽くす少女がいた。セオボルトは、かすかに笑みを浮かべる。
白鏡 風雪(しろかがみ・ふうせつ)。あの百合園のインチキ老女も、たまらず運搬隊からこちらの援護に回ったか」
「だれが、インチキ老女じゃ、じゅうぶん若いっちゅうんじゃ! だいたい、敵機にさきに致命打を与えたのは、この風雪ちゃんのほうじゃぞ」
「どっちでもいいが、なんとかしろ」
 肩を叩かれ、振り向く。そこにいた夕が、炎上する機体と熱風に端正な顔をさらしている。
「牽制部隊がだらしねえから安心してパピーを運べねえんだよ。パピーもボヤいてたぞ、みんなセオポルトさんが悪いんでちゅーってよ」
 ウソつけ。セオボルトが鼻で笑う。
「パピーを死なせるな」
 不意に夕が笑みを消し、風雪もセオボルトも顔に緊張が満ちる。
「あいつが好きでも嫌いでも、いや、好き嫌いどっちでなくてもいい。経緯はどうあれ、俺たちは、とにかく、このパラミタで生きることを選択した。自分の意思で決めたんだ。なら、道は前にしかねえはずだ。パピーを守ると決めたんなら、その道を突き進み、完遂してみせろ。そうでなきゃ、てめえでてめえを納得させられねえだろうが
 そう言い残し去ろうとする夕の背に、風雪が子供らしい抑揚で声をかけた。
「夕ちゃんは、あのパピー、好きか?」
 夕は、いちど立ち止まり、美しい笑顔で振り向いた。
 ああ、大好きだよ。心の底から守りたいと、今、思っている。
 特攻機群を相手に戦う戦場で、あんなきれいな顔で笑う男もいるのだな。去っていく夕をセオボルトと風雪は見送っている。
 ふたたびパピー運搬隊に合流した八神 夕は、そこにロープを引く剣の花嫁を見出し、かるい驚きを覚えた。花嫁といいながら男性だからではない。
 彼があのレオンハルトのパートナー、シルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)だからである。
「レオンから、パピーを俺だと思え、といわれています。レオンは、パピーが撃たれたことの責任を感じているのかもしれません」
 そうか。応えながら、夕は、シルヴァが治癒のちからを持つプリーストであることを思い出している。
(レオンハルト、粗暴なる獅子もまた、心の転機を迎えつつあるってことか…)
 洞窟までは、あとわずかだ。が、パピーの消耗は、その距離を待てないところまで追い詰められている。銃創患部からハイパワーのエネルギーが放出され続けているのだ。
 白馬の馬上にいる麻野 樹(まの・いつき)は、その時見た。パピーが泣いているのだ。あまりの苦しみに眼から涙を流している。
 野生動物は泣かない。どこかでそう習ったことがあった。だが、そんなものは間違いなんだ。苦しければ、悲しければ、みんな泣く。それは、当たり前のことのように思えた。
 バカのひとつ覚えのように撃ってくる銃弾。それを怒りを込めて振り払う樹のランス。そして、その怒りを隠し、パピーを見つめ、微笑む。
「まあ、のんびりいってみようよ、パピーくん。ごらん」
 みんな、ここにいる。ここにいて、きみを守っているじゃないか。
 その樹の言葉がわかるのだろうか。パピーは、引きずられながらも、力強く啼いた。