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リアクション
3.ザンスカールの佳景
「いい日差しですね」
木々が激しくぶつかり合う音をBGMに、水橋 エリス(みずばし・えりす)はのんびりと本を読んでいた。
この音が続く限りは、何も心配することはない。好きな読書に没頭していればいいのだ。
「さすがは、惇姐さん。だが、これなら……」
リッシュ・アーク(りっしゅ・あーく)が、思い切り棍を突き入れた。拾った森の木を削って作った、即席の訓練用の武器だ。
すかさず、夏候惇・元譲(かこうとん・げんじょう)がそれを上から叩き落とす。
その瞬間、予測していたとばかりにリッシュ・アークがにやりと笑った。地面に叩きつけられる棍を大きくしならせ、反動をつけて一気に下から跳ね上げる。
だが、それは大きく夏候惇・元譲の左にそれた。
夏候惇・元譲の棍がリッシュ・アークの棍に覆い被さったまま、跳ね上がる力を横にクルリと逸らしたのだ。
「甘いな」
払う動きのまま、流れるように棍の前後を入れ替えつつ、夏候惇・元譲が一歩間合いを詰めて踏み込んだ。
リッシュ・アークが棍を持つ手を、夏候惇・元譲の棍が襲う。
間一髪、リッシュ・アークは棍を持つ両手を前後にずらして防御体勢をとった。直前までリッシュ・アークの手のあった場所を、夏候惇・元譲の棍が激しく打ち据える。
乾いた小気味のいい音が、イルミンスール魔法学校の森に響き渡った。いい音だと、水橋エリスは本から顔をあげることなく思った。
一瞬、二人の動きが止まる。
だが、次の瞬間、二人は弾けるようにして間合いをとりなおした。
トンと、立てた棍で夏候惇・元譲が地面を打つ。空いた片手を前に突き出すと、クイと自分の方にむけた。
「さあ、くるがよい」
「じゃあ、遠慮なく!」
手招きされて、リッシュ・アークが頭上でヒュンヒュンと棍を回した。大気が切り裂かれて、悲鳴をあげる。
そのまま突っ込んでくるリッシュ・アークに、夏候惇・元譲は棍の先を下にむけて構えた。
払いか、突きかと思われたリッシュ・アークの棍の先が、夏候惇・元譲の直前の大地に突き刺さる。そのまま棒高跳びののような勢いで跳びあがったリッシュ・アークが、回し蹴りで夏候惇・元譲の頭を狙った。
わずかに身をかがめた夏候惇・元譲が、上にあがっていた棍の後ろ側で夏候惇・元譲の足を払う。
もんどり打つようにして着地したリッシュ・アークは、その勢いさえも利用して片手で間合いをのばした棍を横に払った。素早く身を翻した夏候惇・元譲が、避けきれずに自分の棍でそれを受け止める。
十文字に激しく棍がぶつかり合い、そして、リッシュ・アークの棍が真っ二つに折れて飛んだ。
その破片を避けた夏候惇・元譲が、リッシュ・アークめがけて棍を振り下ろす。
だが、夏候惇・元譲の棍もその勢いに耐えられずに途中で真ん中から二つに折れ、リッシュ・アークをかすめるようにして狙いが外れた。
「そこまで!」
水橋エリスが、二人を止めた。その手には、折れて飛んできたリッシュ・アークの棍の半分が握られていた。
「やはり拾い物では、二人の戦いに耐えられなかったようですね」
水橋エリスが言った。
「まあ、そんなところだな」
リッシュ・アークはそれなりに満足気だが、夏候惇・元譲は折れた棍を見つめたままものすごく不満そうであった。
「即席物とはいえ、加減を御し損なうとは……」
英霊としての未熟さに、夏候惇・元譲は呆然と立ちすくんでいた。
「まあ、木っ端切れなんてこんな物だぜ。次は、モノホンの槍でやるかい?」
「やめておこう。リッシュを殺すには忍びないであるからな。本来、私の刃は、敵にむけられるべき物だ」
やや気をとりなおして、夏候惇・元譲が言った。
「まあね。惇姐さんを本気にさせたら、命がいくつあっても足りないからなあ」
おどけるリッシュ・アークは、充分に満足そうだった。たとえ一〇〇敗したとしても、今回引き分けが一つついたのだ。
「さあ、二人とも、お茶でも飲んで休んでください。もう少しで、本を読み終わりますから」
そう言うと、水橋エリスは、持参した水筒のお茶を二人にすすめた。
☆ ☆ ☆
「遅いなあ」
時計を見ながら、神名 祐太(かみな・ゆうた)が何かを探すように周囲を見回した。
「お〜い。みんな〜。おまたせ〜」
「きたきた」
片手をぶんぶん大きく振り回しながら現れたゴルゴルマイアル 雪霞(ごるごるまいある・ゆきか)を見て、シャルル・ピアリース(しゃるる・ぴありーす)が、ほっと安堵のため息をついた。
ゴルゴルマイアル雪霞のもう片方の手によって、フリードリッヒ・常磐(ふりーどりっひ・ときわ)もずるずると引きずられてきている。これで、生物部の全員がそろったことになる。
「おかしい、集合場所はむこうの方向だと思ったのに。いつの間に、場所を変えたんだ?」
遅刻してきたフリードリッヒ・常磐が、解せぬという顔で言った。
「これこれ。雪霞さんがいなければ、今頃迷子になってスライムの餌食でしたよ」
譲葉 大和(ゆずりは・やまと)が、少し呆れて言った。
「近くにスライムがおるのか?」
キラーンと目を輝かせて、九ノ尾 忍(ここのび・しのぶ)が訊ねた。
「冗談じゃない。ただでさえ、今朝は幽体離脱はするは、雪霞の殺人お弁当のおかげで死にかけるは、さんざんなめに遭って遅刻してしまったというのに。この上スライムまで出てきたのでは……」
つい先日のスライムとの決戦を思い出して、フリードリッヒ・常磐が嫌な顔をした。
「何を言ってるのよ〜。遅くなったのは、フリッツのせいなのにぃ〜」
ゴルゴルマイアル雪霞が、不満をもらした。
「まあまあ。無事合流できたんだもん、よかったよね」
「わあい、ラキちゃん。また一緒に遊べて嬉しいねぇ!」
なだめるラキシス・ファナティック(らきしす・ふぁなてぃっく)に、ゴルゴルマイアル雪霞が単純に喜んだ。
「まあ、あれだけやっつけたのですから、さすがにもうスライムは出て来ないでしょう」
「いやいや、分からんぞ。だが、もし出てきたら、私たち生物部にとって格好の研究材料となるのじゃ。むしろ、喜ぶべきじゃろう」
安心させるように言う鷹野 栗(たかの・まろん)とは対象的に、羽入 綾香(はにゅう・あやか)が少しうきうきしながら言った。
「はいはい、注目なのです!」
鷹野栗が、ぱんぱんと手を叩いた。
「全員そろったようだから、今日の生物部の活動を発表しますです。今日は、先日のスライム騒ぎでまた需要が見込める魔糸の材料集めなんだよ。この付近は、パラミタ綿花の自生地だから、綿摘み競争だね。もちろん、罰ゲームありだよ。というわけで、みんながんばってくださいなのです」
鷹野栗の言葉に、部員全員が歓声をあげた。
さっそく、綿花集めが始まったはずなのだが……。
「ふわふわなのじゃー」
集めるどころか、綿花の間を走り回って綿を撒き散らせながら九ノ尾忍が叫んだ。
「わー、雪みたいだよね。みてみて羽入ちゃん」
ゆっくりと舞い落ちてくる綿を見あげて、ラキシス・ファナティックが喜ぶ。
「本当じゃのう。ほら、もうこんなにたまったぞ」
スカートの裾を広げて綿を集めながら、羽入綾香も楽しそうに言った。
「ほう。いい眺めですね。ラキ、忍、君たちもスカートで綿を集め……」
女性陣から睨まれそうな台詞を吐く譲葉大和の肩を、誰かがトントンと叩いた。
「誰です。美的観賞の邪魔を……うわお!」
邪魔をするなと言いかけた譲葉大和の身体が、突然上に持ちあげられる。
「シフラン・セフランだよ!」
譲葉大和を持ちあげた吸血植物を見て、ゴルゴルマイアル雪霞が叫んだ。その小脇には、しっかりと生き物図鑑がかかえられている。
「近づいちゃ危ないんだもん」
シュルンとのびてきたツタを、シャルル・ピアリースが手に持ったエペでくるりと絡め取るようにして引きちぎった。
「やはり出ましたね。予想通りです」
譲葉大和は、自分にからみついているツタを握りしめた。
「凍れ、原子の動きと共に! フリーズフィールド!」
ツタを握りしめた手の周りで、青白い光の粒子が飛び交った。次の瞬間、ツタが凍りつき、譲葉大和の手の中で砕けた。譲葉大和を絡め取っていたツタが切れる。そのまま落下した譲葉大和は、ストンと無事に着地して立ちあがった。
「ラキ、葬炎を!」
「はい」
身体に巻きついたツタをふりほどいた譲葉大和に呼ばれて、ラキシス・ファナティックが急いで駆けつける。彼女が背後から両腕を添いあわせると、譲葉大和の手の中に拳銃型の光条兵器が現れた。
だが、再び譲葉大和を捕まえようと、吸血ヅタが迫る。
「させぬのじゃ」
九ノ尾忍が、狐火でツタを焼き払った。
「いいタイミングです、忍」
譲葉大和が、光弾を連射する。茎の部分を打ち抜かれて、支えを失った吸血植物が地面に倒れた。
「駆除完了だな」
まだ地面でのたうつツタだけを火術で焼きながら、フリードリッヒ・常磐が言った。
「これって、挿し芽とかで栽培はできなかったのかのう」
灰になってしまったシフラン・セフランを見下ろして、羽入綾香がちょっと残念そうに言った。
「そうだねえ〜。生のままだったら、おひたしにできたかもしれないねぇ」
「誰に食べさせる気だ、それを」
ぽわわんと言うゴルゴルマイアル雪霞に、フリードリッヒ・常磐が突っ込んだ。
「ようし、今のうちに大量に集めて、トップだぜ」
他の者たちが怪物退治をしている間に、神名祐太は一人せっせと綿花を集めていた。
「終了だよー」
時計を見て、鷹野栗は言った。
途中で吸血植物騒ぎはあったものの、無事に大量の綿花が集まった。
「結果はっぴょー。なんと、一位は、祐太さんです」
「へへへ」
鷹野栗の発表に、神名祐太が自慢げにはにかむ。
「ずっこい集め方してたからなんだよね」
「いーじゃんか。勝ったんだから」
突っ込むシャルル・ピアリースに、神名祐太が言い返した。
「罰ゲームは……フリッツさんです」
「なんと」
わざとらしく驚いてみせるフリードリッヒ・常磐だったが、当然の結果である。ゴルゴルマイアル雪霞は、お弁当に使えそうな毒草ばっかり探していたし、本人も巨大な綿の林の間から他の魔物が現れないかとわくわくしながら歩いていたので、二人ともほとんど綿花を集めていなかったのだから。
「しかたない。ここは、中国古来から伝わる奇書にその存在がある視肉の、又従兄弟の子供の友達の御近所さんである視毛という妖怪のコスプレを……」
そう言うと、フリードリッヒ・常磐は、集められた綿花の束を頭にかぶって、毛玉妖怪のまねを披露した。
「何じゃ、それは。けうけげんかのう?」
九ノ尾忍が、つまらなそうに言う。
「まあいいよね。じゃあ、フリッツさんはそのままで学校まで帰ること」
『毛玉』と書かれた紙をぺたりとフリードリッヒ・常磐の背中に貼りつけて、鷹野栗は言った。
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