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学生たちの休日

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学生たちの休日

リアクション

 
 
    ☆    ☆    ☆
 
「それじゃ、行って参ります」
 下宿先であるパン屋の御夫婦に挨拶をすると、荒巻 さけ(あらまき・さけ)は馬車を発車させた。
 からころとベルを鳴らして、アルパカが歩き始める。
「アルパカのパン屋さん、Saisons pain(セゾン・パン。フランス語で季節のパン)。あなたの町へやってくる。白パン黒パンいかがです。焼きたてですよ、おいしいよ、ゆるゆるパンも人気です。何でもアルパカ、セゾン・パン♪」
 謎テーマソングを歌いながら、荒巻さけはツァンダ市内の公園にむかって馬車をゆるゆると
進めていった。
 普段は下宿先のパン屋さんに大変お世話になっているので、たまの休日ぐらいは御恩返しをしなくてはということなのだ。
「よいこころがけですなあ、さけはん」
 荷台でパンの香りにつつまれながら、信太の森 葛の葉(しのだのもり・くずのは)が言った。
「いい宣伝になりはるやろね」
「そうですね、がんばりましょう」
 馬車の御者席に座った日野 晶(ひの・あきら)が相づちを打った。
「でも、なんでアルパカなんですか?」
 荒巻さけが、素朴というよりは当然の疑問を口にした。
「本当は馬を用意したはずなんですけれど、何度持ち物を見直しても、馬がいなかったのですよ。逃げてしまったみたいです。しかたないので、葛の葉さんに動物を呼んでもらったんですが……」
「きたのがアルパカだったと……」
 そう言えば、魔蚕の生息地の近くで発見されたという話もあったようなと荒巻さけは思った。
「モンスターよりは、よろしゅうやす。ほなら、急ぎまひょうか」
 藍染めの袖で口許を隠しながら、信太の森葛の葉がコンコンと忍び笑いをもらした。
 歩みの遅いアルパカでなんとか昼までに公園にたどり着いた荒巻さけたちは、急いで出張パン屋さんを開店した。
「おお、うまそうだぜ。食べていかないか」
 めざとくそれを見つけた鈴木 周(すずき・しゅう)レミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)に言った。
「だめだよ。学生食堂に食べに行くんでしょ。今食べちゃったら、何も食べられなくなるよ」
「大丈夫、大丈夫。俺の胃袋はそれくらいじゃ埋まらないから」
 安請け合いすると、鈴木周は荒巻さけたちの許へ駆けていった。
 そもそも、なんで二人が外食するはめになったのかというと、レミ・フラットパインが昼食用に謎料理を作ってしまったせいであった。そのために食材が底をついてしまったので、しかたなく外食ということになったのだ。
 そのへんが負い目となっているため、レミ・フラットパインとしても、あまり鈴木周に強いことは言えなかった。それに、彼であったら、平気で三人前ぐらいはたいらげそうだ。
「いらっしゃいませー」
「えーと、そうだなあ……。おう、サンドイッチもあるのか。じゃあ、それたのんます。後、コーヒーも」
 荒巻さけに愛想よく出迎えられた鈴木周は、手書きのメニューを見て注文した。
「はい、ただいま」
 日野晶が、結構慣れた手つきでBLTサンドを素早く作りあげる。
「はい、あったかいこおひぃ。これから寒ぅなってきはるから、身体に気をつけておくれやす」
 できあがったサンドイッチとともに、信太の森葛の葉が鈴木周に紙コップに入ったコーヒーをさし出した。
「お嬢さん。かわいいねえ。これから学生食堂……いや、町のレストランに食事に行くんだけれど、どうだい、一緒にきて愛し合わないかい」
 和服姿もかわいい信太の森葛の葉を見たとたん、鈴木周がその手をとっていきなりくどき始めた。
「あらあ、いややわあ。こんな千歳を超えるおねえはんに、そないなことぉ」
「せ、千歳……」
 ぽっと顔を赤らめる信太の森葛の葉の前で絶句した鈴木周の頭を、レミ・フラットパインがスパコーンとハリセンでひっぱたいた。
「あらあ、懐かしいどすなあ」
 ハリセンを見て、なぜか信太の森葛の葉が感慨にふける。
「痛いなあ、何すんだよ、レミ」
 頭をかかえて、鈴木周がレミ・フラットパインに言い返した。
「言うに事欠いて、言うに事欠いて……。愛し合おうですって……」
「まあ」
 ぽっと、信太の森葛の葉が顔を赤らめる。
「周のぶぅわぁかぁぁぁぁ!!」
「はうわ」
 レミ・フラットパインのアッパーカットが炸裂して鈴木周が吹っ飛んだ。
「どうもおじゃましました。さあ、行きましょ、周」
 一言謝って、レミ・フラットパインがずるずると鈴木周を引きずっていく。
「ああ、これ、忘れ物どすえ」
 信太の森葛の葉が、渡しそびれていたサンドイッチとコーヒーを鈴木周に手渡した。
「またおいでやす」
 その言葉に手を振ろうとした鈴木周が、レミ・フラットパインにむちゃくちゃに引きずられて、歩道の上をもんどり打ちながら去っていく。
「ほんに、お子様の相手はおもろうおますな」
 信太の森葛の葉が口許を隠しながらコンコンと笑った。
「葛の葉ちゃん、ちょっと酷い……」
「えっ?」
 荒巻さけの言葉に、信太の森葛の葉はきょとんとした顔をしたが、日野晶はうんうんとうなずくのであった。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「ほら、動かないでください」
 カフェテラスの椅子に強制的に東條カガチを座らせてエヴァ・ボイナ・フィサリスが言った。
「なぎさんは、そちらをお願いします」
「うん」
 エヴァ・ボイナ・フィサリスと柳尾なぎこが、二人の力の精一杯を出し切って東條カガチの傷を治癒の魔法で治していった。
「この程度の怪我なんて、たいしたことねえのになあ。剣を振るう腕と頑丈な命しか持ち合わせてねえからさ、俺。それでたいていはどうにかできるんだぜ。心配ないって」
「暴力に訴えても何も変わりません。そんなふうではいつかあなたが死んでしまう!」
 減らず口をたたく東條カガチを、エヴァ・ボイナ・フィサリスが睨みつけた。それで心配するなと言っても無理な話だ。そういう心配をさせて、死んでしまった者を彼女は知っているのだから。
「おねえちゃん、あのね、カガチはお友達のためにしたんだよ。だから、怒っちゃだめです」
 エヴァ・ボイナ・フィサリスをなだめようと、柳尾なぎこが言った。
「その通り。まあ確かに、いつかは死ぬかもしれないが……いてててて」
「ぞんなごといっじやだめでず!」
 二人の思いも分からずにいる東條カガチに、さすがに柳尾なぎこも怒って腕にかみつきながら言った。
「わーった、わーった。お前たちを残して死んだりなんかしない、約束する。いえ、約束させていただきます」
「ぼんど?」
 かみついたまま、柳尾なぎこが聞き返した。
「ああ本当だ」
 東條カガチはそう答えた。死ねない理由。そんなものも、この世には存在するのかもしれない。
 エヴァ・ボイナ・フィサリスが、そっと柳尾なぎこを東條カガチから引き離して、腕にヒールをかけた。
 この人はほんの少し変わってきたのかもしれない。そう自分に語りかけながら。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「いやあ、テオがいてくれて、本当に助かった」
「はあ。まあ、これぐらいはなんでもないがな」
 両手にかかえるほどの荷物を持ったテオディス・ハルムート(ておでぃす・はるむーと)が、前を歩くアルフレート・シャリオヴァルト(あるふれーと・しゃりおう゛ぁると)に答えた。
「それにしても、ずいぶんと買い込んだものだ」
 ため息混じりにテオディス・ハルムートが言った。女性の買い物は量が多いとは聞いていたが、これほどだとは実感するまでは分からないものだ。
「安いときに買いだめをする。これが賢い生活の知恵ってもんだろう」
 いいことを教えてやっただろうと言いたげに、アルフレート・シャリオヴァルは答えた。
「まあ、たまにはいい気晴らしだ」
「私との買い物は、気晴らしなのかよ」
 笑いながら、アルフレート・シャリオヴァルトは力を込めないパンチをテオディス・ハルムートの腹に見舞った。
「さて、後一軒寄りたいんだが、いいかな」
「まだ買うのか。まあ、ここにきて多少荷物が増えても変わらんからな」
 半ば諦めたように、テオディス・ハルムートは同意した。
 夕暮れの町は、買い物帰りの人々が三々五々通り過ぎる。
「だから食べ過ぎだって言ったのに」
「カツ丼の二杯ぐらいなんでもないって。やっぱり飯は肉に限るよな。げっぷ」
 心配するレミ・フラットパインに、鈴木周がぱんぱんに張った腹をかかえながら答えた。
「もう、帰ったら胃薬あげるから、ちゃんと飲んでおきなさいよね」
「ああ、お前のせいでちゃんと常備して……」
 すぱこーん。
「なんか楽しそうなのが通り過ぎたな」
「そうね。ちょっとうらやましいかな……。ああ、この店だ。ここ、ここ!」
 ちょっと唖然とするテオディス・ハルムートに、アルフレート・シャリオヴァルトは小声でつぶやいた後、小さな画材店を指し示して大声で叫んでみせた。
「ここは……」
 予想外の展開に、ちょっとテオディス・ハルムートが驚く。
「好きなの買っていいぞ。私の物と一緒に精算するから気にするな」
 かすかに顔を紅潮させて、アルフレート・シャリオヴァルトは言った。
 バレバレだ。
 今日の荷物持ちのお礼なのか、それとも……。
 テオディス・ハルムートはあまり深く考えずに、お言葉通りに画材を買わせてもらうことにした。今は、それが無難そうだ。
 増えた荷物は、アルフレート・シャリオヴァルトが運んでいった。おかげで、寮に帰ってもいったん荷物を受け取りに、テオディス・ハルムートはアルフレート・シャリオヴァルトの部屋に寄るはめになる。
「荷物、パントリーに突っ込んどいてくれないか。少し疲れた」
 ベランダに出て夜風にあたりながら、アルフレート・シャリオヴァルトは言った。
「はいよ」
 予想通りだとばかりに、テオディス・ハルムートは答えた。
 慣れた手つきで買った物をパントリーや冷蔵庫に突っ込んで整理する。さあ、後は、買ってもらったスケッチブックと色鉛筆を手にして自分の部屋に帰るだけだ。
 画材を手にしたテオディス・ハルムートは、帰るための挨拶をしようとベランダにいるアルフレート・シャリオヴァルトに声をかけようとした。
「ん? もう帰るのか?」
 振り返ったアルフレート・シャリオヴァルトの姿が、月光の中に見える。銀の長い髪は青白く輝きいて夜の闇に浮かびあがり、ほっそりとしたシルエットはまるで風景の一部のように後ろの夜景にとけ込んでいた。
 窓から見えるその光景が、一幅の美しい絵のようにテオディス・ハルムートの目に映った。
「いや、少し……、おまえの絵を、描かせてもらっても……いいかな?」
「構わないさ。美人に描けよ」
 手すりにもたれかかりながら、アルフレート・シャリオヴァルトは微笑みながら答えた。
 紙の上を色鉛筆が走る音がしばらく響き、やがて素描ができあがった。
「どうだ」
 ちょっと自信ありげに、テオディス・ハルムートが訊ねた。
 絵を見たアルフレート・シャリオヴァルトは、無言でポンと彼の肩を叩いただけだ。
「はあ、またか」
 テオディス・ハルムートは、ため息をついた。彼の絵は、その、前衛的というか、先進的というか……。
 そのまま、テオディス・ハルムートは絵を持ったまま帰ろうとした。
「いや、とりあえず、その絵はおいていけ」
「どうするんだ?」
「こっちでちゃんと処分しといてやる」
「ああ、そうだな」
 がっかりしながら絵を手渡すと、テオディス・ハルムートは寮の自室へと帰っていった。
 残されたアルフレート・シャリオヴァルトは、手に持った絵を斜めにしたり逆さにしたりして小一時間悩んでみた。最後には諦めたのか、小さなため息をつくと、その絵を机の引き出しに大切にしまい込んだ。
 
    ☆    ☆    ☆
 
 そして、平和な一日が終わる……。
 
 

担当マスターより

▼担当マスター

篠崎砂美

▼マスターコメント

 ミニミニシナリオのはずだったんですが……なんか文章量異様に多くね?
 楽するはずが楽できてません。なんでこうなった……。
 短編集ということなので、いつもより短めにページを切りましたので、ページ数は多くなっています。
 いやあ、いろいろなシチュエーションがあって楽しかったです。さすがに夢落ちは出なかったのでほっとしていますが。まあ、中には、思いっきりグレー設定とかで、どうしようか悩みまくった物もありますが、多少違ってしまってもなんとか意図に近い形にはなっているかと思います。
 なお、文中でいろいろ設定っぽい蘊蓄が書かれていますが、出典が波羅蜜多ビジネス新書ですので、鵜呑みにするとちょっと危険かもしれません。まあ、一考察という程度のことにしておいてください。
 
 息抜きシナリオではあるのですが、相変わらず一筋縄ではいかない展開に……。NPCオールスターでそこら中に仕掛けが転がってます。今回の出来事を頭の隅にでも残しておくと、後々面白いかもしれません。
 
 本来、そんなにキャラ同士絡まないと思っていたのですが、蓋を開けてみたら絡みまくりでした。主に同じ場所に出かけていると、遭遇率高いようです。にしても、時系列を合わせるのには結構苦労しました。少し前後させてやっとという感じです。
 何人かのキャラは狂言回しとして歩き回っていますが、このシナリオの場合、基本はワンシーンです。さすがに朝起きてから夜寝るまでは書けません。この辺は他のシナリオにも言えるとは思いますが、一人のキャラを描く量には当然限界があります。運良く主役級になった場合を除けば、基本はワンシーンのみです。ですので、いろいろなことをしようとすると、その描写量の枠の中で分散することになりますから、結果として台本的な薄い描写になります。逆にワンシーンに絞ると、内面に踏み込んだ結構濃い描写になるというわけです。
 今回は、アクションの中からよさげなシーンを一つ二つ抜き出すという形で構成しました。また同じシナリオをする場合、濃い描写がほしいときはピンポイントに絞ればいいと思います。結構、希望のシチュエーションやキャラとの絡みが可能なシナリオですので、工夫のしがいはあるでしょう。
 
 相変わらず、独立したシナリオでありながら、いくつものシナリオと有機的に関係を持っています。気がむきましたら、たどってみるのも面白いでしょう。思わぬ大きな全体像が見えてくる……かもしれません。いや、言うほどたいそうな仕掛けはありませんけど。たぶん……。
 
追記 誤字脱字の修正。口調修正。後は、主に戦闘シーンなどに少しだけ加筆。ちょっと場面がわかりにくかったので。後は、はばたき広場の中央には時計塔があるということなので、風景描写をちょこっと加筆。ガイドさんたちの名前にふりがな追加。