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学生たちの休日

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学生たちの休日

リアクション

 
 
    ☆    ☆    ☆
 
「さあ、かかってきていいよ」
 左腕を包帯で吊った加賀見 はるな(かがみ・はるな)は、稽古用の竹刀を右手一本で構えて言った。
「ふん、いいのじゃな。いくぞ!」
 天子 魅鬼(あまね・みき)が、同じように右手だけで持った竹刀を大上段に構えながら突進してきた。
 パシンと、百合園女学院中に響きそうな音をたてて、加賀見はるなの竹刀が、天子魅鬼の竹刀を横に払いのけた。直後に、加賀見はるなはわずかに身体を横に移動させる。勢いの方向をそらされた天子魅鬼が、バランスを崩しながら加賀見はるなの後方へ駆け抜けた。
「なんの!」
 振りむくよりも早く、天子魅鬼が竹刀を後ろにむけて振り回した。
 だが、すでに加賀見はるなは竹刀の間合いから離れている。
 天子魅鬼の竹刀がヒュンと空を切った刹那、とって返した加賀見はるなが素早く踏み込んだ。
 突き出された竹刀を、のけぞるようにして天子魅鬼が避ける。だが、それが精一杯で、天子魅鬼は尻餅をついて倒れてしまった。
「本気を出しなさいよね」
 とどめを刺すことをせず、加賀見はるなが竹刀を天子魅鬼にむけて強い調子で言った。
「うるさい。ちょっと油断しただけじゃ」
 天子魅鬼が、負けじと言い返す。すぐに立ちあがると、右手で竹刀を構えた。
「両手でいいんだよ」
「これでいい!」
 加賀見はるなの言葉に、天子魅鬼が頑強に言い張った。
 その言葉を裏づけてみせると言いたげに、力任せに天子魅鬼が打ち込んでくる。
 鬼っ娘の力強い一撃を、加賀見はるなはすべていなしているようには見える。だが、それを見守るアンレフィン・ムーンフィルシア(あんれふぃん・むーんふぃるしあ)は、内心はらはらしていた。
 実際は、加賀見はるなが相手を見下してわざと受け流しているわけではない。力で正面から打ち合うことができないので、技でその力を左右に受け流すことしかできないでいるのだ。
「さすがに、ちょっときついかな……」
 じょじょに右手に痺れを感じてきて、思わず加賀見はるなは悟られぬように顔をしかめた。とはいえ、左腕に傷を負ったのは、自分の未熟さゆえだ。戒めとして、ある程度自然治癒するまではこのままでいたい。
「遠慮しないで、両手でかかってきていいんだから。さあ!」
 この程度の攻撃をいなしていても稽古にはならないと、加賀見はるなは天子魅鬼を挑発した。
「だったら、はるなも両手でくるのじゃ!」
 天子魅鬼が叫んだ。
「あたしは、腕が……」
 言いかけて、加賀見はるなは今更ながらにはっとした。その隙を天子魅鬼につかれ、思わず後退して体勢を立て直す。
 肩で息をする天子魅鬼を見つめながら、加賀見はるなはすっと竹刀の切っ先を下げた。
「そうだね。あたしは本当に未熟だ。ちょっと休んでもいいかな」
「構わぬぞ」
 息を弾ませながら、天子魅鬼が加賀見はるなに答えた。
「アン、ヒールを頼めるかな」
 アンレフィン・ムーンフィルシアに歩み寄った加賀見はるなは、包帯を剥がしながら頼んだ。
「その言葉を待ってたんだよね」
 すかさず、アンレフィン・ムーンフィルシアが、ヒールで加賀見はるなの腕を治療する。軽い怪我ではないが、ヒールで治せないほど深くはない。
 その様子を、天子魅鬼が複雑そうな表情で見つめていた。
 加賀見はるなの左腕の傷は、天子魅鬼がつけた物であったからだ。暴れる天子魅鬼を取り押さえようとした加賀見はるなが、一切の危害を加えようとはせず、逆に天子魅鬼の攻撃をすべて受け止めることによって、自分の身を厭うこともせずに天子魅鬼の信頼を得ようとした結果なのである。その結果、二人の契約が結ばれたわけなのだが。
 それでも、加賀見はるなは、自分がもっと強ければ怪我を負うことなく天子魅鬼を取り押さえられたと己に言い聞かせている。そのための自戒の意味で傷を残していたのだが、それを見る天子魅鬼の気持ちまでは気が回らなかった。そして、それこそが、真に未熟と呼ぶべきことなのだ。
「どうかしら?」
 ちょっと心配そうに、アンレフィン・ムーンフィルシアが加賀見はるなに具合を訊ねた。
「うーん、どうかな……」
 加賀見はるなは、治療が終わったばかりの左手をぶんぶんと振り回して見せた。
「大丈夫みたい」
 にっこりと、二人のパートナーにむかって微笑みかける。
「さあ、これでお互いに遠慮は無用ね」
 加賀見はるなは、左手で竹刀を持つと、軽く地面を叩いて見せた。パンと、容赦のない音が響き渡る。
「用意はいいかな」
 両手で、しっかりと竹刀をつかむと、加賀見はるなは力強く天子魅鬼にむかって打ち込んでいった。
「ちょっと、少しは加減するのじゃ」
 さっきとはまるで違う明るい声で、天子魅鬼が言った。
「怪我は治すけど、一応気をつけてよねー」
 今度は天子魅鬼のことを心配しながら、アンレフィン・ムーンフィルシアが言った。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「さて、それでは、ここでうどん粉を投げ込みます」
 割烹着に着替えた和泉真奈が、料理書片手で自信たっぷりに言った。
「真奈、それ強力粉だから。それに、これでちゃんとふるってよね」
 ミルディア・ディスティンは、あわてて粉ふるい器と薄力粉を和泉真奈に渡した。
「大丈夫。ちょっとお茶目しただけですから。ミルディアの方こそ、生クリームは泡立てられまして?」
「力仕事なら任せてよね」
 答えつつ、ミルディア・ディスティンは、元気いっぱいのスピードで生クリームを泡立てていった。
「あれ、なんでとろとろに……」
 クリームは泡立てすぎるとゆるゆるになってしまうということに気づかないミルディア・ディスティンであった。
「私たちは、りっぱな百合園女学院の生徒なんですから、この程度のケーキぐらい……あっ」
 生地を練りながら、だまになって溶けきっていないバターを見て、和泉真奈がミルディア・ディスティンに見つからないように背をむけて隠した。
 朝の体力トレーニングのときとは真逆に、ある意味現状は阿鼻叫喚である。
 それでも、なんとかオーブンの中にケーキの素らしき物が投入される。
「じゃあ、火をつけるよ」
 和泉真奈は、オーブンのスイッチを入れた。
 予熱していない……。
「ふう。何事も、準備運動が重要よね」
「ええ。そうですわよね。これで、なんとか、明日の調理実習にも勝てますわ」
 はかない望みにかける二人であった。
 結果……。
「あら、まあ、もうこんな時間……」
 できあがった謎物体を前にして、夕方の筋力トレーニングに二人は逃げ出していった。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「おいしそうなケーキですわね。さあ、いただきましょう」
 カフェテラスのテーブルにならんだケーキセットを見て、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が嬉しそうに言った。
「ああ、幸せですぅ」
 生クリームをひとすくい口に運んで、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は満面の笑みを浮かべた。
「明日の調理実習でも、これくらいのケーキ作れたらいいんだよねえ〜」
「それは言わない約束でしょ」
 セシリア・ライト(せしりあ・らいと)の言葉に、メイベル・ポーターはパコーンとかわいいデコピンで応えた。
「実習のことは、なるべく考えないようにしていたのにぃ」
 イチゴにフォークを突き刺して、メイベル・ポーターはうめいた。何が苦手といって、料理ほどの天敵もいない。
「一人でケーキぐらい作れるようにならないとだめなんだよ〜」
「みんなで作れば怖くないですぅ。玉砕するなら、一緒ですぅ」
 見捨てないでと、メイベル・ポーターはセシリア・ライトの手を握って言った。
「それはだめだよ」
「そうですね。たとえ一人でも作れるようになってもらわないと」
「えーっ」
 二人の言葉に、メイベル・ポーターはちょっと意外そうにむくれて見せた。
「私たちは、いつまでも一緒ですぅ」
 ずっと箱入り娘でいたメイベル・ポーターが、屈託もなくセシリア・ライトたちと戯れる姿は、ずっと見守ってきたフィリッパ・アヴェーヌにとってはこの上もなく嬉しい姿だ。とはいえ、いつまでも自分たちを頼りにして自立できないのでは困る。自分たちの手を離れるのは淋しいけれども、それを妨げてはいけないのだ。それは、セシリア・ライトも同じ思いだろう。
「でも、ケーキはみんなで作った方がきっと楽しいのですぅ」
「もちろんそうだよ」
 メイベル・ポーターの言葉に、セシリア・ライトがうなずいた。
「そうですわね。一人よりも二人、二人よりも三人、三人よりもたくさんですわ」
 そして、たくさんの中の一人ではなく、たくさんと対峙できる一人と、フィリッパ・アヴェーヌは心の中でつけ加えた。