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リアクション
7.ツァンダの風景
「あははははは、焔、もっととばしてー。もっと速くう!」
馬を走らせる村雨 焔(むらさめ・ほむら)の身体にしがみつきながら、後ろに乗ったアリシア・ノース(ありしあ・のーす)がはしゃいで叫んだ。
「こら、そんなにはしゃぐと危ないぞ」
ハイテンションなアリシア・ノースに、村雨焔がちょっと心配になって言った。
「大丈夫だもん。焔と私のらぶらぶかっぷるなら、どんなにスピードを出しても大丈夫なのだー。馬超なんておいてきぼりにしちゃえー」
「まったく、仕方のない奴だなあ」
苦笑しつつ、馬超との早駆けに少し差をつけるのは面白いかもしれないと思って、村雨焔は少しだけスピードをあげた。
「馬超、もっととばしてください。アリシアの乗ってるマスターの馬からずいぶん遅れてしまっています」
馬超 孟起(ばちょう・もうき)の操る馬の後ろに乗ったルナ・エンシェント(るな・えんしぇんと)が心配そうに叫んだ。
「分かった。しっかりつかまっていてくれよ。行くぞ、琉影!」
馬の名を呼ぶと、馬超孟起が人馬一体となって、村雨焔の駆る麒麟という名の漆黒の馬を追いあげていった。
「きたよー。負けるなー」
長い赤毛を風に一文字になびかせながら、アリシア・ノースが叫んだ。
「馬超め、その気になるとはな」
面白そうに言うと、村雨焔は本気で馬を走らせ始めた。それは、すぐに馬超孟起にも分かる。
「そうきますか。受けてたちますよ。ルナ殿、死ぬ気でしがみついてください!」
そう言うと、馬超孟起も本気を出した。
一本道を二頭の馬がならんで走る。風を巻きあげ、抜きつ抜かれつ。力強く大地を打ち鳴らし、四人と二頭は一丸となって突き進んでいった。
どれだけ走っただろうか、突然、村雨焔が馬をとめた。不意を突かれて一瞬遅れた馬超孟起が、少し先で止まって馬首を巡らす。
「どうしてやめちゃったの?」
面白かったのにと、アリシア・ノースが不服そうに村雨焔に訊ねた。
「二人乗りだからな。麒麟を乗り潰すわけにはいかないだろう」
村雨焔は答えた。むろん、この程度で壊れるような麒麟ではないが、村雨焔はパートナーたちと同じように二頭の馬たちをもいたわったのである。
「それに、これを見ないで走り去るのはもったいないだろう」
そう言う村雨焔たちの周りに、馬たちが起こした風で舞いあげられた紅葉が、はらはらと雪のように降り注いできた。林の中の道に、一面の赤と黄色の落ち葉が舞い踊り、村雨焔の周りを彩った。
「綺麗です」
思わず見とれながら、ルナ・エンシェントが言う。
「紅葉狩りとしゃれ込むのも悪くないだろう」
村雨焔の言葉に、パートナーたちが同意した。
ゆっくりと少し進むと、林を抜けて川の近くに出る。
そこには、一面の紅葉につつまれた小さな渓谷と、日差しをたっぷりと含んだ草原が広がっていた。
「昼食にしますか?」
「わーい、私、お弁当持ってきたんだよ」
馬超孟起の言葉に、アリシア・ノースが待ってましたとばかりにバスケットを取り出した。
おむすびでほのぼのとおなかを満たした後、馬超孟起は近くに戦える獣はいないとか探しに行った。彼にとっては、ちょうどいい腹ごなしなのだという。
「わーい、赤とんぼだー」
「これ、アリシア、うかつに川に入ると流されますよ」
はしゃいで走り回るアリシア・ノースを心配して、ルナ・エンシェントが一生懸命後を追って走る。
そんな声を聞きつつ、村雨焔はゆったりと草の上に寝ころんだ。実に平和なことだ。
「焔も、遊ぼうよー」
戻ってきたアリシア・ノースが、村雨焔の手を引っ張った。
「もう、アリシアははしゃぎ過ぎです」
「うー、だったら、私もお昼寝する。だって、らぶらぶかっぷるだもん」
ルナ・エンシェントに叱られてへそを曲げたアリシア・ノースは、そのまま村雨焔の横に寝っ転がった。
「ここって、お日様の匂いがするね。それと、焔の匂いもする」
暖かい日差しにあくびを誘われながら、アリシア・ノースが言った。
「そうだな」
村雨焔が軽く頭をなでてやると、遊び疲れていたアリシア・ノースはすとんと眠りに落ちてしまった。
「まったく、お子様なんですから」
「悪いことじゃあるまい」
「それはそうですけど」
村雨焔に言われて、ルナ・エンシェントが困ったような顔をする。
「それにしても、一瞬で寝ちゃいましたね。ここ、そんなに気持ちいいのかしら?」
試してみようと、ルナ・エンシェントは村雨焔の隣に自分も寝ころんでみた。
「あら、ほんと、なんだか気持ちいい……」
言いつつ、ルナ・エンシェントもトロンとしてくる。
しばらくして馬超孟起が手ぶらで戻ってきたときには、二人は村雨焔を枕にしてすやすやと小さな寝息をたてていた。
「それでは、身動きがとれないですな」
「ああ、まったく」
馬超孟起に言われて、村雨焔は苦笑するしかなかった。
「それで、何か見つけたのかな」
「いいや、何も」
馬超孟起が、残念そうに首を振った。
「それはよかった。彼女たちがいるんだ。やっつけるまでもなく、危ないものがいないのであれば、それが平和というものだな」
「まあ、そうだな」
そう言って、馬超孟起はどっかと草の上に腰を下ろした。することがなくなったので、しかたなく二人の寝顔を見つめている。
「それで、いつまでこうしていればいいんだ」
素朴な疑問を、馬超孟起が口にしてみた。
「さあ」
それはたいした問題じゃないと、村雨焔は答えた。
☆ ☆ ☆
「こっちは平気なようだな」
トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は、蒼空学園内の通路の角からこっそりと顔をのぞかせると、千石 朱鷺(せんごく・とき)の姿が近くにないことを確認した。
「そっちは大丈夫か、ベルナデット」
同様に、一緒にいるベルナデット・アンティーククール(べるなでっと・あんてぃーくくーる)にも確認させる。
「はあはあ……、たぶん大丈夫なのじゃ」
トライブ・ロックスターの反対側の廊下を見据えながら、ベルナデット・アンティーククールは息も荒く答えた。
「まったく、休日の朝から、なんでこんなきつい運動をしなくてはならんのだ……」
ベルナデット・アンティーククールの言葉に、トライブ・ロックスターは思いっきりうなずいた。
「しかたないだろ。朱鷺に捕まったら、これより酷い命がけの修行やらされんだぞ」
トライブ・ロックスターは、手ほどきしてやると言う千石朱鷺と入学前にやった地獄の修行を思い出して身を震わせた。あれはもう、修行と言うよりも拷問に近い。
「それは、トライブの戦い方がふがいないからなのじゃ」
自分は巻き込まれただけなのだと、ベルナデット・アンティーククールが文句を言った。
「ええ。もちろんその通りです。ですから、修行は必要なのですよトライブ」
聞き覚えのある声が、二人の後方から聞こえてきた。
こわばる首を軋ませながら、ゆっくりと二人が振り返る。
「朱鷺……。わっ、こっちくんな!」
「失礼な。それ以上逃げるのでしたら、一度動けなくするしかありませんね」
両手を振り回して抵抗するトライブ・ロックスターに、千石朱鷺はすっと抜き身のグレートソードを持ちあげた。その刀身に雷光がまとわりつき始める。轟雷閃の構えだ。
「ま、待て。校内でそんな破壊行為をしたら、後で校長から大目玉を食らうぞ。えっ、あああ、校長! いえ、これは何でもありません。何もしてませんったら!」
突然千石朱鷺の後ろに視線をやって、トライブ・ロックスターは大あわてで謝った。すでに、千石朱鷺など眼中にないといった様子だ。
「えっ、本当に環菜校長が……」
驚いて、千石朱鷺が振り返る。
「かかったな、逃げるぞベルナデット!」
トライブ・ロックスターは小柄なベルナデット・アンティーククールをかかえると、バーストダッシュでその場から姿を消した。
「騙しましたわね、トライブ。いいでしょう。逃げたければ逃げれないいじゃないですか。休日に獲物を狩る狩人となるのも楽しいかもしれませんから。でも、わたくしの好意を無にする行動は万死に値します。逃げる獲物を前に、手加減したり躊躇するほど、わたくしは甘い人間じゃありませんよ」
千石朱鷺は、不敵につぶやいた。
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