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リアクション
5.キマクの野景
「だ、誰もいない……」
空っ風が吹きすさぶシャンバラ大荒野で、ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)は一人淋しくスパイクバイクにまたがっていた。
――以下、ナガンウェルロッドの個人的脳内回想。
「ヒャッハー。ドラゴンチキンレースの楽しさってもんを、お前たちチキン野郎どもにも分からせてやろう。アトラスの傷跡の麓で待ってるぜ。さあ、かかってきやがれきやがれ!」
――回想終わり。
「風がちべたい……」
持ってきたお弁当の手作りサンドをもそもそとパクつきながら、ナガンウェルロッドはつぶやいた。まさか、パートナーたちも誰一人やってこないとは……。
「来いって命令しなかったからなあ。しかたないか」
サンドイッチの最後の一口を飲み込むと、ナガンウェルロッドはスパイクバイクのキックスイッチに脚をかけた。
「エンジンをかけさせていただきますよ。よいしょっと」
およそ似つかわしくない丁寧な言葉で、ローテンションのナガンウェルロッドは、キックスイッチを蹴っ飛ばした。
風の音しか聞こえなかったシャンバラ大荒野に、スパイクバイクのエンジン音が響き渡る。その爆音とともに、消え去っていたナガンウェルロッドのテンションが再び高まってくる。
「きた……。きましたよ、きたきた……。きたきたきたきたぁ!! ひゃっはぁぁぁぁ!! 風を切り裂け爆音よ。咆えやがれ! ナガン様の咆哮の前じゃ、ドラゴンなんかちびって逃げ出すってことをこれから証明してやるぜぇ!」
なんとかテンションをあげると、ナガンウェルロッドはドラゴンの巣を探して走り出した。
「なんだか騒がしいな。おちおち寝てもいられないということか」
低い丘の上で昼寝をしていたジャワ・ディンブラは、深紅の鬣に彩られた長い首を持ちあげた。やっと成体に姿形が近くなったが、ドラゴンと呼ぶにはまだ若すぎるドラゴニュートだ。
「おお、ほんとにいたぜぇ。ドラゴンだぁ」
ジャワ・ディンブラの姿を見つけたナガンウェルロッドが、ちょっと顔を引きつらせながら叫んだ。
「ほんとにいたのね……。ははははは、上等じゃねえか、予定どおりぃ。突っ込むぜ、突っ込むぜ、突っ込んでやるぜ!!」
もう破れかぶれでナガンウェルロッドがスパイクバイクのスピードをあげる。誰か観客でもいればテンションは最高潮に盛りあがるのだが、いかんせんたった一人では玉砕となんら変わりがない気もする。
「なんだ、あの馬鹿、こちらに突っ込んでくるじゃないか。まったく、ゆっくりと里帰りもできんのか」
砂煙をあげて丘を駈けのぼってくるスパイクバイクに、ジャワ・ディンブラはちょっと顔をしかめた。
「まだまだまだ、いくぜぇ!」
ナガンウェルロッドは、全然スピードを落とそうとはしない。むしろ、加速しているようだ。
「面倒だな。いっそ、汚物は消毒するか……」
口先から赤い炎をちろちろとのぞかせながらジャワ・ディンブラはつぶやいた。
「いやいやいや、ココとの約束だ。よほどの理由がない限り人は殺さぬと誓ったではないか。彼女たちに危険が迫ったのならともかく、我にとって、これは危機でもなんでもないではないか」
すんでのところで、ジャワ・ディンブラは自重した。
「あは、あはははははは。つ、突っ込むぜぇ。突っ込んじゃうんだぞー。おい、本当だぞー」
ジャワ・ディンブラの金色の瞳とばっちり視線を合わせながら、ナガンウェルロッドが叫んだ。どうしても、その笑いは引きつってしまう。
「ナガンは、『ドラゴンに勝ってみた』っていう称号も持ってるんだぜぇぃ。ほらほらほら、恐れ入ったら道をあけやがれ!!」
必死の形相で、ナガンウェルロッドが叫んだ。それはそうだが、実力のある者たちを集めたパーティーでやっと勝ったのであるから、タイマンでは結果が見えている。
「うるさいぞ!」
一喝すると、ジャワ・ディンブラは突っ込んでくるナガンウェルロッドの直前で翼を広げて飛翔した。もし、そのまま寝そべっていたら、ナガンウェルロッドのスパイクバイクと衝突していただろう。
「へへへへ、勝ったぁ。ナガンがドラゴンに勝ったんだぜぇ!」
バイクで丘の頂上を通り過ぎながらナガンウェルロッドが叫んだ。
ナガンウェルロッドからしてみれば、ドラゴンの方がビビって逃げ出したということになる。
「やれやれ」
手のかかる子供を見下ろすかのような瞳で、ジャワ・ディンブラは真下でターンして止まったナガンウェルロッドを見つめた。正直、彼女の年齢から見れば、ナガンウェルロッドなどまだ卵みたいなものだ。
「おや、なんだ、あのドラゴン。よだれかけと帽子なんかかぶってやがるぜ」
ナガンウェルロッドが、上空のジャワ・ディンブラを見あげて言った。
確かに、ジャワ・ディンブラは、長い首のつけ根にレースで縁取られたエプロンと、頭にちっちゃなシルクハットを斜めにかぶっている。
「しっけいな。我は、メイドゆえ、これはりっぱなメイド服の一部だ」
気分を害したジャワ・ディンブラは、ナガンウェルロッドの相手をやめて、ヴァイシャリーの方角へと飛び去っていった。
「はっははははは、ナガンはドラゴンに勝った。ナガンさいきょー」
ナガンウェルロッドはジャワ・ディンブラがいた場所に立つと、両手を腰にあてて大空にむかって叫んだ。
「そうか、貴様が最強の男か……」
そこへ、太陽を背にして一人の男が現れた。その名を、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)という。自分よりも強い奴を求めて、パラミタをさすらうストリートファイターである。今この荒野にストリートはないが、気にしてはいけない。
「もちろんだ。ナガンが最強だあ!」
勝てそうな挑戦ならいつでも受ける。勝てそうもない挑戦であれば、勝てるように工作する。ナガンウェルロッドは、狡猾そうに答えると、長い舌で唇を湿らせた。
「ふむ。おもしれぇ。てめえの力がどれほどの物か、見せてもらうか!」
ラルク・クローディスが、走り出した。ナガンウェルロッドが迎え撃つ。
両者相まみえると思われたその瞬間……。
「はーい、そこでストーップぅ!!」
突然響き渡った第三の声に、思わずラルク・クローディスとナガンウェルロッドが動きを止めた。お互いの拳が相手の頬に触れる直前のクロスカウンターの姿勢でぴたりと止まる。二人とも、意外と素直である。
「いいなあ、そのポーズ。最高だよね。ああ、動かないでよ、今スケッチするから」
首から提げた画板の上にスケッチブックを載せた白菊 珂慧(しらぎく・かけい)が、色鉛筆片手に嬉しそうに言った。
「ちょっと待て、貴様、これはなんのまね……」
「ああ、動かないでよぉ!!」
拳を退いて文句を言おうとしたラルク・クローディスを、白菊珂慧は一喝してフリーズさせた。ひ弱な少年に見えるのだが、意味不明な迫力がある。
「ははーん、動いちゃいけないようだぜぇい」
チャーンスとばかりに、ナガンウェルロッドが卑怯にもラルク・クローディスの頬にあてた拳をぐりぐりと動かした。
「き、貴様、卑怯な……」
負けじと、ラルク・クローディスがぐりぐりとナガンウェルロッドに拳を押しあてた。
「いいなあ、そのパンチがあたった瞬間のようなゆがんだ顔。芸術を書く意欲がふつふつとわいてくるよね。きっと、この絵が完成したら、空京美術館に飾られるよ。後世にその姿が残される国宝物だよ。タイトルはそうだなあ……、『勇者の戦い』……なんてのはどう?」
国宝という言葉に、二人の目がきらりと光った。
「もちろん勇者というのは、オレのことだよなあ。ぐりぐりぐり……」
「ぢがうぜぇい。ナガンがごくぽうとしてあがめられるんだぜ……。ごおりごおり……」
ミクロの激しい戦いを繰り広げながら、ラルク・クローディスとナガンウェルロッドが舌戦を繰り広げた。
「動いちゃだめだよ」
「はーい」
白菊珂慧の言葉に、二人がお行儀よく返事をする。その直後に、白菊珂慧の目を盗んで、ラルク・クローディスが〇距離ドラゴンアーツをちょいとかました。
「あぼ……」
思わず、ナガンウェルロッドが少しのけぞった。
「いけ」
すかさず、ナガンウェルロッドが、光精の指輪から出した光精霊で、ラルク・クローディスのひげをプチプチと引き抜いて反撃する。
「いてててて……」
実に細かい戦いが繰り広げられた後、白菊珂慧の絵は完成した。その絵を見た二人によって、白菊珂慧がどうなったかはシャンバラ大荒野の風だけが知っている……。
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