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リアクション
☆ ☆ ☆
「未羅ちゃん、未那ちゃん、そろそろ出かけるわよー」
あらかたの家事を終わらせた朝野 未沙(あさの・みさ)が、妹たちである朝野 未羅(あさの・みら)と朝野 未那(あさの・みな)に声をかけた。
「はーい、今行くなのー」
エプロンを急いでたたみながら、朝野未羅が元気な声で答えた。
「行こう、未那お姉ちゃん」
窓から顔を出して、庭を掃いている朝野未那に声をかける。
「はいはいですぅ」
手を止めて、朝野未那が答えた。
姉妹が借りている郊外の屋敷は、アサノファクトリーという名の機晶姫専門のメンテナンスショップを開けるだけあって結構広い。そのため、毎日の掃除も結構大変な仕事だった。
機晶姫である朝野未羅のメンテナンスもかねて開いたショップではあるが、機晶姫関係の技術はヒラニプラ家でほぼ独占されている。機晶姫の内部構造も、その大半は未解明の技術なのでほぼブラックボックスに近かった。
そのため、機晶姫の改造メンテナンスを謳ってはいても、実際に手を出せるところは少ない。ヒラニプラで生産出荷される機晶姫用の消耗パーツなどをなるべく多く在庫して、交換追加するのが限界であった。
それでも、ここツァンダでは、需要は多いと言えるだろう。
完全な外部追加のオプションであれば、純粋な機晶姫の技術とは無関係であるから、個々の機晶姫の体型や外装に合うように改造して取りつけることは不可能ではない。今後は、そういう依頼も増えそうだと、朝野未沙はちょっぴり期待していた。
さすがに、重大な破損や故障はヒラニプラのマイスターに頼まねばだめだが、軽度の物であれば対処できる者も増えてはきている。自分もその一人として広く認めてもらえるようにならなくてはというのが朝野未沙の当面の目標であった。
「今日は、頼んでおいたパーツを受け取りに町に行くわよ。ついでに、いろいろ買い物もしようね。でも、とりあえず、学園のカフェテラスでお茶してから行こう」
「わーい、チョコパフェなの〜」
朝野未羅が歓声をあげた。
支度をすると、三姉妹はそろって仲良く家を出た。
蒼空学園のエントランスに入ると、右手にあるカフェテラスにむかう。外周に面したカフェテラスは、壁の一面がすべてガラス張りになっており、非常に明るく開放的だ。
「蒼空パフェ、おいしいですぅ〜」
「チョコパフェだって、おいしいの♪」
「どれどれ……」
フルーツ山盛りのパフェと、チョコパフェをひとすくいずつ味見すると、朝野未沙は代わりに自分のプリンパフェを二人に味見させた。
「未沙さん、未那さん、未羅さんこんにちは」
不意に声をかけられて振りむくと、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)を連れた樹月 刀真(きづき・とうま)が立っていた。
「実は、機晶石についてちょっと聞きたいことがありまして。報酬といってはなんですがここの支払いは俺が持ちますよ……って、月夜、なんで君まで注文してるの?」
チョコパフェの食券をウェイトレスさんに渡している漆髪月夜を見て、樹月刀真がちょっと困ったように言った。
「だって、ここにきたら、パフェを食べないと……」
「そうだよねー」
答える漆髪月夜に、朝野未沙のパートナーたちが唱和した。
「じゃあ、そちらで」
パフェで盛りあがる妹たちと漆髪月夜を残して、朝野未沙は樹月刀真のテーブルに移動した。
「魔導球の中に機晶石が?」
「ええ。見かけた人がいるという話でして。証拠は残ってはいないんですが」
スライムとの攻防戦で、オプシディアンと戦った生徒たちのレポートから得た情報を、樹月刀真は確かめに朝野未沙を探していたのだった。機晶姫や機晶石に関わることであれば、彼女にいろいろ教えてもらうのは、悪い選択ではないはずだ。
「でも、それが何か?」
「手がかりだとは思うんです」
「うーん」
言われて、朝野未沙はちょっと考え込んだ。
機晶石は、機晶姫の心臓とも言えるエネルギー結晶体で、その詳細は謎につつまれている。それこそ、機晶姫のシステムの中でも最大のブラックボックスだ。
だが、それとは裏腹に、飛空挺の動力としてや、地上と空京を結ぶ新幹線や、ヒラニプラ鉄道などにも広く利用されているらしい。
もっとも身近にある謎と言っても過言ではないだろう。
そもそもは、機晶石はポータラカという国において生み出されたと言われている。現在ポータラカとの交流がなく、その正確な位置すらはっきりしていないのだから、言われているとしか言いようがないのが実情だ。はっきり言ってしまえば、伝説でそう言われているに過ぎない。事の真偽は不明のままだ。
現在でも、機晶石の生産方法は公にはされていない。すべては、学生たちとは別のレベルの世界で話が進んでいて、謎に手を出すことは不可能に近いのが現状である。
それらの機晶石は、偶然遺跡から発見される場合を除いては、ヒラニプラ家がほぼ独占して管理している状態にある。そして、絶大な経済力を背景に、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)が流通を握って、小型飛空挺などに転用している。これだけでも、部外者が簡単に手を出せる物ではなかった。
だからこそ、朝野未沙としては悔しいことに、機晶石に損傷を受けた機晶姫の修復には全くの無力だった。パーツ取りとして小型飛空挺などに使われている機晶石の転用も考えたが、精製方法が別なのか、彼女の知識では転用どころか組み込まれている回路以外での利用はほぼ不可能だった。あくまでも、ブラックボックスはブラックボックスのままなのだ。
「機晶石を使った魔導球という兵器があるなんて話は寡聞にして知らないんだよね。でも、シャンバラ教導団やうちの学園が秘密裏に開発したんじゃないとすると、大昔からあった物なんじゃないのかなあ。ポータラカなんかだったら、いろいろとあったかもしれないじゃない」
ちょっとうっとりするように、朝野未沙は言った。機晶姫を生み出したとされる幻の国は、彼女にとってちょっとしたロマンでもあるのだ。
「魔導球自体が、ちっちゃい機晶姫なんてことは……」
「彼女たちは、もっと複雑よ。そして、何よりも生きている。だって、あたしたちのパートナーなんだもん」
「じゃあ、プロトタイプとかそんなのでしょうかねえ」
「さあ。現物を見ないと何とも言えないんだもん」
樹月刀真の疑問に、朝野未沙はそれ以上答えることはできなかった。
「ありがとうございました。もう少し自分で調べてみますね」
そう言うと、樹月刀真は席を立った。
「行くよ、月夜」
「はい……」
樹月刀真に呼ばれて、漆髪月夜が朝野未羅たちにバイバイの挨拶をして駆けてきた。
「次は……どこに行くの?」
「うーん、図書館でスライムのことを調べようかなあと思っている」
「図書館? イルミンスールの大図書室に行くの?」
図書館という言葉を聞いて、本好きの漆髪月夜が目を輝かせた。
「それも考えたんだけど、さすがにツァンダから日帰りでイルミンスールまで行くのは時間的に無理があるからなあ。ここの図書館でも、それなりに調べられるさ」
ちょっとがっかりする漆髪月夜に、樹月刀真はそう言った。
学生たちのレポートは、電子化された物であれば、蒼空学園の図書館のデーターベースにも登録されるはずである。ただし、イルミンスール魔法学校のレポートを、マメに電子化してくれる人がいればの話ではあるが。
二人は連れだって、エントランスの外に出た。蒼空学園の図書館は別棟だ。
「綺麗な青空ですね。よい天気です」
涼しげな風に、樹月刀真は言った。
漆髪月夜が、風に流れた漆黒の髪をそっと片手で押さえる。
そのとき、突然の爆発音が響き、突風が校庭の端の方で起こった。
「だから、俺たちを殺す気かよーーーー!!」
「わらわは関係ないと言っておるじゃろうに。死ぬ、死ぬぅ。トライブ、血を吸わせるのじゃ!」
大の字の格好で横にくるくると回転しながら、人間が二人吹っ飛ばされていく。これは、どういった状況なのだろうかと、樹月刀真たちは目を丸くした。
「うふっ、まだまだ。修行はこれからが本番ですわよ」
爆炎波を放ってまだ灼熱しているグレートソードを引きずりながら、千石朱鷺がゆっくりと二人の後を追っていった。
「関わらない方がいいな」
「うん」
樹月刀真の言葉に、漆髪月夜は彼にしがみつきながら力一杯うなずいた。
こそこそと隠れるようにして図書館にたどり着いた二人であったが、図書館は図書館でなにやら騒がしかった。
「ほら、男でしたらもう少し力を出してください」
エヴァ・ボイナ・フィサリス(えば・ぼいなふぃさりす)が、巨大な本を背負った東條 カガチ(とうじょう・かがち)を励ましていた。
「そんなこと言われてもねぇ……。だいたい、なんでこんな本読みたいんだぁ……」
本の重みに押しつぶされそうになりながら、東條カガチは答えた。何しろ、その本ときたら、一ページの大きさが一平方メートルを遙かに超える。しかも結構分厚い。いったい何十キロあるというのだろう。それ以前になんでこんな本が蒼空学園の図書館にあり、なんでそれをおねえちゃんが読みたがっており、なんで自分が運ばなければならないのだ。
東條カガチは、不条理な思いでいっぱいだった。
「がんばれー、カガチ。ファイトだよぉ!」
柳尾 なぎこ(やなお・なぎこ)が、応援だけは元気にしてくれる。
「あなたの体育の成績なら、それくらい軽いでしょう」
それはそうではあるが、今はちょっときついと東條カガチはエヴァ・ボイナ・フィサリスに言いたかったが、ぐっと言葉を呑み込んだ。ここでいらぬ心配をかけたくはない。
そんな東條カガチの態度に、エヴァ・ボイナ・フィサリスがちょっと怪訝そうな顔をする。
「いったい、なんの本なの?」
なんとか机の上に本を引っぱりあげたエヴァ・ボイナ・フィサリスに、柳尾なぎこが訊ねた。
「薬草の本ですよ。なるべく本物と同じ大きさでイラストが描かれているので、こんなに大きいのです」
エヴァ・ボイナ・フィサリスが、柳尾なぎこに説明した。
「だとしても、限度という物があるだろう」
椅子から半分ずり落ちそうな格好で腰を下ろしながら、東條カガチが天井を仰ぎ見つつ言った。さすがにきつい。
「カガチのためですよ。しょっちゅう怪我してくるカガチのために、薬草とヒールを組み合わせれば治癒の効果が高まるのではないかと思って……。まさか、カガチ……。ちょっと診せなさい!」
思いの外バテている東條カガチを見て、エヴァ・ボイナ・フィサリスが詰め寄った。
「いててて……」
「やっぱり。またこんな怪我をして。それで、午前中は用事があるなんて言っていたのだな!」
エヴァ・ボイナ・フィサリスがちょっと声を荒げて怒鳴った。予期せず、周囲の注目が集まる。
「ちょっと病院に寄ってきただけだよぉ〜。まあ、別の病院でちょっと痛い目に遭ったんだけどさあ〜」
さも何でもないようを装って、東條カガチは言った。
「ここでは、他の人の邪魔になる。カフェにでも行きましょう」
まだちょっと怒りながら、エヴァ・ボイナ・フィサリスが言った。そのまま、柳尾なぎことともに、東條カガチを引きずるようにして図書館を出て行く。
「なんだったんでしょう。今の騒ぎは……」
状況がよく呑み込めず、端末の前で樹月刀真はつぶやいた。
「ああ、ほら。あった……」
漆髪月夜がモニターを指さした。いくつかのレポートが、蒼空学園のデーターベースにも登録されている。
「よしよし。これを読んで、俺もレポートをまとめておくとしましょう。そのうち、何かの役にたつかもしれませんから」
いくつものレポートに目を通しながら、樹月刀真はレポート用のメモを作っていった。
「魔導球、オプシディアン、マジックスライム……。ややこしいというか、未だ謎だらけというか……」
樹月刀真は、次のレポートに目を移した。
「なになに……。『月夜さんの愛情のこもったヨヤ宛の贈り物を手に入れた。これで勝つる!』って、誰のレポートです、これ。まあいいや、ちゃんとメモして……」
ごすっ!
「いたたた、月夜、なんでいきなり叩くんですか。それも角ですよ、角!」
いきなり漆髪月夜に本の角で殴られて、樹月刀真は声を荒だてた。
「それは……書かなくていい!」
ちょっと顔を赤らめて、漆髪月夜が言う。
「でも……。分かった、分かりましたよ、ここはスルーします」
再び本を持った手を挙げかける漆髪月夜を見て、樹月刀真は叫んだ。
「まったく、これというのも、みんなオプシディアンのせいですよ。今度会ったら最後、絶対に力でねじ伏せてやります」
「でも、それじゃ……おんなじ……」
決意を新たにする樹月刀真の言葉に対して、漆髪月夜がぽつりと言った。
「かもしれないね。力に頼って我を押し通そうとするところは同類かな。だとしたら、それでも違うということを、彼を捕まえて証明してみせますよ」
樹月刀真は、そう漆髪月夜に言った。
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