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学生たちの休日

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学生たちの休日

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    ☆    ☆    ☆
 
「ちょっと休んでいこうよ。おなかもすいてきたしね」
「そうだな。さすがに、ちょっと休みたいぜ」
 冬物の洋服の入った紙バックを両手でかかえるようにして持ったカルナス・レインフォード(かるなす・れいんふぉーど)が、手ぶらで嬉しそうに歩くアデーレ・バルフェット(あでーれ・ばるふぇっと)に同意した。
 二人が洋品店を後にすると、入れ違うようにして御凪 真人(みなぎ・まこと)セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)がやってきた。
「ここよ、ここ。安くて品揃えがいいって噂のお店。さあ、早く早く」
「時間は限られていますが、そこまで急がなくても大丈夫ですから」
 待ちきれないという感じで店に飛び込んでいくセルファ・オルドリンの後を追って、御凪真人が確かな足取りで店に入っていった。
「まるで、この店に入ったときのオレたちみたいだぜ」
 カルナス・レインフォードが、ちょっと苦笑する。いつの世も、女性の買い物につきあう男性というのは同じようなものだ。最後には疲れ果ててしまうわけだが、それでも、パートナーの喜ぶ顔を見る喜びには変えられない。
 その笑顔を見たくて、カルナス・レインフォードはレストランにやってきていた。
「ここのケーキがおいしいんだって」
 サンプルのショーウインドーの前で、アデーレ・バルフェットが後ろ手を組んだままのぞき込むように小首をかしげた。
「ここに入ろうよ」
 淡い草色の髪がゆれて、眼鏡をかけた顔にわずかにかかる。
「食べ放題か。よし、食おうぜ」
 二人が中に入ると、店の中は人でいっぱいだった。幸いなことに、待たされることなく席を確保することができる。
「クロセルぅ、カレーくさいのだ!」
「なんの。そのケーキをならべた防壁の甘たるい匂いに対抗するには、七色カレーしかないのです」
 隣の席で、なにやら小さなドラゴニュートとパートナーの男が楽しそうにもめている。
「こっちだって、虹色ケーキなのだ」
「だったら、もう一種類、カレーを取ってきます」
「ずるいのだ。私にも八つ目のケーキを持ってきてほしいのだ」
「はいはい。お任せを。それにしても、カレー味のケーキはないんでしょうか……」
 バタバタするマナ・ウィンスレットに、クロセル・ラインツァートはちょっとした悪巧みを考えたが、もちろんそんなケーキはさすがに存在しない。
「カルナスー、たくさん取ってきたよー」
 カルナス・レインフォードが面白そうにクロセル・ラインツァートたちのやりとりを眺めていると、料理を取りに行ったアデーレ・バルフェットが戻ってきた。
「おう、腹へってんだ、待ちかね……」
 喜んだのもつかの間、お約束とばかりにアデーレ・バルフェットが蹴躓く。
「ああっ!」
「なんの!」
 ひっくり返る寸前のお皿を、カルナス・レインフォードは素早く空中で奪い取った。器用にバランスをとって、なんとか食べ物を守る。もちろん、もう片方の手でアデーレ・バルフェットの腰をとって支えるのも忘れない。
「さあ、食べようぜ」
 何事もなかったかのように、カルナス・レインフォードは言った。
 
「満員ですね……」
 ケーキ屋をのぞき込んで、緋桜遙遠は困ったように言った。
「えー。おなかすいた、おなかすいた、おなかすいた!」
 紫桜遥遠が、だだをこねる。
「さっきお芋を食べたでしょうに。やれやれ。それじゃあ、空京デパートの屋上にでも行きますか」
 パートナーをなだめると、緋桜遙遠はカルナス・レインフォードたちのいるレストランは諦めて歩き出した。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「これなんか、いいと思うんだよね」
「それは、男物じゃないですか」
 セルファ・オルドリンの選んだ服を見て、御凪真人は言った。彼女はしばらく女物の服をとっかえひっかえしていたはずなのだが、いつの間にかかかえていたのは男物の服ばかりになっていた。
「当然だよ。だって真人のだもん」
 見て分からないのかと、セルファ・オルドリンが言った。
「もしかして、俺の分を選んでくれているのですか?」
「ち、違うわよ。ついでよ、ついで。あくまでも、私のついでなんだもん」
 あわてて、セルファ・オルドリンが否定する。何も、そんなにむきにならなくてもいいのにと、御凪真人は心の中で苦笑した。そのちょっとした不器用さはかわいいと思える。
「とにかく、これを着てみてよね。それで、私が判断するんだもん」
 御凪真人の手をとって、セルファ・オルドリンが試着室へむかった。いくつかの服を手渡されて、カーテンで仕切られた小部屋の中に押し込まれる。
「分かりました、分かりました」
 観念して、御凪真人は試着室の中で着替え始めた。それにしても、なんだか隣の試着室の中が騒がしい。
 
「だから、一人で着れるんだもん!」
 久世 沙幸(くぜ・さゆき)は、ブラウスを半脱ぎにされた状態で必死に抵抗していた。愛用のミニスカートもすでになく、健康的な脚がむき出しになっている。
「だめですわ。何事も、ちゃんとした着付けをいたしませんと」
 本来一人用の試着室に無理矢理入ってきた藍玉 美海(あいだま・みうみ)が、さも当然のように言う。
「ささっ、遠慮なんかせずに。すぱーっと、お脱ぎになって。さあ」
「無理だもん。一人で着替えられるんだから、もう出て行ってよね」
「今カーテンを開けたら、外の人たちに丸見えですわよ」
「ちゃんと元の服を着れるから、私のスカートを返してー」
「それなら、ちゃんとたたんでバッグの中ですわ」
「返して、お姉様!」
「あら、着替えた方が早いですわよ。どうせ、この服は買ってさしあげるつもりですし」
「計画的犯行なんだね」
「もちろんですわ。さあ、下がすーすーしたままでは風邪を引きますわよ。早く、このスペシャルにかわいい服にお着替えなさい」
「もう、周りの人に迷惑だよ!」
 
「なんだか、隣は大変なことになっているようですが……」
 姿は見えないが、聞こえてくる会話は、なんだかとっても恥ずかしい。
「とりあえず、俺は観念して早く脱出するとしますか」
 時計で時間を確かめながら、御凪真人はつぶやいた。
「こんな感じかな」
 一通りの服を身につけると、御凪真人はカーテンを開けてセルファ・オルドリンの意見を求めた。
「まあまあ、いいんじゃない。もともと私の見たてだし。馬子にも衣装だよね」
 一瞬だけ見とれてから、セルファ・オルドリンがわざと興味なさそうに言った。
「じゃあ、これをいただきましょう。待っていてくださいね、元の服に着替えますから」
 そう言って、御凪真人は再びカーテンを閉めた。
 予想外の買い物を済ますと、御凪真人はセルファ・オルドリンとともにさっさと本屋へむかった。お隣の試着室は、彼らが去ってもなおどたばたと着替え中のようだった。気にはなったが、あまり関わりたくないという危機回避能力が強烈に働いたのだ。
「さて、やっと俺のターンですかね」
 本屋の中に入った御凪真人は、嬉々として戦記物の小説や、科学技術雑誌などを備えつけの籠に入れていった。
「セルファには、こんな本はどうでしょう」
「それは、私に対する逆襲よね」
 ファッション雑誌を立ち読みしていたセルファ・オルドリンが、ちょっと嫌な顔をする。御凪真人が持っていたのは、料理レシピ本だったからだ。
「まあ、そこに載っているのを作ってほしいって言うんなら、挑戦してみてもいいけど」
 言いながら、セルファ・オルドリンがその本を御凪真人の手からひったくった。
「でも、食べるのは真人だからね」
 ぱらぱらとページをめくった後、セルファ・オルドリンが意味ありげにニッコリと笑った。
 
「うーん、地球で売っていない本が欲しいとねだられてもなー」
 フリッツ・ヴァンジヤード(ふりっつ・ばんじやーど)は、本棚を見つけて悩んでいた。
 すでに何軒もの本屋をはしごしていろいろと本を買い集めてはいるのだが、今ひとつこれといった物がない。ここ数日、本屋には通いっぱなしで、すでにシャンバラ教導団の寮の自室には、地球にいる妹と弟へのプレゼント用の本の山が在庫としてできあがっている。
「保健体育の教科書とかは、さすがにまずいであろうからなあ」
 うっかりと買ってしまった教科書の束が入ったショッピングカートを見下ろしてつぶやく。
 だいたいにして、地球を離れてもうだいぶ経つので、こちらでしか売っていない本と言われても、地上で売られている本がなんであるのかよく分からないのだから判断しにくい。
「うーん、『月刊世界樹内部案内図』か。って、なんで月刊なのだ?」
 まったく、イルミンスールはよく分からんとばかりに、フリッツ・ヴァンジヤードは首をかしげた。
「これは『絶景、チキチキアトラスの傷跡ドラゴンレースコースガイド』か。いったいなんの本なのだ……。いや、しょせんは波羅蜜多ビジネス新書か」
 そうつぶやくと、フリッツ・ヴァンジヤードはその本を棚に戻した。
 とりあえず、『ヴァイシャリー湖畔、お嬢様写真集』と『図解ゆる族辞典』と『シャンバラ王国時代を振り返る』という本を手に取ると、カウンターへ持って行くことにした。
「さて、帰るとするか」
 精算を済ませたフリッツ・ヴァンジヤードは、買い物を終了して駅へとむかった。
 ヒラニプラから空京までは、旅客用としては唯一のヒラニプラ鉄道が走っている。運輸用の鉄道網も整備されつつあるようだが、人の輸送用の定期便が走っているのはこれだけだ。
「ほんとに楽しかったよね」
「はい……」
 フリッツ・ヴァンジヤードが乗り込む車両を物色してホームを歩いていくと、すでに座席に座ったルカルカ・ルーと、如月日奈々が車両の中で楽しく会話を交わしていた。
「やれやれ」
 やっと空いている席を見つけたフリッツ・ヴァンジヤードは、座席に深々と座ってほっと一息をついた。ちょっとうつらうつらした間に日もとっぷりと暮れて、いつのまにかにヒラニプラに到着していた。古めかしい列車なのに、スピードだけは飛空艇なみだ。
 大荷物をかかえて、やっと寮の自室に帰り着く。
「さて、いい加減、送る本を選んで梱包するか」
 自室で買い集めた本の山に囲まれたフリッツ・ヴァンジヤードは、宅配用の段ボール箱を組み立てるとプレゼント用の本を詰め込み始めた。できあがった物は、部屋の中にかろうじてあいていた唯一のスペースに積みあげる。
「ん、ちょっとトイレ……。うおおお、また、出入りができん」
 トイレに行こうと思い立ったフリッツ・ヴァンジヤードだったが、積みあがった本と段ボールの山が行く手を阻まれた。昨日も、同じように状態に陥った気がする。
「ま、まずい……」
 必死に荷物を乗り越えようとして、山が崩れた。そのまま、本に埋もれてしまう。
 だいたいにして、買い集め過ぎなのである。限度と言うことを知らぬ男であった。
「だ、誰か救援を〜」
 本の山の下で、フリッツ・ヴァンジヤードは叫んだ。