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リアクション
☆ ☆ ☆
「どうだい、この大量の綿花。さあ、いくらで買ってくれるんだ」
神名祐太が、購買のおばちゃん相手に自慢げに言った。
「そっちの大きいのも、売るつもりかい?」
「いえ、ボクはただの毛玉です」
おばちゃんに不審そうな目で見つめられて、真綿を頭からかぶって背中に「毛玉」と書かれた紙を貼りつけたままのフリードリッヒ・常磐が答えた。
「御希望でしたらあれもおまけとして綿花におつけしますよ。なるべく高く買ってくださいますでしょうか」
譲葉大和が、綿花の代金を、遠野歌菜と過ごすクリスマスの軍資金の足しに少しでもしたいと思いつつ言った。
「今のところ、買い取りリストにはない品物なんだけどねえ……」
さすがに、おばちゃんが困った顔をする。
「いえ、そんなお代なんかいいです。これは、生物部が寄付いたします。ええ、生物部です、生物部からの寄付ですので」
生物部を強調しながら、鷹野栗が言った。
「ちょっ、それはもったいない」
男性陣が声をそろえて叫んだ。
「部長命令です」
鷹野栗は、きっぱりとそれを退けた。
「おお、気前がいいねえ。気に入ったよ。じゃあ、買い取りはできないけれど、これをあげよう」
そう言って、おばちゃんは大きなホールケーキを一つくれた。
「わあ、ケーキだあ」
ラキシス・ファナティックが歓声をあげる。
「わあい、早速部室に持って行って食べるのじゃ」
九ノ尾忍が奪うようにしてケーキを受け取ると、そのまま走り出した。
「待て、転んだらせっかくのケーキが大変なことに……」
羽入綾香が注意するするそばから、九ノ尾忍が蹴躓く。
「危ないんだもん!」
間一髪、シャルル・ピアリースがケーキを救った。すっころんだ九ノ尾忍は、ころんと綺麗に一回転すると、ぺろりと舌を出して笑ってごまかした。
「怪我がなくてよかったねぇ。ど〜れ〜。私が綺麗に切り分けてあげるから〜、早く部室に行こう〜」
ゴルゴルマイアル雪霞に促されて、女性陣が部室にむかう。
「待て、みんなケーキが危険だ。雪霞にだけはさわらせるな!」
綿花のカツラを脱ぎ捨ててフリードリッヒ・常磐が叫んだ。その言葉に、男性陣があわてて走り出す。
「騒がしいぜ、まったく。廊下は走るなってんだよ」
生物部のどたばたに、雪国ベアが迷惑そうに文句を言った。
「まあまあ。なんだか私もケーキが食べたくなりました。カフェテラスにでも行きましょうか」
ソア・ウェンボリスは雪国ベアをなだめると、カフェテラス『宿り木に果実』にむかって歩き出した。
☆ ☆ ☆
「黒曜石に、今度は翡翠ですか。それはまあ、なんと象徴的ですね」
カフェテラス『宿り樹に果実』のテーブルに座った大神 御嶽(おおがみ・うたき)は、キネコ・マネー(きねこ・まねー)の報告を聞いていた。
「姐御たちも事後処理で大変みたいですら。でも、ひとまず危機は去ったというのが、校長先生たちの意見だそうですら」
「なら、安心……といきたいところですね」
一通りの報告を聞いた大神御嶽は、一息つくようにティーカップを口許へ運んだ。
「こちらのお席にどうぞー」
そこへ、カフェテラスのお姉さんであるミリア・フォレストが、ソア・ウェンボリスたちを案内してきた。
「失礼します」
一言挨拶してから、ソア・ウェンボリスが大神御嶽たちの隣のテーブルに着く。
「邪魔するぜ」
「ああ、邪魔ですらね。くまっこ」
雪国ベアの言葉に、キネコ・マネーが素っ気なく言った。シロクマ対招き猫。バチバチと、二人のゆる族の視線が火花をあげてぶつかり合う。マスコットキャラとしての自負を賭けた静かな戦いであった。
「ぶたねこ」
「でぶくま」
さらに激しく火花が散る。
「あらあらあら、だめですよぉー。ここでけんかしちゃー。怒っちゃいますからねー。ていっ」
あわててミリア・フォレストが戻ってくると、二人の頭にかわいらしいチョップを見舞った。
たいした攻撃だったようには見えなかったのだが、美人のチョップで怒られたという事実は相当の精神的ダメージを与えたらしく、二人が頭を押さえてうずくまった。
「こら、ベア。手紙にあることあること書いてしまいますよ」
「あああ、御主人、それだけは、それだぁけぇわぁぁぁ……」
ぼそりとソア・ウェンボリスに言われて、雪国ベアがその膝にすがりついた。
「キネコもですよ。そうだ、後で一緒に紗理華の部屋へ遊びに……」
「あああ、それだけは許してくださいですら……」
キネコ・マネーも、大神御嶽の膝を猫招きでこしょこしょしてなんとかごまかそうと必死になった。
「申し訳ありませんでしたね。お詫びに、お茶をおごりましょう」
そうソア・ウェンボリスに言うと、大神御嶽はミリア・フォレストを呼んだ。
「あらあらあら、なんでしょぉー」
カウンターの中から、ミリア・フォレストが小走りにやってくる。
「今日のおすすめのお茶を四つお願いしたいのですが」
「キャラメルが手に入ったのですが、それでよろしいでしょうかー」
「では、それで」
「はいはーい」
緩やかなウェーブのかかったつやつやの茶髪を軽く翻すと、ミリア・フォレストがカウンターの方へと戻っていった。
砂時計が落ち、甘い香りの紅茶が運ばれてくる。
「プリンの匂い?」
予想しなかった紅茶の香りに、ソア・ウェンボリスがちょっと戸惑った。
「フレーバーティーですね。どうぞ」
すすめられて、ソア・ウェンボリスと雪国ベアが紅茶を飲む。
「おいしい」
思わずソア・ウェンボリスが叫んだ。
「完璧ですね」
香りを楽しみつつ、大神御嶽が満足そうに紅茶を飲んだ。
それを見て、ミリア・フォレストがカウンターの中でにっこりと笑った。
「お前は、なんで飲まないんだ」
じっとティーカップを睨みつけているキネコ・マネーに、雪国ベアが言った。
「ね、猫舌なのら……」
ふっと鼻先で笑う雪国ベアにまた一悶着起きかけたが、すぐさま大神御嶽とソア・ウェンボリスにたしなめられた。こうして、遅い午後のティータイムは騒がしくも楽しく過ぎていったのだった。
☆ ☆ ☆
「あー、おいしいお茶だったわ」
「よかったじゃねえか、これで手紙に書くことがいろいろできたし、思い出しもしただろ」
寮の自室にむかう廊下を歩きながら、雪国ベアがソア・ウェンボリスに言った。
「ええ。ベアのことも、いろいろと書けそうだし……」
「御主人、それだけは、それだけはぁぁぁ……」
再び、雪国ベアがソア・ウェンボリスにしがみついて哀願する。
「どうかしましたか」
ちょうど通りかかったアリアス・ジェイリル(ありあす・じぇいりる)が、気にとめて声をかけてきた。
「いえ、なんでもありませんから」
ソア・ウェンボリスは、困ったように答えた。
「そうですか。でも、寮の中では、なるべく静かにしてくださいね」
一応注意してから、しずしずとした身のこなしでアリアス・ジェイリルが去っていく。その所作はまさに大人の守護天使といった雰囲気だ。
「まったく、ベアったら」
恥をかいたと言いたげに、ソア・ウェンボリスは雪国ベアを軽く睨みつけた。
「だから、書かないでくれ〜」
「もう。私は自分の部屋に戻って手紙を書きますから」
まだ泣きつく雪国ベアを引きずるようにして、ソア・ウェンボリスは自分の部屋へと入っていった。
「なんだか、外がうるさいようだけれど」
天城 紗理華(あまぎ・さりか)は、寮の自室に入ってきたアリアス・ジェイリルに訊ねた。二人は、パートナーであり、同じ部屋に住んでいる。
「ああ、あれ。大丈夫、大丈夫。たいしたことないから、ほっとけばあ」
部屋に入るなり靴を蹴り飛ばすように脱いだアリアス・ジェイリルが、どうでもよさそうに答えた。
天城紗理華の意向で琉球畳を敷き詰めた部屋をズカズカと歩きながら、一歩ごとに靴下やスカートを無造作に脱ぎ捨てていく。
「ちょっと、またあちこちにポンポンと脱ぎ散らかす」
天城紗理華の非難にも、アリアス・ジェイリルは涼しい顔だ。シュミーズ姿になると、愛用の座布団の上に座って、大胆にもすらりとのびた長い足で胡座を組む。普段のたおやかな姿からは想像もできない、男前な姿だ。
ファンクラブの男子学生たちがこの姿を見たら、きっと卒倒するだろう。
だが、本人は自室なのだからと、いっこうに気にもとめていない。どうせ見ているのは紗理華だけなのだし、むしろ見せていると言っても過言ではない。
「まったく、いつもながら、なんという内弁慶なのかしら」
毎度毎度呆れるとばかりに、天城紗理華はため息をついた。
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