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リアクション
―我ら面影の旅路をかよい―
ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)は遺跡探索班の出発前、根回しを行って全員の意思を確認していた。
キリカ・キリルク(きりか・きりるく)は運搬用に貸し出された何台かのトラックに効率よく機材を積み込む手はずを整える。必要なものは、なんと申請すればほぼ通る状況である、とてつもない好条件が彼らに約束されていた。
「これで何も見つかりませんでした、では申し訳がたたんな」
「そうですね」
食料に関してはメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)とセシリア・ライト(せしりあ・らいと)に任せた。彼女達が無邪気に食料を選び出し、積み込む様を見て、先の根回しで知りえた情報を思い出す。
「彼女達は、マリーさんのことは深く知らないようですね」
「らしいな、しかしわざわざ言うことでもない」
彼らの間にふと沈黙が落ちる。お互いに何を考えたのだろうか、ヴァルがまず口を開いた。
「…お前は、俺より長生きするんだろう?」
「ヴァル、それこそわざわざ言うことではありませんよ」
「だって、お前が死んだら誰がこの帝王の背中を守るっていうんだ…それ以外に特に理由は無い」
「帝王は『だって』なんて駄々はこねません」
「ほら、さっさと機材を運ぶぞ! ニヤニヤするな!」
ヴァルが照れ隠しに唸り、キリカが微笑む。
「それよりも今は、すべきことをするのだ!」
「はい、じゃあそっち持って下さい」
唸るヴァルと、笑って流すキリカは、他のものの手も借りて荷物を積み込んでいく。
しかしふと、キリカはどうしても考えてしまうことがあった。
―ヴァルは、ボクを置いていく気なのですか?
―ボクがキミを置いていくなんて、考えてもくれませんか?
(改めて、こんなことを考える日が来るなんて、思いもしませんでした…)
「キリカ、どうした?」
「いえ、マリーに聞いてみたいことを思いついたんです。ボクらはこうやって、お互いに思いを伝え合うことができるから、考えたこともなかったことです」
その全てを伝え合っているのではないにせよ。
マリーもまた、そんなことを考えたことがなくて忘れてしまったのかもしれない。
「もし思う人に会えたなら、彼女は何を伝えたいだろうか、ボクは知りたいんです」
きっと、今からでも遅くはないだろうから。
フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)は、前回探索員として参加し、今回ボランティアの随伴を快く承諾してくれた教授に話を聞いていた。
れとなく今回の遺跡と、マリーの関連についてを尋ねる。
「ああ、第四分室のシラードのことだな。あやつは以前はどこでも首を突っ込むようなやつだったが、事故で歩けなくなってからは引きこもりになっておったよ」
前置きは長く、余計なものがくっついているが、フィリッパはにこにこと耐えた。
「ある日、どこぞでパートナーを見つけたとかで、孫ができたように喜んでのう。しかしあのじいさんは孫に小遣いをやらずに試練ばかりを与えよる」
「フューラーさんのことですか」
ああ、そんな名前だとうなずいて、教授の話はそこでようやく本題に近づいた。
「少し前にあのマリーと名づけられた機晶姫が見つかって、一応そっちの方では名が通っておるあのじいさんが修理をしたらしい。今度はそのお嬢さんを不憫に思ったか、孫に助けを求めたらば、その孫は孫で思い切りがよくてなあ、今回みなさんをお呼び立てすることになったというわけじゃ」
この辺りも、伝承でだけ小さな都市があったという話だったが、具体的な場所はわからず、マリーのおぼろげな記憶があってようやく存在の信憑性が明らかになり、前回の発掘調査となったのだという。
「前回もそんなにブツは出なんだが、ワシはまだ見つからない部分が多いと睨んでおるよ。皆さんのお力にもかかっておる」
「そうですね、我々もがんばりますので、何かもっとマリーさんの記憶に呼びかけるものを見つけ出さなければ…」
「我ら学者というものは、すべからくロマンチストでないと勤まらんようだ。死に赴くものに何か土産を持たせてやりたいというのは感傷に過ぎんが、のう」
ああ、やはりそういうことだったか。フィリッパは時々感じ取る陰鬱な気配の正体をようやく知った。
「…申し訳ありませんが、そのことについては出来れば伏せておいていただけますか?」
今まで彼女の耳に入らなかったということは、知っているものが自分の意志で口を噤んでいるのだとしか考えられない。
「そうだな、いらんことまで言ってしまったようだ」
フィリッパの視線の先で笑いあいながら荷物を積み込んでいるメイベル達を見て、教授は苦笑した。
「さあ、そろそろ出発時間でしょうか」
トラックの群れは、砂漠化した荒野を突き進んだ。
この辺りは昔小さな都市があったという伝承が残っており、長らく証拠が見当たらず所在も危ぶまれたが、マリーの記憶により場所が特定され、最近になってようやく伝承の収集にも力が入れられ始めているらしい。
古代の戦争で滅びたという話だけがおぼろげにあり、その規模はわからないが、都市を一つ消し去るほどの力がどれほど簡単に行使されたのかがわずかながら伺える。
金住 健勝(かなずみ・けんしょう)が、見えてきた遺跡に喝采をあげる。後続のトラックにも通信をいれ、テンション高いことこの上ない。
「目標が見えてきたであります!」
レジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)はパートナーの賑やかさに少し辟易していたが、遺跡に対する期待はそれを上回っていた。
「さて、何でもかんでも記録しとけば、なんかに役立つだろ多分」
佐野 亮司(さの・りょうじ)ビデオやカメラなどの撮影機器をかついで人の後ろを着いて回る。
向山 綾乃(むこうやま・あやの)は遺跡の外で待機し、運び出されてきたものの整理などをするべく、スペースを整理していた。日よけにテントをはり、衝立をたてて風を防ぐ。
七枷 陣(ななかせ・じん)は、教授たちに、前回何が見つかったかのリストをもらい、マリーが何に反応したかを質問していた。
「わしが知っている範囲では、訓練用の木剣や、装飾品というか宝石箱の一部らしいものに反応していたように思うのう」
「よし、そういうもんを徹底的に探せば…」
「しかし、それらも次に見たときは反応したりしなかったりで、共通性がないようだ」
「あちゃー…運任せかもしれへんか」
遺跡は今わかっている範囲では、入り口にもなっている上階と、主に何かが出てくる下階に分かれている。
上階はとても小ぶりだが、下に下りるとぐっと広くなる。迷路のようにはなっていないが、現時点では他の階層は見つかっていないようだ。
レジーナは、手当たりしだい目に付いたものを箱に入れて整理していた。石ころだろうが問答無用で詰めこまれ、既に何度か外に運び出している。外では容赦なくがらくたは再び整理しなおされていることを知ったらどう思うだろうか? 一時期亮司のビデオが彼女の手元などを映していたが、どう見ても徒労に終わるのでは、と撮影を諦めて去って行ったほどである。
「それ、多分関係ないと思うでありますよ…」
時々健勝の素人目でもそれはただの石ころだろう! と思ってしまうくらいなのだから、彼女の熱意は半端なものではない。
ちなみにそういうものは、明かり代わりの人工精霊の光でためつすがめつしても、トレジャーセンスを使ってみても反応は同じだ。
「いえ、何にマリーさんが反応するのか分かりませんもの!」
彼女には、封印される前の記憶があまりない。幸いというべきか、自分には今は健勝がいて、過去に固執する理由がそれほどないので、積極的に自分の記憶に働きかけたことはない。自分にかかわる衝撃の事実が分かったあとでさえ、そのせいで取り戻しつつある記憶に戸惑うほうがより強い。
それでも、もし彼がいなかったら、きっと無い記憶におびえていたに違いないのだ。かすかに残る記憶にすがるマリーの気持ちはよくわかる。
今でも完全に忘れていないということは、よほど彼女にとって大切なことだったに違いないと思うから。
そこまでの熱意をレジーナが抱えているとは露知らず、健勝は疑問に思った。
「過去のことが大事なのは自分もよく分かるであります。でも、これからの事も大事なのでは?
思い出せないのなら、これから皆で作っていくという手もあるであります」
自分はたかだか17年ほどしか生きてはいないし、それまで忘れられなくなるような大きな出来事にも遭遇していない。レジーナに会ったことを除いては。
「私にとっては過去も未来も同じくらい大切なんです。片方だけを取る、なんてことはできません」
(だから、彼女がこんなにも一生懸命なのが、ちょっと切ないのかなあ…)
「わかりました、自分もがんばるであります! …でもやっぱり、それはただの石ころだと思うであります…」
「もうこのフロアは調査しているみたいだけど、違う目線で見たら新たな発見があるかもしれないよね」
神和 綺人(かんなぎ・あやと)が近くのドアを注意深く開ける。硬い素材でできているようで、石で出来た壁以外は大方崩れ落ちている内部は、比較的しっかりと残っているのはドアくらいだ。
「機晶姫のマリーさんの記憶を取り戻す手がかり、見つかるといいなぁ。…それが彼女にとって、良いことなのかどうかは、分からないけれど…」
足元で拾い上げた木切れは、何かの家具の破片だろうか。ほこりを払ってクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)に手渡した。なんだかんだで力持ちの彼女は、見つけたものを運び出すべく箱におさめた。
「そういえば、クリスって僕との契約前の記憶ってないよね。
マリーさんみたいに、思い出したいって、思ったことないの?」
はた、と思いついたようにクリスは考え込んだ。
「そういえば、私は自分の記憶―アヤとの契約前の記憶は曖昧でしたね。
その記憶を思い出したい、とは何故か思わないのです。…何となく、思い出したくない記憶なような気がするのです。
…過去のことから、逃げているだけだとはわかっているのですが…」
クリスは心の中でおびえた。
どうしてでしょうか、アヤに嫌われてしまうような気がするのです…。
「…思い出さない方が、幸せなことも、あるような気がするが…」
…それは記憶を失っていないから言えるのだろうな。
ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)は、自分に重ね合わせてクリスをフォローする。
「マリーさんにも、そういうのがあるのかな…」
「…それはわからん、だが俺の過去は、忘れたいと思うようなことばかりだから…な」
神和 瀬織(かんなぎ・せお)は、そばにあった石の板を手に取り、手の中でためつすがめつしていた。
「わたくしは記憶そのもの、すなわち記録が性です。記憶を失うとは、自分が自分でなくなるということ」
だから、なんとしても記憶を取り戻したいというかの方の願いはとてもよくわかります。
「何に使ったものかは分からないけれど、このような物にも、誰かと時間を共有した何かがあるのです」
「…『ずっと』とか、『永遠』なんてまでは言わないけど…あなたたちが何者であっても、僕が『神和綺人』として存在している限り、そばにいてね」
「アヤ、もちろんです!」
クリスは綺人の手を握ってうなずき、ユーリと瀬織もまた、彼の言葉に同意する。
「さあ、頑張って何か見つけよう、それでどうなるかはわからないけど、」
かつかつと壁を叩いては、音の響きに耳を傾けて、隠し部屋などがないか探している。ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、頑丈で現在まで残った遺跡という割には、小ぶりな部屋しかないらしいことが気になっていた。普通このような所は、もっと階層があってしかるべきだ。
グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)と上杉 菊(うえすぎ・きく)も同じように隠し部屋を探す。隠されていないいくつかの小部屋には前回の発掘の跡が残っている。
エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、ローザマリアと同じように、しかし床面を重点的に隠し部屋を探していた。
「エヴァルト、ボクちょっと思いついたから上に戻るね」
「うむ」
ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)が、一旦外に戻って何か使えそうな機材を見繕ってくる。
教授がそろそろ投入しようと準備していたものが、超音波だか赤外線だかで部屋の様子を立体的に探れるというブツなのだという。
「おじいちゃんそれいいじゃん! ボクが持っていくから早く使おう!」
今回の調査でテスト運用しようとしていた新機材があまりに軽々と扱われ、教授は目を丸くするのだった。
「このアンテナを忘れとるよー!」
一旦発掘の手を止めてもらい、人気をなくして機材を作動させる。複数のアンテナを持ってあちこちに向け、アンテナ同士の位置情報と反響を拾ってはデータが3次元で構築されていくのだという。
「ぶう、ボクが運んできたのに、このボディがソナーの邪魔をしちゃうなんて」
そのせいで、この作業の間は外に出ざるをえなかったロートラウトはむくれている。もし何か扉がみつかって、モンスターが出たらどうしよう。
やがて接続されたディスプレイに、立体的な画像が現れ、さっきまで皆がいた空間とおぼしき直方体がノイズまじりに表示される。部屋であると思われる小さな直方体がいくつかくっ付き、覗き込んだものは口々に、この部屋はあそこだ、この広さはそこだと照らし合わせていた。
「あら、そうなるとここは、まだ見つかっていない場所ではありませんか?」
直方体というには斜めになっていて、ソナー波が及ばなかったのか途中でぼんやりと掻き消えている空間がある。しかも二つだ。
メインの空間の端に点対称の位置で、それぞれが床の下にあるらしい。何人かが即座に駆け出し、その場所の床を探り、壁に仕掛けがないか探り出した。
「もしかしたら、戦で攻め込まれて篭城のため、階段などを封じたという可能性もあるな」
「何か仕掛けが必要ならば、近辺にあるでしょうか。あまり離れた場所に対応する仕掛けがあるとは、この場合は思えません」
「そうだな、ここはそなたの意見に賛成だ」
隠す意図があるならば、閉ざす仕掛けは思いがけない所にあるかもしれないが、この場合はいち早く遮断することが目的だろう。
グロリアーナと菊はローザマリアを呼び、目当てと定めたあたりを丹念に捜索しはじめた。
やがてローザマリアのナイフの柄が、壁のタイルにまぎれたレバーらしきものを叩く。音が違った。
「あ、これ…これだわ!」
パートナー達のディテクトエビルも殺気看破も反応はない、大丈夫だとうなずきあって、彼女はレバーの端をナイフでこじり、力いっぱい引き起こした。
「すげえ、開いたぜ!」
誰かが嬉しそうに叫び、もう一つの隠しの仕掛けを探しに行く。
床に見えたものが少し浮き上がり、ゆっくりと壁の下に吸い込まれて階段が現れる。レバーを離して試したが、扉はそのままだったので、安心して降りることができそうだ。
「これで…新しい何かがきっと見つかるわ…!」
ローザマリアは胸にせまる喜びを禁じえなかった。
「敵性反応はないが、何が起こるかわからんぞ」
パートナー達が突っ走ろうとするローザマリアを止める。彼女はあわてて我にかえり、二人に謝った。
「やけに前のめりだな。…死せる者への手向けか」
「…わからない、けれど何かしてあげたくて、でも…。
そう、か――二人とも、一度生涯を終えているのよね。ねぇ教えて。死って、何?」
半ば焦りのこもる声音に、グロリアーナと菊はすぐに応える。もとより英霊の二人には死は思うよりも身近なものだった。
「…死とは、己が向き合わねばならぬ最後の厳然たる現実だ。それ以上でも、以下でもない。全てが虚無に呑み込まれ、この身は母なる大地へと帰す」
「乱世では、明日をも知れぬ身故、わたくし自身、死を身近に感じる事が多々ありました。しかし、故にこそ想い至る事ができたのです。…命は儚くも尊い、と」
「だが、それが自らの事ではない場合、人は哀しみに暮れる。喪ったものの大きさに気付いて深く嘆き苦しむ。妾もかつて、重臣を看取った時はそうであったようにな。故に、あのマリーとやらを想う者たちの気持ちも、分からぬ事ではない」
「わたくしも早くに両親を亡くしまして、兄上や御一門衆が父親代わりでした。しかし、皆親身であり、彼の方々が討死されたりした際は、誠に哀しい想いを致しました」
「私には、親はいないわ。両親は乳児の私を、外国に住む遠縁の男性に預けて消えたから。その人を父と想ってきたけど、やっぱり物心付く前に逝っちゃって、故郷まで全て遠くて知らない場所よ。だから、身近な人の死、っていうものが私には分からないのよ」
階段をこつりと踏みしめる音が、奇妙によく響く気がする。
「でも、一つ分かる事がある。それは、あんたたちとの絆を、大切にしたい。私にとっては生涯忘れ得ぬ出会いだったから。みんな、家族も同じよ。だから、離れないで。一度握ったなら、その手を離さないで」
「それは、わたくしとて同じ事です。御方様と放れようとは思いません。大丈夫ですから。ずっと一緒ですよ」
菊はうなずき、言葉なくグロリアーナも彼女に応える。
―菊のやさしい微笑と言葉、グロリアーナの揺るがない強さ、皆が心からわたしにくれるもの。
―うれしい。しかし困った、私は同じように返せているだろうか。分からないことは、他にもいっぱいあるから。
―でもこの悩みごと私は忘れずにいようと思う。
そう、ローザマリアは心にしまった。
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