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リアクション
ヒロイン役は双葉 京子(ふたば・きょうこ)、王子役に椎名 真(しいな・まこと)を配して、彼らはラプンツェルの劇をしようとしていた。
「ヒパティアさん、演出補完お願いできるかな?」
「演目の中でこうしようと考えているの」
「はい、では京子さんの髪はこのような感じでしょうか」
澄んだ水が溢れるように、京子の髪が豊かに流れ、床にこぼれてわだかまった。
「わ、すごい。真くん、こんな感じかな」
「…いいと思う…よ」
ヒパティアが、不思議そうに真を見た。彼の中で驚愕がおかしな形に押しつぶされ、無理矢理に感嘆に転じられたのだ。
普段他人の感情の内部を知りながら意識しないようになっているAIだが、その複雑さに思わず意識が向いてしまう。
「やっぱり、私では似合わない…かな」
「そんなことないよ!」
ある塔の一室に、ラプンツェルという一人の美しい少女が閉じ込められていました。
ラプンツェルは宝石を伸ばしたような、長く美しい髪を持っていて、彼女を塔に閉じ込めている魔女は、その髪を下ろさせて梯子代わりにし、塔に出入りするのです。
ラプンツェルは、ある日外から聞こえてきた音楽が忘れられず、それを口ずさんで寂しさを紛らわせていました。
その後、王子がある日、塔のそばを通ったとき、聞き覚えのある音楽を耳にしました。
それは間違いなく王子が自分で作った曲でした。それを誰かが歌っているのです。
声は美しく、心を掴まんばかりで、王子はどうしてもその声の主に会いたくなりましたが、塔にはどこにも入り口がなく、声の主の姿も見えません。数日ばかりその塔を見張って、魔女がその塔に出入りしていることを知りました。
王子は魔女のやり方をまね、ラプンツェルに髪を下ろしてもらって塔を登りました。
そして念願の声の主に対面しました。
「まあ、貴方はだれ?」
それまでラプンツェルは、魔女以外のだれとも会ったことがありません。
しかし王子はやさしく、楽器を取り出して彼女が忘れられなかった音楽を奏でて、彼女の心を和らげました。
「俺と一緒に来てくれないかな、一緒にいたいんだ」
ラプンツェルは王子の願いに心を傾け、うなずきました。
しかしこの塔を出る手段は彼女の髪だけ、外に出る用意をするには何度もここに通う必要があります。
彼らは魔女を避けて何度も通い、王子はこっそり楽器を贈り、ラプンツェルは魔女も王子も居ない間、楽器を爪弾き、歌を歌って寂しさを紛らわせました。
しかしとうとう、魔女が楽器の音を聞きつけてしまい、そこに他人の存在を悟ってしまったのです。
「この馬鹿が! 私はお前を世間から切り離して、しかるべき日まで守ってやるつもりだったのに!」
魔女は彼女の髪を切り落とし、ラプンツェルは砂漠の中に追放されてしまいました。
その後王子がいつものようにラプンツェルを呼ばわり、降りてきた髪を登ると、そこに待っていたのは魔女だけでした。
「あはははは! お前はかわいいあの子を連れにきたんだろうが、あの子には本当の主がいるだろうて!」
「…嘘だ! 彼女をどこへやった!?」
「ラプンツェルはもういないよ、あんたみたいな性悪の魔物にかっさらわれたのさ!」
もう二度とラプンツェルには会えない、もう二度とあの声を聞くこともかなわない…
王子は絶望し、そのまま塔を飛び降りてしまいました。
幸いにして王子は生きていましたが、飛び降りたときにいばらで目をえぐって、何もものを写さなくなっていました。
ただ、二度と会えないラプンツェルをまぶたに想いかえしては、あてもなく森や山をさまよっていました。
王子は数年このように哀れにもさまよっていましたが、いつしか砂漠までたどり着きました。
実はこの砂漠はラプンツェルが追放された砂漠なのです。
ここまで来ると王子は、どこからか聞いたことのある音楽が耳に入り、その方向へ向かって歩き出しました。
はたしてそこには、ラプンツェルがおりました。
ラプンツェルは王子の姿を認め、その姿をなんとしても捕らえんと抱きついてきました。
美しい声は涙に枯れ、ただ王子の名前を呼び続け、こぼれた涙は王子のまぶたに落ちました。
するとたちまち王子の目は癒え、ものを写すようになりました。
それからの二人は、互いしかその目に写すまい、互いの声しか聞くまいとばかりに、睦まじく幸福に暮らしたのでした。
「京子ちゃん、そろそろ…泣き止んでくれないかな?」
劇が終わっても、京子は真にしがみ付いたまま、静かに泣き続けていた。
ラストで、その涙をもって王子の目を開かせたラプンツェルの涙の演技は、彼女の心からあふれ出る真実味を帯びていたのだ。
「俺もあの時本当に目は見えなくなったからなあ、驚かせちゃってごめん」
自分もまた、失明の衝撃に取り乱してしまったけれど、最後に彼女の微笑を見ることができた喜びは言葉には表せない。
「これは最後に幸福になる物語なんだからさ、泣いたままでいるとマリーさんを心配させちゃうよ」
ようやく京子はうなずき、しかし涙まじりの声でこうささやく。
「これからも…私は真くんの…パートナーでありつづけたい…」
マリーの境遇は、自分達にもあるかもしれないことだ。
「…俺も、だよ」
『そして出来れば…』
「…!?」
その時真は、京子が飲み込んだ言葉の続きを聞いた気がした。
今だけ、彼女が泣き止むまで、偽りない心のままで抱きしめてもいいだろうか。
彼の脳裏には、あの豊かな髪を波打たせて微笑むラプンツェルが佇んでいた。
◇ ◇ ◇
やさしいきこりのおとうさん(アイン・ブラウ(あいん・ぶらう))ときれいなおかあさん(蓮見 朱里(はすみ・しゅり))のもとですくすくと、チルチル(緋桜 霞憐(ひざくら・かれん))とミチル(ピュリア・アルブム(ぴゅりあ・あるぶむ))はそだちました。
「あら、あたしがきれいなおかあさんって…」
「いや、きれいだよ、当然じゃないか」
おとうさんとおかあさんはらぶらぶです、いつものことです。
「ええと、僕なんでここに?」
「パパ、ママ、ミチルお芝居がんばるからね!」
ミチルは飼っているハトにエサをあげて、眠りにつこうとしました。
その時ふたりの元に突然、妖婆(緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん))がやってきて、こういいました。
「なんか知らないけどここだけだからって引っ張り込まれた。ええと、チルチルとミチルはいるかい?」
二人が名乗ると、妖婆は自分の代わりに、娘(マリー)のために『青い鳥』を捕まえてきておくれと頼み、そのための道具もくれました。
魔法の帽子といって、ものの本当の姿が見える道具だそうです。
帽子についたダイヤを回すと、妖婆の正体は実はロリっこ魔法少女だったのでした。
「自分でいけばいいんじゃないの…?」
「看病しなければなりませんから」
ロリっこ魔法少女ハルカちゃんは、ない胸をはって断ります。そりゃそうです。
まあ遙遠の分までがんばってくれ。とよく分からないことを特にチルチルに言い残し、元妖婆のハルカちゃんは去っていきました。
二人がまず訪れたのは『思い出の国』でした。
そこでチルチルとミチルの、死んだはずのおばあさん(稲荷 白狐(いなり・しろきつね))と出会いました。
それだけでなく昔飼っていた犬や仲のよかった友達にも、一番元気な姿で会えるのです。
「あら、私がおばあさん…? ああ若い頃ということですね」
「どうして、死んだはずの人に会えるの?」
そうミチルがたずねると、おばあさんは言いました。
「おまえたちが覚えていてくれる限り、彼らは死ぬことはないのですよ」
みんなで再会を喜びましたが、ここには『時間』というものがありません、楽しさはいつまでも続きますが、いつかは出なければなりません。
「僕たち、青い鳥を探さなきゃならない、約束があるんだ」
青い鳥の居場所を教えてもらい、みんなは思い出の国に二人を引きとめようとしますが、別れをつげて立ち去りました。
しかし思い出の国を一歩出ると、青かった鳥は真っ黒になっているのでした。
帽子のダイヤをまわして、次に現れたのは『夜の国』でした。
月の光のような銀色の髪をした夜の女王(咲夜 由宇(さくや・ゆう))が夜の御殿に住んでいました。
「童は夜の女王、お前達、何を求めてここへ参ったのじゃ? すでにお前達のせいで我らの仲間は力を失っているというのに」
「ミチルたちは、青い鳥を探しているんです」
「それはお前達に探せるものか。よかろう、この鍵で館を探すが良い」
一番目の部屋はおびえた『幽霊』たちが、二番目の部屋には震える『病気』が、三番目の部屋には『戦争』、四番目の部屋には『影』と『恐れ』が暗闇の中で息を殺し、五番目の部屋には星や蛍がナイチンゲールの声にあわせて踊っていました。
しかしどこにも青い鳥はいません。
六番目の扉の前で女王はいいました。
「この扉だけは開けてはならぬ、生きて帰ることかなわぬぞ」
そう脅されましたが、フリに決まってます。二人はとうとう勇気を振り絞って扉をあけました。
中には青い鳥が沢山飛んでいました。
しかし青い鳥は捕まえればたちまちくったりとなって、手の中で死んでしまうのでした。
次に帽子のダイヤは『森の国』へと導きました。
森の国のカシの樹大王は、人間を嫌っていました。
大王だけではなく、全ての木々も動物達も、人間を嫌っているのです。
なぜなら人間は樹を切るし、動物を食べるからです。
二人はなんとかそこから逃げ出しました。
『幸福の国』では、沢山のしあわせそうな『贅沢』たちに食事に誘われました。でも誰も青い鳥を知らないので、先を急ぐチルチルとミチルは断りました。
しかし贅沢たちは二人をつかまえようとするので、帽子のダイヤを回しました。
すると贅沢たちは消えてしまいました。彼らはほんとうの『幸福』ではなかったからです。
贅沢たちが消えたので、今度は本当の『幸せ』たちや『喜び』たちがやってきました。
何故かみんなチルチルとミチルのことをよく知っていました。聞けばいつもとなりにいるけど、気づいてもらえないのだと答えます。
そこに二人のおかあさんが現れます。しかしそれはおかあさんの姿をした『幸せ』でした。
『母の愛の喜び』と名乗るおかあさんは、喜びたちのなかで一番きれいで、りっぱな喜びなのでした。
でもみんな、チルチルとミチルのことはよくわかっていても、肝心の青い鳥のことは知らないのでした。
全て青いものでできた『未来の国』では、沢山の子供達にかこまれました。
ここではこれから生まれてくる子供達が順番を待っています、みんな手に何かを持っていて、それをおみやげにして生まれてくるのです。
発明や、薬や、食べ物、本などの素敵なものもありますが、病気や罪をもっている子もいました。
そういう子供達を、時の老人(アレン・フェリクス(あれん・ふぇりくす))は順番を待って連れて行くのでした。
砂時計と鎌をもった時の老人は、どれだけ子供たちが、まだ生まれたくない、友達や好きな人と別々に生まれたくないと言っても、問答無用に連れて行かねばならないのでした。
「だめだよ、君達はここで生まれなきゃならないんだ。君はまだだし、君もその子とは行けない。そこの君は、その『病気』をちゃーんと持っていかなくてはならない、つらいけれど決まりなのさ。やれ行くぞ、死にに行くんじゃない、生まれに行くんだから」
さあ時間がない時間がないとせき立てる老人に導かれ、子供達はと特別な金と銀の船にのせられて、それぞれのお母さんが子供達を呼んで歌を歌う場所へと連れて行くのでした。
「ん? 青い鳥なら、そこにいるだろう。ただこの世界では、何でもかんでも青いがねぇ」
そうしてせっかく捕まえた青い鳥は、ふと見ると赤い鳥になっていました。
「さあ子供達、これまでのことは全て忘れるんだ!」
青い地球へ向かう船を見送り、チルチルとミチルは家に帰りました。
目が覚めると、そこは家のベッドの中でした。なんと今までのことはみんな夢の中のできごとだったのです。
きれいなおかあさんはいつものようにやさしく起こしてくれますが、二人とも胸がきゅうとなって、もっともっとやさしく感じられるのでした。
日差しはいつもよりやわらかく思い、おとうさんの大きな手もいつもよりもっと力強く感じるのでした。
そこにお隣さん(ヒパティア)が飛び込んできました。病気のお姉さん(マリー)が青い鳥をほしがっているというのです。なんだか夢の続きみたいです。
「ミチル達は、夢の中でも青い鳥は捕まえられなかったわ…」
しかし、ふと自分達の飼っているハトを見ると、なんと青い鳥に変わっているではありませんか!
あれだけ探した青い鳥は、実はすぐ傍にいたのです。
マリーに青い鳥をあげると、マリーの病気はなおりました。
でも、エサをやるために扉を開けたすきに、青い鳥は逃げ出して戻ってきませんでした。
もしかすると、青い鳥はあなたのすぐ傍にいるのかもしれません。
ただ、あなたが気づかないだけで。
劇が終わって、ピュリアは一目散にマリーのもとへ向かった。
「これね、幸せの青い鳥を探して、兄妹が力を合わせていろんな国を冒険して、でも本当の幸せはすぐそばにあるのよっていうお話なの」
「素敵ね、私もずっと幸せよ」
「ピュリアね、本当のパパとママは、もういないの。でもね、いつでも夢の中で会えるから心配ないよ。それに、今のパパやママがいてくれるから、とっても幸せだよ」
「きっとあなたも、パパとママの青い鳥だわ」
「ねえ、いっぱい遊んだら、マリーお姉ちゃんともお友達に、なれるよね?」
「あら、私と貴方はまだお友達じゃないの?」
「ずっとずっとお友達でいようね! いつか劇の中みたいにマリーの病気がなおったら、一緒に遊びにいこうね!」
朱里とアインは、はしゃぐピュリアを少し離れた場所で見つめていた。
今まで何度も家族や仲間の「死」を看取ることには慣れていたはずなのに、今こうしてやがて訪れる「マリーの死」を見送るのはつらかった。
現実でマリーが施術台に横たわる姿を見て、回避できない彼女の近い将来を感じ取った。
しかし電脳空間では、そうとは思えないほど彼女は朗らかで、その乖離がなおのことつらい。
そして今のマリーの姿は、いつの日か訪れる自分達の姿なのだ。
「もし私が死んだら、あなたやピュリアの心にも致命的な傷を与えてしまう…」
「君が気に病むことはない…」
アインは朱里を抱き寄せ、その頬にキスした。もはや留められない彼女の涙を唇で拭ってなだめる。
「私と契約さえしなければ、もっと長く生きられたかもしれないのに……。
ごめんね、本当にごめんね……。
でも…わがままかもしれないけど、それでも私はあなたを、ピュリアを、みんなを幸せにしたい」
「もし君と出会っていなかったら、僕は戦いの中で命を落としていただろう。
ただ『使命』という名のプログラムに従い、花の美しさも日差しの温もりも、友人と馬鹿騒ぎする楽しさも知らず、ただの兵器として機能を停止する。それだけの存在で終わっていたはずだ。
今の僕がこうして、日々の生活の中に喜びを見出し『幸せ』を感じることが出来るのは、君たちのおかげだ。ありがとう。
僕がもらった『幸せ』を、マリーとも分かち合うために」
アインは彼女をはげますように声を張り上げた。
「さあ、僕らのピュリアを、もっと褒めてあげよう。
あの劇は、何を差し置いてもすばらしい劇だったじゃないか」
長い時間をかけて、朱里はうなずいた。
「あの…、劇のお手伝いのはずだったのに、私は今までなにをしていたんでしょう…?」
由宇は、黒い服を着ている自分に気がついて驚いていた。アレンはパートナーの務めとして、きちんと説明をした。
「由宇は『夜の女王様』やってたんだ、オレちゃんと見てたからねぇ」
「えええー!? 私そんなとんでもないことをやってたんですかぁ!?」
「ホントホント、ちょー魔性の女だった、さすが女王様!」
言葉だけならあんまり間違ってはいないのに、とてつもない認識のズレである。
しかし、とアレンはあの夜の女王様を思い浮かべた。
何もないところで今にもすっ転びそうな小動物じみた目の前の少女が、あのとてつもなく高慢で不遜な女王様に変貌したのである。
下位吸血鬼でもある彼女の別人格とはいえ、恐ろしい子…!
そこにピュリアがあいさつ回りにやってくる。
「夜のじょおうさま、とってもかっこよかったです、ありがとう!」
ぴょこんとお辞儀をして戻っていく彼女の後姿を見送りながら、あんな小さな子の前で、どんなことをしでかしてしまったのか、さしもの由宇も恐れおののくのである。
それにしても、『時の老人』とはまた思えば恐ろしい役目だった。彼が捌いた子供達の一人が自分達という事かもしれないのだ。
自分らしくもないが、アレンはひやりとした。
「チルチル役をしてくださって、ありがとうございました!」
これまたぴょこんとお辞儀をして、ピュリアはとてとてと戻っていった。
霞憐は表向きは平静に、内心ではひきつりながら、ミチル役のピュリアをねぎらい、よろよろと遙遠の所へ逃げてきた。
「…マリーに話を聞きに言ったら、劇のしかもほぼ主役級に抜擢されていた…」
「どうしたんです? チルチル役がんばってたじゃないですか」
「な、なにを言ってるのかわからないと思うが…、自分もなんでそれやってるのかわからなかった…」
後半はかなり役に入り込んでしまって、自分が自分じゃない気までしていたのだ。
「まあ、それだけマリーになにかしてあげたいってことだったんでしょう」
けっこう劇の中身は考えさせられることばかりで、のめりこんだと同じく、衝撃もまた大きかった。
もし自分の肩に青い鳥がとまったとしても、自分がしあわせなのだとわかるだろうか? その姿を見るだろうか?
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