First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
Next Last
リアクション
かつて、栄光に満ちた国がありました。
国を支えるエリートは自分の仕事に誇りを持っていましたが、エリートゆえに国の未来を思い、辛い決断をしなければならないときもあります、それだけは彼が辛いと思うことなのでした。
ある日、エリートは一人の機晶姫と出会いました。
彼女は壊れかけていましたが、エリートはそのやさしい微笑に惹きこまれていきました。
辛い決断をした日、彼女はいつもその微笑を浮かべてエリートをなぐさめてくれます、しかしその微笑は彼女が己を犠牲にして浮かべる微笑でもありました。
それを知ったとき、彼にとって彼女はもうとうの昔に失うことのできない存在になっていました。
エリートは私財を投げ打ち彼女を修理します、しかし機晶姫が回復するにはそれだけでは足りません。
栄光の国が栄光たるゆえん、国を国たらしめる偉大な存在、そして彼が辛い決断をしなければならない遠因、時に内からも外からも狙われることになる力の結晶たち。
それはすなわち、彼女に必要なものでもありました。
エリートはとうとうそれの一部を持ち出し、機晶姫を修理することに成功したのです。
―大きな罪を犯したエリートは追放されました。追放で済んだのは、彼が今まで国のために努力してきたからです。
私財を投げ打ち、何もかも失ったエリートには、ただ彼女だけが残りました。
しかし彼女がいる限り、栄光も何もなくても、もうエリートは心から幸せでした…―
「これでどうかな! パラミタの昔話をベースに、ちょっと変えてみたんだけど」
フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)が、自信満々にルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)に書いた脚本を見せた。
「えへへ。これでマリーさんパートナーの事、思い出してくれるかなぁ?
私だって兄さんやルイ姉の事、絶対に忘れたくないもん。マリーさんだってまたパートナーに会いたいよね」
「そうねえ、思い出してくれるといいわね。きっと貴方の物語を喜んでくれるわ」
「だといいなあ」
フレデリカはくるくると嬉しそうにルイーザの周りを回り、彼女が読み終わって感想を言ってくれるのを待つ。
「…いつか私達も兄さんと三人で幸せに暮らせたらいいな…」
その言葉に、ルイーザはびくりと肩を揺らした。ごまかすように脚本に目を落として無理矢理読み進めていく。しかし読めば読むほど、過去の自分の罪を思い知らされるようだった。
フレデリカの脚本に出てくるエリートと機晶姫には、ルイーザはあまりに似かよった部分がありすぎたのだ。
突如泣き崩れたルイーザにフレデリカは驚愕した。
「ル、ルイ姉?!」
こんなに取り乱した彼女を見るのは、初めて会った時以来だ。
(そういえばルイ姉も昔に恋人を…悪い事しちゃったなぁ…)
「…フ…フリッカ、ごめんなさい…ごめん、ごめんね…!」
「ルイ姉が謝る必要なんてないよ! 謝らなきゃいけないのは私の方。
辛い事思い出させちゃってごめんね…」
抱きしめて、泣き続けるルイーザにささやく。
「泣きたいときは思いっきり泣いちゃえばいいの。
こういう時はわんわん泣いて全部涙にしちゃえばまた元気が出るんだから。
私も兄さんがいなくなったとき、いっぱい泣いて泣いて、泣きすぎちゃって、あとは元気になって兄さんを探すしかないって思ったのよ」
ルイーザは、何一つ答えることができない。
(そう…私がセディの未来だけでなく全てを奪ってしまった…
セディ。貴方はそれで後悔していませんか? 幸せでしたか?
貴方と最期に約束した通り、笑えていますか?
…フリッカに許して貰えるでしょうか?
あの娘に拒絶された時の事を考えると怖くて…ねぇ、どうすればいいの?お願いだから教えて…)
「……セディ…」
フレデリカは耳を疑った。彼女の口からよく知る名前が出た気がしたからだ。
そんなに奇抜な名前じゃないから、ルイ姉の恋人も同じ名前だったのかしら…?
聞いてみたいけれど、今の彼女に聞くことなんて、できる筈がなかった。
「私はどこにも行かないからね。何があろうとルイ姉のそばにいるから、心配しないで」
(兄はきっとどこかで無事にいる、いつか再会すると決まってるし信じてる。けれどルイ姉までいなくなるのは嫌!)
ルイーザを強く抱きしめ、フレデリカはただ祈るほかはなかった。
◇ ◇ ◇
――――昔、いや言うほど昔じゃない気もしますが、とにかくロングアゴー。
そんなあるところに、寂れかけた神社がありました。
この神社を建て直そうと、一匹のゆる族が住み着いていました。彼女は望月 寺美(もちづき・てらみ)といいますが、マスコット、つまりご祭神として奉られているのです。
神社というものは、人が来てなんぼです、忘れられた祭神はどんどん力をなくしてしまい、せっかく人が来てくれても、ちゃんとその願いを叶えてあげられなくなってしまうのです。
日下部 社(くさかべ・やしろ)はそんなときにやってきた旅人でした。
「おもろい仲間、見つかりますよーに」
そういって手を合わせた社の前に、寺美はばたりと倒れ込んでしまいました。
願いを叶えてあげようとして、その前に力つきちゃったのです。
「あれ、でかいぬいぐるみが…」
ぬいぐるみ呼ばわりされた寺美は一瞬で再起動しました、断じて自分はただのぬいぐるみなどではないからです。
「はぅ! ボクはぬいぐるみじゃありませんよぅ! 神社のマスコットというスーコーな使命があるんですぅ!」
「なんや…ゆるキャラな人やったんか…! で、なんで倒れとったん?」
社は寺美の話を聞きました、人がいないと力がなくなってしまうことも理解しました。
「せやな、今は神様でもがんばらなあかん時代や。
ただ居るだけではあかん、もっと前に出てアピールせなあかん」
そういうわけで二人は町に降り、ちらしを配って知名度アップを図りました。
しかしそれだけでは人は集まりません。
「んー、おまえには意外性がない、んなトボけたツラで半端に訛っとってもおもろないわ! 訛ってええのはかわいいドジっこだけやねんで!」
一理ありますが理不尽を感じる寺美です。
「じゃぁどうするんですかぁ?」
「よし路線変更、俺と組んで漫才や! 笑いは注目を集めるもんや! 俺のセンスとお前のゆるさがあれば人気間違いナシや!」
今度は、一見突っ込みに見える社のボケと、どう見てもボケ役としか思えない寺美の、剛速球のツッコミボディブローが、瞬く間に評判を集めました。
次第に神社には人が集まるようになりました。
「人がいっぱい来てくれるようになって、うれしいですぅ」
「せやなあ、これで大丈夫かなあ」
ここのところ、神社が忙しくて漫才ができなくなっていましたが、本来そうやって人を集めたかったので結果オーライのはずです。
しかし願いを叶えることよりも、人を笑わせることのほうが、寺美にはずっと難しいと感じました。
「はぅ…無茶な事ばっかりさせられますぅ〜。でも、これで少しでも笑ってくれる人がいてくれたら嬉しいですねぇ〜」
「せやな。俺らがこうして皆を笑わせる事が出来るって凄い事やと思わんか? 皆の楽しいが俺らの楽しいになって返ってくるんやで? 人が何かに関わるって事はこういう事の繰り返しやと思うんや。勿論、辛い事や悲しい事も含めてやけどな。でも、俺はそんな人生がめっちゃ楽しいんや♪」
お前は自分の人生楽しんどるか?
その言葉に、寺美はいつだか、泣いていた子が自分達の漫才で笑ってくれたことを思い出しました。
願いは一人ずつしか叶えられませんし、いきなり運命を変えるような大きなこともできません、しかし人を笑わせることは、ともすればたくさんの人を一気に幸せにすることなのです。
寺美は、今となってはもうとにかく漫才をやりたくなっていました。
「はぅ! そういえばボク、社の願いを叶えていませんでしたぁ…」
叶える前にばったりと倒れてしまったことを思い出したのです、ここまで手伝ってもらってきたのに、なんということでしょう。
「は? 何いうとんや。もう願いは叶えてもろうたで?」
「え? いつ?」
「俺は漫才の相方がほしかったんや。俺の最高のパートナーは、お前やんか!」
「はぅ〜、社ーっ! ありがとうですぅ!」
いつの間にか結ばれていた強い絆を知り、二人はもっとがんばって、沢山の人を笑わせることを誓うのでした――――
「これでおしまいですぅ☆」
「ご清聴ありがとやんしたーっ!」
ぱちぱちと喜んで手を叩くマリーに、社はキザったらしくウインクを決めた。
「ホンマに自分がいなくなる時っちゅうんは死んだ時やないんちゃうかな?
皆から忘れられた時やと思うんや…だから俺はマリりんを忘れたりせぇへんからな!」
「ちょっとマリーちゃんに妬いちゃいますぅ〜。だってこんなに想ってくれる人達がいるんですよぉ?
もっとボク頑張らなくちゃですね☆」
「マリリンは自分の人生楽しんどるか? 思い出せんことがいっぱいあっても、こうやって新しく楽しいことを経験するんも悪くないねんで!」
「はい、本当にありがとうございます。今の私には思い出を持つことができます、感謝してもし足りないわ…」
「はぅ〜☆ ボクは社のパートナーになれて良かったって思ってますよぉ? だってこんなに友達が出来たり、楽しい毎日がやってくるんですぅ〜。…でも、ゆる族としていつかは皆に忘れられちゃう日がくるのかなぁ?」
「俺が寺美を忘れる? アホかっ! お前みたいなゆるゆるな顔、一生忘れられるか!」
スコーンと社のチョップが寺美に決まり、わあわあと賑やかに二人は漫才していた。
◇ ◇ ◇
見上げるほどの巨大な甲冑の騎士が、静かに膝をつき、ひとときの休息をとっていた。
敵に会いては敵を斬り、壁に会いては乗り越え砕く、女王に従いその意を示す、百戦錬磨のつわものだ。
女王陛下の誇りかな騎士は、それでも一人でその誇りを抱いているのではなかった。
「このあたりに、その伝説の武器があるというのですね」
「そうです、傭兵団が狙っているといううわさもありますね」
巨大な騎士の足元で、二人の人影が会話している。
ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)は、ヒパティアと共にかの甲冑型のロボットを操り、名誉を賜る騎士である。
山間のわずかに開けた場所でその機体を休め、女王から命を受けて彼女らは伝説と呼ばれるものを探していた。
「ヒャッハー! お宝はここってかぁ!?」
そいつを手に入れて売っぱらえば、チビ共にもいいもの食わせてやれるんだ!
俺たちにも、生きる誇りってやつがあるんでぇ!
「お前達! 傭兵団の誇りにかけて、なんとしてもそいつを手に入れますよ!」
元気にやかましく、朱 黎明(しゅ・れいめい)を頭とする傭兵団はえいこらさと山を登る。
彼らもまた巨大な甲冑に似たロボットを操っているが、腕や足がちぐはぐで、全体的につぎはぎで構成されている混成集団だ。
つぎはぎで機体が作られているせいか、がちゃがちゃと賑やかに、彼らは行進する。
女王が伝説の武器を求めているといううわさを聞きつけ、このあたりにやってきた無法者達は、そこで谷で身体を休めている宿敵を見つけたのだった。
「親分! 見つけやした!」
「でかしました! どんなお宝ですか!?」
「すいやせん! それじゃなくて、あの『ナイトハーレック』っす!」
「あの、ナイトハーレックだと!」
彼の脳裏に、今まで受けた数々の屈辱が走馬灯のようによみがえる…
突如山が崩れ、瓦礫がハーレックたちを襲った。
「ハーレック! 危ない」
機体制御を受け持つヒパティアが瓦礫からハーレックを庇うが、瓦礫の量は尋常ではなく、さしものナイトハーレックも足をやられて身動きがとれない。
「やりましたぜ親分んん!」
山の上から傭兵団たちが小躍りしている。
「また彼らですか! 朱 黎明!」
「今度こそ積年の恨み、晴らさせてもらいますよ!」
拡声器で過去の悪行らしきものを並べ立てる傭兵団の頭領だが、残念ながらそれのどれもハーレックには覚えがない。
なぜなら、彼らが一方的に腹に持っている恨みなのだ。
しかも晩御飯予定の獲物を横取りされたとか、トラップに自分でひっかかったとか、そういう感じのヤツだからだ。
傭兵団の魔の手は、容赦なく逃げ場のないハーレックたちに襲い掛かった。
足をやられて膝をついたまま、ハーレック達は果敢に盾で払い、剣で薙ぎ、不利な状況ながら耐えしのぐ。
「しょうがありません、アレを使います! …貴方の腕なら大丈夫だ、封印を解いてください」
「…!」
アレとは、背中に隠されたバーニアだ。大出力ゆえに使用することを躊躇し続けたそれを、今こそ使うときなのだ。
ばくんと背中に負うバックパックが開くと、金属の翼のようなものがその下から伸び、開ききったその時…
「…何? ナイトハーレックが消えた!?」
黎明のとなりにいた機体が次の瞬間吹っ飛んだ。
それだけではない、ナイトハーレックを取り囲んでいた機体が次々と叩き伏せられていく。ビームに吹き飛ばされ、また剣で切り裂かれていくが、肝心のナイトハーレックは捕らえられない。
バーニアがもたらす超高速と、圧倒的な運動量と質量が合わさって、目にも留まらぬ破壊力が今ここに生み出されたのだ。
「う…」「がく…り…」「ひで…ぶ…」
もはや、ナイトハーレック以外に立っているものは居ない。
「ヒパティア、よくがんばりましたね」
「あのマニューバ、私が制御したのですね…」
マスコントロールシステムや、封印解除で細分・増大化した制御項目の把握など、ナイトハーレックに搭載されている機能郡を、私はコントロールできたのだ!
「見てください、あそこに伝説の…!」
戦いのさなか崩れた山肌のなかに、目指す宝が輝いていた。
「…こ…この…っ! われら傭兵団は、これしきのことではくたばらんのです!」
その時、黎明のメカが地割れを踏み抜き、そこから水が溢れ、突如間欠泉のように噴出した。
「のおおおおおお!?」
黎明は機体ごと天高く吹き上げられ、地平線のかなたに吹っ飛んでいった。
「おおお親分! 大丈夫っすかぁーーーーーー!?」
「あちぃ! あ、これ温泉だぁ! 親分んーーーーーーっ!」
「温泉だぞーーー! ヒャッハァァァァーーーー!!!」
女王から命を受けた伝説の武器を手にし、二人は栄光の帰路につく。
その中で、前から決めていたことを、苦しみの中から告げるハーレックの姿があった。
「ですが、ヒパティア。あなたといるのは、これが最後でしょう…」
「どうしてっ!?」
「これを持ち帰れば、私たちは最後の大きな、とてつもない戦いの中へ身を投じるでしょう」
「何故、私を連れて行ってくださらないのですか!?」
「行けば必ず、戻らぬ旅路を行くことになるでしょう、ですから…」
ばちりとヒパティアの中で何かがスパークし、彼女は暗闇の中へ落ちていった。
目元を潤ませたマリーがハーレック達を出迎えた。
「申し訳ありません、あなたの過去を想像してシナリオを書かせていただきました…」
「…ええ、このようなことがあったのかも…しれませんね」
やさしい思いに満ちた、悲しい別離が、ここに確かに。
◇ ◇ ◇
「拙者たちは、写真展を開くでござる! ヒパティア殿、なにかいいステージはござらぬか?」
坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)が、ヒパティアに詰め寄っている。
「先日戻られた発掘隊の方々が、マリーさんの遺跡の方を撮影してきたものがございますので、その形を構築致しましょう」
樹のそばに館が現れた。外観は古いヴァイシャリーの建物をベースに作られているが、中のつくりは発掘隊が撮影してきた映像で構築されている。
「おー、すごいでござる」
喜び勇んで鹿次郎は館に飛び込む。
彼のパートナーたちと、ヒパティアとマリーは恐る恐る館に入った。
館内は、発掘物リストなどを参照して似た構造とアイテムを並べてあるが、かなりのところをヒパティアなりに補完しているので、残念ながらあまりマリーが何かを感じる様子はなかった。
まずホールが見え、ここで鹿次郎が写真を並べることを決めた。嬉々としてマリーたちを案内する。
「これはお正月に神社巡りをして撮影しまくった巫女さんでござる、こちらは春神社にお花見に行ったついでに撮影した巫女さんでござる、この写真は…」
「…みこさんとは、どなたですか? 沢山いらっしゃるようですけれど…」
「巫女さんとは、神社など、特に神道で神様にお使えする方のことです。鹿次郎様のおっしゃる巫女さんは、特にそういう格好をしている方のことのようです」
姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)がブチ切れた。
「…このアホ! アホなことをマリー様たちに教えてどうする気ですの…!?」
小柄な少女が年上の青年をボコボコに叩きのめして足蹴にしている様も、あんまり教えたくないことかもしれないと、山中 鹿之助(やまなか・しかのすけ)などは心から思うのである。
「い、いやこちらの写真も見るでござる、花見の客でござる、巫女さんは写っていないでござるよ」
「まあ、素敵な桜の木ですね」
「武士の心と概念は、散る桜を潔しとし死ぬ事に意味を求めるものでござる」
「まあ、どうしてですか?」
「世に名誉を残し、他者の心に伝えられながら永劫に残る生き様もあるでござるよ。
人の記憶に残る桜の美しさであったり、人によってはそれを永遠の生と言うでござる」
鹿之助はそれに続けて、自分になぞらえた話をした。
「それがしは英霊でござる。かつて生きていた時代においては武将として血で血を洗い隣人と斬り結び、ま
た生前の孝忠によって、今このように転じて貴殿とまみえておる」
「貴殿の名誉と心はそれがしらの心にしかと刻まれた。
それで最善とは言わぬが、それがしのこの再びの生、続く限りは貴殿の生き様も共にあろう」
「あら、ここは食堂ですのね」
「そうと聞き及んでおります」
姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)は写真データをヒパティアに渡すと、絵皿の棚や壁の絵画の変わりに写真が展開される。
「ご存知ですか? こちらはカツサンドと言うのですわよ。しっとりとしたパンと刻みキャベツとマスタードとソースを絡めたピリ辛豚カツのコラボレーションがこの上なく美味なのですわよ。しかも意外な程リーズナブルで安価に沢山食べる事が出来ますのよ。あ、此方は鹿次郎殿に無理矢理奢らせた特上うな重肝吸い付きですわね、他にもこちらのラーメン屋のトンコツ、実はそう特筆するものはないのですがチャーシューだけは神棚に祭ってもよろしいと思いましたわ。この激辛カレーは私が辛さ記録を塗り替え…(長いので以下略」
「…とりあえず、雪殿は放置でよいでござる…」
自らの胃袋の記憶を語り続ける彼女を置いて、全員食堂を出た。
「そしてこの輝けるたい焼き! 外がかりっと中はしっとりとして具のバラエティに富み…(以下略」
春夏秋冬 真都里(ひととせ・まつり)と小豆沢 もなか(あずさわ・もなか)もまた、写真展をするべくデータを持ち寄った。適当に広そうな一室を選んで、ホームシアターをイメージしている。
「いろいろ鑑賞するだけでもいいけど、誰かと一緒に見るのも思い出だよな!
まあ、俺はここに来たばっかりだから、そんなに写真とかもないんだけど…ぐえっ」
真都里をぐいと押しのけて、もなかはマリーに笑いかけた。
「もなちゃんももとはラノベだからわかるよ!
流行り廃りのある世の中で、ヒトの記憶から消えていく怖さ…。
だからね、思い出してほしいって言う気持ちはすごくある」
「なぁ、マリー。あんたがどういう人で、大昔に何があったか知らないけど、今この場においては、俺とマリーは友達だぜ?
マリーとこうして一緒に演劇を見た事を俺は忘れない。だから、もしマリーに記憶が戻っても、俺たちの事忘れないで居て欲しいんだ」
真都里と違い、もなかはマリーの状況に察しがついている。
思いっきり茶化してマリーの記憶に残ってもらおう、ラノベの持ち味は、なんといっても読者の中に何かを残すインパクトだ。
「あー! むっつりさーん! まつりんがまりりんを口説いてます!」
「うるさい!バカもなか!別に口説いてないだろうが…!」
「ねー、ねー、まりりん。まつりんはね〜前回、ピンクのメイドのかっこうしてたらしいよ〜。
くふふふふ、ひぱひぱ〜画像でるかなぁ?」
即座にメイド服の写真データが現れる。彼女も真似をして、いくつか個人的な写真も出してくる。
「うわあ、ヒパティアも画像出さなくて良いんだーっ!」
わーわーぎゃーぎゃーわめきながら、マリーとヒパティアの周りをぐるぐる回って追いかけっこをはじめる二人を尻目に、当のマリーは『まあかわいい』と言いながら、真都里のピンクのメイド服写真を眺めていたが、気づかない方が幸せである。
しかしすぐに真都里だけが力尽き、ぜえはあと息を切らせ、影を背負いながら重々しく口を開いた。
「マリー、訂正だ…。世の中には忘れていたほうが良い記憶もある…。
だから、無理はしないほうが良い…辛かったら言うんだぜ?」
「ありがとうございます。でもそれがどんなものでも、貴方がたが居ればきっと辛くはないでしょう」
「で? むっつりさんって誰だ? ひぱひぱはヒパティアとしても…」
「へ? ひぱひぱの執事だけど?」
思わず誰かに聞かれていないか、もなかの口を塞いで焦る真都里である。
マリーは、ふとヒパティアが出してきた個人的な写真を手に取った。
どこかの図書館で、フューラーが本のページををめくっている姿だ。
「…フューラー様の目や髪は、このような色をされているのですね」
「あれ? 知らなかったの?」
「こちらで会ったことは、ございませんので」
「そうだったのかあ」
「そしてここは応接室だそうです」
大きなオルゴールや壁のレリーフがかなり再現されている。
オルゴールは形だけしかデータがないので、本来ならもっと素敵な空間であったろうと思われた。
ケイラは、ヒパティアに提案する。
「ちょっと、色調ってのをやってみたいんだ、音を色でも感じてみれば、何か感じるものがないかなあって」
「共感覚ですか、少しお待ち下さい。少々プロトコルを変更しなければならないですね…」
「む、難しいならいいんだよ!?」
「いえ、このような感じでしょうか?」
「あ」
「きょ、響子助けてうわーっ!」
次の瞬間、ケイラと響子はものすごい色と音の奔流に襲われていた。めまいにおそわれてへたり込む。
ケイラは、実は共感覚などすっとばして、可聴域外の音のみならず赤外線や紫外線、視界に入るはずのない背後などまで見ていたのだが、さすがにそこまでは知る由はなかった。
すぐに元通りになったけれど、ちょっと腰がぬけた。
「共感覚というのは、受け取った感覚で他の部位も刺激する複合知覚ですから、調整はとても繊細で…申し訳ありません」
深々とヒパティアは頭を下げた
「あれ、マリーさんは?」
「レリーフを見ているよ、もしかしたら何か思い出しているのかも」
「…そうかあ」
その後ろでケイラは、そっとリュートを爪弾いた。
オルゴールから復元した旋律を、少し変調を加えてゆったりと奏でる。
大樹の下の乙女は誰かに手を差し伸ばし、その背景には遠くに山がかすみ、豊かな川が流れて、その周りには花が咲き乱れている。花は賑々しい生活のいとなみの直喩かもしれないという意見もあると、ちらりとレポートでケイラは見ている。
それを思い浮かべながら、何か新しく思い出せるものがあればいいな、そう思いながら弾いていく。
(あれ…どうしたんだろう)
木目もあらわな壁のレリーフに、音とともに色が差し込んでいた。
ドの音と共に、川面に白く反射光が差し込む、レの音が震え、太陽の光と花の色に黄色く色を散らし、ソの音が拭えど落ちぬ青を空に翳らせ、ラの音と共に女性のドレスに鮮やかな深みを増していく…
その驚きに、ケイラの指が止まりそうになる。
「ケイラ、続けてっ」
小声で響子が叱咤する、ヒパティアはマリーの記憶を辿って演算をつぎ込んでいることに気づいていた。
今マリーのなかで、レリーフと、ケイラのリュートの旋律が交じり合い、何かが取り戻されようとしていた。
女性の髪に色が吹き込まれ、差し伸ばした腕に絡むレースは実は髪だったのだと示す。その腕が示す先に、気づけば人物が形をとりはじめていた。
「この女性が手を伸ばしてる人、誰かに似ているのかな…?」
剣帯し、女性を見下ろし、伸ばした髪を後ろでまとめてすっきりと立っている男性の姿が現れていた。
やはり顔は彫刻らしく、もとある女性と同じくはっきりしない。
今や遺跡を模した館は消えうせ、ヒパティアの館や島などの基本的な構造物を除いて、そのレリーフの壁だけが電脳世界に残されていた。
否、マリーの定位置になっていた樹もそのまま、木陰の乙女はレリーフと同じように、レリーフの中の男性へと手を差し伸べていた。
電脳空間に訪れていた人は、全てその光景を見た。
それまで見てきた劇のどこかにあったモチーフや出来事が、そのレリーフ、またはマリーの記憶に面影を投げかけていたのかもしれない。
女性も背景も色がついたのに、男性の色だけは木目のままだ。
出会いの衝撃や、共に見た花の色や、別れの悲哀、そこにはすべてがつまっている。
「…あなたは、やはり私を置いていってしまったのでしょうか…?」
想う人は手を伸ばして触れられそうなそこまできて、その歩みを止めてしまった。
名前もまだ、彼女は思い出せないというのに。
◇ ◇ ◇
沢山の人が集まり、深い悲しみと、自らに重ねる寂しさとおびえ、複雑に揺らぐ感情が、ヒパティアの中に少しずつ蓄積されている。
皆この方に約束された死に、ともに捧げたい何かを持ってくる。
わたしは、この方に何ができるだろうか。
記憶はできる、彼女の記憶の手助けをする。
しかし、自分にはそれだけしかできないのだ。
今ヒパティアを襲うのは、おそらく無力感、焦燥、喪失感というべきもの。
メモリのどこかががらんどうになるような、名前のつけがたい定義のぶれ。
たくさんのベクトルが向く先のノードの消失、知るはずのないその消失の先への、禁じられた好奇心。
―今はただ、フューラーに会いたかった。
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
Next Last