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リアクション
1、呉服フロア・午前
屋上のソフトクリーム屋でアルバイトをしているレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は、パートナーのカムイ・マギ(かむい・まぎ)と共に呉服フロアに遊びに来ていた。
「ねえ、カムイはどれがいいと思う?」
「ううん……そうですね」
両手に持っている別々の携帯ストラップを見比べながら尋ねるレキの姿に、この世界の流行に疎いカムイは困った表情を見せている。レキはカムイとお揃いのものが欲しかったのだが、大人っぽいパートナーとお揃いのストラップは、無理かなぁ。と考え直したようだ。
「んー、決めたっ! やっぱり、こっち。紫陽花の髪留めにするよ。これ付けて一緒にバイトしよ♪」
レキはパートナーとの共通点である『長髪』を考慮して、涼しげな薄い青紫の髪留めを2つ選んだ。小さな花がたくさん集まっている様子は控え目ではあるが、働くときにはちょうどいいかもしれない。
よし、これ、早速買ってこなきゃ!
レキはカムイの返事を待たずに元気にレジに走って行った。
「僕も、喜んでもらいたいのは一緒なんですけどね。ふふ」
彼女の元気な様子に軽く微笑みながらレジの方向を見る。どうやらレキはレジの途中で別の女の子と話をしているようだ。僕も彼女が気づかないうちに何か買い物をしましょうか……。
「このうさぎの帯留めすごく可愛い……いいなぁ、欲しいなぁ」
「どうしたの?」
「ひゃぁああ!!」
レジの近くで行ったり来たりを繰り返す遊佐 一森(ゆさ・かずもり)。彼女は呉服フロアでうさぎの帯止めに一目ぼれしてしまったのだが、予算をちょっぴりオーバーしていたようだ。そのちょっぴり加減が絶妙で、自分へのご褒美にするべきかどうかをずいぶん悩んでいるのだった。レキが不思議に思って声をかけると一森は素っ頓狂な声をあげて、後ろにぴょん! と飛びのいた。
「び、びっくり……。えと、ここの呉服フロアクオリティ高いんだけど、その、値段も少し高くて……」
レキはちらっと帯止めの値段を見た。確かに少し高い気もする。だけれど一森はとても気に入っているようだ……。そうだ! レキは妙案を思い付いてにっこりとほほ笑んだ。
「あのね、この百貨店はアルバイトを募集してるんだよ。ボクも屋上でバイトしてるんだ。ねえ、キミ名前は?」
「遊佐 一森、だよ」
「ボクはレキ・フォートアウフ、よろしくね。もしよかったらここで働けるかどうか聞いてこようか」
「えっ、このフロアで働けるの? やってみたいかも……っ」
アルバイト代がもらえるまでにうさぎの帯止め、取り置きしてもらえるかな……。自分の好きな物に囲まれてバイトができたら、い、いいなぁ。
一森はレキの提案に胸を弾ませた。
カムイは別のレジで買い物を済ませてレキにプレゼントを渡そうとしたが、盛りあがっているようなのでどうしたものかと考える。ふと、メロンパンの列が目に入った。椿 薫(つばき・かおる)が交通整理をしているのが見える……後で挨拶にでも行こうかな。
「あっ、カムイも買い物したの? 何買ったの?」
「流行から外れているかもしれませんが……後で見てみてください」
レキに渡した袋の中には藍染のリボンが入っている。彼女の赤い髪に映えると思うのだが、喜んでもらえたらいいな。
「そうだ、抹茶パフェでも食べに行こうか」
カムイの提案にレキは元気に頷いている。今日はオフの日、たまにはお客として楽しんでみよう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「もうすぐ花火やお祭りのシーズンだから、浴衣が欲しかったんだ〜」
休みの日だが、学校へ忘れ物を取りに行ったため制服を着ている南條 琴乃(なんじょう・ことの)。彼女はせっかく出かけたんだから、と呉服フロアに浴衣を見に来たようだった。パートナーの川原 龍矢(かわはら・たつや)は浴衣がなくても祭りに行けると考えているが、まあ、女の子はそういうものなのかな。と、彼女の買い物に付き合っている。
「龍矢も浴衣買う? 龍矢なら紺色とかがいいかなあ」
「俺はいいよ」
「だーめっ。だって、一緒にお祭り行きたいもん!」
可愛らしくほっぺたを膨らませながらの『わがまま』攻撃。そうか、琴乃は自分と出かける準備をしているのか。てっきり気まぐれな買い物だと考えていたが、そういう理由なら……。
「ずっとお買いもの、一緒に来たかったんだぁ」
人懐っこい笑顔だ。彼女が浴衣を選んでいる姿を見てたら反論する理由もなくなってきた。……自分は甘いのだろうか。
「琴乃が望むなら、まあ……」
「あっ、あっちにあるみたい。行こう、行こう!」
「行くから、慌てるな」
くいくいと腕を引かれて行った先では、自分と同じように何がいいのか分からない様子の神崎 優(かんざき・ゆう)の姿があった。水無月 零(みなずき・れい)の浴衣を買いにきた優は、彼女に自分の浴衣姿が見たいとねだられたのだが……。女の子の買い物は時間がかかるようだ。
「色々な浴衣があって迷っちゃう……」
優にはどんなのが似合うかな。あれかな、これもいいな。
自分が選んだの着てくれるんだもの。ええと、あっちも捨てがたい……。
「まだ決まらないのか?」
優は自分の浴衣は紺の無地に決め、帯を零に選んでもらっているところだ。人の気配を感じて振り向くと、自分とおなじ蒼空学園の服を着た琴乃と、自分とおなじく女の子の買い物に付き合っている様子の龍矢がいた。
「零、あの女の子」
優の目線の先には見慣れた学校の制服に、白いリボンをつけたあどけない雰囲気の女の子がいた。
「あっ。……こんにちは、蒼空学園の生徒さん?」
零がおっとりとほほ笑むと、琴乃はそうだと頷いた。琴乃が自分と同じく高等部の学生だと知ると、お互いが選んだ着物の話に花を咲かせている。
「水無月先輩はどの浴衣にしたんですか? 私は手鞠の柄を狙ってるんですけど、白だと子供っぽいかなぁ……」
「私は、優……こっちの男の子に選んでもらったの。柄はピンクの花模様だけど、白地は一緒だよ♪」
「先輩とお揃いなら白地にしようかなぁ♪」
同じ学校の先輩と知り合いになれたのが嬉しかったのか、浴衣を持ってレジに向かおうとする。龍矢はそんな彼女の肩を優しく叩いてたしなめていた。
「……琴乃、買うならきちんと試着しろよ?」
「そっか、じゃあ試着してくるね!」
「川原さん、俺、あっち見てきます」
「? ああ」
女の子同士で盛り上がっているようなので、優は龍矢にその場を任せて席をはずした。先ほど零に似合いそうな髪飾りを見つけ、買うタイミングを探していたのだった。手に取ったそれは透き通った蜻蛉玉が付いた小ぶりなタイプのかんざしで、彼女の美しい髪には似合いそうだが……。
「買えたけど、渡すのは後だな」
後輩と談笑している中で渡すのは、照れがある。『零に似合うと思ったから』といえば、彼女はそれを付けて浴衣を着てくれるかな? 渡した時に彼女がどんな顔をするか考えると、照れくささと同時に心に温かい気持ちが広がるのがわかった。
戻ってくると龍矢が2人に着せ替え人形にされていた。紺、黒、白……帯に履物、うちわまで。よくもまあ、こんなに持ってきたなぁと優は呆れを通りこして感心してしまう。でも、零の、今まで知らなかった一面を見た気がした。……これはこれでいいかもしれない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ゆっかた、ゆっかた♪」
「葵ちゃん、走ったら危ないですよ〜」
地面につきそうなツインテールに大きな蒼いリボンがトレードマークの秋月 葵(あきづき・あおい)は、パートナーのエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)に誘われて呉服フロアに浴衣を見にきた。
「いろんな柄があって迷っちゃうね〜。どれがいいかなぁ」
エレンディラは雑誌の夏特集で、夏のデートは浴衣! と心に決めていたらしい。浴衣を着たことがない葵のために着付けもマスターしたいところだ。
「エレン、これなんかどう? 色違いもあるよ」
葵が差し出したのは、彼女のリボンを連想させるような大きな蝶々柄だった。葵は白地に青い蝶柄、花模様の黄色の帯が気にいったようだ。どうせならお揃いにしようと、エレンは同じ柄の色違いで黒地にピンク色の蝶柄に薄紫の帯を合わせた。葵の組み合わせに比べると大人っぽい色合いだが、彼女の金髪は黒によく映える。
「髪飾りもお揃いで買わない? いっぱい種類があって迷っちゃう……えへへ」
浴衣の髪飾りと一言でいってもずいぶん種類があるもので、エレンは葵が髪飾りを選ぶ間に着付けを習おうと思いつく。
「私は店員さんに着付けを習ってきますので、髪飾りが決まるころに戻ってきますね」
「わかった♪ んーと、えーっと……」
葵が綺麗に浴衣を着られるように、しっかり習わねば。
「ねえねえミルフィ。どの浴衣がいいと思いますか……?」
「そうですね。あ、お嬢様。これなどは如何でしょうか」
ミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)が神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)にすすめたのは、淡い水色に赤い金魚の柄だった。これに黄色い帯を締めたらすぐにでも縁日に行けそうである。
「わ、可愛い! ミルフィのは大人っぽいね」
「うふふ」
有栖はミルフィの、鮮やかな牡丹が咲き誇る淡いピンクの浴衣を見ていた。彼女はこれに赤い帯をあわせてお嬢様の隣を独り占めするようだ。……独り占めの風景を妄想していたら鼻息が荒くなってしまった。そ、そうだ、その前に試着ですわっ。
「あ〜ん、ミルフィ、腰帯が上手く結べないです〜」
「はいお嬢様お任せを♪ ふふっ、お嬢様、とっても可愛らしいですわ……」
「きゃははっ。く、くすぐったいです〜っ」
涙目になりながら体をよじる有栖の姿に、ちょっと危ない目をするミルフィであった。お返しとばかりに今度は有栖が彼女の試着を手伝いを申し出るが、やっぱりというか、少々難易度が高かったようだ。
「ふふっ、今度は私がミルフィの着付けを手伝ってあげますっ。ぎゅー……。あれっ?」
「ちょ、お嬢様っっ。嬉しいですけど……胸が、くるしいですわ〜っ」
どうやらミルフィの胸は和服には大き過ぎたらしく、加減が分からなかったようだ。しかしお嬢様は悪気はなくて一生懸命。ううむ……。
「あの、よかったらお手伝いしましょうか?」
着付けを教わり偶然通りかかって、2人の様子が気になっていたエレンは思い切って声をかけることにした。有栖たちが百合園の制服を着ていたので声がかけやすかったのかもしれない。エレンは有栖に着付けのやり方を教え、どうにかそれらしく仕上げることができた。
「お嬢様、エレン様、ありがとうございます。あの、お連れの方は……」
「あっ、いけない! 葵ちゃん待たせちゃってる! それでは失礼しますねっ」
エレンはそのままパタパタと小走りに去って行った。
有栖とミルフィはそのあとお揃いのちりめん素材の和柄携帯ストラップを購入し、新月でクリームあんみつと抹茶パフェを注文したそうだ。
「ごめんなさい、葵ちゃん」
「大丈夫、いま出来たところ♪」
はい、と手渡された包みを開ける。髪飾りにしてはかさばるような……。
「これは、コサージュ……?」
「帯と同じ生地で作ってもらったの。ほんとにおそろい!」
葵はお互いの帯と同じ生地で黄色と薄紫の椿のコサージュを注文し、それを組み合わせた櫛をプレゼントした。
「ありがとうございます……大事にしますね。帰る前に甘味どころで休憩しましょう。疲れたときは甘い物が一番ですから」
このあと有栖たちにバッタリ会うだろうか。それも楽しそう。なんたって甘いものとお買いものは、女の子たちの大好物なのだから。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「地球にいたころは……」
朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)は浴衣の一つを手に取りながら、地球にいた時の生活をなんとなく思い出していた。あのころは休みの日に友達と遊びに行く約束をしている同級生が羨ましかったっけ。……いや、あの時は一緒に買い物に行ける友達など。
「さっさと浴衣を選ぶとするか。こういうのは第一印象だな。速戦即決、兵は拙速を尊ぶとも言うしな」
「……孫子ですが、使うところが違うでしょう。いったい何と戦うつもりですか、お嬢様?」
呆れ顔のイルマ・レスト(いるま・れすと)ははしゃいでいる朝倉 リッチェンス(あさくら・りっちぇんす)を、さりげなくブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)と一緒に子供コーナーに向かわせているところだ。ファッションセンスに自信のあるイルマは千歳の服を見立てたくてうずうずとしている。その様子に気づいた橘 舞(たちばな・まい)は、さりげなく千歳に話題を合せてイルマに服を選ばせる隙を作ってあげた。
「私も、気のあうお友達とお買い物できるようになったのはこっちに来てからですね。いつもブリジットとオーダーメイドしたものなので。千歳、イルマさんに選んでもらいません?」
「……こ、ここはそれが無難だな」
本当は、千歳は同年代に服を選んでもらうなど初めてでドキドキしている。神社の娘なら浴衣は珍しいものではないだろうが……。
「仙姫は和服初めてみたいだし、着付けもしてあげようかな。警護の人がいないって、新鮮です。……うーん、色々ありますね」
「ちょっと背伸びするぐらい大人っぽいのがいいと思います。……なので、ブリジットさんが選んだそれはおやめ下さいな」
ブリジットが金 仙姫(きむ・そに)に自分のおすすめを発表していた。彼女は舞に、どうせなら派手目な柄をと子供コーナーで見つけたカエル柄の浴衣を持ってきているが……それはちょっと、前衛的すぎるのでは?
「え、ギャップ萌だと思うんだけど?」
ブリジットは直接店に出向いて服を買った経験がないらしい。仙姫は浴衣を見るのは初めてだが、舞と千歳がイルマに選んでもらったのを試着しているのを見て大体の雰囲気は分ったようだ。
「アホブリはリツと一緒にコンビでも組んでおれ」
「この柄は……」
やれやれとため息をはく仙姫に、舞も申し訳なさそうに同意した。仙姫は舞に着付けの作法や小物の使い方を学んでいるようだ。『粋で上品』なものがご希望のようだが、帯や小物の組み合わせが難しいらしい。
「セクシーなのを選らんで、ダーリンを悩殺しちゃうのですよ。きゃーっ♪」
リッチェンスは顔に両手をあてて一人で盛り上がっているようだ。イルマが選んだ浴衣は彼女のセンスからすると渋すぎたらしく、どさくさに紛れてペアルックにしようとしているのも気に入らないらしい。
「イルイルは、この鎌を持った死神のイラストの入った浴衣がお似合いなのですよ」
「……リツ、あなたはカエル柄で問題ありませんわね。さ、お嬢様。次はこちらの浴衣を見てくださいませ」
イルマは最終的に、千歳に白地に赤い梅模様の浴衣に紫の帯。舞には白地に薄紫の八重桜の浴衣に薄桃色の帯を選んだ。イルマ自身は千歳とお揃いを狙って黒地に赤い梅模様、紫の帯にしている。
「舞と千歳はやはり似合うな。まぁ、当たり前じゃが……」
「そうだな……これにしよう」
仙姫に褒められ、お揃いや選んでもらったことが嬉しかったこともありいそいそとレジに向かう千歳。リッチェンスが慌てて彼女の服の裾をつかむ。
「ダーリン、履物も試着しないと〜! ダーリンの冗談は本気か微妙で困っちゃうですよ。さ、この歩くと音が鳴る下駄を履くです」
「そうなのか。だが、ブリジットとリツのセンスは私には合わないかな。……まぁ、楽しいならそれでもいいけど」
「ちなみに、和服のことを呉服とも言うが、呉服とは本来、中国にあった呉の国の衣装のことじゃ。呉の国の衣装だから、呉服じゃな。ぺらぺら。それが海を渡って日本に伝わり、日本独自の進化をして今の和服になったのじゃ。その経緯から、今でも和服のことをぺらぺらぺら……」
「カエル柄の大人用ないのかなぁ」
無い。
仙姫は子供コーナーでブリジットに呉服の説明を行っていた。ブリジットはそれらをすべてスルーし、ついでに自分が着る浴衣を探している。
「ねえ、舞。私、青い浴衣がいいんだけど」
「それなら……ええと、この赤い模様が付いたやつはどうかな。派手な柄だけど帯を落ち着いた色にすればバランス取れると思うけど」
舞は群青色に赤い朝顔の浴衣と、黄色い帯をセットにして渡す。仙姫には桔梗の柄が入った薄黄の浴衣に、黄緑の帯。リッチェンスはカエル柄……の予備でいいからと、花火模様の水色の浴衣に黄色の帯を渡しておいた。
「ま、こんなもんかしらね。みんなで夏祭りに行く時、必ず着てくること!」
「あ、ああ。わかった」
ブリジットはその辺にあった売り物の扇子でビシッとポーズを付け、千歳に『指令』を出している。ブリジットはいつものノリで言っただけだが、千歳には夏まつりに誘ってくれる友人ができたのだ。寸法直しに行ったイルマの選んだ浴衣を、またこのメンバーで遊びに行く時きていきたい。夏休みが楽しみだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「パラミタにはもう慣れた? 不便なことはない?」
「来た時には少し迷いましたけど、今はもう大丈夫ですよー。ねーさまありがとー。」
この時期の呉服フロアは女性が多い。ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)は恋人への浴衣を用意するべく、友人のルカルカ・ルー(るかるか・るー)、夏侯 淵(かこう・えん)、詩刻 仄水(しこく・ほのみ)と共にあれこれと商品を出してもらっている。仄水はルカルカにぎゅうっと抱きつき、会えた嬉しさを体で表現していた。
「ねぇ、ほのみん。どんなのがいいと思います?」
白を好む恋人のために白地で、できれば動物の柄の浴衣が欲しいのだが……。和服に詳しい仄水に助言を求めると、彼女は名探偵のように顎に手を当て考え込んだ。
「そうですねー。これなんか、でしょうか」
「あっ、こんなのもあるんですね……」
仄水は白地で、子猫が鈴にじゃれついている柄を発見した。これに赤い帯を合わせたら可愛いのではないか。ややアンティークな浴衣だが、恋人が猫好きなのでそれを買うことにした。恋人がこの浴衣を着ているところを想像すると、どうも頬のあたりが緩んでしまう。
「じゃ、これはラッピング頼んできます。……ところで、ほのみんの好みのタイプってどんなかんじ?」
「え……っ!?」
「今まで聞いたことなかったので」
ルースは近くにいた店員にプレゼント用に包んでくれと頼むと、自分用の和服を選んでいた仄水にいたずらっぽい笑みを向けた。自分にそんな質問が来ると思っていなかった仄水は恥ずかしそうに髪をいじりながら、つっかえつっかえ真面目に返事をしている。
「んー、そーですねー……。えと、空気が緩やかな人……ですかねぇ。……すごく漠然としてて、わかりにくい、ですけど」
ルカルカは自分をねーさまと慕ってくれる仄水のそんな様子が可愛くてしょうがないらしく、ニコニコしながら見守っていた。
ルカルカは先ほどから鏡の前で様々な色や素材の浴衣を合せて気に行ったものはすべて購入している。淵は、彼女の貯蓄額は相当だと聞いてはいたものの……なぜ小遣いを現金払いされているのかがよくわかった。
「可愛い、綺麗、素敵っ。手織りの肌触り〜」
「ねーさま、こっちも可愛いですねー」
仄水はルカルカと一緒に自身の紫や赤のミニ浴衣を探している。あれば和ゴスがよかったのだが、店員に質問したところファッションフロアで扱っているようだった。既製品の仕立て直しは可能だが、いつでも注文できるなら……今回は反物だけ買って帰ることにする。
「ルカ、多い気がするのだが……」
「一枚だと次の日着る物なくなるよ? 今度オーダーしに行こう。しっくりこないもんねっ」
ルカは皆と金銭感覚が違う……執着がない、富裕層の感覚だ。最低5セットは買うと豪語していたがまさか本気とは。
彼女のきょとんとした表情に、淵は返す言葉がなかった。
「ルカルカは鷹村とどこまで行ったんです?」
「えへ☆ それはね、ひ・み・つ♪ ……ルースさんは?」
「キスまでですかね。この調子で結婚まで行きたいんですが、ナナが乗り気じゃないんですよね」
どうしたものかとため息をつくルースは、場の空気を変えようと淵に好みのタイプを聞いている。淵は自分に合うサイズが子供用しかなかったものの、落ち着いた渋めのものを見つけて手持無沙汰になっていた。ルカルカは家族にも大島紬の札入れや、和の優雅さのある帯や小物をうきうきとカートに積みあげている。
「……俺で良ければ助力するゆえ気楽にな。なに、力なぞ常には八割程度で良いのだ」
ルースは最近、軍務に気負いすぎていやしないかと思い淵は彼の腰を軽く叩いた。いや、本当は肩の方がいいのだが……聞くな。
「ルースさんは、浴衣を買った人に他にどんな服を着てほしいのー?」
仄水はラッピングの済んだつつみをニヤニヤ見ている。
「う〜ん。チャイナ服とか水着とかありますけど……やっぱりナナにはメイド服が一番似合ってますよ。オレはナナのメイド姿が大好きです」
「もー、ラブラブじゃないっ」
自分で質問をしたが、ルース以上に照れている仄水であった。
「私怖い話とかスポットとか好きなんだけど、ねーさまは怪談とか平気?」
「日本の怪談は割と好き。見えない恐怖がなんともいえない〜」
浴衣を着て肝試し……なんてのも、日本の夏らしくて楽しいかもなぁ。と、仄水はみんなで過ごす楽しい夏に思いをはせた。
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