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黒毛猪の極上カレー

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黒毛猪の極上カレー

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「はぁ〜……何コレ? 何ココ? もしかして、天国?」
 調理班の様子を見ていて、綴はかつてないほどのハイテンションになっている。
 下ごしらえされていく野菜、食べやすいサイズへと形を変えていく黒毛猪の肉、ほのかに香るカレースパイスの刺激的な香り――これから作られるのであろう、何十種類にも及ぶ極上カレーたち。その姿を考えると、綴はいてもたってもいられなくなってきた。
「ちょっと、みんなの様子を見てくる!」
 そう言って綴は、大和田の返事も待たずに調理場へと飛び出していったのだった。

 まず最初に綴が覗いたのは――
「黒毛猪か。普段使ったことがないが、話しを聞く限りでは素晴らしい素材のようだね」
「おにいちゃん、すごく気合入ってるなぁ。よ〜し、私もがんばるぞぉ♪」
 本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)とパートナーのクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)の調理だ。
「さてと……せっかくの珍しい肉なら、その味を楽しんでもらうのが一番良いかな?」
 どうやら、涼介が作るのは奇をてらわないが、素材にこだわったカレーのようだ。
 猪肉以外は、玉ねぎとにんにくと生姜のみを使い、玉ねぎに関してはとことん炒めて飴色にしたものと、食感を楽しめるようにクシ切りにしたものを用意していく。
 猪肉に関しては――臭みを消すために擦りおろしたにんにく、生姜、酒、特製ガラムマサラでしっかりと下ごしらえを終え、獣肉特有の臭みを取っている。
 肝心の味付けはというと――基本的な欧風カレーをベースにした味で、隠し味に醤油と味噌、さらにコンソメを入れて味に深みを出すようだ。
「おにいちゃん、少し野菜もらっていい?」
 ここで、クレアが何かを作り始めた。
「カレーだけだと寂しいから。私はポテトサラダを作るね」
 どうやら彼女は、人参、玉ねぎ、ハム、キュウリ、ジャガイモを使ってポテトサラダを作るつもりのようだ。
『うぅ〜何アレ!? 早く食べたいっ!』
 涼介たちの調理を見ているだけで、綴は空腹の極みに達してしまった。
『これは、他のカレーも楽しみね』
 口元がありえないほどニヤる綴は、次の調理場へと向かう。

 次に綴が覗いたのは――
「ふ〜ふふ〜ん♪」
 リズミカルに野菜を刻んでいくテスラ・マグメル(てすら・まぐめる)の調理現場だ。
「さとと、野菜も切り終わりましたし……次は、スパイス作りですね」
 どうやらテスラは、視覚不利という「利点」を生かして、研ぎ澄まされた嗅覚や触覚で、スパイス選定と材料選びにこだわっているようだ。
 そんな彼女が作り上げていくカレーは――野菜と茸をふんだんに使い、隠し味に生姜と葛の根を使った健康的でヘルシーなカレーだ。
 さらに、余った新鮮な猪肉を使って、猪肉の冷しゃぶサラダも作っていく。
「ふふ〜んふ〜ん♪」
 テスラの嗅覚や触覚を生かした調理は、まさに音楽といえるほど軽快で、見てる綴まで楽しくなる調理だった。
『ここもすごく期待できそうね♪』
 自然と笑顔になった綴は、テスラのカレーを楽しみにしつつ、次の調理場へと向かう。

 次に綴が気になったのは――
「それじゃ、美央ちゃん。さっそく、このもらってきた材料でカレーを作ろっか?」
「はい! 頑張りますっ!」
 四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)赤羽 美央(あかばね・みお)のコンビだった。
 どうやら、唯乃が美央に料理を教えていくようだ。
「まずは……野菜の皮剥きは終わってるから、食べやすいサイズに切っていくよ?」
「え、えっと……包丁の持ち方はこうですか?」
「そうそう! 筋が良いね♪」
 二人が作ろうとしているのは、隠し味も何もないスタンダードなカレーのようだ。
 少し、生徒達によるカレーのアレンジが多くなりそうだと予感していた綴にとって、これはラッキーな報せだ。やはり、普通の味というものがあって、食べ比べは成立するのだ。
「それにしても、美央ちゃんが私に料理を教えて欲しいなんて、ちょっとビックリしちゃったな。どういう心境?」
「だって……その、何ていうか……唯乃ちゃんの料理はとっても美味しいですし……私だって、戦闘だけじゃなくって、普段の生活とかで唯乃ちゃんの役に立ちたかったから……」
 美央の顔は、フライパンでタマネギを炒めているせいなのか、少しだけ赤くなっていた。
 だが、そんなことは露知らず。唯乃は嬉しそうに微笑む。
「なんか、そう思ってもらえるって嬉しいかもっ! ありがとう、美央ちゃん」
「あの、その……こちらこそ、ありがとうございます」
「って、美央ちゃん! フライパンから目離さないで! ちょっと、焦げかけてる焦げかけてる!!」
 慌てて火を止める唯乃に向かって、美央は何回も謝り倒す。
『だ……大丈夫だよね、この二人?』
 少し心配になりつつも、綴は次のカレーを見に行くのだった。

 次に綴が覗いた調理場では――
「おーい、キノコはコレぐらいあれば充分だろう?」
「おやおや、これは色々と取って来ましたね。さっそく、調理に移りますね」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が、パートナーのエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)に数種類のキノコを手渡していた。
 どうやら園芸関係に知識が深いエースが、わざわざ森に入って取ってきたようだ。
 秋の味覚であるマイタケやエリンギは、黒毛猪の肉にも劣らないほど綴の食欲を刺激した。
 そして、エオリアの調理が始まった。
「さてと、まずはミネラルウォーターを注いで――」
 どうやら、彼らの作るカレーは普通ながらも、素材は水すらもこだわっているようだ。
 と、そのとき――
「おや、綴さんじゃないですか?」
 エースが、綴に気づいたようだ。
「どうしました? もしかして、キノコはお嫌いですか?」
「え、あ……いや。ただ、みんなの作るカレーが気になるから見て回ってるの。それに、キノコは大好きだよ?」
「そうですか、それはよかった!」
 綴の返事を聞いて微笑むエース。
 すると彼は、一輪の黄色いガーベラを捧げ――
「今日、貴女の求める味に出合えると良いですね」
 と、笑顔を見せた。
「え? あ、その……あ、ありがとう……」
 エースからガーベラを受け取った綴は、霊であるはずなのに顔を真っ赤に染めてその場から走り去っていった。
「ふふ、可愛いなぁ」
「エース……早く手伝ってください」

「もももも、もう! 何なのよ! つ……次よ、次っ!」
 急いでエースたちの調理場を後にした綴は、気分を変えるために次の調理場へと移った。
 だが――
「ゲッ、あんた!? なんで来てるのよ!?」
 次の調理現場には、綴が思わず驚く人物がいた。
「あれ? 来栖ちゃんじゃん! 久しぶり〜」
 綴の姿を見て話しかけてきたのは、弥涼 総司(いすず・そうじ)だった。
「な、なんであんたがココにいるのよ!」
「いやぁ。なんかさぁ、大和田さんに頼まれちゃった感じなんだよねぇ」
 実は、この二人――数日前、偶然にも『カリー・大和田』で会っていたのだ。
「いや。マジあの時はさぁ、幽霊の女の子をのぞきに来たら腹減ってもうてお店でたらふくメシを食ったら財布が無かったっちゅーワケよ?」
「…………」
「んで、ついいつもの癖でついつい逃走しちゃったんだけど、来栖ちゃんとぶつかって捕まっちゃったワケじゃん?」
「で、その捕まったはずのアンタが、どうしてココにいるのよ?」
 親の敵に会ったかのような綴の眼は、ほぼ暗殺者の眼つきに近かった。
「いや……なんか、大和田さんが、成仏させる事を条件に許してくれるって言うから、来ちゃったんだよねぇ」
「あ、あの親父ぃ!!」
 憤怒の表情を浮かべる綴。
「あれ? 来栖ちゃん、どこ行く感じ?」
「フンッ! 次の調理現場よ!」
「マジで!? 終わりまで覗いてってくれないの!?」
「あたりまえじゃない! 作り終わったら、さっさと持ってくるのよ! 絶対、成仏なんかしないけど!」
 結局、綴は総司の作るカツカレーを見ることなく、次の調理場へと行ってしまったのだった。