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モンスターの婚活!?

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モンスターの婚活!?
モンスターの婚活!? モンスターの婚活!?

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第8章 そして歌は全てを繋ぐ

 完成されたステージは非常に簡素なものだった。周囲の大木をバックに、広場の中央に楽器を並べただけである。だがその楽器の持ち運び、および音響機材のセットがあったため、多少時間がかかってしまったのだ。ギター、ベース、キーボード、ドラム等、主だった機材の持ち込みはローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)とそのパートナーたちが行った。
 音響機材を作動させるにはどうしても電源が必要になる。だがここは森の中、コンセントの差し込み口などあるはずが無い。そこで電力は雷術が使える者――西条霧神、ガイアス・ミスファーン、フォルクス・カーネリア、讃岐院顕仁の4人――で賄うことにした。

「よし、これで準備は整ったね。それじゃあ後は順番を決めて勝負に移るだけなんだけど、あんたら、順番どうする?」
 歌勝負の主役たる瑛菜がハルピュイアに挑戦的な目を向ける。そこでハルピュイアは、思い出したようにある人物の名を告げる。
「ソウイエバアル雄ガ歌ヲ知ッテルッテ言ウカラ、マズハソノ雄ニ歌ワセテホシインダケド」
「うん、いいよ。で、それは誰だい?」
「エット、確カ、すれヴぃ・ゆしらいねん」
「……は?」
 瑛菜はその名前に聞き覚えがあった。瑛菜を含め何人もいる【パラ実軽音部部員】の1人にして、信じられないほどの音痴の男……。
「ようやく出番が回ってきた! 熾月! ハルピュイアさんのために、お前に歌で勝負を挑ませてもらおう!」
 ステージの中央でマイク片手に瑛菜を指差すのは、いまだに魅了されたままのスレヴィ・ユシライネンだった。
「ま、まずいぞ! 彼に歌わせちゃいけないッ! あのスレヴィは超音痴だ! まともに聞いたらこの場にいる全員の耳が潰れるかもしれないッ!」
「ナニーーーーーッ!?」
 瑛菜のその言葉にハルピュイアたちが驚愕する。「歌を知っている」ということでひとまず何もせず置いていたのだが、まさかそれほどまでに音痴だとは知らなかった。さすがにそんな歌を聞かされるわけにはいかない。ハルピュイアたちはスレヴィを止めるべく、全力で羽ばたいた。
「ハルピュイアでも誰でもいい! スレヴィに歌わせるなーッ!」
「いいや! 『限界』だッ! 歌うねッ! 今――あだっ!?」
 スレヴィの殺人ソングが響き渡る前に、彼に殴打を食らわしたのは騎沙良詩穂だった。南鮪からの護衛に続き、またしても彼女は瑛菜を守ったということになる。
「本気狩る(マジカル)ステッキ、射程距離に到達しました☆」
「た、助かった……」
 殺人ソングでハルピュイアたちの機嫌を損ねるわけにはいかない。詩穂の今の行動は、瑛菜たちにとって非常にありがたいものだった……。

「さて、気を取り直して、最初は誰が行くのかな?」
 殴られたスレヴィをステージから無理矢理退場させ、瑛菜は全員を見回した。ここで1番手に名乗り出たのは、なんとハルピュイアたちであった。
「お、あんたたちが最初?」
「エエ、僭越ナガラとっぷばったーヲ行カセテモラウワ」
「OK、いいよ。楽器はどうする?」
「アリガトウ、デモ必要無イワ」
 そう言ってハルピュイアが3羽ほどステージの中央に立った。どうやら彼女たちはマイクも使わないらしい。
 そしてその口から歌声が紡がれ始める。
 瑛菜やレオンが聞いた、小鳥の囀りのような、甘美で甘露な歌声。そしてその声量は、声を反響させるホールで歌われているわけではないというのに、その場にいた全員の耳に響き渡っていく。
 独唱から合唱へ、ハーモニーも含めて、彼女たちは朗々と歌い上げた。決して魅了効果を含ませた魔法の歌ではない。だが彼女たちの歌声は、魔力など無くとも聞く者を魅了させる力を持っていた。
 歌が終わる。その直後、彼女たちに盛大な拍手が送られた。
「凄い! 見事だったよ!」
「フフ、アリガトウ」

「歌もまた会話です、魂の会話!」
 続いてステージに上がったのは瑛菜と詩穂である。その構成は瑛菜がボーカルとギター、詩穂がコーラスとドラムだ。最初、詩穂は乾燥した樹木を即席のドラムにしようとしていたのだが、別のところからドラムが持ち込まれたため、今回はそれを利用させてもらうことにした。
「瑛菜ちゃん、準備はいいですか?」
「OKだよ、詩穂。いつでも始めて!」
「分かりました! それでは行きましょう☆ 『マジカルステージ♪』開催!」
「へ……?」
 いつの間にか「リリカル魔法少女コスチューム」に着替えていた詩穂が、魔法少女特有の音楽スキル「マジカルステージ♪」を発動させる。彼女は瑛菜を巻き込んで、この場を魔法少女のオンステージにするつもりなのだ。
 だが瑛菜の方も呆けているわけにはいかない。詩穂の「リリカルソング♪」や「幸せの歌」のコーラスを元に、メインのボーカル部分を必死で歌う。
 それは人間、モンスターを問わず、聞く者全てを幸せにする魔法少女の世界だった……。

「ま、まさかいきなり魔法少女のステージになるとは思わなかった……」
 詩穂が発動した「マジカルステージ♪」の効果に完全に巻き込まれた形となった瑛菜だが、それでもどうにか歌い上げることができた。一風変わった歌ではあったが、ハルピュイアたちにはおおむね好評だったらしい。
 しばらくの休憩の後に、瑛菜は再びステージに上がる。今度は機材を持ち込んだローザマリアとそのパートナーたち、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)上杉 菊(うえすぎ・きく)、とのバンド演奏である。担当はそれぞれ、ローザマリアがリズムギター、グロリアーナがベース、エリシュカがドラム、菊がキーボード、そして瑛菜がボーカルとリードギターとなっている。
「まったく、瑛菜も今回ばかりは頼る相手を間違えたんじゃない?」
「まあまさかあんなことになるとは思わなかったよ、ローザ。でも一応レオンの名誉のために言っておくけど、ハルピュイアの魅了の歌さえ無ければ、それなりに頼れる奴なんだよ?」
 ローザマリアとしては、今回の話はレオン・ダンドリオンという男にとって大役に過ぎたと思っているのだが、護衛を頼んだ人間にこう言われてしまうと、もはや黙るしかできなかった。
「うゅ? きょーは、アテナ、きてない、のかな……?」
 エリシュカが瑛菜の服を軽く引っ張りながら問う。
「ん、ああ、今日はたまたまアテナは連れてこなかったんだ。また今度ね」
「はわ、それじゃしょうがない、の……」
 せっかく瑛菜のパートナーであるアテナ・リネアに会えるかと楽しみにしていたのだが、いなければどうしようもない。エリシュカはひとまずは諦め、自身の担当であるドラムのセッティングに取り掛かった。
「さてそろそろ本番だのぅ。して瑛菜よ、即興になってしまったが、色々と大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ロックンロール、やり遂げてやるとも」
「うむ。瑛菜と妾たちの調べで、あの半妖どもに打ち克ってみせようぞ」
 瑛菜の肩を軽く叩き、グロリアーナはベースの調弦を始める。そこに入れ替わるようにして菊がやってきた。
「未だ熟さぬ腕前なれど、魑魅魍魎の歌声に負けるわけには参りません。瑛菜様、全力で、やりましょう」
「……そうだね。ただ――」
 自分の愛用のギターを握り締めながら、瑛菜は言葉を選びながら口を開く。
「なんだろうね。今のあたし『負けられない』っていうより『負けたくない』って思ってるんだ」
「プライドに火をつけられた、というやつですか?」
「そんなとこだね」
 最初こそレオンを人質にされ、自身も体に傷を負ったこともあり、ハルピュイアにはいい印象を抱いていなかったが、今は違う。今はただ、純粋に自分たちの歌をハルピュイアに聞かせたい気持ちでいっぱいだった。
「瑛菜様ならできますよ。きっと……」
 言い残し、菊はキーボードの音源調整を始めた。
「やってやるさ……。このバンド演奏が本番だしね」
 先ほどはどちらかといえば詩穂の世界に巻き込まれた感が強かった。だがローザマリアたちとの演奏は、スキル無しの勝負。ギターの調整をしながら、瑛菜は緊張を集中に変え、深く呼吸した。

「本場イングランドのロックンロールぞ! 皆の者、堪能せよ! イングランド女王の奏でる調べを耳にする事が出来る己が幸運を悦ぶがいい!」
「御清聴下さいませ。殿方にも、ハルピュイアの方々にも、わたくしたちの調べ、届かせて見せましょう」
「うゅ……、ヘンなうたには負けない、の! エリーたちのうたの方が、ずっとすてきなんだもん、なの!」
「パラ実軽音部のバンド演奏よ!」
 そんな煽り文句と共に、ついに彼女たちの演奏が始まった。
 エリザベス1世の気高さそのままを表に出した力強い女王のベース、ハルピュイアに負けないような軽快かつ強気なリズムを打ち鳴らすアリスのドラム、誠心誠意、それでいて熱の篭ったメロディーを奏でる菊媛大姉のキーボード。そして、2人のギター。
 彼女たちは、ただただひたすらに歌った。

  ♪
  誑かす? 誑かされる?
  狂い惑わせる蠱惑的な歌声
  背徳の響きを持って耳朶を打つ
  でもそれは真実の愛なの?

  まやかしの愛なんていらない!
  でも愛がなくっちゃいられない!

  本当の愛は自分で掴み取る!
  蠱惑と背徳の歌声なんかに意味なんてない!
  だから聞いてよ惑う前に!
  ♪

 無我夢中で瑛菜はギターを弾き続けた。知らぬ間に声を出していた。観客の反応が見えないほどに、彼女は歌っていた。
 ……気がついた頃には、彼女は観客全員から盛大に拍手を貰っていた。

「さて、ようやく私の出番ですね」
 瑛菜とローザマリアたちのバンド演奏が終わり、広場の熱気が落ち着いてきた頃、アコースティックギターを抱え、テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)がステージに上がった。
「今回の大トリだね。しっかり勝負をモノにしちゃってよ」
「勝負? 私は最初からそんなものする気はありませんが?」
「え゛……?」
 人間の代表の1人としてやってきたのかと瑛菜は思っていたのだが、テスラの反応はまるで「心外だ」と言わんばかりのものだった。
「そ、それじゃなんでここに来たんだよ」
「交流ですよ」
 そう、テスラはハルピュイアと歌で「交流」を図るためにこの話に乗ったのだ。
「魅了のように一方的に見せつけ引き込むのではなく、交互に出し合う恋のような双方向をもって新しい何かを創り出していく。それって素晴らしいことじゃないでしょうか」
 異種族と音を通じての交流。それでこそ自分がシャンバラに来た甲斐があるのだから。テスラはそう続けた。
「瑛菜さん、ハルピュイアさんたちとの交流を通じて、それを分かっていただければ幸いです。それに……」
「それに?」
「……何より、恋ってすごいものですから」
 そう言ってテスラはギターを弾きだし、1人でコーラスを行いだした。
 かつて地球で「オーシャンボイス」と呼ばれていたことのあるその歌声から紡がれるのは「驚き」。出会った瞬間に感じるそれをテスラは自らの喉で再現する。
 曲調が変わる。驚きは次第に「恐れ」へと変貌していく。濃いという未知なる感情に対する恐れである。
 ここで瑛菜は違和感を覚えた。歌っているのはテスラのみのはずなのに、なぜか他の声も聞こえてきている。周囲を見れば、なんとハルピュイアたちがテスラのコーラスに合わせて歌っていたのだ。
(これが、この人の言ってた『交流』……?)
 次第に瑛菜も、テスラの歌に引き込まれていくのを実感していた。歌おうと思っていなかったのに、体がついつい歌おうとしてしまう。
 曲調は恐れから「悲しみ」に移っていた。伝えたくとも伝えられぬ悲しみを、テスラはギターの調べに乗せ、その場にいる全員に訴えかける。
 ハルピュイアの歌声だけではなく、そこにいた人間たちからも歌声が聞こえてきた。テスラは実は歌の中にミンストレルの技術を織り込んでいた。すなわち、最初は「驚きの歌」、次に「恐れの歌」、その次は「悲しみの歌」を、という具合にだ。ハルピュイアや観客たちがつられるように歌ってしまうのはそういったスキルが原因の1つだがそれだけではない。「勝負」ではなく「交流」。それこそが最大の理由だろう。交流を行うのに誰が優れているかなど関係ない。その想いが歌に乗っているからこそ、誰もが状況を忘れて歌いたくなってしまうのだ。
 さらに曲調が変わる。今度は歌の中にスキルを混ぜない。驚き、恐れ、悲しみを乗り越えるための「意思と勇気」。技術が無い分、テスラはこの部分に全力をもって歌う。
 いつの間にか瑛菜も歌っていた。歌いたくなったのだ。魔法少女のステージに、パラ実軽音部のバンド演奏で疲れているはずなのに、それでも歌いたくなる何かがここにあった。
 広場の全員が「交流」していた。ある者は歌につられて勝手に、またある者は自主的に歌に参加した。そして今、それらの意志が受け入れられ、全ての者が「幸福」を歌っていた……。