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リアクション
2,夜明けの強襲
忙しい一晩だった。
まだ殆どの人が足を踏み入れていないカナンの地では、合流予定の人員が全員揃うまでに時間もかかったし、作戦のすり合わせにも結構な労力を要した。
戦闘の準備の必要もある。まともに休める時間をほとんど取れない者も少なくなかった。
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)もそんな一人だ。
「ルカさん、どうぞ」
「うん、ありがと」
エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)差し出された紙コップを受け取ったルカルカは中身を確認もせずに一口飲んだ。
「あれ、ブラックコーヒー?」
「眠い時にはコーヒー、というのは安直でしたか」
「ううん、ありがと。ああ、もうこんな時間ね」
地平線の先に、うっすらと光の線が入っている。間もなく夜が明けようとしている。
「こっちは準備終わったぞ」
カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)がゆっくりと歩いてやってくる。
「うん、今行くー」
「今日の作戦、必ず成功させましょうね」
カルキノスのところへ駆け寄っていくルカルカの背中にエオリアは声をかけた。
片手をあげてルカルカは応える。頼もしい背中が見えなくなるまで眺める時間はなく、エオリアもすぐに声をかけられた。
間もなく夜が明ける―――戦いが始まるのだ。
空域を確保できるかどうか、というのは戦争においては重要なことだ。
空の安全を手にすることができれば、人員の輸送、物資の補給、そして何よりも航空支援を得ることができる。地上で動く部隊にとって、空からの攻撃ほど恐ろしいものはない。ただでさえ数で劣っている解放軍にとって、空域をできるだけ早く奪い取るのは急務と言えるだろう。
「わわわ、ちょっと、あんまり無茶な飛び方しないでよ、カメラ落としちゃうじゃん!」
クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が文句を言うのは、直ぐ横を抜けていったメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)に対してだ。
「無理を言わないでくれないかね、撮影はもう一旦後回しにして迎撃をして欲しいところなのだけどね」
「ダメだよ。ちゃんと撮影しないと資料にならないじゃん」
「それはそうかもしれないが、っと、危ない危ない」
メシエを狙って突っ込んできたワイバーンの突進を、ひらりと身をかわして避ける。
クマラの手には、動画撮影用にカメラが握られている。メシエもカメラを持っているのだが、今はまだ撮影体勢には入っていない。というのも、今は彼らを迎撃するために何体ものワイバーンが飛び交っているのだ。当然危険地帯である。
『二人とも、なんて場所に居るんだ。早くそこから退避しろ、死ぬぞ!』
そんな二人に、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)から通信が入る。穏やかではない内容に、その通信元である彼がつめている爆撃飛行艇の方を振り返った。そこから、炎の玉とか電撃とか砲撃とか矢がこちらに向かって飛んできている。
二人の足ともでは、砦の地上部隊が防衛のために出陣しているところだった。どうやら、少し前に出すぎていたらしい。このままでは砲撃に巻き込まれてしまう。二人は慌てて高度を取るために空に飛び上がった。その進路を塞ぐように、一頭のワイバーンが上空から飛び掛ってくる。
「うわぁ、避けられないよー」
進路塞ぐワイバーンの爪がクマラにひっかかる寸前、ぐらりと姿勢を崩してワイバーンは二人の横を抜けて落ちていった。驚く二人に、レッサー飛竜に乗ったカルキノスが近づいてきた。
「ふははは、危ないところだったな、二人とも。一旦下がるぞ、地上部隊に砲撃するためにダリル達を少し前に出すそうだ」
「うん、わかった。助かったよ、ありがと」
「礼に及ばん。さぁ行くぞ、ついてこい」
彼らよりずっと後方にて、戦況の分析と指揮を担当しているのがダリルの乗る爆撃飛行艇だ。単体でも高い戦闘能力を誇るが、今回は旗艦としての役割もあるため絶対に落とすわけにはいかない。
二人は、カルキノスについて飛行艇へと戻っていった。もちろん、カメラは回したままである。
「まるで縄張りを守ってるみたいだな」
爆撃飛行艇の護衛のために戻ってきたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)を、彼岸の航空戦力であるであろうワイバーンは追ってこなかった。ある程度の距離を取ると、満足なのかそれ以上はせめてこない。縄張りの中では猛烈に攻撃を加えてくるだけに、不自然と言えば不自然だ。
「効果範囲が決まっているのかもしれないな、誘い込むつもりなのかもしれないが、正門が射程に入るまでは前進させてもらおう。それならまだ結構な距離を取れる」
爆撃飛行艇を預かるダリルも、不可解さは感じているのだろう。しかし、今回の作戦の本命の事を考えると、あまりこちらが及び腰でいるわけにはいかないという判断を下したようだ。
「ワイバーンに誰も乗ってないのは戦略なのか?」
前に出ていた航空部隊を支援するために、弓を引いていた夏侯 淵(かこう・えん)が二人の会話に参加する。
「さぁ、でもやたら硬いよな、あいつら」
「人を乗せない方が、空中での動きは自由になるのは確かだろう。どちらの方がよりよいかは、運用次第だろうが、あまりいい運用をしているとは思えないな」
ワイバーンの動きを自由にすることでアドバンテージを得るなら、防衛に専念させるより遊撃に回した方が効率的だろう。そうしないのは、できないからかだろうか。こういう細かい疑念は考え出すときりがないのだが、ダリルは一応それも頭の隅に入れておくことにした。
「待たせたな、戻ったぞ」
クマラとメシエを引き連れたカルキノスが戻ってくる。護衛はこれで十分だろう。
「よし、前に出るぞ。地上の部隊がぶつかるまでに、少しでも数を減らしておこう」
空中で戦闘が始まってから、十分と少し。
既に進軍を開始していた地上部隊も、ついに砦の防衛部隊と接触した。
航空部隊は地上への砲撃を加えていたが、砦の空中戦力も迎撃に出ており、満足な支援にはまだもう少しかかるだろう。
グロリア・クレイン(ぐろりあ・くれいん)とレイラ・リンジー(れいら・りんじー)の前にも、敵の小隊が道を塞いでいた。三メートル近くある巨躯のオークを中心に、ゴブリンが四体。ゴブリンや槍を持ち、オークは巨大な棍棒を持っている。
「航空部隊にばかり仕事を押し付けるわけにはいきませんからね、いきますよ」
「はいです」
砂地に足を取られないように注意しながら、前に出てくる相手を一体ずつ倒していく。まだ砦に取り付くには距離がある。ここでは小さな怪我一つも嫌っていくべきだ。
戦いは始終二人のペースで進んでいた。ゴブリンが一体、また一体と倒していく。
そんな二人の少し後ろの砂の中に、ボウガンを装備したゴブリンが潜んでいた。恐らく、昨晩のうちから潜んでいたのだろう。二人はそのゴブリンに気づかない。慎重に狙いを定め、いままさに引き金をひかんとしたその時、氷術の一撃がゴブリンを襲う。
「ふぅ、危ないところだったわね」
砂に潜っていたゴブリンを倒したのは、アンジェリカ・スターク(あんじぇりか・すたーく)だ。先行するグロリアとレイラの少し後ろを進み、こうして後方の警戒を担当している。二人は彼女に信頼を置いているからこそ、振り返らずに先へと進んでいけるのだ。
オークを打ち倒し、さらに三人は前に進んでいく。まだまだ距離は遠い、のんびりしているわけにはいかない。
彼らが向かっているのは西門である。砦にはもう一つ、反対側に東門が設けられており、解放軍は西門を目指す部隊と、東門を目指す部隊の大きく二つに分けられている。こちら西門には、航空戦力をはじめ火力を総動員し一気に切り崩し、うまくいくのならそのまま門を抑えて砦に乗り込み制圧するのが目的だ。
立ち止まらずとにかく遮二無二突き進み、邪魔する敵は一切合財全て打ち倒していく。
一見かなり無謀な話しではあるが、潜入部隊がうまく機能するには外の部隊もちゃんと役割を果たす必要があるし、なによりそれができるだけの戦力をこちらに振り分けている。
そんな西門担当のうちの一人、高島 真理(たかしま・まり)は足を止め、後ろから走ってくる源 明日葉(みなもと・あすは)と敷島 桜(しきしま・さくら)と南蛮胴具足 秋津洲(なんばんどうぐそく・あきつしま)を手で制止する。
「どうなさった?」
明日葉の問う。目の前には砂地しかなく、次にぶつかるであろう敵部隊はまだ先にいる。
「気をつけて、地面の中に何かいるよ!」
「地面の中ですか………わっ」
辺りを見回そうとした桜は、いきなり襟元を秋津洲に掴まれ引き寄せられる。と、彼女の足があった場所から、巨大なミミズのような、そのくせおぞましいほどの歯を持つ巨大な口を持つモンスター、サンドワームが飛び出してきた。
「あ、ありがとうございます」
もし引っ張ってもらわなければ、と考えるとすっと血の気が引いていくような気がした。ただでさえ、砂地という時点であまり好ましくないのに!
「来るよ!」
真理の言葉に全員が身構える。
ちょっと見た目が気持ち悪くて、厄介そうな相手だからと引いてあげる余裕は無い。どんな敵も、打ち倒し一歩でも前に出るのがここで戦う戦士の役目なのだ。
向かってくるサンドワームに対して、彼女達の勇猛果敢に立ち向かっていった。
「口の中に砂が……っ、このやろう、ぜってータコヤキにしてやるからな!」
葉月 ショウ(はづき・しょう)の前には、うねうねと動く大きな足が四つ。タコの足だ。その奥には、保護色らしい黄土色の巨大な頭がどっしりと構えている。
「砂ダコとでも呼ぶべきですか。タコヤキにしたら一体何人前になるか、想像もつきませんね」
戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は少し感心したようにそんな事を言う。
足一本で五メートル近い長さがある。頭まで含めると、十メートル以上はありそうだ。おいしいかどうかはともかくとして、今日の参加者全員に振舞うには十分な量になるだろう。
「砂の中にたくさん伏兵を隠していたみたいですわね。あちらは、大きなカニが道をふさいでいるみたいですわ」
リース・バーロット(りーす・ばーろっと)の報告に、小次郎はそうか、と答える。攻撃されているわりにはのんびり出陣しているなとは思ったが、ちゃんと準備はしていたようだ。
「しかし、こうなると反対側が不安が残りますね。向こうにはあまり人を割いていませんから」
「きっと大丈夫ですわ」
「ならいいのですが」
「しっかし、カニにタコか。炊き出しの材料には事欠かねーな」
なんて軽口を言うものの、このタコがこれで中々手ごわい。うねうねと動かしている足は結構パワーもあるし、見えていない足が急に砂から飛び出してくることもある。中々間合いに飛び込めないのだ。
「あまりここだけで時間を割くわけにはいきませんが、しかしどう攻略しましょうか」
「あの偉そうな顔まで近づけりゃいいんだけどな」
タコの顔はじっと見ているとどこか愛嬌があるようにも見える。が、彼らには人を小ばかにしているように見えているようだ。
「ならば、道を開けてあげましょう!」
その声と共に、空から攻撃がタコの足の一本を弾き飛ばした。
三人が仰ぎ見たところには、機晶スナイパーライフルを構えたウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)の姿があった。
「足は私にお任せください」
ウィングから地上までは結構な距離があるし、足もうねうねと動いているのだが彼は外すことなく確実に足に弾を撃ち込んでいく。タコの皮膚が強靭なのか吹き飛んだりはしないが、あの足の動きを抑えられるのはありがたい。
「よっしゃ、助かる」
「援護感謝します」
ショウと小次郎の二人は、援護を受けながら一気にタコの頭に近づいていった。途中、砂の中から足が飛び出してきたが、それもウィングは難なく打ち落とす。近づいてさえしまえばあとは容易いもので、タコはあっさり仕留められた。
それを確認したウィングはその場を離れた。
「迎撃に出ているのは、ゴブリンやオークのような人型のモンスターばかりですね」
先ほどから、情報を得られそうな人間の兵士を探しているのだが、一向に見つからない。モンスターで十分ということなのかもしれない。できれば、少しでも情報を手に入れたいところなのだが。
と、周囲を見渡しているとモンスターによって足止めを食らっている部隊を見つけた。今度はヤドカリ型のようだ。
「出さないのか、出せないのか。どちらにしても、もっと私達が攻め寄れば向こうも少しは態度を変化させるでしょう。今は通り道を塞ぐ邪魔者の掃除をしていきますか」
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