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第7章



 クド・ストレイフとミューレリア・ラングウェイの競り合いに割り込んだのは紫桜遙遠だった。さらったグラスボールをドリブルし、上空へと再度飛んだ緋桜遙遠に向けて繋ごうとして、目前に風森巽が迫る。
「パスはさせませんよ!」
 そう言ってボールを競り合おうとした風森巽は、紫桜遙遠の足元に眼を向けて、ボールがない事に気が付いた。
(!? バックパスか!?)
 が、紫桜遙遠の後ろにいる青チームにも、ボールは渡されていない──
 不意に、紫桜遙遠の体が浮いた。頭の方から、ボン、と何かが弾む音がした。
 見上げると、グラスボールが紫桜遙遠の頭上に浮いている。紫桜遙遠は翼を広げ、「バーストダッシュ」で初速を得てさらに飛ぶ。
(! ダブルヒールだと!?)
 ──やられた!
 ボールを踵で蹴り上げ、背後から頭上に通すサッカーのテクニックだ。紫桜遙遠は「ブラインドナイブス」の使い手だったことを思い出す。その呼吸で、完全にこちらの死角を衝いてきた!
「くっ!」
 ボールに追いつこうとする風森巽だが、紫桜遙遠がボールを蹴る方が早い。
 グラスボールは空にいる緋桜遙遠に再び届けられた。ダイレクトでゴール前に打ち下ろす。ボールの落着点には、秋月葵とイングリット・ローゼンベルグが走りこんでいる。
(……しまった!)
 ミルディアは歯噛みした。「ツイントルネード」のコンビ。前回の試合で、紅のゴールを何度も危機に陥れた白の大砲の一門が、黒のゴール前100メートル弱の位置についていた。
 100メートルの距離。それは、スキルシュートにしてみれば眼と鼻の先でしかない。
「グリちゃん!あれ、やるよ!」
「オッケー!」
 氷の魔力と炎の魔力がボールに凝り、ふたりの蹴り足に冷気と熱気が渦を巻く。
 が、黒のゴールの中から、ボールの正面に飛び出してくる者がいた。もうひとりのゴールキーパー、霧雨 透乃(きりさめ・とうの)だ。
 ──コースを逸らす余裕はない。
 ふたりの蹴り足が同時にグラスボールに叩き込まれた。「ツイントルネード」。互いに反発しあう魔力を込められたグラスボールは、猛烈な加速で正面の黒ゴール──そしてその前にいる霧雨透乃に向けて飛ぶ。
 凄まじい音がした。
 霧雨透乃の顔面が「ツイントルネード」を正面から受けて、その全身が仰け反った。宙に浮くグラスボールに向けて、秋月葵とイングリットは跳んだ。
「もう一度いくよ!」
「もちろん!」
 再度ふたりは「ツイントルネード」の態勢に入った。が、同時に霧雨透乃も仰け反った体を起こし、ボールに向けて飛び上がる。
「「いっけぇ〜っ!」」
 グラスボールが再び熱気と冷気の魔力を、そしてそれが生み出す凶悪な加速と威力とをまとう。が、そのボールは今度は胸でブロックされた。空中ではさすがにボールの勢いに押され、霧雨透乃の体は後ろに吹き飛ばされた。
 再度浮かび上がるボール。地面に降り立つ3人。
「グリちゃん、上に上げて!」
 言うと同時に、秋月葵は「空飛ぶ魔法↑↑」で飛翔した。イングリットが浮いたグラスボールに脚を伸ばし、トス。
 飛んでくるボールを待ちながら、秋月葵は霧雨透乃が跳び上がり、三度こちらに肉迫してくる姿を見た。手首、顔、脚など、ユニフォームから露出している肌の部分に、龍の鱗が浮かび上がっているのが見えた。
(「龍鱗化」……この人、だから「ツイントルネード」を受けても平気なの!?)
 そう考えて思い直す。習得スキルの問題ではない。それ以上に、基礎能力が高いのだ。
 秋月葵は、シュートすると見せかけ、横にボールを蹴った。「バーストダッシュ」で同じような高さにいたミューレリアは、ボールをダイレクトで再び下に打ち下ろす。「軽身功」と「神速」で落着点に走りこんできたのは、今度はレロシャン・カプティアティだ。
「でぇりゃあぁあああッ!」
 レロシャンはボールに向かって身を投げ、自分の勢いをヘディングで叩き込んだ。
 ゴールキーパーのルイ・フリードは「神速」を用い、グラスボールに向かって跳んでセービングをする。弾かれたグラスボールはまた宙に舞った。
 空からグラスボールに向い、鋭角で急降下したのは緋桜遙遠だった。「奈落の鉄鎖」による重力制御で、通常の数倍の重力を自分に施したのである。
 己自身を砲弾とし、宙を貫いて自分ごと、グラスボールを蹴り落とす!
 重く鈍い音が鳴り響いて地面を揺らし、土煙が上がった。
「きゃああああっ!」
 黒ゴール内で、回復要員として待機していたヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が吹き飛ばされ、ネットを揺らした。
 転がったヴァーナーの横で、グラスボールが弾みながら、同じようにネットを揺らす。

 風羽斐の笛が鳴った。
 青が先制点をもぎ取った。

「あー、27番さん。青の27番さん」
 笛を吹いた後、風羽斐はミューレリアに声をかけた。
「? 何か用?」
「さっきの『ヘルファイア』使った件なんだけど次やったらイエローカードだから」
「えー? ダメージ与えたの味方なんだから別にいいじゃん?」
「良くない。もともと直接攻撃系スキルについては相当扱いがデリケートなんだ。弾道に相手プレイヤーが割り込んだらそれだけで退場だ。分かったか?」
「……そーいやそうだったね。はいはい、分かりましたよ、分かりました」

 先制点を決めた緋桜遙遠は、黒のゴールの中でうずくまり、右脚を押さえたまま動かないでいる。
「! 大丈夫!?」
 見かねてヴァーナーが「メジャーヒール」を施すと、レッサーワイバーンが一頭近くに降りてきた。
 その背中から下りたのは、霊装 シンベルミネ(れいそう・しんべるみね)を頭に載せた四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)である。
「大丈夫? 立てる!?」
 緋桜遙遠は立ち上がろうとして、再び転んでうめき声を上げた。
 四方天唯乃は緋桜遙遠の右足を少し触り、
「……無茶のしすぎよ! 膝から下の骨がガタガタじゃない!?」
と怒鳴りつけた。
「え? ボク、ちゃんと回復させましたけど……」
「骨の場合は、別な注意が必要な場合があるわ。折れた骨が変な形でつながったら、まともに歩けなくなるかもよ……この選手は医療班に運びます、以後は欠場扱いにして下さい!」
 霊装 シンベルミネ(れいそう・しんべるみね)が「サイコキネシス」を用い、慎重に緋桜遙遠の体をレッサーワイバーンの上に移した。
 心配そうに見守る青チームの攻撃部隊に対し、緋桜遙遠は「何をしている!?」と怒鳴りつけた。
「何をしているんだ!? 得点直後はカウンターを受けやすいんだ! 早く戻れッ!」 

(自らの身を省みない戦いっぷり、賞賛はしましょう。だが、同情はしません!)
 黒ゴール周辺の者達が緋桜遙遠の負傷に気を取られている隙に、風森巽はグラスボールを抱えるとセンターサークルに向かって全速力で走り出した。
「鬼崎さん! センターへ!」
 失点を許したことは仕方ない。が、緋桜遙遠が言った通り、失点直後が一番得点しやすいのも確かな事だ。前回の試合がそれを証明している。
 とりわけ、青はチーム中のダッシュ系スキル使いの大半を攻撃に割いている。それらはほとんどが現在黒ゴールに固まっている。青のゴールに対して、ちょうど正反対の黒ゴールに、だ。
(蒼空サッカーにおいて、ダッシュ系スキル使いはゲームメイクの要! それが攻撃に偏っているという事は、すなわち今の青の守備は機動性に欠け、速攻に脆いという事だ!
 今なら点を取り返せる──いや、両方のボールの主導権があるならば勝ち越せるッ!)
 風森巽がセンターサークルの中心にグラスボールを置くと同時に、鬼崎朔が隣の位置に来た。正面に立ちはだかるのは本郷涼介とそのパートナー、クレア・ワイズマン。ふたりとも「バーストダッシュ」使いだ。前線に上らず、敢えて中盤で待機していたのだろう。実に彼らしかった。
 ようやく審判の風羽斐が追いついた。「殺気看破」が、背後から駆け戻る青チームの面々の気配を伝えている。時間がない。
 風羽斐が、グラスボールキックオフの笛を吹いた。
 蹴りだされるグラスボール。風森巽から、鬼崎朔へ。鬼崎朔から、風森巽へ。
 次の瞬間、風森巽は「軽身功」と「神速」を発動させ、青ゴール目指して凄まじい速さでドリブルを始めた。
「何だあのイカれた速さは!」
 置いて行かれた本郷涼介が毒づいた。
 今、こちらの優位を確保するには、とにかくスピード、スピード――風森巽は走った。