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リアクション
第9章 僕たちは何らかのフラワシ攻撃を受けている第2弾
昼食も終わり、後で百合園女学院の購買に立ち寄る予定の小鳥遊美羽、ベアトリーチェ・アイブリンガーの2人を加えた静香一行は、5時限目の授業を見学――メンバーの内、七瀬歩は授業を受けなければならないのだが――するために調理実習室を出ていた。
「というわけで、調理実習室を出て、再び教室へ向かっております〜」
すっかりバスガイド風の案内が板についてきたらしい橘美咲を先頭に、彼女たちは歩く。
「ところで5時間目は何の授業だっけ?」
「えっと――」
静香が歩に授業内容を聞いたその時だった。彼女たちの7〜8メートル前方に何者かが立ち塞がったのである。
その人物は、全身を黒のゴシックロリータ服で包んだ少女であった。少女は真っ直ぐではなく、無駄に斜めに傾きながら立ち、左手でつばの広い黒帽子を押さえながら、ゆっくりと静香に向かって右手の人差し指を向けた。
「校長、知ってるかい? フラワシ使いは引かれ合う。どういう理由かはわからないけど、そっちにその気が無くとも、知らず知らずの内に引き合うんだ……」
「えっと……、円さん?」
静香が目の前の少女の正体に気づく。いや、正体といっても、その特徴的な姿をした者は百合園女学院では1人しか該当しない。
少女の正体は、かつて【ヴァイシャリー軍指名手配】になったことがあり、現在では生徒会執行部「通称・白百合団」及び「若葉分校」に所属し、さらには【ロイヤルガード志願者】でもある、百合園女学院では割と知られた問題児、桐生 円(きりゅう・まどか)であった。
「結婚する相手のことを『運命の赤い糸で結ばれている』とか言うよね。そんな風に、いつか、どこかで出会うんだよ……。敵か友人か、人込みの中で足を踏んづける奴か……、学校にやってきた転校生や転入生とか、それはわからないけどね……」
奇妙な威圧感を発し、円は静香たちに正対する。
「この狭い百合園女学院、いやもっと広くシャンバラ、パラミタ……、今一体何人のフラワシ使いがいるのか知らないけど、いくら隠れていても、その内にきっとボロを出して手がかりを見せるだろうね……」
「えっと、また私、フラワシとかいうのと間違われてるんですか……?」
円のその言葉で弓子は事態を悟った。1時間目の前――つまりは第3章と同じ状況、幽霊の弓子をフラワシと勘違いした人間がまた現れたのである。
これも書いたかもしれないが、弓子は決してフラワシではなく、静香もコンジュラーではない。断じて。
「そしてボクは『いずれそうなる』ことを知っている……」
そう言うと、円は静香に向けていた右手を一旦下ろし、再び静香たちに向けた。その場にいた全員にはわからなかったが、今、円の手には彼女のフラワシ――円の怒り・苛立ち・傲慢さを体現した存在。赤い拳銃型をした「ハバネロ・タイラント」が握られていた。
「静香校長、キミのフワラシ能力、ボクに見せてくれないかい? 校長のフワラシ能力を知らずに学園生活を送る。それはボクの『平穏』ではない。ボクにとって『危険かもしれない』ものを見過ごすわけにはいかない」
「あの、円さん、何か勘違いしてるみたいだけど、弓子さんは――」
フラワシじゃない、と言おうとした瞬間だった。突然、静香の足元が発火したのである。
それは円の「ハバネロ・タイラント」から発射された焔の弾丸が、床に着弾したものだった。
「『ハバネロ・タイラント』……。ボクのフラワシは甘くない」
そのまま円は弓子の周囲に向かって焔の弾丸を発射する。弾丸それ自体は誰にも見えないが、床や壁、果ては天井に着弾し、燃え上がる炎だけは知覚することができる。
「キャアッ!」
数発の弾丸が着弾し、弓子を炎が包みそうになる。先ほども弓子に攻撃しそうになったフラワシ使いがいたが、今度の攻撃はあの「飛びかかり」の比ではなかった。
円がこのような行動に出た理由は単純だ。幽霊の弓子を新種のフラワシと、また静香をコンジュラーと勘違いし、その能力が自分の「平穏」を乱すものかもしれないと思い込んだからである。しかしだからといって自ら攻撃を仕掛けに行くというのは、逆に「平穏」でなくなるのではないかと思われるが、円にしてみれば、むしろ原因になりかねないものを排除することこそが「平穏」に繋がるというものである。
「な、何これ!? いきなり周りが燃えて……!?」
弓子のその反応を見て円の頭に疑問が浮かぶ。焔の弾丸が見えていないらしい、ということは、弓子はフラワシではない……?
だがその疑問を解消する暇は与えられなかった。明らかに静香と弓子を襲った「犯人」と断定した面々が、円に攻撃を仕掛けたからである。
「いきなり何事か痛いこと言ってるみたいだけど、私より目立つなんて許さないんだからね!」
真っ先にバーストダッシュで飛び出したのは美羽である。その勢いに乗って彼女は円の顔面に蹴りを叩き込もうと試みる。
「いや、別に目立とうとしてないから! それは気のせいってやつだから!」
もちろん円としてはそんな威力の高そうな蹴りを食らう義理は無い。すぐさましゃがんで攻撃をかわし、かわされた美羽はそのまま円の後方へと飛んでいった。
その隙をついて、ベアトリーチェが魔道銃を抜き放ち連射する。
「どういうつもりかは知りませんが、こんなところで放火事件を起こすのは許しません!」
「っていうかキミたち、そもそも蒼学生だよね!? 真っ先にボクに攻撃するのが他校生ってなんなのさ!」
魔道銃から放たれる魔力の弾丸を、円は「ハバネロ・タイラント」の弾丸で相殺する。
相殺による爆発が起きる中、そこに今度は木刀を構えた美咲が突っ込んできた。
「それじゃあ現役百合園生があんたに天誅を下してやろうじゃないか!」
「時代錯誤のはいからさんは大正時代に帰れ!」
突撃してきた美咲の刀による連打を、円は何とか回避し続ける。
普段から銃器類を操る遠距離戦専門の円にとって、この戦いはかなり分が悪かった。しかも3対1――1人は後ろへと飛んでいったが――である。他にもいた静香&弓子の取り巻きは、彼女たちと共に後方へと逃げ出しており、弓子に近づくためには目の前の3人の猛攻をかいくぐる必要がある。
(仕方ない。あんまりド派手にはやりたくなかったけど……!)
円はその場でフラワシの弾丸を乱射し、周囲に炎を撒き散らした。もちろんこれは攻撃が目的ではなく、あくまでも目くらましである。
その攻撃でひるんだベアトリーチェと美咲は、円の突破を許してしまった。
一方で静香と弓子は、テスラ、歩、つばめによって逃がされていた。
「さすがにあれは無理だよ……。目に見えない攻撃をどうやって避ければいいんだか」
逃げながら静香は弱気な声を漏らした。先日の「百合園女学院無限ループ事件」により、精神的に成長したともいえる静香ではあったが、さすがに円の攻撃には辟易した。目に見えない攻撃に対して一体どうやって戦えというのか!
果敢に挑んだ者もいたが、どちらかといえばメイドとしての技術しか持たない静香である。あのまま円に真っ向勝負を挑んでいたら、確実に静香は負けていただろう。
だがそうは問屋が卸さなかった。突然、弓子の眼前に何かが飛んできたかのように風が巻き起こったのである。
「!?」
突然の攻撃らしきものに弓子が身構える。だがどこにも敵らしき存在は見当たらない。
「え、何……!? 今、目の前で風が吹いてきたような……」
狼狽する弓子と静香を守るかのようにテスラが近くに立ち、恋愛指南書を構える。それに呼応して歩も、自前の魔法少女の杖である「あゆむん☆ますけっと」を空中に呼び出した。つばめも薙刀を構えようとするが、いまだその両手は茶菓子の箱で塞がっていた……。
「見えてないっていうの? 私の『キャットストリート』が……?」
円から感じたものと同じ威圧感が、近くの壁から発せられ、ゆっくりと何者かが姿を現す。そこから現れたのは天御柱学院の制服を着た少女――葛葉 杏(くずのは・あん)であった。
「いや、そう断定するにはまだ早いわね……。『見えているのに見えていない』と嘘をつく可能性だってある。だって、見えるか見えないか、なんて、その人にしかわからないものね……」
その言葉が終わるや否や、テスラは持っていた恋愛指南書をサイコキネシスによって打ち出し、歩は「ますけっと」から雷電の弾丸を発射する。だが弾丸はあっさりと避けられ、恋愛指南書も杏に命中する前に、姿の見えない何者か――頭に猫耳のようなものを乗せ、女性型をした杏のフラワシ「キャットストリート」――の攻撃の連打によって粉々に砕かれた。
「くっ、恋愛指南書がボロボロになるなんて……。あれで放課後、弓子さんとガールズトークでもしようと思ってたんですが……」
「いや、それなら飛ばしちゃダメでしょう……」
そうツッコミを入れたのは、両手が塞がったつばめである。
「随分と守られてるみたいなのが気になるわね。それがあなたの能力?」
威圧感を発したまま、杏は静かに問う。
「そこのフラワシっぽいもの! 一体何が目的だ! 大方、その幽霊的な外見があなたのフラワシの能力でしょ!」
「だから私はフラワシじゃないっての!」
「口先だけなら何とでも言えるわよ!」
杏も弓子がフラワシであると勘違いしている人間だが、彼女の場合は事情が少々違った。「目に見える幽霊がいる」という話を聞き、その幽霊を新手のフラワシであると思ったのは円と同じだが、杏はそこで「それは鏖殺寺院からのフラワシ攻撃かもしれない」と思い込んだのである。
杏の目的はそのフラワシの殲滅ではなく、どちらかといえば本当にフラワシかどうかの「調査」にあった。だが真正面から質問するだけでは逆に攻撃されてしまうかもしれない。そこで彼女は、逆にこちらから奇襲をかけることにしたのである。おそらくは、先に威圧することにより相手を従わせるのが目的なのだろう。
話していても埒が明かないと感じた弓子は、すぐさま静香の手を取って杏から離れるように走り出した。
「あっ、こら、待ちなさい!」
杏が何事か叫んでいるが、弓子は無視して走り去ろうとする。だがその方向には別の危険が待っている。
「え、ち、ちょっと弓子さん! そっちには円さんが――!」
「そうです! むしろそれが狙いです。校長先生、私が合図したら『右の壁に沿って走って、すぐにヘッドスライディングしてください』!」
「え、どういうこと!?」
「いいから、ここは私に任せてください!」
弓子に言われるまま、静香は並走し続けた。
そして当然ながら、前方に攻撃をかいくぐってきた円がやってくるのが見えた。
「まさかそっちからやってきてくれるなんて……」
円は再び右手にフラワシ「ハバネロ・タイラント」を発現させる。
「いいよ。それならトコトン相手になってやろうじゃないか……」
静香を右側で走らせながら、弓子は円に向かって突撃する。
明らかに狙ってくださいと言わんばかりの動きだった。だが円はそれでもいいと思った。どうせこちらが乱射すれば攻撃は命中するのだから……。
ゆっくりと円が右手を弓子に向ける。その瞬間だった。
「今です!」
その言葉を聞いた静香は、言われた通りに右の壁に沿って走り、ヘッドスライディングを敢行する。弓子はその動きに合わせて、左の壁を走りながら同じ動きをした。
「な!?」
撃つ間が無かった。彼女たちは円に攻撃する気など無かった。初めから円の腕の動きに合わせて、彼女の後方へと飛び退るのが目的だったのだ。
「ふん、なあに、たかだか狙いが後ろになっただけじゃあないか。これくらい――!?」
弓子を狙おうと円は振り向くが、その瞬間、彼女は奇妙な空気を感じ取った。今振り向いた瞬間、後方から「同じ感覚」を味わったのである。すなわち――、
「新手のフラワシ使いかッ!」
さらに振り向く円。そこにはテスラたちの攻撃をかいくぐってきた杏の姿があった。
そしてそれは杏も同様だった。目の前に立つ黒いロリータ服の少女から自分と同じ気配を感じる。彼女から目が離せない。自分の左右を通り抜ける数人の影など目に入らなかった。
杏は円の右手に目を向ける。そこにあるのは赤い拳銃。
円は杏の傍らに目をやる。そこにいるのは猫耳を生やした女性の姿。
「なんてこった。まさかこんなところで別のフラワシ使いに出会うなんてね」
「それはこっちのセリフよ。鏖殺寺院からのフラワシ攻撃を警戒していたら、別のフラワシ使いに会っちゃった」
2人の間に緊張が走る。
数秒の後に、先に動いたのは円の方だった。
「『ハバネロ・タイラント』ッ!」
右手に構えた赤い拳銃から焔の弾丸を放つ。先の相手はフラワシかどうかわからなかったため手加減して撃っていたが、今度は違う。明らかに「同業者」だ。同業者であるならば容赦をする必要は無い。円は撃った数発の弾丸の軌道を操作し、直線ではなく曲線による攻撃を行う。
だがそれは結局、杏には届かなかった。
「『キャットストリート』ッ!」
杏は自身のフラワシに弾丸を叩き落すことを命じる。「キャットストリート」はそれに従い、高速の拳のラッシュを弾丸に叩き込んだ。
「うにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃーッ!」
猫の鳴き声と共に繰り出される拳は焔の弾丸を粉々に破壊する。その光景を眺めていた円は、再びフラワシを杏に向ける。
「な、なんとか助かったね……。弓子さん、ありがと……」
「いえ、こっちも、まさかあれほどまでにうまくいくとは思ってませんでした……」
離れ離れになっていた歩や美咲たちに介抱され、静香と弓子は息を整えることができた。
弓子が狙っていたのはまさにこの状況である。彼女たちの狙いは明らかに自分。廊下の両側から攻撃されるのであれば、どちらか片方の攻撃をかいくぐり、同士討ちさせればいい。2人が繋がっていないことは今までの動きでわかる。もし2人が協力体制にあるのならば、逃げられても余裕を見せているはず。それが無いということは……。
「互いに競合させることもできる、というわけです」
「……もしそれで2人が協力してきたらどうするつもりだったの?」
「その時は真っ直ぐ逃げるだけです。挟み撃ちという状況じゃなければ、少なくとも対処のしようはありますので」
果たしてその目論見は当たっていた。今2人は、極度の緊張状態にある。後は隙を見計らってゆっくりと逃げることだ……。
一体どれだけの時間が経ったのだろうか。おそらく数秒程度しか経っていないのだろうが、それでも彼女たちには数時間のように感じられた。
にらみ合いを先にやめたのは杏だった。
「もう、埒が明かないわね……!」
杏はフラワシを引っ込め、弓子に言い放った。
「えぇい、絶対、あなたの化けの皮を剥いでやるんだから!」
その言葉を残し、杏は近くの教室を抜け、窓から逃走した。
「やれやれ……、とんだ邪魔が入ったものだね」
一方で敵対する人間がいなくなった円は、右手の拳銃を消し、ゆっくりと静香の方に目を向けた。
「今日のところはこれで引き上げるけど、明日以降は本気で行くよ。次は校長のフラワシ能力を見せてもらいたいものだね。でないと……、死ぬよ?」
静香に薄笑いを向けたかと思うと、円は背を向け、ゆっくりと歩き去っていった。
「だから僕はコンジュラーじゃないんだけどなぁ……」
「だから私はフラワシじゃないんですけどねぇ……」
明日以降がかなり不安になった静香と弓子であった。
「まったく、暴れるならもっと場所を選んでほしいのだよ……。危うくこっちにまで飛び火するところだった……」
2人のコンジュラーが暴れている最中、手助けを一切せず、大佐はビデオカメラを回し続けていた。
もっとも、最初はライフルを構えて飛び出そうと思ってはいたのだが、あの桐生円ならば、いくらなんでも本気で害することは無いだろうと、そう判断し、そしてその判断は間違いではなかった。もう1人フラワシ使いっぽい者が現れたが、殺意は感じられなかった。
こういう時は無駄に飛び出さないに限る。大佐はそう判断するカメラマンだった……。
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