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リアクション
そのような校門前の攻防を知らない静香たちは、七瀬歩と橘美咲の案内に従い、華道の授業が行われる教室へと向かっていた。
「というわけで、左手をご覧ください〜。こちらが華道の教室でございます〜」
「今日の1時間目は華道です。あれ正座がちょっとつらいんですよね〜……」
「わかります。足がしびれるだけならまだいいんですが、それ以上やってると、その内に足の感覚が無くなるんですよね。そうなるともう……」
歩と弓子の言葉に、その場にいた全員――後方でこっそりカメラを回していた毒島大佐も含めて――がうんうんと頷く。
「静香校長〜」
そんな静香たちの目の前に、蒼空学園の制服を着た女生徒が走りこんできた。
「? えっと、どちらさま?」
蒼空学園の生徒に知り合いはいるが、目の前の女生徒には覚えが無い。静香は首をかしげる。
「ごきげんよう、静香校長。会うのは初めてですわね〜。蒼学のコルデリア・フェスカ(こるでりあ・ふぇすか)と申します〜」
「あ、どうも、ごきげんよう」
コルデリアと名乗る少女の挨拶に、つられて静香も挨拶を返す。
「ところで静香校長、噂で聞いたのですが〜、フラワシを叩きのめして下僕にしたそうで〜?」
「……はい?」
「7〜8ページに渡る高速のパンチのラッシュの応酬の挙句、今隣にいるフラワシに『ヤッダーバァアァァァァアアアアア!』とか言わせたのでしょうね〜。隅に置けないですわ〜」
「…………」
呆然とする静香。隣にいる弓子も同じ顔をしている。
彼女たちにはコルデリアの言っていることが全くわからなかった。わかったことといえば、コルデリアは「弓子はフラワシで、静香はそんなフラワシを自身の拳で叩きのめして従わせている」と思い込んでいるらしいことである。
コリデリアがこのような発言をするのには理由がある。
発端は彼女のパートナー、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)の「思い込み」にあった。
「噂で聞いたんだが、どうも百合園の桜井校長がフラワシ使いになったらしい」
「フラワシ使い、ですか〜?」
ヴァイシャリーにある喫茶店で、彼らは声を潜めた。
「あの人がいつ『コリマの霊槍』に刺されたのかは知らないが、コンジュラーになった後、近くにいたフラワシに拳を叩き込み、そのまま従えたとかなんとか……」
「そ、それは凄い話ですわね〜」
「だがあくまでもこれは噂だ。実際のところは知らん。だからコルデリア――」
お前、様子を見てこい。エヴァルトはそう彼女に命令を下した。
彼自身が行かないのは、彼が男で、百合園には入れないからである。エヴァルトは噂の真偽を確かめる役をパートナーに任せ、自身はそのまま喫茶店で待機し、彼のフラワシ――黒い天使の名を冠した「シュヴァルツ・エンゲル」の訓練を行うことにした。
「フラワシすらねじ伏せるほどになったらしい桜井校長の強さもさることながら、園フラワシがいかほどのものか、興味があったのだが……」
全身鎧を着た巨大な悪魔の守護霊に紅茶を入れさせつつ、彼は1人たそがれていた。
そしてコルデリアの質問はまだ続いていた。
「ところで静香校長〜、そのフラワシの名前は何なんですの〜?」
「えっと、その……」
「あ、まだ名前がついていませんのね〜。それなら今ここで名前つけちゃいましょうか〜」
「いや、その前に弓子さんは――」
「ゆみこさん? あ〜、もうすでに『ユミコ』と名前をつけてらっしゃったんですのね〜。でもフラワシの名前としては弱すぎますわね〜」
「いや、だから、そうじゃなくて……」
「あ、そういえばフラワシの『性能』はどれほどのものなんですの〜?」
完全に相手の話を聞く気が無いといった風のコルデリアに、静香と弓子は対処の方法を見出せずにいた。どうにかして「静香はコンジュラーではないし、弓子はただの幽霊であってフラワシではない」と説明したいのだが、この状況ではとても言えそうになかった。
そして質問攻めにしていたコルデリアが、ふと何かを思い出したかのように話題を変える。
「……あ、そうそう静香校長、今ちょっと思ったことがありますわ〜」
「な、何をかな?」
内心で焦りつつ、静香は聞き返した。そこにコルデリアが耳元に口を近づける。
「いえ、相手がフラワシとはいっても、自由意志がある様子ですので〜、このままだと静香校長の『秘密』がバレる恐れがありますわ〜」
「ひ、秘密って……?」
「静香校長が実は『男の娘』ということですわ〜」
「!?」
「もしユミコが、静香校長の性別に気がついたら、幻滅して悪霊になってしまうかもしれませんわ〜。ですから、お風呂とかのプライベートくらいはどうにかしませんと〜」
表には出さなかったが、静香はパニックに陥った。確かにこの幽霊は自分の性別を知らない。もし自分が男であるということがバレてしまったら、さてどうなることやら……。
だが今の静香にそれを考える余裕は無かった。なぜなら、そこに別の闖入者がやってきたからである。
「『体が全体的に透けているセーラー服』を着た女生徒がいると聞いて歩いてきましたー!」
そう、校門を突破してきた弥涼総司である。
「お、早速発見! ……って、あれ? 服が透けてるようには見えない……?」
「……何の話ですか?」
突然やってきた奇妙な女(?)に注目され、弓子は戸惑う。
「えっと、だから『透けたセーラー服を着た女生徒』がいるって聞いたんですけど……。どう見ても、体全体が透けてるようですね……?」
自分の想像が外れ、総司は言葉から力を失っていく。
「……そりゃまあ、私、幽霊ですから」
「へ? フラワシではなかったんですの〜?」
「さっきからそう言いたかったんですけどね……。私はフラワシとかいうものではなくて、ただの幽霊ですよ」
コルデリアもようやくその言葉を聞き、自分、及びパートナーの想像が、単なる「思い込み」に過ぎなかったと知ることとなった。
「へ、あ、幽霊? 変わったセーラー服を持ってるとかじゃなくて、幽霊さんだったの?」
「はぁ、そうですが……」
「……なるほどなぁ。となると、ちょっと試したいことができた」
「はい?」
意気消沈したかと思えば、すぐに復活し、総司はフラワシ「ナインライブス」を呼び出し――誰にもその姿は見えなかったが――、なんとその状態で弓子に飛びかかった。
「フラワシで幽霊を触れるか試してやるぜー!」
「ぎゃあっ!?」
当然ながら弓子は驚いた。突然やってきた女が、突然何事かほざきながら、突然飛びかかってきたのだ。驚くなと言う方が無理というものだ。
弓子にフラワシは見えなかったが、その代わりに総司の姿は見えていた。そこで弓子がとった行動は、その場でしゃがみ込むことだった。当然目標を見失った総司は、そのまま勢いに任せてぶっ飛んでいった。
ところが、それだけでは終わらなかった。飛びかかった状態で宙を舞っていた総司の眼前に何かが突きつけられ、そのまま「それ」が顔面を直撃したのである。
「とりあえず気絶して、歩いてお帰り」
「ブァガッ!?」
目の前に突きつけられた「それ」は、蒼空学園から百合園女学院の授業見学にやってきたテスラ・マグメル(てすら・まぐめる)の持っていた「恋愛指南書」であった。その不意の攻撃に対処できなかった総司は、そのまま床に叩きつけられた。
(こ、こいつ……、確かにブッ飛んでる人間の目の前に何かを突きつければ……、それは俺の顔面に命中する……。ひでえことを……、こののぞき部部長の弥涼総司に対して、なんて凶暴なことを……、この女……)
そんなことを思いながら、総司は意識を手放した。
「というわけで、部外者が弓子さん1人だけでは、肩身が狭い思いをするかもしれませんので私も見学に参加させていただきたいのです」
「どういうわけなのかあんまりよくわからないけど、見学は歓迎するよ」
弓子はフラワシではなくただの幽霊であるという説明でコルデリアを納得させ――目的を果たした彼女は即座に校門の外へと出て行った――、実は男性であると判明した総司を校外に叩き出した後、テスラは静香に見学を申し出た。
テスラが見学を望む理由は、先ほどのセリフの通りである。他校生が弓子1人だけでは疎外感を味わうかもしれない、ならば学校こそ違うが同じく「他校生」――テスラは蒼空学園所属である――の自分が混ざることで、それを軽減しようというのだ。そしてそのために、総司と同じくジェイダスクリニックに通って見た目を女性にしてきたのだ。もっとも、普段のテスラは外見が男性、というわけではなく、単に「性別不詳に見える」という程度のものだったが。
(とはいえ、私も普通に学園生活を送りたいただの子供だったりするんですよね……)
地球ではプロの芸能活動に専念するばかりで、碌に学園生活を送れずにいたテスラ。今でこそパラミタで「学生」をやっている身分だが、やはり「普通の学園生活」には憧れがあるのだ。
(音楽系の授業や部活なんかあったら嬉しいですね。こう見えて私も音楽家の端くれですし……)
百合園女学院で繰り広げられるその光景を想像し、テスラはサングラス――彼女はいわゆる弱視なのだ――の周りを輝かせた。
「じゃあいい加減教室に入ろうか。そろそろチャイムも鳴る頃だろうしね」
静香の音頭に合わせ、5人は華道の教室に入っていった。
「ふふふ……、なかなか面白いものが撮れたのだよ」
風景と同化した状態の毒島大佐が含み笑いを浮かべる。もちろん、先ほどの騒動を録画できたからだ。
教室に近づいた大佐は、中には入らず、扉の辺りからこっそりと内部の撮影を始めた……。
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