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第1章 噂の尾ひれは金魚のフンのごとく
イコン・超能力実験棟。
天御柱学院が所有「していた」施設で、文字通りイコンと超能力、その関係性や関連性を研究及び実験するためのものだった。
実験内容は様々で、例えば機械に囲まれた椅子に座っての身体検査、例えば実際にイコンに乗って超能力を発動させての動作チェックが行われ、それらの結果は天御柱学院に報告されていった。
2020年に天御柱学院が海京に移転してから建てられ、しばらくの間使われたその建物は、ある事件を境に全く使われなくなる。
まだ超能力やイコンについてそれほど研究が進んでいなかったある日のことである。その日、いつも通りに研究員たちが強化人間を対象に超能力の研究を行っていたのだが、何かしらの手違いにより対象となっていた強化人間の超能力が暴走してしまい、その時の研究室はもちろん、実験棟全体に亀裂が入り、設置されていたパソコン等の研究機材も含め、完全に使い物にならなくなる程度に崩壊してしまったのである。建物自体はそのままの形で残ったものの、電線の類は全てズタズタに切り裂かれ、水道管は破裂し、電灯は全て粉々に砕け散り、実験棟としての使用は不可能となった。
そしてその日以降、電気と水道は止められ、生きていた機材は全て引き払われ、イコン・超能力実験棟は完全に廃棄・閉鎖され、今現在では寄り付く者などいないはずだった。
ある日、天御柱学院にて奇妙な噂話が持ち上がった。何でも、閉鎖されたはずの実験棟で不審者らしき影を見たというのである。
「あそこってさ、閉鎖されたんだから誰も行かないはずだろ?」
「そのはずなんだけど、誰もいないはずなのに、部屋に明かりがついてたんだって」
「そういえば何か探してるっぽいガサゴソ音も聞こえたとか」
「実験棟の前で炊き出しをやってるっぽい光景を見たが、アレは気のせいだ、間違いない、うん」
「あ、俺も近くに行ったことあるけど、なんか機械が動く音が聞こえたこともあったなぁ」
「ちょっとマジ? ポルターガイストか何か?」
「そういえば私、あそこで叫び声を聞いたことが……」
「あ〜、俺も。確かアレは女の叫び声だったな」
「叫びどころか騒ぎ声を聞いた奴もいるらしいぞ。なんか会議みたいな……」
「声じゃないけど、僕は金属が打ち合うような音を聞いたことがあるよ」
「わ、私なんか、物がひとりでに動くのを見たわ……!」
「……料理作ってるっぽい音を聞いたのもいたとかいないとか……」
これらの証言を総合した結果、イコン・超能力実験棟には幽霊がいるかもしれない、という結論に至ったわけだが、現実に件の幽霊を見た者はおらず、またそれを確かめるために実験棟に潜り込んだ者もいなかった――恐怖から近寄らなかったのではなく、天御柱学院が保有するイコン「イーグリット」や「コームラント」の訓練、及び超能力に関する訓練が忙しく、行っている暇が無かったというだけのものだったが。
これらは単なる噂話で終わるはずだった。だが一部の生徒が悪ノリしてしまい、ただの噂にやたらと尾ひれをつけて、信憑性のある「考察」にまで発展させてしまったのだ。
「なあ、実験棟が閉鎖されたあの事件、知ってるか? 超能力研究で検査を受けてた強化人間の超能力が暴走して、それで建物全体が使い物にならなくなったあの事件だ」
その生徒が言うには、当時、超能力を暴走させた強化人間とは実は10歳程度の少女で、彼女はその暴走の際に命を落としてしまった。しかし、その少女の残留思念がまだ実験棟全体に残っており、それが夜な夜なポルターガイスト現象を引き起こしているのだという。
「まあ少女じゃなくて、体を10歳程度に固定化された中身20代後半の女性って話もあるんだけどな」
「異層次元戦闘機じゃあるまいし、大体にしてそんな女がいるもんかよ」
普通に考えれば確かにそのような存在はいない。だが世の中には外見がほとんど変わらず少女の姿のまま何百年、何千年と生き続けている「魔女」という存在もいたりする……。
そしてそのような「考察」にさらなる尾ひれがついた。
「ポルターガイストを引き起こすその理由なんだがな、それはどうも自分と同じ強化人間を仲間に引き込もうというものらしいぞ」
度重なる実験によって心身ともに疲れ果て、その上で研究員の心無い一言が引き金となり、怒りで超能力が発動。研究員たちに犠牲者は出ず、代わりに自身が死んだ。その怨み辛みさらに悲しみと寂しさのため、仲間欲しさに強化人間を犠牲にしようと手ぐすね引いて待ち構えているのだという。
「そしてその彼女に惹かれると、両手両足を引きちぎられ、そこに何本ものプラグコードが突き刺さり、いまだ実験棟に放置された機械の一部にされてしまうとか……」
「……なんで両手両足にプラグコードなの?」
「事件で死んだ少女は最初から両手両足が無かったからさ。だからイコンに乗り込むために各種コードを接続して操作できるように――」
「そのネタはもういいよ!」
これらの話は結局のところ「考察」という名の――半分は荒唐無稽としか言いようのない、くだらない冗談だった。一笑に伏す者もいたが、事実を知る者が少なくとも学生の中にはいなかったため、誰もがその噂や「考察」を完全に否定することはできず、また肯定もできずにいた。そしてやはり実験棟に真偽を確かめに行く者も出ないままだった。
その「考察」を披露した生徒にとっては、話の全ては冗談半分といったところだっただろう。だが彼らは甘かった。それらの噂話を本気で信じ込む者が現れることを考えなかったのだ。
噂話を信じたのは、天御柱学院に所属する強化人間たちだった。
強化人間とは、単純に言えば「強化手術を施され、パラミタの環境に適応できるように調整を受けて生み出された未契約の地球人」のことである。彼らはその強化手術の恩恵として魔法ではない未知なる力「超能力」を身につけ、一方で代償として、何らかの精神不安定を訴えるようになっていた。
噂話を聞いたそんな強化人間たちの一部が、精神不安定による恐慌の末、普段から操る超能力が暴走し、中にはパニックを起こして暴れまわる者も現れ、挙句の果てには強化人間同士で乱闘騒ぎまで頻発するようになったのである――ついでにその事態に便乗して乱闘に参加する者もいたらしい。
通常の精神の持ち主であれば、いくら信憑性があるとは言っても所詮噂話に過ぎない「考察」について何も考えない、あるいは信じたとしてもパニックを起こすようなことにはならなかっただろう。だがそうはいかないのが強化人間である。もちろん全てがそうというわけではなかったが……。
この事態を重く見た天御柱学院の上層部たちは、ただちに「考察」を披露した生徒たちに謹慎処分を言い渡し、事の発端となった「噂話」の真相解明に乗り出すことを決意したのである。
初めは教官たちがチームを組んで調査に向かう予定だった。だがその場に居合わせた教官の1人のこの発言によって却下されてしまったのである。
「あのですね、いくら事態が深刻とはいえ、そもそもの原因は『不審者騒動』ですよ。その程度の話で我々が大騒ぎして、こぞって真相究明に乗り出す必要は無いんじゃないですか?」
すでに大騒ぎしている人間が出ているのだ。今この時点で自分たち上層部が慌てふためいては、それこそ強化人間たちを刺激しかねない。その教官はそれを主張した。
「……だが、だからと言って調査をしないわけにはいかんだろう?」
「それはその通りです。とはいえ、我々がこぞって乗り出す必要はありません。ですからここは、他校生も含め、学生の方から志願者を募るようにしてみては?」
「志願者? こちらから招集をかけたりするのではなく、か?」
「ええ。相手は鏖殺寺院の人間だと決まってるわけでもありませんし、イコンでもありませんしね。この手の事件に介入したがるお調子者の1人や2人くらい釣れるでしょう」
自分たちが教え導く学生たちをつかまえて「お調子者」とは、不穏としか言いようのない発言だったが、内容それ自体に反対する者はおらず、結果としてこの案が採用され、天御柱学院の生徒を中心に、イコン・超能力実験棟に起きた不審者騒動の調査団の募集が行われたのである。調査団とはいっても、場合によっては現地で事件解決も望まれるという。
噂話によれば、不審な影や物音が聞こえるのは決まって夜中であるという。それならばこちらも夜中に調査に乗り出せばいい。寮の門限等は考えないものとする。これらの条件がまとまり、早速教官たちは募集をかけることにした。
ちなみにこの教官が以上のような主張をした理由だが、実はもう1つあった。
「……っていうか、あんな今にも崩れ落ちそうなほどに不安定な所、行きたくないですよ。少なくとも僕は……」
もちろんこの主張は誰の耳にも入らなかった。仮にこの発言が生徒の耳に入ったら、それこそこの教官の命は無くなっていたかもしれなかったが……。
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