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七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

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七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

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第2章「太平の海」
 
 
 『アークライト号航海日誌 1日目』
 
 ひょんな事から大航海をする事になった私達。
 最初の海は『太平の海』と呼ばれる海域らしい。
 その名の通り穏やかな海が続いていて、今の所は実に平和な旅だ。
 私のパートナーであるザインにとっては初めての船旅で、今も甲板で風を感じながら歌を口ずさんでいる。
 元の世界に帰る事が第一だが、せめてそれまでの間はこの航海を楽しめたらと思う。
 
 ――アークライト号船員 神野 永太(じんの・えいた)――
 
 
 
 
 遥か先に小島が点在するのみの、平和な海を進んで行くアークライト号。
 その右舷側ではビンセント・パーシヴァル(びんせんと・ぱーしばる)雉明 ルカ(ちあき・るか)がのんびりと釣りを楽しんでいた。
「しっかしまぁ、とんでもねぇ事に巻き込まれちまったもんだなぁオイ。帰るにゃ七つの海の大航海ってか……煙草は売っちゃいねぇだろうし、こりゃ無くなったら禁煙かねぇ」
 ビンセントが煙草の煙で輪を作りながら独りごちる。ヘビースモーカーの彼にとって、煙草があるかどうかは元の世界に帰られるか以上に重要な問題だった。
「おっと、また一匹釣れた、と。やけに釣れやがるな。まぁ、食いたい奴に勝手に持って行かせりゃいいか」
 釣れた魚を魚籠に入れ、再び竿を垂らす。そこにエミリオ・ザナッティ(えみりお・ざなってぃ)がやって来た。彼はビンセントが手にしている釣り竿を見て目を輝かせる。
「おやまぁ〜釣りしてはるんか、えぇなぁ〜。どれどれ……おぉ、めっちゃ釣れてるやないですか!」
「何だい兄ちゃん。お前さんも釣りが好きなのかい?」
「えぇ、もう大好きなんですよ〜。いやぁ、最近は釣り出来ひんかったから楽しみですわ……おや、そちらのお姉さんも釣りしてはりますね」
 エミリオがビンセントの奥で釣りをしているルカに気付く。二人が彼女の魚籠を覗き込むが、そこに魚は一匹もいなかった。
「なんでぇルカ、全然釣れてねぇじゃねぇか。もっと狙ってやったらどうなんだ?」
「馬鹿ね……これが釣りの楽しみなのよ。結果に焦る事無くただゆるやかな時に身を任せる……静かな水面の美しさ、これを見て貴方は何も感じないの?」
 釣果に不満を持つ事無く、ルカが穏やかな水面を見る。波一つ無い青一色の景色は、平穏な人生を望む自身の気持ちの表れと言えた。そんなルカの言葉を聞き、エミリオがうんうんと頷く。
「あ〜分かるなぁ。ただ静かに糸を垂らしてると、自然と一つになった感じがするんよね。そういう時は釣れても釣れなくても気分がいいもんなんや」
「あら、うちの吸血鬼よりよっぽど話が分かるわね。竿は船室にあったし、貴方も釣りをしていったら? 静かに釣りをする分には構わないわよ」
「そら良さそうやなぁ。ほな早速竿を――」
 意気揚々と船室へと向かおうとするエミリオ。その肩を飛鳥 菊(あすか・きく)ががっしりと掴んだ。
「竿が……どうしたって?」
「あ、あらぁ〜菊。今どっから出てきよったん?」
「そんな事はどうでもいい。俺達は篁の手伝いをするはずだったが――竿がどうしたって?」
「いやぁ……せっかくですからね。釣りを楽しませて頂きたいなという事で菊様のお手をゆるやかに離して頂けると有り難く存じ上げ――」
「い・い・か・ら・来・い・!」
「あ、あぁぁぁぁぁ! 海が、僕の海がぁぁぁぁぁ!」
 ズルズルと船室へと引きずられて行くエミリオ。扉が閉まると、再び甲板には静寂が訪れた。
「…………平和ね……」
 電子煙草を吸いながらつぶやいたルカの言葉は、風にかき消されていった。
 
 
 船室では篁 透矢達何人かが集まって次の行動の為の会議を開いていた。テーブルを囲み、議事進行役の御凪 真人(みなぎ・まこと)が全員を見回す。
「さて、透矢さん達、本を読んだ事がある人の話から推測すると、この太平の海では何かを見つける必要がありますね」
「そうだな。小説だと最初の海って事もあって乗組員についての話が多い章なんだ。でも登場人物がいない以上それは無理だし、この海で手に入れた物なんてちょっとした海産物程度だ」
 本の内容を知っている者達が透矢の言葉に頷く。それを受けて冴弥 永夜(さえわたり・とおや)匿名 某(とくな・なにがし)も率直な意見を口にした。
「さすがに海草を採って次の海へ、何ていうのは勘弁願いたい所だからな。それに代わる何かが鍵になると思いたい」
「そうなると有効なのはトレジャーセンスを使った、文字通りの宝探しか」
「某さんの言う通りですね。これを見て下さい」
 真人が大きな地図をテーブルに広げる。その殆どが海で、所々に島が点在していた。
「これは船倉にあった物です。海か、島か。どちらに俺達の鍵になる物があるかは分かりませんが、島を基点にいくつかの場所でトレジャーセンスを使う事で目的地の方角と距離を算出する事も可能でしょう」
「そうやって絞り込めば狙いの物も簡単に分かるって訳ね。それなら海図への書き込みは任せて頂戴。こう見えてもワタシ、細かい仕事は得意なのよ」
 名乗りを上げたのはルカフォルク・ラフィンシュレ(るかふぉるく・らふぃんしゅれ)だった。真人はそれを承認し、改めて皆を見回す。
「では、飛行手段のある人達でこの辺りの島を調査しましょう。島に鍵となる物が無かった場合、トレジャーセンスを使える人はその方向も俺かルカフォルクさんに連絡して下さい。携帯電話が通じる事は確認出来ていますが、万が一通話が不可能になったら船を目視出来るうちに戻ってきて下さいね」
「オッケー、にいちゃん! それじゃ、行って来るねー!」
 最初に飛び込んだ時と同様に、元気良くトーマ・サイオン(とーま・さいおん)が飛び出して行く。それに続いて飛行手段を持っている者達が探索の為に次々と飛び立って行った。
「透矢さん、花梨ちゃん、良かったら一緒に行きませんか?」
 甲板に出た透矢と篁 花梨(たかむら・かりん)の二人に火村 加夜(ひむら・かや)が声をかけた。彼女の隣にあるのはアルバトロス。最大で四人まで乗れる、小型飛空艇の中では一番大きな機種だ。
「そうだな。他にも何組か出て行ってるし、俺達が固まっても問題は無さそうか」
「えぇ。せっかくですから加夜ちゃんと動きましょう」
「という訳だ。邪魔させて貰うよ、加夜」
「はい、それじゃあ行きましょう!」
 三人を乗せてアルバトロスが浮かび上がる。点在する島を目指し、飛空艇はそれぞれの方向へと散っていった。
 
 
「はぁ〜、いい風ですねぇ」
 ゆったりとしたスピードで進む小型飛空艇。某が操縦する後ろで、結崎 綾耶(ゆうざき・あや)は自然の恵みを一身に受けていた。
 上には青空、眼下には果てしなく広がる海。そしてそばには最愛の人。デートというには宝探しがおまけ過ぎるが、それでもこんなにのんびりした時間を過ごせるのはいつ以来の事だろうか。
「本の世界に巻き込まれたなんて聞いた時はどうなるかと思ったが、こうやってくつろげる分には有り難い話だな」
「そうですねぇ……それにしても、この前もそうでしたけど本に関する不思議な事がよくありますよねぇ。何か特別な縁でもあるんでしょうか?」
「魔法の本に、今回か。確かにな……と言うか、康之の奴が小説を読むって事実の方がよっぽどびっくりだ」
「あ、それはちょっと酷いですよ〜」
 二人の笑い声が響く。そんな和やかな空気をかみ締めながら、某は綾耶には見えないように僅かに安堵した。
(どうやら今は『痛み』は出ていないみたいだな。少しでも長くこの状態が続いてくれればいいんだが……)
 綾耶の身体を蝕む『痛み』。それを知られないようにと気丈に振舞う彼女の意志を尊重して気付いていないふりを続けている某だが、その上で綾耶の事を常に見守り続けていた。
(船に乗っていた時、近くにいた奴らには船酔いだと言っていたが……さすがに俺の目は誤魔化せないぞ、綾耶)
 気分転換をする事で『痛み』を和らげられたらと思い、大谷地 康之(おおやち・やすゆき)に残って貰ってまでして綾耶を連れて来た成果はあったようだ。
「あ、そろそろ目的の島の辺りですかね」
 綾耶の言葉が某を現実へと引き戻す。そして改めて眼下へと視線を移すと、そこに島以外の物が目に入った。
「ん? 何だ、あれは……船か?」
 
 某達が発見する少し前、その船の甲板には鬼崎 朔(きざき・さく)達が立っていた。
「いきなり光に包まれたと思ったら、船の上にいるなんて……ここは一体どこなんだろう」
「何か変な声も聞こえて来たよね。キャプテン・ロアがどうって」
 甲板上を見回しながら花琳・アーティフ・アル・ムンタキム(かりんあーてぃふ・あるむんたきむ)が言う。この中に小説を読んだ事がある者はいない為、残念ながら聞こえて来た声から小説の中の世界に入り込んだとすぐに推測出来た者はいなかった。
「とにかく、ここにい続けても仕方が無い。誰かに連絡が取れるか、せめて人を捜さないと……ん?」
 朔が空を飛んでこちらに近づいてくる物体に気付いた。その物体――某と綾耶が乗った小型飛空艇は、甲板にいる人達を見て驚きの表情を浮かべながら着陸する。
「おいおい、宝探しのつもりがとんでもない物を見つけちまったな」
「某……!」
 
「――なるほど、つまりここは本の中の世界という訳ですか」
 某達から説明を聞き、合点がいったと頷く朔達。そうなると興味は今自分達が乗っている船へと移る。
「そのアークライト号以外にも船が現れたりしているのなら、この船も私達の願望が生み出した物という訳ですね」
「恐らくはな。この船にも小人が乗ってるみたいだし、お前さん達の指示に従ってくれそうだ」
 そう言う某達の周囲にはクイーン・アンズ・リベンジと同じくデフォルメ化された小人のような者が大勢乗っていた。彼らは朔を船長と認めるかのように敬礼をしている。
「ねぇねぇ! だったら私がキャプテンやってみたい! 昔はいつもお姉ちゃんがいい役ばっかりやってたんだから、たまにはいいでしょ?」
 花琳が朔の服を掴んで頼み込む。妹には弱い朔は苦笑しながらも、この世界に現れた時にいつの間にか持っていた船長の帽子を花琳へと手渡した。
「まぁ、楽しそうだしいいか……じゃあ花琳をキャプテンとして、航海開始だ!」
「おー!」
 無邪気に喜ぶ花琳と、何だかんだではしゃぎ気味な朔。そんな二人を見ながらブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)アテフェフ・アル・カイユーム(あてふぇふ・あるかいゆーむ)が同時につぶやいた。
「ったく、朔ッチも花琳もガキみたいに浮かれやがって……ま、二人が喜んでるならボクは構わないけど」
「ふふ、こうやってると昔を思い出すわね……あぁ、あの頃のやんちゃな朔も可愛かったわ」
「……」
「…………」
「てかアテフェフ、てめぇは何でいるんだよ。余計な真似したらぶっ飛ばすぞ?」
「それはこっちの台詞よ、ヤンキー娘。あたしの朔に近づかないでくれるかしら?」
 互いに火花を散らす。そんな彼女達には気付かず、綾耶が花琳達に質問した。
「ところで、この船の名前は決まっているんですか?」
「え、名前? う〜ん……う〜ん…………お姉ちゃん、パス!」
「そこで振るのか。そうだなぁ……ヘイダル号というのはどうだろう?」
「アラビア語で『獅子』か……いいんじゃないか? お前さん達の船にはお似合いの名前だ。それじゃ、俺達が飛空艇で先導しよう。綾耶、アークライト号に連絡を頼む」
「分かりました。皆さん、私達について来て下さいね」
 上昇し、ゆっくりと前進する某達の小型飛空艇。それを追う為に花琳が元気良く号令を下した。
「それじゃ、ヘイダル号……しゅっぱ〜つ!」