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七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

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七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

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第5章(3)
 
 
「よし、行くぞ信長!」
 小型飛空艇オイレに乗った桜葉 忍(さくらば・しのぶ)織田 信長(おだ・のぶなが)は自分達から見て右側、敵艦隊の左翼へと接近した。信長が次々と火球を船にぶつけ、マストなどを燃やして行く。
「古来より船戦には火計がつき物よ。数が多ければこうして減らすまでじゃ」
 更に自軍側右翼を担当しているエル・ソレイユの甲板から、白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)が船のすれ違い様にファイアストームを放った。敵船のいくつかは航行に支障が出始め、敵の小人達は慌てて消火活動に移る。
「うん、ご苦労。では次はこちらに走って貰おうか」
 消火班が向かったのとは逆側に再び火を放つ。最初の消火もそこそこに、半数は新たな火の手へと走っていった。
「では次はこちらだ。それとも、あちらにするかな」
「火は一箇所だけでは無いぞ。命が惜しくば船を棄てて退避するが良い!」
 更にセレナと信長が次々と火を放つ。四方からの火の手に囲まれた海賊達は対処に困り、最終的に船を放棄して小型の脱出艇へと慌てて乗り込んで行った。
「まずは一隻、と。嵐が来る前に出来るだけ数を減らして行くぞ」
「うむ、次はあの船じゃ忍。そこの者! お前も共に炎を放つのじゃ!」
「良かろう。ではまたファイアストームで――む」
 狙いを定めるセレナの目に火矢を構えている海賊の姿が映った。どうやらお返しに火計を使ってくるつもりのようだ。
「ふむ……手段としては当然か。だが、残念だったな」
 魔力の高まりを炎熱から氷結へと切り替え、ファイアストームの代わりにブリザードを放つ。吹き荒れる氷の嵐は、相手の火矢を一瞬にして消し去った。
 
「ねぇ、船が減らされちゃってるけどいいの?」
 同じくエル・ソレイユの甲板にいる月美 芽美(つきみ・めいみ)霧雨 透乃(きりさめ・とうの)に聞く。彼女達の目的である敵船の奪取の為には、出来るだけ損傷の無い船が欲しい所だった。
「んー、狙いはボスの船だから他のは別に構わないけど……保険に一隻くらいは残しておきたいかな」
 既に敵船の三分の一は炎によって沈められている。それらは当然使い物にはなりそうも無かった。
「となる……と、炎から船を……護ってやる必要があ……るな……うえっ」
 二人の所に霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)がやって来る。これまでの海は酔い止め薬で何とか耐えていたようだが、波の多いこの海でまた船酔いが再発したらしい。
「……やっちゃん、無理せず寝てたら?」
「だ、大丈夫……だ、透乃ちゃん。このくらいで参ってる訳には……それに、これは私にしか出来なさそう……だからな」
「? どうする気?」
 答える気力も無いのか、無言で敵の船の方角へ手をかざす泰宏。そして、祈りを捧げるように目を閉じた。
「熱と炎に対する加護を与えよ……ファイアプロテクト!」
 手から光が放たれ、周囲に炎熱への耐性を持つ魔力が流れる。
「よし、これで大丈夫だろう。後は出来るだけ傷付けないようにすれば――」
 その時、上空で戦っている信長の火術が敵船へと命中した。その炎は威力を減ずる事無く、これまでの船と同じように船体を焼いて行く。
「馬鹿な! ちゃんと発動はしたのに!」
「――なぁ、あんた達が何したいのかは分からないけどさ」
 愕然とする泰宏に向かってセシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)が話しかける。その身体は耐熱の魔力を帯びていた。
「ファイアプロテクトって、敵の船に効果あんの?」
「あ」
 防護魔法は基本的に対人の物である。騎乗している間ならペガサスなどにも効果を及ぼす事は出来るが、意外に融通は利かない物なのだった。
「……やっちゃん、無理せず寝てたら?」
「い、いや、大丈夫だ! 戦いで取り返すから! それにほら――」
 泰宏が雲の流れが速くなっている空を見上げる。まるでそれを待っていたかのように、風が強くなり、波が高くなり始めた。
「! 来たか。信長、これ以上は危険だ。アークライト号に戻るぞ!」
 忍が急いでアークライト号に向けて飛空艇を飛ばす。そして彼らが甲板に着いた頃には、雨が降り始めていた。
 
 
「わっととと! エドワード、波が凄いよ!」
 自軍左側、敵右翼と対峙しているクイーン・アンズ・リベンジでは秀真 かなみ(ほつま・かなみ)が操舵手を務めていた。突然の横波にバランスを崩しかける彼女にエドワード・ティーチ(えどわーど・てぃーち)が声を上げる。
「馬鹿野郎! 海賊ならこの程度の波にビビってんじゃねぇ! 野郎共! 敵の船は目の前だ、気合を入れて行け!」
 生前、幾多の修羅場を掻い潜ってきたエドワードの言葉に小人達がそれぞれに意気込む。そしてその中に立つ坂崎 今宵(さかざき・こよい)がロケットランチャーを構えた。
「本当は姉さまと同じように私も火を放とうと思ったのですが、雨が降り出しては無理ですね……その代わり、これを受けて頂きましょう!」
 今宵が放った砲弾が敵船の一隻に大穴を空ける。対イコンを想定して作られたこのロケットランチャーは、木造の船相手には強烈な威力を持っていた。
「宝玉を所持しているのは中心にいるあの旗艦でしょうか……そうなると姉さま達の船と私達の船、どちらが先に辿り着けるか競争となりますね」
 再びロケットランチャーを構えて出来るだけ遠くの船を狙って行く。そして近くの船に接近すると、エドワードが乗り込んで剣を構えた。
「さぁ、最強の海賊である黒髭様が相手になってやるぜ。かかって――って、何で樹まで来てんだよ!?」
「貴方がやり過ぎないように監視です。それに……天気は悪いし船は揺れるしで、何だか最悪の気分なのよ。そういう訳で海賊さん……少し、八つ当たりさせて下さいな」
 そう言って水神 樹(みなかみ・いつき)が襲い掛かってきた小人を掬い上げ、後方に投げ飛ばす。更にどんどん投げ飛ばして行き、船の一角には小人の山が出来上がろうとしていた。
「不機嫌って理由でやられる奴は災難だな……っと、せっかくの海賊相手だ。小人ってのが少し物足りねぇが……行くぜ!」
 気を取り直したエドワードが敵陣に向かい、爆炎波を放つ。エドワードは生前、異名の由来となった豊かな黒髭に麻の切れ端や火のついた導火線を編みこんでいた。英霊となった今は少年の容姿をしている為、代わりにこのような戦い方をしているのである。
 ちなみに海賊『黒髭』は襲った商船の船員が素直に積荷を引き渡せば危害を加える事無く解放し、抵抗するようなら皆殺しにしていたという逸話が残っている。
「さて、俺様の前に立ちはだかる奴がどうなるか教えてやるか。お前ら、地獄で後悔し――痛てっ!?」
「やり過ぎるなと言ったでしょう。私達の目的は宝玉を手に入れる為の船の制圧よ」
 いつの間に真後ろに来ていたのか、樹が思い切り鉄拳をティーチの頭に振り下ろしていた。八つ当たりで投げ飛ばしていた割にはきちんと目的を忘れていなかったらしい。
「へいへい、わ〜ったよ……かなみ!」
「はいは〜い! ちゃんと終わってるよ〜」
 光学迷彩で姿を隠していたかなみが姿を現す。彼女は二人が戦っている隙を狙って船の航行に必要な部分を壊しに向かっていたのだった。
「これでこの船は無力化したよ。早くクイーン・アンズ・リベンジに戻りましょ」
「おう、このまま隣の船に――ん?」
 自分達の船に戻ろうとした三人とは逆に、こちらの船に飛び乗ってきた者がいた。ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)だ。
「どうしました? ルーシェリアさん。この船は制圧し終わったので戻る所なのですが」
「はい〜、反対側にもう一隻来ていますので、そちらのお相手をしようかと〜」
 のんびりとした口調で樹の質問に答える。確かに彼女の言う通り、クイーン・アンズ・リベンジが接舷した方とは逆側に別の船が近づこうとしていた。恐らくこの船に侵入されたのを見て援護に駆けつけたのだろう。
「なるほど、この分だとこちらに乗り移って来そうですね。それでは迎撃の準備を――」
「そういう訳なので、ちょっと行って来ますね〜」
「え?」
 相手の言っている事が分からず、ぽかんとしてしまう樹。その間にルーシェリアはその外見には似合わない機敏さで左舷へと走ると、そのまま近くまで来ていた敵船に向かって跳躍した。
「よい……しょっと」
 僅かに足りない距離を、敵船に突き刺した槍を使った棒高跳びの要領で埋めて飛び移る。そして乗り込もうと意気込んでいた小人海賊の間を素早く駆け抜けると、舵やマストと言った重要箇所を次々と破壊して行った。
「すみませんが、皆さん大人しくしていて下さいね。抵抗すると……怪我しちゃいますよ?」
 航行機能を奪い去り、まるで掃除が完了したかのようなにこやかな笑みを浮かべるルーシェリア。そしてクイーン・アンズ・リベンジが真横に来たのを確認し、次なる船に向かう為に戻って行った。

 その頃、海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)は海の中を深く潜って進んでいた。
(荒れ始めたとは言え、潜ってしまえば案外穏やかなものです。さて、それでは仕掛けるとしましょうかねぇ)
 ソードブレイカーを取り出し、船底を何重にも傷付ける。最後に一番弱まった箇所にツインスラッシュを放ち、僅かな穴を空けた。
(水のある所では僅かな穴が命取り。さて、どうしますか?)
 恐らく船内では急いで補修作業が行われているのだろう。そんな努力を嘲笑うかのように、海豹仮面は別の場所にも穴を空けて行った。
 補修と貫通。そのやり取りが幾度か繰り返された末、唐突に船内の気配が消えた。少しして、近くに脱出艇と思われる小さな船が降ろされる音がした。
(ふむ、さすがにあれにまで穴を空けるのは気が引けますねぇ。それでは、次の船に行くとしますか)
 沈没し始めた船から離れ、近くを航行している敵船へと狙いを定める。
 音も無く忍び寄る海からの刺客は、敵にとって脅威な存在となっていった。
 
 敵旗艦からの砲撃を回避しながら引き付けているアークライト号。
 そこにいる者達からもエル・ソレイユとクイーン・アンズ・リベンジの動きが見えていた。
「二隻とも順調みたいだな。大吾、こっちは大丈夫か?」
「あぁ、クラッチ船長のお陰で致命傷は無いよ。とは言え、今度は波の方が問題になって来たな」
「この分だと本格的な嵐になりそうだな……その前に片を付けたい。ヘイダル号にも連絡して、前の二隻がもう少し敵船を減らしたら俺達も前に出るとしよう」
「了解だ、透矢君」
 揺れる船体を制御し続ける無限 大吾(むげん・だいご)。そこに見張り台から西表 アリカ(いりおもて・ありか)の叫び声が届いた。
「だ、大吾! 大吾!!」
「どうした!? アリカ!」
「ふ、船! 船が――敵の増援が来たよ!」
「何だって!?」