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七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

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七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

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第5章「嵐の海」
 
 
 『アークライト号航海日誌 5日目』
 
 今度の海は随分と波が荒れているわね……
 前の海も曇り空だったけど……ここは『嵐の海』と言うみたいだし、今度は一雨来るかしら。
 暴風に雨……空賊の私達にはちょっと厄介かも。
 それよりも気になるのは、この海には海賊達が多くいるという話の方ね。
 でも、空でも海でもやる事は変わらない……敵がいるなら、私達がロアとして暴れるだけよ。
 ……え? 船乗り? キャプテン・ロアって海賊じゃ無かったの……?
 
 ――アークライト号船員 リネン・エルフト(りねん・えるふと)――
 
 
 
 
「よし! これで……終わりだ!」
 アークライト号とは別の場所、とある海賊が所有する船の甲板上でセシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)が神剣イクセリオンを振るう。攻撃を受けた相手は大きく吹き飛び、帆に受け止められてその下に落ちていった。
「ったく、いきなり変な所に来たと思ったら急に襲い掛かってきやがって」
「それにしても、変わったお姿の相手ですわね。随分と小さいですし……小人と言うべきでしょうか」
 セシルのそばに立つマリアベル・ティオラ・ベアトリーセ(まりあべるてぃおら・べあとりーせ)が、サンダーブラストで痺れさせた海賊達を見る。その姿はクイーン・アンズ・リベンジやヘイダル号にいる船乗り達と同じように、どこかデフォルメ化された小人のような外見をしていた。
「時折聞こえた謎の声から察するに、ここは現実世界では無いようだな。船乗りと海賊の海、か……全く、セシルの阿呆が好きそうな世界だ」
 月の泉地方の精 リリト・エフェメリス(つきのいずみちほうのせい・りりとえふぇめりす)がどこか呆れたように言う。その時、倒された小人達が次々と立ち上がった。セシル達はまた襲い掛かってくるものだと思って剣を構えるが、相手からは敵意を感じられず、むしろ何かを伝えるように一箇所に集まってきていた。
「あら、一体どうされたのでしょうか。この方達は」
「敬礼のようにも見えるが……セシル、お前に従う意思を見せているのでは無いか?」
「ん、そうなのか? ……気を付け! 休め!」
 セシルの指示に従い、きびきびと動作する小人達。どうやらエフェメリスの感じた事は間違いでは無かったらしい。
「へぇ、勝った相手には従うって事か……気に入ったぜ。よし、それじゃあ今からこの船は俺が指揮を執るぜ! 名前はそうだな……エル・ソレイユだ!」
「『太陽』とはお前らしいな、セシル。まぁ良かろう。ならばこの航海の間、私はエル・ソレイユの守護神として付き合うとするか」
 エフェメリスが遠くを眺める。遥か先には何隻かの船の姿があった。船長となったセシルが舳先で剣を掲げ、意気揚々と声を上げる。
「よし! このまま他の船も乗っ取ってやろうぜ! 舵を取れ!! 海賊団エル・ソレイユ、出撃だ!」
 
 
「――という訳で、海豹村では今、入村者を募集中なのですよ」
 アークライト号の甲板上、やや波の立つ水面を眺めながら、海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)篁 雪乃と話をしていた。
「ふ〜ん、村長さんっていうのも結構大変なんだね」
「そうですね、確かに大変というのは事実ではありますが……それ以上に、村の為に何かが出来るというのは嬉しいものですよ」
 海豹仮面は海豹村という、過疎化に悩む村の村長を務める若き青年だった。移住してくれる人を捜しに村の宣伝の為に走り回っている最中にこの世界へと巻き込まれたのである。
「という訳でどうですか? 君達一家も海豹村に来てみるというのは。良い所ですよ」
「う〜ん、興味はあるけど、パパも考えがあってシンクに住む事にしたみたいだからなぁ」
「ふむ、それは残念です。この世界の人に宣伝しても意味は無いですし……参りましたね。お話の登場人物になるというのは確かに子供の頃の夢ではありましたが、物語の中に海豹村が無い以上はすぐにでも現実世界へと帰りたいものですな」
 そんな話をする二人の目に、近づいてくる船が映った。
「おや、船ですか。確か小説によるとこの海では海賊が出没するのでしたな。ならば皆さんにお知らせした方が良いですねぇ」
「それじゃ、あたしはここで船を見てるね」
「えぇ、お願いしますよ」
 海豹仮面が船の後方へと移動して行く。それに背中を向け、雪乃は前方の船を注視し始めた。
「悪そうな人ならあたしが魔法をお見舞いしてやるんだから! ……って、あれ?」
 近づいてくる船の舳先に見覚えのある人物の姿が見える。金髪の映えるあの青年は――
「あれって確か、前にあたし達を手伝ってくれた……セシルさん、だっけ?」
 
 
「何だよ、強そうな船が三隻もいると思ったら俺達と同じ境遇の奴らだったなんてな」
 雪乃達から事情を聞き、セシルが知り合いと合流出来た嬉しさ半分、肩透かしを喰らった残念さ半分な気持ちで答える。
「でもご都合主義の空想世界か……もしかしたら、あれが出来るかも知れないな。セアラ、聞こえてるか?」
『聞こえていますよ、セシル。どうしましたか?』
「現実じゃ無いって言うんなら、もしかしたら俺に憑依しなくても動き回れないか? 試してみろよ」
 セシルが自身に憑依している奈落人、セアラ・ソル・アルセイス(せあらそる・あるせいす)に呼びかける。もしそれが可能なら、セアラにとって貴重な経験が出来る事だろう。
『……すみません、セシル。どうやら無理みたいです。ご都合主義とは言え、そこまで都合良くは行かないみたいですね』
「そっか……せっかくだからベルと一緒にいさせてやりたいと思ったんだけどな」
『気にしないで下さい。お気持ちだけでも嬉しいですよ、セシル』
 セアラとマリアベルは生前において夫婦としての絆を持つ者達だった。しかしセアラは奈落人として過ごし、マリアベルはその魂を魔鎧として生まれ変わらせていた。異なる道を歩んでいた二人はこうして出会えた今でも、ナラカでなければ互いの姿のままで触れ合う事は出来なかったのである。
 
「皆! また船が近づいてくるよ! 今度は沢山!」
 見張り台から監視を行っていた西表 アリカ(いりおもて・ありか)が叫ぶ。前方を見ると、目視でも十隻以上はいる艦隊がこちらに近づいてくる所だった。
「天気もどんどん悪くなってきてるし、本格的な嵐が来るかも。気をつけてね! 大吾!」
「分かった! そのまま監視を頼んだぞ!」
 操舵輪をしっかりと掴み直しながら無限 大吾(むげん・だいご)が気合を入れる。船数比は最低でも三倍近く。戦いになるとしたら、厳しい物になる事は間違い無かった。
 そんな大吾に、同級生の友人である篁 透矢が声をかける。
「砲撃戦になると厄介だな……大吾、操船は任せて大丈夫か?」
「あぁ、頑張ってみるよ。ところで、アークライト号には武装は無いのかい?」
「残念ながら、な。他の三隻と違ってこの船は探検を目的に造られた船なんだ。小説でもロアは海賊の一部と共闘する事で海を越えているに過ぎないよ」
「そうなると魔法や銃での遠距離戦か、接舷しての白兵戦か。どちらにしろ、相手の武装と出方次第か……」
 その時、徐々に距離を詰める艦隊を双眼鏡で監視していたアリカが相手の船にいる人物を捉えた。
「だ、大吾! 向こうの船にエッツェルさんがいるよ!」
「エッツェルさん!?」
  
 
「ふむ、向こうは四隻ですか。どんな方達が乗っているのやら……おや?」
 艦隊を率いる船の甲板に立つエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)の携帯電話が着信を告げる。発信は大吾からだ。
「これはこれは、まさかこんな洋上で通話が出来るとは……もしもし、愛の伝道師エッツェルです」
『あ、相変わらずですね、エッツェルさん。それより、エッツェルさんもこの世界に来ていたんですね』
「この世界、ですか……普通とは違うとは思っていましたが、何かご存知のようですね」
『えぇ、実は今――』
 
「――なるほど、つまりここは本を基にした空想世界で、貴方がたは七つの海を駆ける船に乗る航海士。そして私達はその前に現れた艦隊の乗員という訳ですか」
 大吾からこれまでの経緯を聞き、事情を理解する。どうやらエッツェルがいるのは小説においてアークライト号と敵対した海賊達の船のようだった。
『そうなんです。でも助かりましたよ、どこかの海賊じゃなくてエッツェルさんが宝玉を持っていて。それさえあれば海賊と戦う事無く次の海に行け――』
「フ、フフフ……」
『エッツェルさん?』
「いけませんよ大吾さん。物語は苦難があってこそそれを越えた時の感動があるという物。私が現れたのがこの海賊船だと言うのなら、物語を彩る為に全力で貴方がたをお迎えしましょう」
『え、いやちょっと待――』
 通話を切り、静かに笑うエッツェル。そんな彼に緋王 輝夜(ひおう・かぐや)が話しかけた。
「エッツェル、誰からだったの?」
「あちらの船にいらっしゃる私の友人からでした。どうやら私達はマジックアイテムによってこの世界に引き込まれたようです。という訳で、彼らを歓迎する準備をしましょうか」
「歓迎?」
「えぇ、『海賊』としてね。フフフ……」