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暗がりに響く嘆き声

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暗がりに響く嘆き声
暗がりに響く嘆き声 暗がりに響く嘆き声

リアクション

 【廊下】

「まさかよ。蒼学のが来ているとは思わなかったぜ」
 《光術》の灯りを頼りに、一階の長い廊下を歩きつつ、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)が手元でペンを動かす。
 彼女は天御柱学院であり、所属する学院の依頼を受けてここへと来ている。
「腹筋メガネ校長兼生徒会長こと、涼司の頼みだもん。副会長として依頼をしっかりとこなさないとね!」
 小柄な小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が陽気に答える。
 しかし、彼女が受けている依頼は山葉涼司(やまは・りょうじ)からのものではなく、この研究所界隈の住民たちからの依頼だ。
 ここ数日、夜な夜な夜な聞こえてくる嘆き声に睡眠妨害されて困っているとの事で、ここから近い蒼空学園に調査依頼が舞い込んできた。研究所に出るという幽霊の仕業なのか、人によっては毎夜聞こえてくる声にウンザリしているそうだ。よっぽど自己嫌悪で忙しい幽霊なようだ。
「にしてもいい雰囲気出してるよね〜。内装まんま病院だしさ」
 なんだか楽しそうな声のサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)に美羽が二度頷く。
 外装は無骨なコンクリートだが、内装は足元照明や金属扉で白を基調とした清潔感があり、案内表示も病院さながらだ。
 しかし、電気が通っていないため一切の電灯が付いていない。しかもよりによって、今は夜。月星の光も今日は曇っていて見えやしない。
 仄かな《光術》の光が彼女たちを照らしている。その光で廊下を照らして、前に歩いて行く。
 だが、皆が皆足取りが軽いわけではない。ガラスの破片を踏み割っただけでも、怖がる子もいる。
「おいおい、後ろ。そんなじゃ全然進めねーだろう?」
 後方でヨタヨタともたつくリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)に振り向くシリウス。
「なぜシリウスもサビクさんも落ち着いているんですか!?」
「そ、そうですよ! なんで幽霊のいそうな方へ行くんです!?」
 二人の『剣の花嫁』が身を寄せ合って震える。足取りが覚束無い。
 それもそうだ。美羽の提案で「嘆き声の聞こえる方へ入ってみよう!」と言う事になったので、何か声が聴こえるまで廊下を練り歩くことにした。つまり、態々自ら危ない目に遭遇しに行こうとしているのだ。
「そりゃ早急に『キケンブツ』を回収するためだろう?」
「え? そうなのシリウス? てっきりボクは恐怖体験ツアーとか思ってたよ」
 天御柱の依頼概要を知らずに来ていたのか、サビクがシリウス聞き返した。
「違うだろ。オレたちの目的はこの研究所内にある“キケンブツ”の回収もしくは破壊だってちゃんと聞いてなかったのか?」
 天御柱学院に届いたのはこの研究所の属していた『極東新大陸研究所』本部からの依頼だった。ウラジオストックからパラミタへと回収員を派遣する手間と、回収するブツの危険性を鑑みて、学院の生徒たちに白羽の矢がたったのだ。
 しかし、回収すべきその“キケンブツ”が何かというのは知らされてはいない。サビクの霊的好奇心に引っ張られて、リーブラともどもシリウスは依頼を受けることになった。がシリウス自身はその曖昧な依頼内容に釈然としなさを感じていた。勿論、『機密保持のため』と思えば納得できないわけではない。
 ただ、分かっていることはここが、強化人間の研究をしていた施設であること。
 シリウスはここが生体実験の場であった事を思い出して、「胸糞悪いぃ」と思った。足のすくんでいるリーブラとベアトリーチェの気持ちもわからなくはない。まあ、ベアトリーチェが《ダークビジョン》で暗視しているとの事だから、遅れ逸れることはないだろう。
「でも、蒼学は幽霊調査だよね? ボクもそっちの依頼を受ければよかったかな」
「ばっか言うな。オレらは天御柱の生徒だろう。天御柱に来た依頼を受けないでどうするだ?」
 サビクに反論し、「本当は百合園所属だけどな」と付け加えるシリウス。
「幽霊かどうかはわからないけどね。もしかしたら悪戯かも? でも、地域の人たちが困っているからね」
 蒼空学園副生徒会長としての責務を果たすため美羽はパートナーを連れて此処に来た。ベアトリーチェは半ば無理矢理連れてきたという感じではある。
「だからってなんで夜に行くんですか!?」
 と、このようにベアトリーチェは今回の行動に批判的だ。
「そ、そうですわ! 幽霊が本当にでたらどうするんですの!?」
 リーブラも同調し、今日は帰りましょうと言い始める。
「「幽霊だったらやっぱ夜だもん」」
 サビクと美羽が口を揃えて言った。
「まあ、幽霊が出るって決まったわけじゃないだろう? モタモタしていると置いて行っちまうからな」
 シリウスはそう忠告すると研究所の見取り図を作成にペンを動かした。捜索してない場所がないか後で確認するためだ。
 とりあえず、今分かっているのはこの研究所が西館と東館に別れていて、西館には実験室、手術室、牢屋、倉庫、病室。東館には休憩室、食堂、講堂、書庫、事務室があること。非道な実験が行われてたとしたら、もしかしたら隠し部屋があるかもしれない。
「待ってください……!」
 置いて行かれるのは困ると、ベアトリーチェはビビリながらも後をついて行った。呆然とではなく、《ダークビジョン》と《トレジャーセンス》で何か重要なものが落ちていないかと探りながらだ。廊下途中にある寄贈品の立鏡で自分の顔を見てみたら、怖がりすぎているのか真っ青な顔をしていた。
(やだ、メガネも掛け忘れているなんて――)
 緊張しすぎだと手を顔に当て、メガネを掛け忘れていることを再度確認した。
 ――、カタッとメガネが持ち上がった。
 しかし、鏡にはメガネを掛けていないベアトリーチェが写っていた。立ち止まって再び自身の顔を鏡で確認する。
「もぉ……、なんですのいきなり止まって――」
 一緒に歩くリーブラが歩みを止めたベアトリーチェを不審に思い、硬直している彼女が見る方へと視線を向けた。
 鏡の中に二人は、ドロドロに崩れ`咲いた`自分たちの三人の顔を見た。
「「キャァアアーーーーーーーーーーーーーーーーァ!!」」
ベアトリーチェと悲鳴を上げ、リーブラは鏡を《光条兵器》でたたき割った。そして、二人は前方を歩く美羽たちを追い抜いて走っていった。
「ちょっと二人とも待ってよー!」
(大声出してたら、幽霊の嘆き声が聞こえないよ)
 未だその声を聞くことの出来ず、不満を募らせる美羽たちも二人を追った。
 一瞬、せせら笑う声が聞こえたのも知らず。