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暗がりに響く嘆き声

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暗がりに響く嘆き声
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――東館――

【休憩所】

「それじゃ、ここにある物が何か知っているの?」
 ゴミ箱の中身を床にぶちまけて、夏野 夢見(なつの・ゆめみ)和泉 猛(いずみ・たける)に聞き返した。彼の師あたる人物がこの施設の関係者らしい。
「残念ながら、それがどんな物かまでは聞いてないのだよ。俺の師が言うに、急進派の研究者たちがここで強化人間に関する非道な実験をしていたと」
 猛の師は彼と同じく天御柱の研究者の一人だったとのことだ。彼の師は一時的にこの施設で働いていた。急進派の動きを探るスパイとして。
 どうやらこのツァンダ支部の研究所は、『極東新大陸研究所』の中でも特殊な場所らしい。強化人間の研究において従来のより“強い”強化人間の開発研究をしていたとの事だ。勿論それは、人を実験扱う故に非人道的であるのは予想ができる。
「その研究の中で、『α計画』と言うものがあり、それによってできたものが今回の“キケンブツ”なのだよ。ただ、『極東新大陸研究所』の中でも機密事項に入っていて、師も詳しいことは教えてくれなかった。行き過ぎた研究の産物故に本部も秘密裏にして置きたかったのであろう」
 尤も、今になって本部がその計画の完成品を欲していると考えると、それは非常に有用なものかもしれないと猛は思う。
「ここが空京から離れているのもなんとなくわかった。研究内容を隠す為に態と遠いツダンダにつくったのね」
 本部から遠くなれば、別派閥からの偵察も来にくくなる。危ない研究をしていても悟られにくいだろうと、夢見は結論づけた。
 「では、その『α計画』なるもので作られたのは、拙者たちの知っている強化人間とは違う新しい強化人間ということでござるか?」
 張遼 文遠(ちょうりょう・ぶんえん)が訊くと、猛は頭を横に振った。
「恐らくはそうかも知れない。でも、長らく放置されているこの研究所に強化人間の実験体が残っているとは考えにくい。『α計画』でできたのは強化人間ではなく、別の物が“キケンブツ”だと考えるべきであろう。なら、俺らの任は“キケンブツ”の回収以外に研究資料の回収も含まれていると考えているのだよ」
 猛にとって成果物も大事ではあるが、同じように研究資料も大事だ。師の遺品となるものであるなら尚更だろう。
「けどなんで休憩室をさがすんですか? 探すなら、書庫とか研究室とかじゃないです?」
 ルネ・トワイライト(るね・とわいらいと)が不思議に思い問う。
「師は変にズボラな人でな……、研究室とかではなく、こう言った場所にあるものに、メモや考察を書き残す癖があるのだよ。ほら」
 猛は雑誌入れからサイエンス誌を取り出して開いた。ヒトゲノムに関する当時の最新レポートのページにはグチャグチャな書き加えが施されていた。文字の上に文字が重なっていて読めたものじゃない。
「なにこの奇抜なラクガキ……」
 夢見の感想は御尤だ。
「これが、師の文章なのだよ。字が汚くてレポートとかは自分で執筆しないくせに、色んな所にメモを残すのだよ。だから、師の書き残した物を見つけるなら適当な雑誌とか置いてあるここがいいと思ったのだよ」
 どうやら、猛の師はメモ魔だったらしい。
「なんか、パスワードとか付箋に書いてパソコンの画面の横とかに貼るタイプって感じね」
 夢見は猛の師にそんな想像をした。
「ところで聞くけどさ、ここで起きている怪現象はその“キケンブツ”ってのが関係しているんじゃないのか?」
 徐に天城 一輝(あまぎ・いっき)が聞くと、猛はあっけらかんとして答えた。
「さぁ?」
「さぁ? って……」
「関係性の証明ができないのだよ。“キケンブツ”の暴走も考えられるけど、一番は誰かの悪戯の可能性が高いであろう。もしかしたら幽霊の仕業ってのも考えられる」
「おいおい、科学者のくせに幽霊を肯定するのかよ……」
 普通科学で証明できないものは信じないのが科学者だろうと、一輝は偏見している。
「ま、一理あるんじゃないかな。危ない実験してたんなら死亡者の一人や二人が恨みに出てたって可笑しくないもん」
「なかなか夢見殿は面白いことを申すでござるな。だが、拙者も修練を積み聖なる力を操る術を習得したでござる。幽霊も恐れる的に非ず、でござるよ」
「文遠。膝が笑っているよ?」
 夢見は文遠の足元を見てそう指摘した。
「これは武者震いでござる! 決してお、怯えておるのでは無い!」
「大丈夫かお前の英霊……」
 幽霊に臆する英霊を見て一輝は不安になった。自分も似たようなものだろうにと。
「怖がるのはいいけど、【機晶爆弾】を設置しているときに暴れたりしないでよね」
 夢見がパートナーに注意を促す。彼女は蒼空学園の依頼を受けてはいるが、居合わせた天御柱の依頼内容が『施設の破壊を視野に入れている』のを聞いて、その準備の手伝いもしていた。通ってきた場所にある大まかな支柱に【機晶爆弾】を設置している。無論、使用しないかもしれないこと、誤爆の危険性を考えてスキル《物質化・非物質化》を使用している。
 と、夢見が私物入れのロッカーで止まった。鍵がかかって開かない。でも中に何か入っている様子だ。
「《ピッキング》で中身を確かめなきゃね」
 こう言ったところに重要書類を置き忘れていたりするだろうと、期待しつつピッキングツールで鍵穴を弄る。カチャリと鍵が開いた。
「オープンセサミィ」
 宝箱を開ける盗賊の気分でロッカーの扉を開けた次の瞬間、
――、気分は墓荒しに変わった。
「夢見殿!? コレ、ここっレコレは!?」
 夢見の代わりに文遠が取り乱す。
「死体ね」
 ロッカーの中には白衣を着た死体が入っていた。白骨化もミイラ化も死蝋化もしていない半端な腐敗死体がそこに立っていた。
「恐らくここの研究者の死体ね」
 奥すること無く夢見が死体の首に掛かっている認証タグを確認する。とりあえず、【銃型HC】で写真も取っておく。《ソートグラフィー》で何か念写出来るかもしれない。死体がピースしたのは何かの見間違いとしよう。文遠が更に取り乱す。
「もう、死体が少し動いたから何よ?」
 夢見が後ろを振り向き【スタンスタッフ】を振り回すパートナーを宥めようとしたが、背後で起きていた光景にあっけに取られた。
 ――、物が浮いている。
 椅子、テーブル、液晶テレビ……室内のあらゆる物が浮き、そして彼女たちを襲ってきた。
「ちょっとこれは何ですか!?」
 ルネが眼の前で起こっているポルターガイストに悲鳴をあげる。彼女に飛んできた椅子を一輝が【ポリカーボネートシールド】で防ぐ。
 しかし、飛んできたのが重たいカウチだったので、盾を持つ左手を痛めてしまった。
「ちぃ……」
 痛みで盾を離してしまう。二波目の椅子は防ぎきれずに一輝は額を殴打した。後ろへと倒れこむ。
「クソイテぇ……!」
 使える右手で額を抑える。血は出ていないようだ。だが、油断はできない。今度は一輝の手を離れた盾が頭目がけて落ちてきた。先端が床を砕く。間一髪で飛び退くことができた。【ハンドガン】を抜く。
「悪いが片手じゃリロードできない。丸が切れるまでに一旦逃げるぞ!」
 一輝は椅子を撃ち落としつつ、退却命令を下した。
 飛んでくる物を避けて、6人は休憩室から脱出した。