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暗がりに響く嘆き声

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暗がりに響く嘆き声
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リアクション

【書庫】
「うんわかった。“い−106”だねぇ」
 ルカルカとの通信を終え、清泉 北都(いずみ・ほくと)は【銃型HC】を懐に仕舞った。
 事務室からの情報は有用だろう。早速探してみようかと思う。
「“い−106”というと、図書分類ではなさそうですね。ファイルの棚を探してみましょう」
 リオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)もともに、目的のファイルを探す。背表紙を見ていけばすぐに見つかる。
「手伝ってくれるのはいいけど、犬耳触らないでくれる?」
 北都はパートナーの行為に注意を促し、ファイルの捜索を始める。
 一方――、
「なんか医学関連の蔵書が多い気がするけど」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が呟くと、アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)が「生態研究やってんだから当たり前だろう?」と結論を言った。
「それはそうだけど……」
 リカインは歯切れ悪く口篭る。思考に何かが引っ掛かっている。
「次はどこのを持ってくればいい?」
 【パワードアーム】を駆使して新風 燕馬(にいかぜ・えんま)が書籍をリカインたちの前に持ってくる。
 電気が使えないので、自前の懐中電灯やランプで書籍を照らして読まなければならない。なのでここでは、書籍を棚から持ってくる役と、まとめたランプの側で書籍を読む役と別れて作業をしている。重要書類や今回の依頼の解決の糸口を探るための効率化だ。
「燕馬こっちに強化人間についてのレポートファイルを増やして」
「あたしの所にも。まだとってきていない区画の本をお願いします」
 サツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)中原 鞆絵(なかはら・ともえ)がそれぞれに欲しい書籍を要求する。
 老齢な鞆絵にとって、重たい書物を持ってきてくれる若者の存在は有難いものだった。随分と楽を出来る。
 リカインも鞆絵と同じ要求をする。
「わかった。ザーフィア手伝ってくれ」
「僕はまだ報告書を読み切れていないのだが――」
 読んでいた『第3次強化人間実験レポート』の報告書をテーブルに起き、ザーフィア・ノイヴィント(ざーふぃあ・のいぶぃんと)は渋々燕馬の書類運びを手伝いにいく。
 序に、報告書の中でわからなかった言葉を燕馬に訊くのもいいだろうと考える。《博識》でも1つ知らない言葉が丁度あった。
「燕馬くん。『ロボトミー』とは何かわかるかい? レポートにあった単語なのだが」
 医学的用語なら、燕馬が知っていると踏んでの質問だった。彼も知らないのか、顰めっ面を拝むことになった。
「――わかる。でもそんなことしていたって、本当にあったのか?」
「術後の経過報告があった。何かの手術なのであろう?」
 なかなかに嫌な説明をするハメになったと燕馬は思う。
「ロボトミー手術ってのは精神外科手術の1つで、かつて精神疾患、うつ病の患者に行われた“前頭葉の摘出”手術だ」
 質問したザーフィアが驚く。
「前頭葉って、脳の一部であろう? そのような事をして大丈夫なのか?」
「だから、‘かつて’なんだ。患者は死ぬ可能性だってある。日本だと随分と前に廃止されている。精神疾患の抑制をできるもの、術後に人格変化、人間性、社会性、衝動の抑制の欠如と不可逆的な副作用が残る。
 いわば精神医学の禁忌だ。ロボトミー殺人事件なんてのも起こっている」
「非人道的なのはよくわかった。でも研究者たちは強化人間にそんな事をしたのだ?」
「非契約状態におけるパラミタへの拒絶反応を抑制するためじゃないか。報告書には書いてなかったか?」
 ザーフィアの読んでいた報告書には確かにその事が書いてあったが、彼女がまだ読んでいない箇所だった。
 強化人間は元々地球人を、パラミタ化手術で人体強化を謀り、パラミタ人に近づけるものだが、その副作用としてパラミタという土地が被験者に拒絶反応を起こして精神が不安定になる。尤も、強化人間が地球人とパートナーを持てば、その拒絶反応がなくなり精神は安定する。
「もしかしたら、ロボトミーを受けた強化人間がここで暴走しているのかもな。――、ロボトミーのことはサツキには言わない方がいいかもな」
 燕馬は強化人間であるパートナーの一人を心配した。
 二人は要求された書籍を回収して、テーブルへと戻ると、「遅いです」とサツキに叱られてしまった。
 リカインと鞆絵は二人が回収してきた書籍の分類を一通り見る。
 医学関連の多さはわかる。強化人間を扱うのなら心理学やカウンセリングも。しかし、児童福祉や小児科学まであるのはなぜだろう。
「なにかわかりそうか?」
 燕馬がサツキに進展状況を尋ねる。
「レポートに『α計画』てのが目に付くけど、幽霊騒ぎに関することはなさそう。一応、幽霊騒ぎの真相予想は付くんだけど……、近隣住民が聞いている『声』だけは説明がつかないの」
 サツキの予想では研究所に現れるという幽霊やポスターガイストは超能力者である自身の持つ《ミラージュ》や《サイコキネシス》で説明が付くという。しかし、住民の睡眠を妨害している嘆き声に関しては――、
「それも《精神感応》や《テレパシー》の可能性はあるんだけど……」
「じゃあやっぱ誰かの悪戯ってことか? 俺はそのほうがよっぽどタチが悪いと思うぜ」
 アストライトの意見は尤もだが、サツキは首を振る。
「でも、その二つは前提条件があるの。使用者がテレパシーを送る相手と受ける相手が‘面識を持っていること’。仮に『声』にうなされている住民が《精神感応》を持っていたとしても、発信者が不特定者に『声』を伝えるのも受けるは不可能です」
「ならやはり、お化けの仕業……」
 見張りの木曾 義仲(きそ・よしなか)が震える。
「義仲様、怖いのですか?」
 鞆絵にからかわれ、義仲が狼狽える。
「な、にをいう。奈落人のわしが幽霊やお化けを怖がっていると申すのか?」
 実のところ怖い。義仲は皆のところから離れるのも、書類を読んで隙を作るも怖いので、何もせずに見張り役をしていたりする。
「私は《イナンナの加護》があるから幽霊なんて怖くありませんよ」
 北都とともに棚から戻ってきたリオンが言う。“い−106” 第7次強化人間実験レポートに関するファイルを見つけて戻ってきたのだ。
「ルカルカさんに言われた書類を持ってきましたぁ」
 恐らく、このファイルに“キケンブツ”に関連する研究が書かれているはずだ。早速と、ファンダーの書類をバラして、読み分ける。

『第7次強化人間実験レポート 詳細報告。
 被験体αの容態は精神が不安定なものの、比較的安定傾向。身体的異常は見られない。向知性薬の投与を続行。スティモシーバー(脳埋込チップ)によるBMIでの脳機能補完も正常に作動している模様。『α計画』の最終段階へとシフト可能と判断。精神疾病が酷い場合には適切な処置が必要と思われる。――』

「何かわからないことが沢山書いてありますね」
 リオンが首を傾げる。彼の知識は5000年前のものなのだから、現代の知識に疎いのは仕方ない。
「向知性薬やスティモシーバー、BMIって?」
 リカインが医学に詳しい燕馬に質問する。
「どれも脳の機能を高めるための代物だ。薬によるエンドルフィン分泌を促したり、機械を埋め込んで強化人間としての能力をより強化する実験をしてたんだろう……」
「ということは、この被験体αってのが私たちよりも強化された強化人間。てことになるの? もしかして“キケンブツ”てのも――」
「サツキの予想は多分あたってる。でも、“キケンブツ”が被験者αってのは断定できないな」
 燕馬は先走る思考を抑えて、結論は出さなかった。
「そういえば、事務室との連絡は?」
 とリカインが尋ねる。
「それが、HCでの通信が繋がらないです。なにかあったのかなぁ……」
 北都が不安そうに答えた。
 ――、何とも嫌な予感がしてきた。