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第二章 午前の学園

 蒼空学園内をゆっくり歩くグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)。パートナーのエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)もそばに付いている。
「涼しくて過ごしやすいな」
 体調不良で休みがちなグラキエスだったが、学園水没の話を聞いて登校してきた。
「グラキエス様、あまり無理はなさらない方が。呼吸はできると言っても、それなりに負荷はかかるようですので」
「この程度なら大丈夫だ。ちょっと試してみるか」
 グラキエスはネロアンジェロを作動させると、ゆっくり浮かび上がる。具合を確かめつつ大きく羽ばたいた。
「ちょ……、グラキエス様、あまり水の中で飛び回るのはお止めください。魔鎧が乱れて、いつも隠れている足や胸元が見えてしまいますよ」
「足は鎧状態だし、前もそこまで開いてない。と言うより俺は女ではないんだ。胸が見えても問題ないだろう」
 エルデネストの眉間にしわが刻まれる。
「問題があるから申し上げているんです。また好奇の目で見られても知りませんよ」
「だから、今は魔鎧を着ているんだぞ? 肌が見えても精々鎖骨付近までだ」
 涼しげに飛び回るグラキエスにあちらこちらから声がかかった。
「そこの君! ちょっと待ってくれ!」と椎名 真(しいな・まこと)
「何してるんですの!」こちらは神皇 魅華星(しんおう・みかほ)
「あんた達! 危ないじゃないか!」そしてシオン・グラード(しおん・ぐらーど)とパートナーの華佗 元化(かだ・げんか)
 4人に取り囲まれたグラキエスはゆっくり降り立った。エルデネストも油断無く気を配る。
「一体、俺が何か?」
「何かじゃ……」と椎名真が言いかけると、魅華星が「何かじゃありませんわ!」と詰め寄る。顔をグラキエスの間近まで寄せると、ピタリと動かなくなる。一同が「?」と思う中で、グラキエスの頭の天辺から足の先まで眺める。そこでようやく全員の視線に気付く。
「えぇーっと……水中であんなに翼を羽ばたかせるなんて、周囲の迷惑を考えたことありませんの?」
 いくらか頬が赤らんでいたが、それを気にすることなく周囲を両手で指し示すと、何人かの生徒や、いくらかの備品が吹き飛ばされていた。
「あ……空中だと風圧が激しくて迷惑がかかると思ったんだが、水中であれば大丈夫かと」
 イヤイヤイヤイヤと取り囲んだ4人が首を振る。
「空中で風圧が発生するように、水中だと水流が起きるんですよ」
 シオンが説明して、グラキエスが「ああ」と納得する。
「申し訳ありません。私もグラキエス様も配慮が足りませんでした。今後は気をつけますので」
 エルデネストが深々と頭を下げる。
「まぁ、気をつけてもらえれば」と4人はグラキエスとエルデネストを見送った。
「ところで君達は……」と椎名真が言いかけたところで、またも魅華星が「あなた方は何ですの?」とさえぎった。
「俺とシオンはこんな状況だから。危険なことでも起きないように見回りでもしようかと。ジャスティシアですから」
「ふぅん、賢明なこと」
「俺も似たようなものだよ。ライフセイバーみたいな役目もできればと思って高いところから見ていたら、あの2人が居たものだから」
「なるほど、下々の者の中にも立派なことを考える者がいるのですね。良いでしょう。このわたくしの下に学内の警備隊として動くことを許可します」
 いきなりの物言いに、真もシオンも華佗も目を大きく見開いている。
「何をぼーっとしているんですの。このクリムゾン・シルヴァー・マーメイドの異名を持つわたくしに仕えられることを光栄に思いなさい!」
 勢いに押されて3人はうなずく。
クリーム・汁粉・マーマレードって、甘そうな名前だなー
 華佗がシオンに耳打ちする。シオンが唇に人差し指を当てて「シーッ」とやったが、すでに魅華星の耳に届いていた。ニンマリと恐ろしげな笑顔を浮かべて。
「わたくしの名前を愚弄したのは、この口ですの?」
 元化の唇を捻りあげると、頭一つ身長が違いながらも、どこにそんな力があるのかと思うくらいに振り回す。 
「いふぁいでふ。ごえんなはい。もうひひまへん(痛いです。ごめんなさい。もう言いません)」
 華佗は散々謝って許された。
「大人しく付いてきなさい」
 高いところから監視するため、浮かんでいく魅華星に3人は続く。
「まぁ、なんだな……、目の保養には違いないな」
 華佗の言葉に真もシオンもうなずく。白い肌にメリハリの利いたボディライン。ボリュームのある縦ロールの髪が、どこかのお嬢様を思わせる。
 そんな彼女が身に着けているのは真っ赤なビキニ。それも大事なところが、かろうじて隠れている程度。際どい所ですらもレースやシースルーになっている。Tバックの部分は、3人が見上げると何も付けていないのかと見間違うくらいの食い込みだ。
「か、華佗!」
 シオンが言葉をかけたが、時既に遅く魅華星が華佗の前に立っていた。
「ごめんなさい! 目の保養なんて嘘です! 今後、絶対に見ませんから!」
「あら、構いませんわ、どうぞご覧なさいな」
 予想外の魅華星の言葉に、3人はポカンとする。
「美しいものを愛でたくなるのは当然ですもの。反対に言えば、見られることは美しいものの責務でもあるのですわ。この美しいわたくしは、その程度の務めは当然果たして見せますわ」
 スレンダーながらも豊かな胸を張る。小さいビキニから胸がこぼれそうに揺れる。
「じゃあ、見ても?」
「ええ、どうぞ」
「写メとかは?」
 真が聞くと「好みのポーズをおっしゃいな」と答える。
「夢に出てきそうだな」
 シオンの言葉に「その程度なら許しましょう」と鷹揚にうなずいた。
「で、起きたらパンツがカピカピになってたりしてな」
 そう言った瞬間、華佗の唇が捻られる。
「下品なのは許しません!」
 再び散々に振り回された。
「その辺にしてください。華佗の口がどうにかなりそうだ」
「そうね。3度目は覚悟なさい」
 華佗は口を押さえた。
「ところで美しいもの……と言っていたが、あんたの目から見ても、さっきの……グラキエスってのは美しかったのかな?」
 思わぬシオンの追求に魅華星は黙る。
「美しいってのもあるが、あの色気は一種独特のものがあった」
 代わって真が答えた。
「そうなのか?」
「生まれついたものがあり、それを一層磨いたのか、あれはあれで騒動の種にもなりかねん」
「なるほど、一目ぼれってヤツか……」
「無礼な! 魅力あるものを見分ける目を持っているだけのことですわ」
「ふむ」と真が携帯電話を操作する。グラキエスの写メを見せた。
「欲しいかと思ったが……」
「別に要りませんわ」
「俺、いただきます。騒動の種ってのも気になるし」
「俺も貰っとくぜ」
 真がシオンと華佗の携帯に送る。
「そ、そうですわね。万一のことがあるかもしれませんわね。良いでしょう。わたくしにも送りなさい!」
「素直じゃないな」の言葉を飲み込んで、真は転送した。