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第三章 昼の喧騒

 昼休みのチャイムが鳴る。蒼空学園全体から、購買部めがけて突撃が開始された。いつもと違ったのは、校舎の窓から泳いで向かう生徒が多数出たことだ。
 彼らのお目当ては50個限定の伝説の焼きそばパン……だったこともある。それは山葉校長の尽力によって購買部で販売されることになった。混乱をさけるために、メールなどで事前予約の後、抽選で販売されることになってはいたが、うっかり返事をし忘れてしまっったのか、当選したことを忘れてしまったのか、毎日5個程度が普通に売り出されていた。
 そうその5個を巡っての競争だった。

「これでは……止めようがありませんわ」
 見回りを続けていた神皇 魅華星(しんおう・みかほ)と、魅華星名付けるところの下僕3人(椎名 真(しいな・まこと)シオン・グラード(しおん・ぐらーど)華佗 元化(かだ・げんか))はなすすべもなく傍観している。
「混乱しているようだけど、それなりに秩序があるようですし、大丈夫だと思いますよ」
 シオンが冷静に全体を眺めて言う。
「こう面白そうだと、俺も飛び込みたくなってくるぜ。焼きそばパンって、そんなに美味いのか?」
 華佗に聞かれて真が答える。
「懐かしい味ながら、バランスが絶品なんだ。もっとも俺は焼きうどんパンが好みなんだが」
「下々の者の考えることはわかりませんわね。たかがパンくらいで」
 そう言った途端に、魅華星のお腹が「くぅーっ」と鳴る。3人は噴き出しそうになるのを必死で堪えた。
「食べますか? 非常用にいくつか買っておいたんで」
 真がパンを取り出した。
 魅華星が「いりません!」と言いかけたところで、再びお腹が鳴る。
「素直に貰っときなよ。女王様や皇族だって、お腹が減るんだろ」
 華佗の言い方に反感を覚えたものの、真には礼を言ってパンを受け取った。
「とりあえず俺達もひと休みしよう。午後からの見回りに備えないとね」
 4人は購買部を後にした。

「この人ごみに飛び込む気はないなぁ」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)はため息をつく。
「グラキエス様、やはり食堂の方がゆっくりできるかと思います」
 エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)の言に従い、5人は食堂へと足を向ける。
「しかし食欲ってのはすごいもんだ」
「お、俺もそう思うぜ。人の3大欲求のひとつだからな」
 ロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)がグラキエスの肩に手を置いた。その瞬間、エルデネストとイルベルリ・イルシュ(いるべるり・いるしゅ)が割ってはいる。
「グラキエス様から今少し離れていただこう」
「ロア、しっかりしてください」
 ハッとロアが我に返ると、グラキエスまでもが疑わしそうな目を向けていた。1人だけレヴィシュタール・グランマイア(れびしゅたーる・ぐらんまいあ)は思わせぶりな笑みを浮かべている。
「俺、危なかった?」
 返事をすることなく、イルベルリがロアを抱えあげる。
「とにかく食堂に急ぎましょう。ロアの名誉のためにも、グラキエスさんの身の安全を確保するためにも」
 そんな喧騒の中に飛び込んでいく生徒もいた。
「ふ……皆、考えることは同じなのですね」
 中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)は、自らの考えが甘かったことを悟った。
「で、どうする? 諦めるの?」
 漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)の問いかけに首を振る。
「まさか」
 容赦なく購買部へと向かっていった。
「止めても無駄ですわね」
「わかってるじゃないの」
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)を置いて、購買部前の人ごみに突っ込んでいく。
「面白そうだから、私達も行くわよ!」
 刹那・アシュノッド(せつな・あしゅのっど)とパートナーのアレット・レオミュール(あれっと・れおみゅーる)セファー・ラジエール(せふぁー・らじえーる)遊馬 澪(あすま・みお)も突撃した。
 そうした混雑の中で、まずはじき出されたのが男子生徒だった。
「ちょっと! どこ触ってるのよ!」
「キャー! エッチ!」
「せんせーい! 痴漢でーす!」
 もちろんそのどれもが(おそらく……そう、おそらくは)仕方のないものだったが、あらぬ疑いをかけられては身を引くよりなかった。
「女の方が生存本能が強いってのは本当ですね」
 普段にもまして髪をボサボサにさせたセファー・ラジエールが転がり出てくる。それでもおにぎり1個を買ってこられたのは、粘りと努力の賜物だった。
「綾瀬、気付いてますか?」
 ドレスがささやきかける。
「……分かってるわ」
「それなら、いつでもどうぞ」 
 揉みくちゃになりながらも、意思の疎通を続けるドレス。しかし綾瀬は黙ったままだ。
「周囲をごらんなさい。このままではあなたの負けは目に見えています」
 購買部に群がっているのは女性ばかり。しかもほとんどが水着だった。
 ライトブルーのトライアングルビキニを来た綾原さゆみが、アクロバティックな動きで前に進む。刹那・アシュノッドもお気に入りの水着で混乱をかわしていく。
 そう、一昔前の夏の風物詩テレビ番組、ドキッ! 女だらけの水泳大会 ポロリもあるよがそのままに展開されていた。

 もちろんそこにはカメラも存在する。
「皆さん! すごい人ごみです! まさにこんな日じゃなければ、こんな光景はありえません!」
 羽瀬川 まゆり(はせがわ・まゆり)は上空からレポートする。傍らではシニィ・ファブレ(しにぃ・ふぁぶれ)が『これも一興』とグラスを傾けていた。
「ちょっとインタビューしてみましょう!」
 無謀な突撃を試みたまゆりは、あっとマイクを向ける間もなく、押し合いへし合いの中に揉み込まれる。
「どうじゃ? 追えるか?」
 カメラマンが無言でうなずく。
「これは……モザイクが必要になるかもしれんの」
 カメラマンは更に大きくうなずいた。

 綾瀬は変わらず中段でもみ合っている。
「私がドレスと離れ離れになるなんてありえないわ」
「その気持ちだけで嬉しいです。でも私は綾瀬のためなら、いつでも犠牲になる覚悟があるのですよ」
「そんな……」
「って、綾瀬、私の下に水着を着てるでしょ」
「まぁ、そうなんだけど……」
「さっさと行きなさい!」
 ドレスは自ら綾瀬を離れる。必然的に綾瀬も水着姿になった。上下の水着は、いつものマスクと同じく、帽子とサンダルでさえも黒で統一されている。
「ドレス……、あなたの犠牲は無駄にはしないわ。それはともかく皆様、何を食べてこう凸凹してるのかしら」
 周囲を取り囲む無数の膨らみを恨めしそうに注視すると、それで反発力を得たかのように突進する。バーストダッシュで人ごみをすり抜けた。
「焼きそばパンをくださいな」
「はいよ、最後の一個だね」
 代金と引き換えに焼きそばパンを入れた紙袋を受け取ると、水中を上へと泳いで人ごみを抜ける。
「お帰りなさい」
 いつの間にかドレスは綾瀬の元に戻っていた。
「ドレス、あなたの決断に感謝するわ」
「どういたしまして、ところで新しいクジが出ているそうよ。それを一通り試してみるってのはどうかしら」
 綾瀬の右腕がドレスによって動かされた。
「……分かったわ。来月になれば余裕ができると思うから……」
 焼きそばパンの入った紙袋がずしりと重く感じられた。

「えーっ! 売り切れ?」
「惜しかったね。今しがた、ちっちゃくてスリムな女の子が買って行ったよ」
「スリムかぁ、そっちの方が有利だったんだわ。うーん、残念」

 綾瀬がクシュンとくしゃみをする。
「風邪?」
「さぁ……ちょっとムッと感じられるくしゃみ……ドレスを脱いだのが原因かも」 

 焼きそばパンが売り切れと聞いて、綾原さゆみはがっくりと……はしなかった。気を取り直してお弁当を2つ買うと、アデリーヌの元へと戻る。
「残念でしたね」
 戻ってきたさゆみの持つ袋を見てなぐさめた。
「良いの。また機会があるでしょうから。それになんだかエンジョイしたーって気もするよ」
「そうですわね」
 購買部前の喧騒は徐々に収まりつつある。さゆみの買ってきたお弁当を一緒に広げた。アデリーヌは生き生きとしたさゆみを見るだけでも嬉しく思う。しかしながら一片の気がかりがあった。

 ── 夏休みももうすぐ終わりだけど、さゆみはちゃんと宿題をやったのかしら ──

 思い切って聞こうと思ったが、おいしそうにお弁当を頬張るさゆみに話しかけるのをためらった。

 ── まぁ、今はこうしているのが一番ね ──

 思い直してアデリーヌもお弁当を口に運んだ。

「買えましたか?」
 セファー・ラジエールは3人を迎える。それぞれに袋を手にしてはいたが、表情は冴えなかった。
「全然、だめね」と刹那・アシュノッドは首を振る。
「私もです」とアレット・レオミュールは残念な顔を見せた。
「澪なんてぇ、胸が邪魔で全然動けなかったぁ」
 遊馬澪はいつもの眠そうな目をこすった。それでも何らかの収穫を手にしていた4人はランチタイムにする。
「上の方に行ってみようよ。いつも見る景色と違って楽しいかもー」
 刹那の誘いに応じて上へと泳ぐ。同じように考えている生徒も多く。いつもと変わったランチがそこかしこで始まっていた。

 やがて戻ってきたまゆりは、水着こそかろうじて身に着けていたものの、髪は乱れ、引っかき傷なども作っていた。
「えー、こんな状況です。いつもは平面のバトルですが、今日は3次元なので更にすごいことになってました」
 そこでカメラを止めさせてひと休みする。もちろんシニィの指示通り、こっそり撮影が続いている。
「ねぇ、シニィも動いてよ!」
「わらわは解説役じゃ。あー酒が美味いのぉ」
「もう!」