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リアクション
第四章 千客万来・メイド喫茶 5
だが、不埒者は何も「ご主人様」の側にばかりいるとは限らない。
(メイド喫茶なら、男性客、それも女の子に興味のある男性客が集まるわけじゃん?)
そんなことを考えているのはミネッティ・パーウェイス(みねってぃ・ぱーうぇいす)。肉食系メイドである。
とはいえ、このミネッティ、もともと人と接する、と言うか媚を売るのは得意なので、こういった接客にはそれなりに向いているのである。
黙っていればお嬢様っぽい外見なのだが、言動の端々に何とも言いがたい妖しい魅力のようなものがにじみ出ている。
その辺り、やはりどうしても類が友を呼ぶと言うか、そういうのに惹かれるタイプの男が必然的に集まってくる。
(あー……なんだか面倒なの集まってきちゃったなー)
これではカレシ候補のイケメンをお持ち帰りするのは難しそうだが、金づるくらいならなんとかなるかもしれない。
そう考えたミネッティは、特にしつこく自分の身体に触れてこようとする客の手前で、わざとバランスを崩してみせた。
そのままその客の上に倒れこむ……と見せて、すんでのところで椅子の背に手をつき、身体には触れさせない。
その代わり、うまい具合に耳元に顔を寄せ、小声でささやいた。
「夜連絡くれればもっと色々させてあげるよ? もちろん少しは出して貰うけど……どう?」
「え?」
驚く男の手に、素早く自分の電話番号を書いた紙を握らせる。
「興味あったら連絡して。それじゃ」
それだけ言うと、最後に軽く耳元に息を吹きかけてから身体を起こし、何事もなかったかのように仕事に戻る。
(まあ、数人に撒けば、一人くらい釣れるかなー)
と、ミネッティがそんなことを考えていた時だった。
「ミネッティ」
「んー?」
呼び止められて振り返ると、そこには案の定というか何というか、恐い顔をしたアイビスが立っていた。
「一人がそういうことをすると他の皆までおかしな目で見られかねませんし、POAの批判に根拠を与えることにもなりかねません。軽率な行動は謹んで下さい」
さすがは不埒者の排除に定評のあるアイビス、有無をいわせぬ迫力である。
「あー……うん、わかった、ごめん」
「次に見かけたら警告では済みませんからね」
考えてみれば、まともなカレシ候補が見つかるならともかく、金づるの一人や二人と引き換えに環菜やこの店の面々を敵に回すのはあまりにも高くつきすぎる買い物である。
(……ま、しょうがないかー)
そう判断して当初の野望を諦め、とりあえず契約期間だけそれっぽく流して仕事しよう、と心に決めたミネッティであった。
「いらっしゃいませ、ご主人さま♪」
にこやかな笑顔で接客している長身の美女は、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)。
そんな様子を、彼女のパートナーであるセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は心配そうに見守っていた。
セレンとセレアナがここで働くことになったのは、「かわいらしい制服」を見たセレンが思いつきで、しかもセレアナの分まで勝手に応募してしまったのが原因である。
「ちょっと、勝手に応募してどうするつもりなの!」
もちろんセレアナは怒ったが、セレンはどこ吹く風である。
「まあまあ、たまにはいいじゃない?」
「全く……それに、セレンは大雑把すぎて接客向かないわよ」
「そう? なんとかなるんじゃない?」
もちろん何とかなるはずなんかないと思ったのだが、こういう時のセレンに意見を変えさせるのは本当に難しい。
結局、いつものように押し切られる形で二人でアルバイトをすることになったのだが。
「はい、お待たせしました、ご主人さま♪」
もともと陽気な性格で物怖じしないセレンは、意外と接客に向いていたのである。
もっとも、几帳面な性格のセレアナに言わせれば、もともとの大雑把な性格が随所に出てしまってはいるのだが、それも明るい笑顔とかわいらしいメイド服の魔力で長所に転じてしまっているのだから驚きである。
(絶対何かやらかすんじゃないかと思ってたけど……杞憂だったのかしら)
若干拍子抜けしつつ、セレアナが自分の仕事に戻ろうとしたとき。
「あ、セレアナ、ちょっと来て!」
気を抜いたところで不意にセレンに呼ばれ、何があったのかと思いつつ慌てて向かうセレアナ。
しかし、セレンが彼女を呼んだ理由は想像とは全く違っていた。
「記念撮影、せっかくだからセレアナも一緒にと思って」
そんなことか、と思いつつも、とりあえず記念撮影を求めてきたのであろう「ご主人様」の方に尋ねてみる。
「はぁ……ご主人様、よろしいでしょうか?」
セレアナの問いに、相手は一も二もなく首を縦に振る。
メイドさんとツーショットの写真もいいものであるが、さらにメイドさんをもう一人追加して両手に花の方がなおいいに決まっている。
ともあれ、こうして撮影された写真は、陽気で可愛らしいセレンと、可愛らしさと大人っぽさが絶妙にブレンドされた感じのセレアナの対照的な魅力がはっきりとわかる一枚となったのであった。
さて、執事喫茶の客の多くが女性であるように、メイド喫茶の客の多くは男性である。
が、もちろん何事にも例外が存在し、ここにも女性の二人組という珍しい来客があった。
「メイド喫茶のオーナーとしては、他店の様子のチェックは必須よね」
嬉しそうにそう言い切ったのは五十嵐 理沙(いがらし・りさ)。
「何より、可愛いメイドちゃんは世界人類の大切な財産です」
その様子に、セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)は小さくため息をついた。
「可愛い子を愛でる事は悪い事とはいいません。でもね、理沙。 もう少し殿方に興味を持ってくれても……」
本来ならば、セレスティアは理沙を執事喫茶に連れて行きたかったのだが、理沙がリサーチの名目で行き先を強引に変更してしまったのである。
結局、こうなるともうどうしようもないことを知っているセレスティアが折れるより他なかった。
そんな二人のところに接客に来たのは……なんと、あの「伝説の美少女ネコ耳メイドあさにゃん」であった。
「お帰りなさいませ、お嬢様♪」
100点満点の営業スマイルであるが……もちろん、彼、榊 朝斗(さかき・あさと)本人が望んでこの仕事をやっているわけではない。
「ネコ耳メイドあさにゃん」が登場するのは、例によって例のごとく、ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)の陰謀によるものである。
今回も本人に知らせず勝手にさっさと応募して、既成事実を先に作り上げてしまったのである。
そして朝斗の方ももともと真面目な性格であるため、陰謀であれなんであれ決まってしまった以上は真面目に働こう、となってしまい、今に至る、というわけである。
ちなみにそのルシェンは今回も例によって例のごとく、お店の片隅でしっかりデジタルビデオカメラであさにゃんの様子を撮影している。
「私はペパーミントティーとレアチーズケーキを。セレスは?」
「では、わたくしはカモミールティーとベイクドチーズケーキをお願いしますわ」
「かしこまりました」
オーダーを聞いてあさにゃんが立ち去ってしまうと、理沙は再び店内を、というよりメイドさんたちを眺め始めた。
ちょっとでも気を抜くと表情がゆるんでしまいそうなのだが、それをおくびにも出さない辺りはさすがと言ったところである。
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