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第五章 きれいになりつつある空京

 日が西に傾く頃。清掃ボランティアも終盤を迎えていた。


「あーっ、働いたー。一杯貰おうか」
 背伸びをしたルカルカ・ルー(るかるか・るー)が冗談めかして言うと、椎名 真(しいな・まこと)はトン汁とお茶を差し出した。
 サンタの帽子を脱いで屋台の椅子に腰掛けると、お茶とトン汁と交互にすする。
 そこにエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)も戻ってきた。
 椎名真は2人にはハチミツレモンを出した。エースとリリアはお礼を言うとハチミツレモンを口へと運ぶ。
「ちょっと、なんでルカがトン汁で、こっちの2人はハチミツレモンなのよ」
 椎名真はすました顔で「イメージだよ。間違ってたか?」と答える。
「別に間違っちゃいないけどさー、なんか失礼だよね」
 不満がるルカルカに、エースもリリアも笑いが浮かぶ。
「ところで空京見物は上手く行ったの? なんかあちこちで騒動があったらしいけど」
 ルカルカも山葉を始め、ボランティア仲間から連絡を受けていたが、連絡が遅れたり、離れた場所にいたりと騒動そのものには出会わなかった。
「ここでもあったな。オリンピックだか、オリンパスだか……」
「ディスカウントショップ? カメラ?」
 ドクターハデスが聞いたら、訂正を求めて泣き叫びそうな間違いを椎名真はする。
「かなりの騒動だったが、大した怪我人も無かったそうだ。あ、うち(蒼空学園)のカガチが気絶したとか、しないとか」
「そうか、ルカも見たかったなー」
「そうなんだよな。結構、大きいトラブルだったって聞くけど、俺たちもすれ違いだったよ。もっとも空京も大きな街だからな。トラブルの1つや2つあっても不思議じゃない」
「でもトラブルに会わなかったお陰で、空京の街を十分に楽しむことができましたわ。でもこの格好が……」
 言いよどむリリアに、ルカルカが身を乗り出す。
「なんかまずかった? いろいろ考えて良いかなと思ったんだけど」
「いえ、行く先々で子供達が集まってくるものだから」
「そうそう、ゴミの片付けよりも空京の見物よりも、子供達の相手をしている方が長かったんじゃないかって」
「そうかぁ。言われてみれば、私も似たようなもんだった」とルカルカが顔に手を当てる。
「ここにいたのか、そろそろ片付けに入るぞ」
 ルカルカのパートナー、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が彼女を呼びに来た。
「打ち上げの準備もあるし、ひと休みもお終いか」
 3人は腰を上げる。
「ところで小暮君は見かけた?」
 ダリルは首を振る。
「忙しいらしくてな。いろいろ話したいこともあったんだが」
 4人は連れ立って、椎名真の店を後にした。



「これだけ頑張ったんなら、飯でもご馳走にならなきゃ、話にならないぜ」
 ロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)はゴミ袋を抱えて愚痴を垂れていた。
「わかった、わかった」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)にパートナーのエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)、ロアのパートナーのレヴィシュタール・グランマイア(れびしゅたーる・ぐらんまいあ)も一緒だ。
 きっかけとなったレヴィシュタールから「よろしければこれを」と事前にいくらか貰っていたため、『それを晩飯代にすれば良いか』とグラキエスは考えている。
 オリュンポスとか言った輩が騒動を起こしたらしいが、エルデネストの心配していたようなことは起こらなかったので、グラキエスも気が緩んでいた。
「ああ、ここだ」
 清掃活動で設けられた仮のゴミ集積場に着く。
 街のあちこちから集めればこんなになるだろうと、ゴミ袋が山積みになっていた。
「こりゃ凄げえな」
 ロアが感心するが、レヴィシュタールは「これは一箇所にすぎない。空京全体では、この10倍にはなるだろうな」と説明した。
「その分、俺達が空京をきれいにしたってことか、なんか気分が良いぜ」
 ロアの感想を聞くと、3人共「ロアも少しは成長してるのか」と感慨深いものがあった。
「よっと」
 グラキエスもゴミ袋を放り投げる。
「痛っ!」
 ゴミ袋から突き出た小枝か針金でも引っかかったのか、グラキエスの親指から出血した。
 誰よりも早く反応したのがロア・ドゥーエである。もちろん「絆創膏!」でも「救急車!」でもない。

吸わせろー!

 グラキエスの出血する親指に飛びつくと、本職の吸血鬼であるレヴィシュタールのお株も奪わんばかりに吸い始めた。
 一瞬遅れてエルデネストがロアを引き離しにかかる。レヴィシュタールも笑いを堪えながら、ロアの頭をつかんだ。
「ひや、こへはひりょうだから(いや、これは治療だから)」
 ロアは理由にもならないことを言いながら、グラキエスの親指をしゃぶり続けた。そのままでは親指ごと飲み込んでしまうくらいの勢いだ。
「グラキエスじゃないか? どうした?」
 同じようにゴミを運んできたフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)のパートナー、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)がその場を通りかかる。
 ベルクはグラキエスとは戦場を通じた旧知の仲だった。
「良い所に、引き離すのを手伝ってくれないか?」
「よく分からんが、分かった」
 4人がかりでロアを引き離しにかかる。これでもなお親指に吸い付いているロアの食欲を思うと、グラキエスはこれまでの自分の行動を後悔する。
 その時、ベルクの運んできたゴミ袋がモゾモゾと動く。
「何! これ!」
 袋の中から悲鳴が聞こえたかと思うと、アリッサ・ブランド(ありっさ・ぶらんど)が飛び出した。
「ちっ、気がつきやがった。しっかり息の根を止めてから袋に入れるんだったか」
「何すんのよ、このオモチャ風情が!」
「良いからアリッサも手伝え、一大事なんだ」
 わけが分からないままにアリッサも手伝わされる。ただし力のないアリッサはロアの耳に息を吹きかけたり鼻毛を抜いたりして、気をそらす役目を果たす。
 それが効いたのか、ロアはようやく口を離す。
「生きてて良かったー」と言ったかと思えば、「もう死んでも良いー」とたわ言を続けた。
「で、どうするんだコイツは?」
 5人で相談の結果、簀巻きにして広場に放置することになった。
「この寒空の中、大丈夫か?」
 唯一、心配したのがベルクだったが、被害者のグラキエスを始め、レヴィシュタールもエルデネストも「心配ない」と言い切った。
「むしろそのくらいしないと目が覚めないだろうな」
「じゃあ、おにーちゃん、元気でねー」
 アリッサがロアの頬にキスをしたが、それでもロアの夢見心地の表情は戻らなかった。



 大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)の目論みは順調に推移していた。
「売れそうなものも、たくさんあるもんやなー」
 一見がらくたにしか見えないものでも、マニア向けの品だったり、大量生産の商品と思われたものが、特注の一品ものだったりと、掘り出しものが少なからずあった。
 もちろんゴミにしかならないものの方が多かったが、それはさっさと仮設の集積所に持っていく。
「僕達のおかげってのを忘れないでくださいね」
 フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)がずり落ちた眼鏡をあげて言う。朝からいろんな品物を見続けて目がくたびれたのか、何度も目薬をさしていた。
 讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)も深呼吸すると、凝った肩をトントンと叩く。
「さーて、そろそろ運んでもええやろ」
 レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)に命じて、リヤカーに積ませたところで、小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)がやってくる。
「ここかな? リサイクル品やリユース品を集めているところは?」
 小暮が袋を開けると、目利きをした品ではないものの、泰輔ならば金に換えられそうなものがいくつも入っているのがわかる。
「いやぁ、すまんな。手伝ってもろて感謝や」
「どういたしまして。空京の本部にも伝えてあるから、もうすぐ取りに来るってさ」
「なんやて!」
 泰輔は顔色を変えた。
「なんでも集まったお金は、恵まれない子供達の学費になるんだそうだ。教導団に来るのか、それとも他に来るのか分からないが、未来の後輩達のためになるのは嬉しいな」
 2人が話している内に、本部のトラックや人員が、泰輔の集めた荷物をすっかり運んでいった。
「も、もちろんやないか」
 今更どうあがいても無駄と悟った泰輔は、今回の儲けをきれいさっぱり諦めた。
「空京もきれいになるし、恵まれない子供達のためにもなるんやから、まさに一石二鳥やろ。思った通りやないか」
 やけっぱちの高笑いで空元気を出した。