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第三章 秘密結社オリュンポスのポスター作戦

「秘密結社オリュンポスの興廃はこの一戦にあり! 諸君の健闘を祈る!」
 ドクター・ハデス(どくたー・はです)高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)ヘスティア・ウルカヌス(へすてぃあ・うるかぬす)を前に、ポスター作戦の開始を宣言した。
 秘密結社がポスターを貼ること自体に矛盾があるのは、咲耶も重々承知していたが、今更ハデスに何を言っても無意味と黙っていた。
 ハデスは意気込んでいたが、ヘスティアはハデスの命に黙々と従うのみ。つまり3人とも思惑が全く異なっていた。
 紙のポスターであっても500枚となると、相当に重い。ヘスティアがポスターを持って、ハデスと咲耶はスプレー糊の缶を鞄に詰めた。

「さぁ、行くぞ!」

 しかし空京の街では、どこもかしこも清掃ボランティアの姿にあふれていた。
「兄さん、さすがにこれじゃあどうにもならないのでは? 普通なら正義の味方が3人とか5人とかで、世界征服を目指す悪役が手下も含めてたくさんいるはずですよね」
 咲耶の当然の訴えにも、ハデスはポスターの出費を考えると、中断させるわけには行かなかった。
「とにかく隙を見て貼るんだ。広場や公園に行ってみよう。そこなら人に紛れてなんとかなるかもしれん」
 当然、どこも人は多い。
「だめか……」
 行けども行けども人込みは途切れない。ポスターを貼れる隙など見つかりそうになかった。
「ちょっとひと休みしましょう」
 咲耶の呼びかけにハデスも応じる。ベンチを探すと、そこもボランティアの掃除の真っ最中だった。
「どうぞ、今終わったところです」
 ベンチを磨いていた屋良 黎明華(やら・れめか)が声をかける。
「バッチリきれいにしましたから、遠慮なく座ってください。お尻の方がきれいになっても責任は持ちませんよー♪」
「なんだか楽しそうですね」
 咲耶が尋ねると黎明華は「もっちろん」と答える。
「きれいになればなるほど、楽しくなってきちゃって。もうこれを天職にしようかって♪」
 別のベンチを掃除に行った黎明華をハデス達はみつめるばかりだった。
「はぁ、諦めるか」
 ハデスの気弱な声を聞くと、逆に咲耶が悔しくなる。なんとかならないものかと周囲を見回す。
 元気に演説をしているクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)の横にある掲示板だ。
「兄さん、あそこなら貼れるのではないですか?」
 ハデスは咲耶の指差す先を見た。
「ほら、事務員とかのフリをして1枚だけでも」
 言われるがままに、ハデスはポスターを1枚抜き取ると、掲示板に向かって歩き出す。空きスペースにポスターを画鋲で貼り付けた。
 バタバタとハデスは咲耶とヘスティアの元に帰ってくる。「やったね」と両手を合わせた。
 そのまましばらく様子をみていたが、誰も違和感を抱かないのか、チラッと見ただけで素通りしていく。もちろん清掃ボランティアも同じだ。
 中には秘密結社オリュンポスに目を留めて『?』と感じる者もいたようだが、何をするわけでもなく通り過ぎていった。
「じゃあ、兄さん、帰りましょうか?」
 満足した咲耶が兄をうながすと、そこには目を爛々と輝かせたドクターハデスがいた。
「いや、1枚だけでは物足りない。残りの499枚を貼らないことには、あの世に行った仲間達に顔向けできないだろう」
 そんな仲間がいたこと自体、咲耶には初耳だった。あの1枚貼れたポスターがハデスに余計なスイッチを入れてしまったことに気付く。
「咲耶! ヘスティア! もはや人目を気にする必要はない。ポスターを貼りまくるのだ!」
 ハデスは公園の壁に近寄ると「ここだ!」とばかりに、バンと手の平で叩く。
 ヘスティアが「かしこまりました、ハデス博士」と言うのを聞いて、咲耶も覚悟を決めた。
「行くぞ!」
「はぁ」
「はい!」
 ハデスと気のない返事をした咲耶がスプレー糊を噴射していく。そこにヘスティアがオリュンポスのポスターを次々に貼り付ける。


  2022年 元旦

  昨年は大変お世話になりました。
  今年も変わらず世界征服に向けて邁進する所存ですので、
  どうぞよろしくおねがいします。

               秘密結社オリュンポス一同

  2022年 元旦

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               秘密結社オリュンポス一同

  2022年 元旦

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               秘密結社オリュンポス一同

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 最初は新手のパフォーマーかと拍手を送る人もいたが、人が集まるにつれ騒ぎが大きくなっていく。
「新年の挨拶?」
「秘密結社オリュンポス?」
 ざわめきが大きくなるにつれ、ドクターハデスの興奮状態も上がっていく。
 中には「“おねがい”だけ平仮名なのはなんで?」や「秘密結社がポスターっておかしくない?」などの声もあったが、それはあえて耳を通過させた。

「おーい、あんた達ー、これって許可を得てるのかぁ?」
 ハデス達に聞いてきたのは、掃除をしつつ見回りをしていた東條 カガチ(とうじょう・かがち)だった。
『挨拶はともかく、イマイチのデザインだなぁ』と思ってはいたものの、そちらは言葉にはしなかった。
「よーく見たまえ! ここを!」
 ハデスはポスターの一部分を指差す。
「あ、どうもぉ」
 許可でも取っていたのかと、カガチはすまなそうに頭を下げたが、そこには“秘密結社オリュンポス”と書かれているだけだった。
「これが……何かぁ?」
「俺達オリュンポスが活動するのに許可など必要ない!」
「つまり無許可ってことぉ? 法律とか条令とかにひっかかっちゃうんですよー」
 その頃になると、他の清掃ボランティアのメンバーも集まっている。全員が顔見知りと言うわけでもなかったが、蒼空学園の生徒会長であるカガチを見知っているものは少なくない。
「兄さん、謝っておきましょうよ」
「それがどうした? 止められるものなら止めてみろ!」
「あーん、やっぱりー」
 元気なハデスと泣きそうな咲耶がスプレー糊を吹き付ける。そこにヘスティアがポスターを貼っていった。

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