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【●】光降る町で(前編)

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【●】光降る町で(前編)

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【古き伝承 2】




「しかし、良く残ってたもんだ」
 丁度その頃、同じく長老宅を訪れていた佐野 和輝(さの・かずき)は、その膨大な書物を前に、呆れとも感嘆ともつかないため息を漏らした。
「残っているのではない。一万年近くも前のものだぞ」
 禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)が、機嫌の悪そうな声で言った。どうやら、強制的に連れて(抱えて)来られたのが気に入らないようだ。それでも一応「良く見ろ、写本だ」と補足を入れる。本が傷んだり、朽ちて失われないように、定期的に写しを取っていたようだ。だが、恐らく意味がわからないまま模写するように写し取ったのだろう。相当に古いその内容は、長老の言っていた通り、古代語だらけで難解なものだ。
「もし読めるのならお願いしたい、か。長老もこの内容に興味があった、ってことかな」
 資料を見せてもらいたい、というのを、快く受けた長老の言葉を思い出し、和輝は苦笑した。
「しかしこれから、情報を探し出すとなると骨だな……」
 呟き、アニス・パラス(あにす・ぱらす)が入れてきたお茶を口に含んだ。難解なのもそうだが、この町が出来た頃から続く歴史の資料である。量があまりに多いのだ。
「は〜い、お待ちどうさま〜」
 思わず眉間にしわを寄せる和輝の傍に、お茶のお代わりとサンドイッチの載ったお盆を手に、アニスが戻ってきた。その周りで、式神の術でひょこひょこと動くキュゥべぇのぬいぐるみは、その頭に器用に何冊もの資料を載せている。
「これで最後みたいだよ」
 どさどさどさ、と。アニスは重なっていた書物の上にそれを重ねる。絶妙なバランスで重なった書物のタワーは、ぐらぐらと大変心もとないが、アニスはジェンガを詰んでいるのか、というように頓着したふうもない。
「倒すなよ」
 不安げに和輝が言ったが、にぱっと笑うだけだ。寧ろ楽しんでいるらしい。無邪気な笑みに、それ以上は言わずにため息をつくと、まあいいか、と割り切ると、さりげなくタワーを安定させると、腰を下ろした。
「さて、やるか、リオン」
「まったく、本使いの荒い奴だ」
 ダンドリオンの書は憤然と息をついたが、その手を書物とサンドイッチの両方に伸ばす。
 二人は長期戦を覚悟すると、アニスの差し入れのサンドイッチを頬張った。





 和輝達が資料を読みふけっている頃、ランタンを運ぶ仕事を終えた子供や町人達が、長老の屋敷を訪れ、話は一旦中断することになった。長老自身はすでに表を退き、祭りを取り仕切る者たちは別にいるが、町の古くからの支えである長老を頼る者はまだまだ多いようだ。
「これがランタンの配置図かあ。マッピングする手間は省けたけど、知ってる星座は見つからないねえ」
 長老が他の話に席を立っている間、呼雪が長老から事前にもらっていたランタンの配置図の写しを見て、子供たちの手伝いをしていた流れでついてきた清泉 北都(いずみ・ほくと)は呟くように言った。その隣から同じく覗き込んだクナイ・アヤシ(くない・あやし)は「それはそうでございますよ」と納得したように言った。
「かなり古い星座のようで、私にもいくつかしか判りませんが、これはパラミタの天体でございますから」
 今では一部でも地球の天体を見ることができる場所もあるが、一万年近くも前となれば、地球のものとも現在のパラミタの天体とも合致しないのだ。配置図そのものは毎年更新される新しいものだとはいっても、星座が違うのも仕方がない。
 配置図を眺めながら考え込む二人にヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は「それなら」とそれを取り上げてひらりとふって見せた。
「現地の人に聞いてみるのが、手っ取り早いんじゃないかな」 と、ヘルは、大人たちの邪魔にならないように隅に集まっていた子供たちに広げて見せる。
「君たち、これがなにかわかるかな?」
 しゃがみ込んで子供の目線にあわせて尋ねると、最初の頃は見知らぬ大人に警戒した様子だった子供たちも「うん」と頷いて答えた。
「とうちゃんたちも持ってるよ」
「おまつりの、ランタンをかざるところ!」
 一斉に答える子供たちに、そうそう、と根気良く頷いて「それでね」と、ヘルは今度は指先でランタンの位置を示す点を示し、星座を形作るように動かした。
「この星座は、判るかな?」
 だがその問いには、子供たちは顔を見合わせると、ううん、と考えるように首を捻る。この町の子供たちは星座には余り詳しくないのかな、とヘルの方も首を傾げていたが、一人が「ちがう星座ならわかるよ!」と自慢げに手を上げた。その小さな手が、図の端のあたりにある点をなぞって星座を形作る。
「これが、さいごの星座なんだよ」
「最後?」
 ヘルが思わず問いかけたが、子供たちは構わず「そんなのみんな知ってるよ」と不満げに言ったかと思うと、ヘルのことをすっかり忘れたように、それぞれが点をなぞって星座を作っていき始めた。
「これがさんばんめでしょ?」
「ちがうよ、こっちが二番で……」
 その様子に、北都たちと同じく、子供たちについてきた後、遠巻きにしていたヴァルも覗き込んで「どうした」とヘルと同じく首を傾げた。
「星座に順番があるのか?」
 何気ない問いかけだったが、子供たちは「うん!」と力強く答える。
「そうか、よし。なら一番目から順番に、この帝王に教えてもらえないか」
 ヴァルが言うと、子供たちは嬉々として頷くと、また一斉にしゃべり出そうとしたので「ああ、ほらほら順番だよー」とヘルが優しく言って、パン、と手を鳴らした。
「一番目からいこうね。最初の星座はどれかな、はいそこの君」
 指定された子供は、目を輝かせながら点を辿って星座をつくると「これだよ」と自慢げに言った。
「これでさいごだよ!」
 それからも、途中順番が違う、と子供たち同士で軽く言い合いもあったものの、何とか最後まで順番に辿りついたが、最初の頃は微笑ましげに見やっていたヴァル達は、真剣な顔でお互いの顔を見合わせた。
「星座は全部で16か」
「この順番には、何の意味があるのかな?」
 北都とクナイも首をかしげたものの、今の時点で思い当たることは無い。
 ひとしきり互いに意見を交わした後、とりあえず情報は集積しておこう、という結論で、北都はHCでスカーレッド大尉へとその情報を送ったのだった。