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【●】光降る町で(前編)

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【●】光降る町で(前編)

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【古き伝承 1】




「それで、伝承の歌について、ということじゃったが、具体的には何をお聞きになりたいのかの」

 長老は、尋ねてきた契約者たちの前で、何を問われるのか半ば予想しているような様子でそう尋ねた。
 事前に手紙を送ってアポイントを取っていた早川 呼雪(はやかわ・こゆき)も、そんな長老の様子に、面倒な前置きを省いて「歌の内容についてです」と端的に切り出す。歌姫である呼雪は、道すがら聞いていた、町で歌われる民謡の歌詞への違和感があることを、素直に口にした。
「この町は封印のために作られた町だと伺っているのですが、それにしては、この祭りで歌われている歌は、それを厭うような内容では無いように思えます」
 ペトがそう指摘したように、呼雪もまたその歌が持つ響きを敏感に感じ取っていたのだ。
「勿論、伝承は時代と共に変質していくものだとは、理解していますが」
 そうであっても、その根源、込められた思いはそこまで大きく変容するとも思えない。
「それに、わざわざ封印を強めているはずの十字路を閉じているのも気になります」
 言葉を添えたのは、呼雪と同じく長老へ話を伺いに訪れていたザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)だ。
「町で話を聞いて回った方によれば、そもそもこの町の構造が封印に関わっている、という事すら知らない方が多いようです」
 それは、説明されていないからなのか、それとも……とその声が疑っている。
「封印が不安定な今、わざわざその封印を更に弱めてまで行われるこの祭りは、本当に”鎮め”のためなんでしょうか」
 他に何か、理由があるのでは、と疑いというより確信のこもった呼雪の声が切り込むのに、長老は静かに息を吐き出した。
「軍が介入した以上、いつかは、問われるじゃろうと思うておった」
 息と共に吐き出される言葉には、諦めの色がある。
「それは、この祭りが仕組まれたもの、だからですか?」
 問いかけたのは、年長者を当たっている内、ここへ辿り着いたトマスだ。
「祭りとは元来、宗教に基づくもの。そして祭りは政、つまり政治に強く結びつきやすい側面があるものです」
 言葉を添えたのは、パートナーの魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)だ。その追求は的を射ていたようで、長老の表情もやや苦いものになる。ややして、重たく口を開いた長老は「誤解しないで欲しいが、意味もなく行っておったわけではないのじゃよ」と前置きし、ゆっくりと語り始めた。
「なにぶん、一万年近くも昔の話での。正確なところは失われて久しいが、少なくとも”鎮め”の為ではないことは、わしを含めて年寄り連中はうすうす感づいてはおった」
「気付いて、いた?」
 その言葉にひっかかり、呼雪が思わず鸚鵡返しに問うと、長老は静かに頷く。
「実際にはわからんのじゃ。あくまで”そうだろう”という程度の推論での。本当のところを知っておるのは、賢者と町の長しかおらなんだ」
 その子孫であれば、あるいは真実を伝え聞いているかもしれないが、賢者の方は行方はわからず、町長の一族も、長い時の間に色々とあったのか、今では傍系の子孫が僅かに残っているだけだという。そのため、残された文献などから推測するしかなかったのだが、こちらもまた相当に古いものであったため、正確に解読するのは難しく、あくまで推測の域を出ていないのだそうだ。
「当然、わしらが感付いたぐらいじゃ、昔からいぶかしむ者はおったようでの。封印と”鎮め”では意味が異なっているということに気付き、これは何か、違う目的の儀式ではないかと疑ったようじゃ」
 だが、と長老はそこで言葉を切ると、重たくため息を吐き出すように続ける。
「彼らも声高にはそれを語らず、いつの間にか口を噤んでいった」
「何故です?」
 「都合の悪い真実を知られて、口封じにあった、とか」
 ザカコが問いを重ねるのに、トマスが続ける。ありそうな話だが「そうではない」と長老は苦笑がちに言った。

「この町が、この祭りの恩恵の上に成り立っておることに、気がついたのじゃよ」