空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

【●】光降る町で(前編)

リアクション公開中!

【●】光降る町で(前編)

リアクション




【交錯する街角 4】




「なんだか妬けちゃうわねえ」

 三人が上空でのひと時を楽しんでいるのを見上げて、ニキータはくすくすと笑うと、「さて、と」と呟き一つ。その視線を氏無の方へと向けると、意味ありげにその目を細めた。
「そろそろお子様には聞かせられない話、しようじゃなぁい?」
 心得たもので、氏無達は、先ほどまでの和気藹々とした空気から一転。軍属独特のぴんと張ったような気配が間を流れた。
「まぁ、まずキミたちが知りたいのは、あの少年は何者なのか、ってことだよね?」
「はい」
 頷くのはルカルカだ。
「話に聞く「賢者」の家系……なのではないのですか?」
 そうであれば、封印を解き、尚且つ封印を正すことの出来たあの力の説明もつく。だが。
「いや」
 氏無は複雑な顔で首を振ると、煙管を揺らし、ぽりぽりと頭をかいた。
「町長さんの家系だよ。とはいっても、今の、じゃなくて大分昔の町長さんだけどね」
 意外な言葉に、ルカルカは思わずダリルや淵と顔を見合わせる。町長が賢者との血縁関係にある可能性も疑ってみたが、あらゆる可能性から調べても、賢者の一族との血の繋がりを示すものは何もなかったらしい。
「それなのに何故、あんな不思議な力を持ってるんでしょうか」
 もっともな疑問に、うん、と氏無も頷く。
「残念ながら、彼の名付け親である父親は早くに亡くなったらしくてね、はっきりしたことは判ってないけど、どうも、彼の名前に理由があるらしいね」
「名前、ですか?」
 特に変わった名前でもないが、とダリルも首を傾げたが「そうじゃあないよ」と氏無は首を振る。
「この町でもごくごく一部に残ってる伝統で、普段使いの名前と別に、代々受け継ぐ”真名”ってのがあるんだ。どうやらそれに、力ある言葉が使われてるらしいんだよね、どうも」
 力ある言葉、と聞いて、報告書にあったストーンサークルの碑文が、一同の脳裏に浮かぶ。もしかしたら、それが原因で封印は破れたのではないか、と考えた皆の想像を代表して、マリーが尋ねた。
「それはどう言う意味なのでありますか?」
「”糸の端を掴む者”という意味なんだそうだ」
 やはり、ストーンサークルの碑文の表現に似た、抽象的なその響きに、それぞれ顔を見合わせた。無言でその意味の具体的なところを求める意思に添って、氏無は説明を続ける。
「クローディスくんによれば、糸の端とは物事の始点、あるいは終点。糸は関係や因果の暗喩である可能性が高いらしいね」
 つまり、と、氏無は指の代わりに煙管を揺らす。
「あくまで報告書やらなんやらからの推測だけど、恐らく彼の能力って言うのは正確には”封印を破る”のじゃないと思うよ。でなければ、再封印の時に、彼が柱を支えていながら成功するはずは無いからね」
「そうですね……もし封印を破る力なら、かえって封印の状態を悪くしていたはずですし」
 納得したようにダリルも頷いたが、そうなると別の疑問が残る。
 では、彼の本当の能力は何なのか、ということだ。
「少年が触れると、明かりを入れる儀式に支障が起こったと聞きます。それは何故なのでありますか?」
「何故だろうねえ?」
 マリーの問いには、氏無はへらりと笑って首を傾げてみせる。その目が面白がっているところを見ると、自分で考えろ、というところだろう。む、と眉を寄せはしたが、首を捻りつつ今まで上がった情報をもとに(そして考察していく。
「糸を掴んでいる、ということは、本人の意思がある、ということになるでありますね」
 それが手を伸ばして掴もうとするのであれ、掴んでいるものを結ぶのであれ、自らの手が行う行為であればその意思が存在するはずである。
「と、言うことは、少年の力は、彼自身の意思が反映する、ということでありますかッ!?」
 だとすれば、意思一つで終わりと始まりを結ぶことすら可能、という途方も無い力だ。思わず声を上げたマリーに、いやあ流石にそこまでは、と氏無は肩を揺らした。
「もっと限定的なものだと思うよ。力ある言葉が関わるものだけ、とかね」
 でなければ、先日の事件にしてもあの程度で収まりはしなかったろう。そう言って、推理の続きを待つ氏無に、そうすると、と更に唸る声を上げてマリーは続ける。
「と、するとですな……重要なのは、意思の方向性、ということでありますか?」
 最初は「柱を倒そうとした」から柱は倒れ、封印が破れてしまった。そして「元に戻そうとした」ことで封印を元に戻した。ではランタンの場合は、何の意思があって何を阻害したのか。お祭りの準備を手伝おうとする意思に、ランタンが灯らないはずがない。それなら、少年が手伝おうとしたのは、何に対してなのか。少年が、一番気にしていたことは何か。そしてこの祭りは、なんのための祭りだ、と少年が認識しているか。
「……”封印を強化する祭り”の手伝いをしようとして、阻害された?」
 それらを強引にでも結び付けようとした中で、ふっと浮かんだ仮説が、その口から漏れる。誰もがまさか、という気持ちを隠せないでいるなか、氏無だけが「だとしたら面白いよねえ」と、くつくつ笑った。
「”鎮め”のためだって言われてるお祭りを手伝おうとした意思が、逆にお祭りを阻害したっていうなら、どういうことになると思う?」
 なぞなぞでも出すかのような気楽さで問いかけられた言葉が示す意味に、全員の顔色が変わる。だが、あまりに突拍子もない推測に、誰もが同意の声を上げられないでいる。だが逆に、否定をする根拠も薄いのだ。なんとも言えない沈黙が流れるのにも構わず、氏無は唐突に「それにねえ」と話を変えた。
「そもそも、賢者、っていう存在が胡散臭い代物でねぇ、どうも」
 煙管の煙をゆらゆらと遊ばせながら、氏無は続ける。
「名を残した術者なんかは、どこかしらに記録が残ってるはずなんだけど、方々探させても見つからない。かといって、名も残せないほどの術者が、これほどの規模の封印を行えるはずはないからね」
「……意図的に消した、あるいは消された可能性があるってことかしら?」
 まだ混乱の深い中、ニキータが控えめに口を出した。
「あるいはでっちあげられた、か」
 いずれにしても、ここまで来ると、この町を作ったという”賢者”を疑わざるをえない。
 皆が疑惑に頭を悩ます中、一行に途中合流したゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)が「やはり、祭りをこのまま継続するのは、危険ではないですか?」と口を開いた。

 話は数分前に遡る。
 フライシェイドの襲来の際、住民の避難を担当した経験から、もしも、に供えて準備をしておくべきではないか、と提言したゴットリープに、スカーレットは、勿論それは必要だけど、とした上で首を振った。
「そちらは氏無大尉の管轄よ」
 私は討伐隊の責任者だから、と続けた彼女に、ゴットリープは抱いた違和感のまま「責任者がなぜ地上に?」と尋ねたが、スカーレッドはそれには答えず、にっこりと笑うばかりだ。これは聞き出せそうにもないな、と判断して、ゴットリープは敬礼と共に去り、私服に着替えた後、レナ・ブランド(れな・ぶらんど)綾小路 麗夢(あやのこうじ・れむ)と共に氏無の元へ向かった、というわけである。

「避難用シュート、だったっけ?その有効性も聞いてるよ。ただ今回は状況が状況だからねぇ」
 上空を警戒するために、蚊帳を重ねたような構造のそれは、天井へランタンを飾る、という祭りの趣旨上、あまりに景観を損ねてしまうのだ。それももっともだと納得しながらも、住民たちへの「万が一」が、ゴットリープには気になって仕方がない。何事もなければいいけど、という思う半面で、何かが起きるような、そんな感覚が、ゴットリープに口を開かせる。
「しかし、危険では」
「”傷の赤”が言ってたでしょ? 市中警護はボクのお仕事。何もしてないわけじゃない。それに……」
 最悪、祭りを一旦中止してでも、安全を確保するのが最優先ではないか、と尚も食い下がるゴットリープに、紫煙の昇る方を示し、その目は天井を見つめる。戸板を並べた、即席の天井だ。光が漏れても良さそうなものが、まるで夜の帳を下ろしたかのように、向こう側の青空は見えない。
「見てごらんよ、空が完全に覆われてるでしょ。まるで襲来に備えてるみたいじゃあないか」
 町の人は殆ど、祭りで結界が緩むってことすら、知らなかったって言うのにさ 、と続ける氏無の顔は、こんな状況下を面白がっているようだ。
「知りたくは無いか。この祭りが本当は”何”なのか」
 中止するのはそれからでも遅くはないさ、と続ける氏無の声は、毒を含んだような楽しげなものだった。




 丁度その頃、氏無たちが見上げていた天井の、その更に上。
 上空から町を見下ろしていたのは師王 アスカ(しおう・あすか)だ。プロミネンストリックで空中へ浮かんでいる彼女の手にあるスケッチブックが、円形に広がる町並みを描いていく。
「本当に綺麗な円になってるのね」
 今は天井が覆われているが、その僅かな色の違いで、十字に作られた大通りの位置がわかる。パンフレットに載っていた通り、十字架の刻まれたコインのように見えるその光景に、アスカは素直に感嘆の息を漏らした。
「古い町だと思ってたけど、かなり緻密な計算で作られた町なのね」
 上空から見ることは想定されてはいなかっただろうが、円にしても十字にしても、そう見える、というのではなく明らかにそのように作られた、とわかる明確さで、正円と直線を描いているのだ。
「でも不思議ね、ここまできっちり円にする必要があったのかしら?」
 凡そのスケッチを取り終え、浮かんだ疑問に首を傾げていたアスカだったが、ふと、自分の描いたスケッチの「ある偏り」に気がついた。描いている時は夢中で、風景を捉えることだけに集中していて気付かなかったが、おかしい。
「何、これ……?」
 思わず眉を寄せて考え込む。
「これは……ベルに聞いてみたほうがよさそうね」
 そう呟いて、、次の瞬間だ。かくん、と突然に体のバランスが崩れたのだ。どうやらプロミネンストリックの調子が悪くなってしまったようだ。 慌ててバランスをとろうとしたが、次の瞬間、アルカはありえない声を聞いた。
「あら、召喚してくれるなんてアスカったらどうしたの?」
「あ、あれ、ベル? って、きゃああああああっ!?」
先ほど思い浮かべていたせいか、慌てるあまりうっかりオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)を召還していしまったのである。空中に召還されたオルベールには、残念ながら飛行手段は無く、つまり。
「落ちるしかないわねえ」
 二人分を支えきれなくなったプロミネンストリックはついに限界を向かえ、安定を失ったアスカは、オルベールを引き連れて、空に悲鳴を木霊させながらまっ逆さまに落下していった。