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【●】光降る町で(前編)

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【●】光降る町で(前編)

リアクション




【深き場所へ 1】




「さっきの火で、入り口が暖まってるのは幸いだったな」
 警戒しながら亀裂をくぐった大岡 永谷(おおおか・とと)が、呟くように言った。
 フライシェイドの温度を探知する精度が鈍って、熱源が増えたことを気取られないためのカモフラージュとなっているようで、ダークビジョンで通路の奥を探ったが、禁猟区に引っかかる様子もないところをみると、接近して来てはいないようだ。
 永谷に続いて、皆が素早く洞窟の中へと足を踏み入れたところで、伸びていたゴムが戻るように裂け目が収縮し、亀裂は塞がっていった。
「通信の様子はどうだ?」
「やや不安定ではありますが、繋がってますね」
 一緒にいた調査団の一人が、クローディスの声に応えた。そして「そちらは?」と契約者たちへ向けられた問いには、秦 良玉(しん・りょうぎょく)が「問題ない」と答える。
「こちらもやや不安定じゃが、繋がっておる。これより深くに潜れば、判らんが」
 その懸念には、クローディスもやや考えたが「まあ大丈夫だろう」と結論付けた。
「妨害電波らしきものもないから、最悪テレパシーでいけるだろう」
 そうやって一通り通信手段を確認すると、その場所の違和感に、最初に眉を寄せながら姫神 司(ひめがみ・つかさ)
壁に指を伝わせた。
「ゲームのダンジョンでもあるまいに、ワープ地点がきっちりスタート地点と言うのが解せないな」
 もっと中途半端な場所から始まっていてもおかしくなさそうなのに、と言うのに、クローディスも頷き、ショルダーからペンライトのようなものを取り出して周囲にかざすと、途端、ふっと淡い光が灯った。
「僅かに歪みの痕跡があるな……やはり、干渉を受けて緩んでいるようだ」
 皮肉なものだが、地上と通信が繋がっているのはそれのおかげだろう。
 兎も角、後ろに道が無い以上、先に進むしかない。フライシェイドたちを無闇に刺激しないように、光源も最小限にとどめると、一同は息を潜めるようにして、洞窟の奥へと向かって歩き始めた。



「一本道なのはありがたいな、この暗さでもはぐれずに済む」
 先頭に立ち、警戒しながら進む永谷が言ったが、逆に、と続けたのはクローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)だ。
「例えば毒ガスや水攻めなどの罠があった場合、一網打尽だな」
 可能性はゼロではないが、あまり楽しくない想像に永谷は顔を潜めたが、セリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)は苦笑しながら「あくまで一本道でこれがきたら最悪、って言う喩えだよ」とフォローを入れるのに、エールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)も頷く。
「先日の事件の時にここを入った人たちの報告によれば、そんな罠はなかったってあったよ」
 大丈夫だと思うけど、と想像を打ち消そうとしたが、クローラは「それは判っているが」と頑なに首を振った。
「たまたま発動条件を満たさなかっただけかもしれないだろう?」
「硬いなあ」
 セリオスが肩を竦めたが、逆に永谷は頷く。
「可能性が全く無いわけじゃないなら、警戒していったほうがいい。俺たちだけならまだしも、民間人がいるんだ」
 危険性は可能な限り排除すべきだ、と、同意する永谷に頷き、クローラはぐるりと通路を見回すと、見通しきれない天井へ視線をやる。暗さとその高さで窺い知れないその場所を視線で示しながら、「例えば」と続けた。
「一定以上の熱源を感じれば発動する罠、なんてのが天井に無いとも限らないしな」
 やはりあまり有り難くない想像だが、考えすぎではないか、と否定も出来ない。何となく沈黙した皆に、永谷はあえて明るく繕った声で「まあ」と口を開いた。
「警戒するのは俺たちの役目だ。皆に届く前に片をつけるから、あんまり緊張しないようにな」
 まだ先は長いのだ。緊張状態が続くと、疲弊も早い。リラックスさせるように言った永谷に、クローディスは感謝するように軽く頭を下げた。
「すまないが、よろしく頼む」
 



 それから数分程、幸いにもフライシェイド達と遭遇することなく、暗視の効く者を先頭にしながら、一向は緩い坂を時間をかけて下っていき、ある程度来たところで、一旦壁面や床面の調査のため、調査団が足を止めた。
 その間、永谷はクローラたちと共に警戒線を張り、その場を要塞化していた。調査団の安全確保は勿論のこと、体力温存のために討伐隊に休憩しておいて貰うためだ。そんな永谷の勧めに従って休息していた白竜が、不意にクローディスに対して「少し、構いませんか」と口を開いた。
「実のところ……女王を討伐することには、少し躊躇があります」
 スカーレッドの指示ではあるが、本当に倒してしまっていいのかどうか、という漠然と「何か」が引っかかるのだ、と素直に意見を吐露した白竜に、「わたくしも反対だ」と司も頷いた。女王が別の何かを封じるための「要」ではないかという危惧が、司にはあるためだ。白竜の考える何か、というのもそれに近いのだろう。
「そもそも、何故討伐されずに封印されていたのかだって、わかっていないんだ」
 教導団員で無いから、というのもあってか、遠慮なくそれを口にする。
「洞窟や女王の正体がはっきりしない内に、女王を討伐するのは、あまりに――」



「安直すぎる、と?」
「そそそ、そんなことは言ってないですっ」

 ちらり、と目を細めたスカーレッドに、琳 鳳明(りん・ほうめい)は慌てたようにぶんぶんっと首を振って否定した。
「た、ただそのっ、討伐に踏み切るには余りに情報が少ないんじゃないかなあ、なんて……」
 しどろもに弁明しようとするが、スカーレッドは「ふうん?」とわざとらしく首を傾げる。
「つまり”何も判ってないのに倒しちゃえなんて大尉は単細胞だな”と、そう言いたいわけね、そおぉう」
「ち、違いますううう」
 不気味なほどにっこりと言われて、鳳明は涙ぐまんばかりの有様だ。それでもなんとか報告書をめくりながら続ける。
「た、ただあの、一部から、女王の存在が封印の一環ではないか、と言う見解があがってきていてですね、その」
 討伐隊や、調査に当たっている教導団、また他校の生徒からもそういった意見が上がっているのだが、それを告げられたスカーレッドの方は、かなり演技がかった調子でため息をつくと共に眉値を寄せつつ笑う、という非情に怖い笑顔を鳳明へ向けた。
「つまり”倒したらマズかったらどうすんだボケ”ってことね?」
「そういう意味ではないのですぅうう……!」

 その光景を、一歩離れた位置から眺めていたのは、鳳明のパートナー、セラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)だ。鳳明は弁解に必死なので気がついていないようだが、他から見ればスカーレッドが鳳明「で」遊んでいるのは一目瞭然である。
(相当、いぢめっ子さんですね、あの方)
 そう判っていながら、全くフォローするつもりのない彼女も彼女ではあるが。
「まあ冗談はともかく」
「……冗談なんですか?」
 鳳明のぼそりとした呟きは、スカーレッドが笑顔で黙殺した。
「何も、モンスターだから討伐せよ、と言うわけではないのよ。一番の理由は、目前の危険性の排除、というところね」
 肩を竦めて、スカーレッドは説明を続けた。
「不明点が多いのは確かだけど、今確実に言えることは、このストーンサークルの封印は先日の件で緩んでいるということ、そして地輝星祭によって更にその効力が弱まっている、ということ、そして、これは秘匿事項だけれど、封印の強化は、実際には間に合っていないのよ」
 その言葉には、鳳明の顔色がさっと変わった。
「どういうことなんですか……?」
「手続きが遅れたのでも、術士が未熟だったわけでもないわ。封印を同じレベルに戻すことは出来たの。でも、術式が古過ぎる事もあって、それ以上を行うことが難しいのよ」
 説明するスカーレッドの顔も、どこか苦い。
 ”その後何が起こるか”を予測するのも大事だが、少なくとも目の前に確実に起こることを、何もせず手をこまねいているわけには行かないのだ、とスカーレッドは続ける。情報が出揃っていない今、現段階では、女王がいる限り、先日の事件より更に大きな被害が出ると判っている。
「ならば目の前の危険の芽は排除するべき、というのが判断の理由で、私の任務」
 そう言いながらも「勿論」とスカーレッドは口調を変え、厳しい顔から笑みに戻ると、ストーンサークルの中心へと視線を向けた。
「討伐しない、もしくはしてはならない、あるいは討伐しなければならない確実な理由が見つかれば、話は別。だから是非、現場には頑張ってもらわなければね」




「……と、あいつは言うだろうな」
 討伐に対して躊躇いがあることを素直に語った白竜と、洞窟や女王の正体がはっきりしない内に女王を討伐する事について賛成できないと口にした姫神 司(ひめがみ・つかさ)の二人に、まさに地上で語られた通りを口にして、クローディスは笑った。
「こんなところで、納得してもらえるかな?」
「ええ」
 白竜は複雑な顔で頷いた。
「だから、こちらには参加せずに残られたのですね」
 任務は討伐だ。それを現場の判断に委ねた、という建前作りが彼女の立ち位置なのだろう。それを信頼と見るか丸投げと見るかは、微妙なところではあるが。
「軍人というのは難儀だな」
 司の方はあまり納得はいっていないようだが、それなら自分たちで正体をはっきりさせれば良いか、と割り切ることで、とりあえずそれ以上を言うのは留めた。そんな三者の様子を、あまり興味なさげに見ていた政敏は、不意にクローディスに振り返った。
「そのへん、クロちゃん的にはどうなん?」
「クロちゃん……私か?」
 きょとんとしたクローディスに、政敏はにっこりと肯定する。そういった呼ばれ方になれていないのか、なんとも微妙な顔はしたものの、特に止めろということも無く、そうだな、と考えるような間を空けて口を開いた。
「個人的には、ストーンサークルの封印は、女王の封印であることは間違いないと思う。が、何故倒さずにいたかについては私にもわからんな」
 エールヴァントも「そうですよね」と首を捻る。
「こんな大掛かりな封印を継続するぐらいなら、今回のように討伐隊を向けた方が手っ取り早いですよね」
 その時は戦力が無かったのだとしても、何千年という長い時の中で、全くチャンスが無かったとは考え辛い。だとすれば、敢えて倒されなかった、という可能性は強い、という契約者たちの認識と、クローディスの考えも一致しているようだ。
「その根拠というか、気になっているのはあの文字列かな」
「文字列?」
 鸚鵡返しに政敏が首を傾げるのに、クローディスは説明を続けた。
「ストーンサークルに刻まれていた文字列だ。どうも、ただの封印にしては意味がおかしいというか、無駄な力がかかっているように思う」
「無駄な力、というのは」
 興味深そうに尋ねたのはグレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)だ。急に皆の注目の集まったのに、瞬きながら、そうだな、と今度はクローディスの方が首を傾げる。どうも感覚的なものが強いようで、こう、と指先が宙を叩いた。
「要素が一つではないような、何と言うかな、複数の意味の言葉が混ざりこんでいる、というか」
 その感覚を説明し辛いのか、何と言うか、と言葉を探すようにして言ったのに、「待って下さい」と反応を示したのは良玉を通じてその会話を聞いていた鈴だ。
『ルレンシア殿は、あの碑文をどのように訳されたんですの?』
 その問いに、クローディスは「古い碑文だったから、殆ど直訳だがな」と前置きして、ストーンサークルに記されていた碑文の内容を口にした。



”八つの意思が示す、点と点を繋いで星の瞬くを描け。
 古に嘆く者、その繋がりを断絶す。
 彼が干渉を阻害せんと、太陽の刻印は繕いたる。
 地の底眠る、彼の眠りを”



 地上にてその訳を受け取ったそれぞれは、難しい顔で軽く唸った。
『星を描け、っていうのと、繋がりを断絶する、ってのは封印を示してるっぽいけど』
「どうも、腑に落ちませんね」
 政敏からの通信に、アキュートと合流していた優が、眉を寄せる。
「民謡の方は、わざわざ歌詞を訳してまで残しています。その過程で意味が変わった可能性も捨てきれませんが、それにしても合致しない部分が多いのは確かです」
 その意見に、アキュートも頷く。
「確かに、意味が混ざってるっつうか、どうとでも取れそうな文章だよな」
 封印を暗示しているのは間違いないようではあるが、何を、という部分が意図的にぼやかされているような感覚に、もやもやとしていると、優のHCが通信を受け取った。
「長老の家で、情報を集めているザカコさんと連絡が取れてます」
 お互いの情報を交換しておきましょう、という優の提案に、アキュートも頷く。
「そろそろ、情報を整理したほうが良さそうだな」
 そう言いながら投げられた視線に、鈴も「そうですわね」と頷いて、軍用無線のチャンネルを開いた。