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【●】光降る町で(前編)

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【●】光降る町で(前編)

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【交錯する街角 3】



 丁度そんな頃。
 ヴァル達が子供たちと共に歩いていた通りの先では、斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)達一行が、町を歩いているところだった。だが、観光中、というには彼女たちの会話は奇妙だった。
「……まさか、”地輝星祭”を”地祇星祭”に聞き間違えるなんて……保名は本当に「お年寄り」の脳筋なの」
 そんなことだから葛葉に逃げられるのだ、とパートナーの天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)が一人町を調べに行ってしまっている事を揶揄するハツネに、天神山 保名(てんじんやま・やすな)はショックを隠しきれない様子でため息をついた。
「まさか聞き間違いだったとはのォ……」
「まあまあババさま。そんなこともありますよ」
 呟いた保名への、天神山 清明(てんじんやま・せいめい)の言葉は、フォローのつもりにしては笑いが混じっている。
「しかし、地輝星祭ですか……何だか、聞いたことがあるんですよね、どこかの事件で、そんな名前を……」
 続けて清明が、何事か気になっているようでぶつぶつ言っていたが、二人に年寄りだのババさまだのと扱われたダブルショックに、全く耳に入っていないようで、これはもう飲まずにおれるか! と、保名はタイミング良く(悪く?)地酒を出している店を見つけると、まだ準備中だというのを強引に買い取って、杯に移すのも惜しむように早速ぐいっと飲み下した。
「んーっ、美味いっ」
 予想以上に良い酒だったのに、途端に機嫌を直した保名は、杯に一杯注ぐと、ハツネにもその酒を突き出した。
「ほれ、主も一杯やらんかい」
「……変なニオイなの」
 嫌そうな顔をしたハツネに構わず、保名は尚も飲ませようと杯を突き出した。
「そう言うでない、ホレホレ」
「こらこら」
 やんわりと割って入ったのは、わき道から曲がってきたばかりの氏無だった。
「子供に飲ませるもんじゃあないよ?」
 見た目が未成年のハツネに無理に飲ませようとするのを止めさせようとしてか、苦笑気味に割って入った氏無に、保名は早速新しいターゲットを見つけた、とばかりにんまりと笑った。
「そうじゃ、代わりに主が付き合え」
 いける口じゃろう、と既に酔っ払い気味の調子で絡んできた保名に、氏無も困ったような顔を一瞬した、その時。しなり、と近づいた気配が氏無にぴたりとくっついた。
「良い匂いだねえ。ボクもご一緒していいかい?」
 甘い声で氏無に囁きかけたのは、繭住 真由歌(まゆずみ・まゆか)だ。その色を纏った女性の姿が、鬼神力で大人の体に化けたものだとは、氏無達には知る由も無い。
「折角のお祭りじゃないか。これも縁だよ」
 一緒に楽しもうじゃないか、としなだれかかってくる真由歌に、どうしようかなあ、などと困った風に呟いてはいるが、その顔はだらしなく崩れている。追い討ちとばかり、ね? とその顔が傾けられ、保名からも(こちらは意図無く)にこにこと笑顔が向けられると、あっさり氏無は陥落した。
「美人二人にそう言われちゃあ仕方がないなあ」
「……仕事中ですよ?」
 その様子に、ルカルカたちは小声で諌めたが「いいのいいの」と氏無はへらりと笑う。教導団員達それぞれが苦笑なり苦い顔なりになりながら、さりげなくディバイスを近づけさせないようにさせたりしている中、それらは全く頓着するでもなく、保名から杯を受けるとぐいっと飲った。
「うん、こりゃあ本当に良い酒だねえ」
 意外そうな顔で氏無が言うと、じゃろう、と保名も頷く。
「よほど原料が良いと見える」
 言いながら、ほれ主も、と真由歌に勧め、三人でちびりちびりとやりながらのんびりと歩いていたが、ある程度きたところで、氏無に腕を絡めていた真由歌が「ところで」と口を開いた。
「町のこと調べて回ってるって、聞いたんだけど」
「うん?」
「気になることがあるんだけど、教えてくれないかな」
 首を傾げる氏無に、真由歌は体を更に寄せると、振袖の衣擦れのように囁いた。
「この町は封印のために作られてる、って言うじゃないか。だってのにその方法が二種類あるってのは可笑しな話だ」
「そうだねえ」
 のんびりと頷く氏無に、真由歌は探るように目を細めてその目をじ、と見やる。
「それも重ねるんじゃなく、打ち消す要素を内包して、だ……一体なんでだろうね」
 魅惑のマニキュアの輝く指先が、するりと袖口から顕れて更に腕に絡まってきたが、氏無はまたも「そうだねえ」とのんびり言って考えるように首を捻ったかと思うと「キミはどう考えてるんだい?」と尋ね返した。
「やだな、ボクがそれを聞いてるんじゃないか」
 くすくすと苦笑するように、ね、と小首を傾げて見せたものの、氏無は相変わらず相好を崩したままで「いやあ」とぼりぼり頬をかく。
「恥ずかしながら、ボクにはさっぱりでねえ」
 言いながら情けなく眉根を下げると、かくん、と首を落とすと、(おっさんがやっても可愛げもあったものではないが)上目遣い気味な目線を真由歌へ送った。
「ってわけで、ボクとしてはキミの意見を聞きたいところかなあ」
 ついでににっこり笑う顔に、真由歌は追求できず、そうだな、と考えるような素振りをしたものの、彼女にとってもまだ情報は不足している状態なのだ。
「強いて言えば、そうだね……そもそもランタンの灯りは封印じゃないんじゃないか、と思うね」
「と言うと?」
 促すような声に、仕方ない、と息をつき、真由歌は続ける。
「封印を弱めた上で、封印された物に対しての『鎮め』か何か」
「太陽と星の力でさらに違う化け物を封印している、二重封印とかありそうな話だのォ、呵々!」
 それに同調するように保名が言う。こちらは殆ど酔っ払っているかのような物言いだったが、氏無は「へえ」と目を細めた。それも一瞬のことで、へらり、とまた表情を崩すと「なるほど、なるほど」とわざとらしく作った難しい顔で頷いてみせる。
「二人とも、面白い意見だなあ。その続きはぜひ、あっちでゆっくり肴でも食べながら……」
 気安げにそんなことを言いながら(そして清明からやけに冷たい目線を受けながら)歩き出そうとした、その時だった。

「あぁん、氏無さんじゃない。あたしも一緒していいかしら?」

 女性らしい口調だが、まるでそぐわない、低く響く声が氏無を呼び止めた。振り返れば、予想外、というか予想通りというべきか。胸元が盛大に開き、金やら毛皮やらのアクセサリーが豪奢にじゃらじゃら光らせたニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)が、パートナーのタマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)を連れて近付いてくる所だった。
 そのかなり場違いな格好にぎょっとして、思わず真由歌が腕を放した隙をついて、ニキータのしっかり鍛えた腕がするっと割り込む。身長もありがたいもある二人がそうしていると、妙な迫力があり、真由歌が一歩退いたところで、更に前方からはぞろぞろと子供たちを引き連れたヴァル達と、彼らとちょうど行き会った朝霧 垂(あさぎり・しづり)さが合流し、俄かに騒がしくなった。
「あ、お前」
 垂がディバイスを見つけると、彼のほうもしっかり覚えていたらしい。びっくりしたように目を開くと、ランタンを手にしたままぱたぱたとディバイスは垂に駆け寄った。
「元気にしてたか?」
「はい」
 別れ際、まだどこか後悔や自責で暗かった少年の溌剌とした顔に、垂は嬉しそうに相好を崩す。そのままわしゃわしゃと頭を撫でられるのに、くすぐったげにして「お祭り、来てくれたんですね」とディバイスは嬉しげに言った。
「ああ。お前たちがまたやんちゃしてないかと思ってな」
「ん、そのランタンはまだ光が入っていないな」
 そうやって冗談めかす垂と、話を弾ませていたディバイスだったが、ヴァルが、その手が下げているランタンを見て首を傾げた。他の子供たちのランタンは全て光が灯っているぶん、からっぽのランタンは妙に物寂しいものに見える。
「あ、はい。今から術士さまのところに持っていくところなんです」
「それならボクが持ってってあげるよ。積もる話もあるんだろ?」
 ディバイスが言うと、いつの間に近寄っていたのか、真由歌はそう言って、遠慮がちなディバイスからやや強引にランタンを受け取ると、皆がぽかんと首を傾げるのに、軽く手を振って見せると、そのままその場から遠ざかっていった。

 その道すがら、ふふ、と真由歌はその口元を歪めるようにして笑みを浮かべる。色仕掛けで情報を得ようとしたが、収穫はあまり無かった。が、それは氏無が持っていないわけではない、というのも悟っていた。
(そう簡単には落ちないか。面白いじゃないか)
 真由歌の心中は、誰にも知られることは無かった。

「で、キミらは何してるんだい?」
 そんな背中を一瞬目を細めて眺めていた氏無だったが、直ぐ表情を改めてくる、と子供たちに向き直ると首を傾げて見せた。すると、子供たちは元気に「お手伝い!」と声をそろえた。 
「あれでランタンを飾るんだよっ」
 子供たちが指をさしたのはヴァルが持った釣竿のような細い竹竿だ。その先にランタンを引っ掛けると、するすると延ばし、天井にある、模様が刻まれている金具に器用に引っ掛けた。この模様を目印に、毎年配置図は作られているらしい。
「……ハツネも、手伝うの」
 興味を引かれたらしいハツネが、竿を受け取って持ち上げる。もちろん背丈が足りないので、清明が抱き上げて支えながらだ。ややぐらぐらして周囲をはらはらさせたが、ランタンは無事に天井を飾った。満足そうに、ハツネがにっこりと無邪気に笑う。
「ハツネ、偉い?」
「うん、えらい、えらい」
 その笑みに頬を緩めながら、清明はハツネの頭を撫でたのだった。
 



 そんな風にして、ハツネ達が何のかんのと楽しそうにランタンを飾り付けしていくのに、ディバイスはどこか諦めたような顔で眺めていた。自分が触れることで、だいなしになってしまうことを恐れているのだ。
 寂しさや羨ましさが無いはずがないが、年二回という頻度だ。少年と呼ばれるべき幼い年でさえ、諦め方を身につけるには十分だったのだろう。先日、自身のせいで大きな迷惑をかけてしまったという自責の念が、少年から「いいなあ」と呟くことすら封じている。
 事情がわかっているだけに、垂も何と言葉をかけていいのかと諮詢していると、ディバイスの心情をどこまで感じ取ったのかは判らないが、ニキータの後ろに隠れるようにいたタマーラが、ゆっくりディバイスの傍に近づくと、小さな指をその手に滑り込ませてぎゅっと握った。
「え……」
 ディバイスはびっくりしたように目を開いたが、タマーラはにこりともしないし、口も開かない。だがその、手に触れる、という行為の意味は悟ったのだろう。ややして、はにかむように笑ったディバイスは、年相応に恥ずかしそうにして俯いた。
 なんとも微笑ましい光景に、周囲の空気が和んだところで「よし」と声を上げたのは垂だ。
「折角の祭りなんだ、特等席に招待してやろう」
 その意味がわからずにディバイスは首を傾げたが、あれよあれよという間にタマーラと二人して抱え上げられたかと思うと、垂の空飛ぶ魔法によって、ふわりと三人の体は中空に浮いていた。
「わあ……!」
 ディバイスの口から歓声が上がる。普段では決して見ることの無い景色だ。
「空が塞がってるから、これ以上無理なのが残念だけどな」
「ううん」
 苦笑した垂に、ディバイスが首を振る。
「残念なはずがないよ」
 こんなにきれいなのに、と目を輝かせるディバイスと、無表情ながら景色に見入っている風のタマーラの様子に、垂は安堵と共に満足を覚えた。そうして改めて景色を見ると、間近のランタンの明かりも勿論綺麗だが、それが地上に作る光も幻想的だ。
「綺麗だな」
 地上から大分高さがあるため、円の輪郭はぼやけてはいるが、それぞれの位置が何となく見て取れる。地上に転々と輝く光をHCで撮影して、ルカルカたちへと転送しながら「まるで地上の星だな」と呟いた。
「なるほど、それで地輝星祭、か」
「うん」
 少年が嬉しげに頷いた。
「おまつりがはじまったら、もっと凄いんだよ」
 もっとちゃんと星みたいに見えるんだ、とやや興奮気味のディバイスの言葉に、へえ、と興味深げな声を漏らしたところで、ふと気付いた。
「始まる? 今はもう最中なんじゃないのか?」
 祭りといえば、その日が始まった時からが開始だと思っていた垂が首を傾げたが、ディバイスも説明が難しいようで「ええと」と少し首を捻った。

「地輝星祭の本番は、おひさまが一番てっぺんにくるときなんだよ」