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【●】光降る町で(前編)

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【●】光降る町で(前編)

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【歌響く街角 3】





「お綺麗です、お姉さま」
 うっとりした声をあげたルナミネスに、リカインは照れくさそうに「そう?」と首を傾げて見せた。
 着替えさせられた古い意匠の服は、リカインの端正な容姿を引き立てている。飛び入り参加の歌姫、ということで、町の人がこぞって飾り立てた成果である。それを手伝ったキューも、密かに満足そうだ。
「とても似合ってると思う」
 相槌を打ったのは、アキュートが神埼っち、と呼んだ神崎 優(かんざき・ゆう)だ。歌についての情報を集めているうち、合唱隊まで辿り着いたらしい。こちらも先ほどまでは準備を手伝っていたが、それも終わり、同行する神代 聖夜(かみしろ・せいや)陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)たちも交えて和気藹々としていた。
「本当のところ、助かったって思ってるんだよ」
 言ったのは、リカインが最初に話しかけた女性である。
「私が言うのもなんだけど、地味なお祭りだからね。目玉が無いかなと思ってたところだったんだよ」
 成る程、それで歌姫とわかったらあっさり受け入れられたのか、と納得したところで、リカインは「そういえば」と話を切り出した。
「歌を教わっていて思ったのですが、この町が出来た頃からある歌にしては随分……詞が新しいですね」
「ああ、やっぱり歌姫さんにはわかっちまうんだねえ」
 女性は感心したように言って、リカインの着ている衣装をさした。
「何百年前だかは知らないが、随分昔に、やっぱりこの町を訪れた歌姫さんに、もっと歌いやすい歌詞にできないか、って当時の町長が相談したんだそうだよ」
「歌を、変えたんですか?」
 驚いたリカイン達に、いやいや、と女性は首を振る。
「翻訳みたいなものさね。古代の言葉の歌だったからね、当時はかなり歌いづらいものだったらしいよ」
 そのため、年とともに正確に歌えるものが減ってきてしまっていたので、意味を変えず、メロディを変えず、かつ歌いやすいように、とその歌姫が歌い替えたのだと言う。
「鎮め、の歌なんですよね。それなのに、変えてしまってよかったんでしょうか」
「さあねえ、歌が廃れて力を失うよりは、正しく言葉の受け継がれる方が大事だから、とか何とか聞いてるけど」
 女性もそれ以上詳しいところは知らないらしい。そんな話をしていると、女性の祖母だろうか、奥にいた老女が「あたしのばあさんが教えてくれたことがあるよ」と口を開いた。
「言い伝えでは、その歌姫さんが歌うと、町中が輝くようじゃったそうじゃ」
 それ以降も封印が綻んだり破れたり、といった類のこともなかったらしいので、古代語でなくなったことは問題ではなかったのだろう。
「つまり……重要なのは、音と言うより、言葉そのもの、と言うことかも知れんな」
 キューの呟きには「そうかもしれないな」と優が頷いた。
「日本の神楽舞なんかは、そのままの言語を残しているが、やはり一部の人間にしか伝承されていない」
 その言葉には、神崎 零(かんざき・れい)やリカインが「神楽舞?」と首を傾げたので「神に捧げる舞だ」と優は説明した。
「日本で行われている舞で、神を鎮め、祀る為に、祭りの時なんかで舞われる舞のことだ」
 そう簡単に説明してから、逆に、と続ける。
「外から入った宗教の経なんかは、日本語に翻訳し直した形で伝わっているからな」
 それで力が失われている、ということも無い以上、この祭りの歌も同じように、意味が失われていないから大丈夫だった、ということなのかもしれない。
「でもじゃあ、元の歌はどうなったんでしょうか」
 リカインが浮かんだ疑問に首を傾げると、ふむ、とキューと優が考えるように声を漏らした。
「覚えている人間は少ないかもしれないが、皆無ではないであろうな」
「ああ。少なくとも、何かしらの記録は残っているはずだ」
 あるとすればどこか……と思ったところで、優は連絡を取るためにHCを手に取った。 




 同じ頃。
 段々と準備の整いつつある町中を、レン・オズワルド(れん・おずわるど)は、パンフレットを片手にのんびりと歩いていた。 ガイド役として少年――ディバイスを指名したのだが、準備の手伝い中、といことなので、約束の時間までパートナーメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)と散歩をしているところなのである。
 どの出店も準備に追われて忙しないが、こういう活気のある空間に居るのも悪くない、と、邪魔にならないように気を配りながら、レンは雰囲気を楽しみつつ見て回っていた。そんな時だ。ふと通り過ぎようとした教導団員の姿に、何となく視線をやったレンは、その手に持った林檎がやけに大きいので、ついまじまじと見ていると、彼女――セレンフィリティは「何?」と足を止めた。
「いや、随分大きい林檎だ、と思ったんだ」
 素直に言うと、ああこれ、とセレンフィリティはかじりかけの林檎をくるくると回した。その大きさは、一般的なそれよりふた回り程も大きい。
「この町で取れる果物って、みんなこんな感じに大きいそうよ」
「そうなのか」
 その言葉を確かめるべく、近くの出店を覗き込んでみると、確かに並ぶ果物はどれも普通よりも大きめである。しかし、それだけではなかった。
「野菜もか」
 調理前の野菜たちも、皆大ぶりなのだ。不思議そうに眺めていると「見た目大きいけど、味だって良いんだよ」と、出店の主人は言うと、ざっくりと野菜を切ると、塩を軽くまぶしてレンヘ差し出してきた。半信半疑でそれを口にしたレンだったが、次の瞬間驚いたように目を開いた。
「美味いな」
「だろう?」
 その反応に、店主の方も満足げだ。
「これはこの町で取れたものか?」
「勿論さ」
 主人は自慢げに言って胸を張る。
「この町で取れるもんは、いいものばかりだよ」
「けど何故か、魚なんかは不作でねえ」
 ため息をついたのは隣の出店の店主だ。
「豚なんかはいいが、魚はほとんど外で仕入れてんのさ」
 だから新鮮なものは手に入りにくくてね、と続けるのに、レンは首を傾げた。同じようにメティスも首を傾げると「変ですね」と口にする。
「あんなに良い実りがあるような豊かな土地であるなら、魚も良く取れそうな気もしますが」
 揃って不思議がっていると、そこへ「おい」とレンを呼ぶ声があった。
 同じギルドに所属するヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)だ。
「ガイドは捕まらなかったのか?」
「いや、後で合流する予定だ……そちらは何か掴めたか?」
 からかうような声には首を振り、逆に問い返すと、今度はヴァルのほうが首を振った。
「だが、気になっていることはある。フライシェイドの扱いだ」
 何故、危険だと判っているフライシェイドの女王が、倒されずに封印されていたのか。こんな大掛かりな祭りにするよりも、討伐してしまった方が、圧倒的に楽なはずだ。疑問は尽きないが、ヴァルは首をふった。
「まあ、ここで考えていても仕方がない。先ずは情報を集めるのが先決だな」
 一人納得して頷くヴァンに、レンは軽く苦笑しつつも、そうだな、と頷いた。まだまだ、調べなければならばいことが山積みなのだ。
「俺は子供たちの方を当たってみようと思う。少年の方は頼むぞ」
「ああ」