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SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ

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SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ
SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ

リアクション


【十 プロフェッショナルの意地とプライドとは】

 グレイテスト・リリィ・スタジアム内の医務室が、にわかに慌ただしくなってきた。
 正子の圧倒的な質量を誇る筋肉の壁に激突し、色んな意味で燃え尽きてしまった牙竜が、理王と屍鬼乃が担ぐ担架によって運び込まれ、待機していた九条先生とドクター・ダリルの措置を受ける破目となったのだ。
「全く、正子相手に突っ込むとは、幾らなんでも無謀に過ぎる」
 ダリルがベッドに移される牙竜の呆けた顔を覗き込みながら、心底呆れて呟くと、傍らの九条先生もその美貌に僅かな苦笑を浮かべ、小さく肩を竦める。
「ま、やってしまったものは仕方がない。しかし、こうまで燃え尽きるとは、余程強烈だったのだろう」
 応じながら、しかし九条先生は頭の中で、全く別の思考に一瞬だけ、囚われた。
(聞けば、相当な勢いで激突したにも関わらず、正子さんはまるでダメージを受けていなかったとか……これは是非一度、地下闘技場でお手合わせしてみなければ!)
 どこかのタイミングで、顔を合わせて直接誘えないものだろうか。
 ダリルと共に牙竜の蘇生作業に入りつつも、九条先生は完全に趣味の世界へと入り込んでしまっていた。
 一方、グラウンドの方では牙竜の適時打と正子の走塁妨害という判定により、SPB代表チームが逆転に成功していた。
 更にいえば、牙竜は僅か一打席で交代となってしまった為、陽太が後を継ぐ形で八番の打順に入ることとなった。
 結局二回の裏はこの2点止まりで、陽太は牙竜が守っていた右翼の守備位置へと早々に走らされていった。
 だが、ハプニングはこれだけでは終わらなかった。
 回が進んで五回の裏、マウンドにはローザマリアの姿がある。
 アンダースローのサブマリンスタイルという、素人にしては随分と高等且つトリッキーなスタイルだが、瑛菜と共に練習を余程に積んできたらしく、マウンド捌きには問題は何もない。
 問題は、実際の投球であった。
 プロを相手に初めて投げるということで、少なからず緊張していたローザマリアは、初球から、いきなりやらかしてしまった。
 シンカーがすっぽ抜けてしまい、投じた球はあらぬ方向へと飛んで行った。その行く先は、打席に立った真一郎の臀部であった。
 お尻にドスン、と鈍い衝撃を受け、真一郎は然程に痛がりはしなかったが、思わず顔をしかめてしまった。
「きゃああああ! 真一郎さぁあああん!」
 一塁側、ではなく、何故か三塁側のハイブリッズベンチから、悲鳴のような甲高い声が上がった。
 見るとルカルカが、顔を真っ青にしてベンチフェンスの上に上体を乗り出している。
 ローザマリアは申し訳なさそうに帽子を取って何度も頭を下げたが、真一郎は既に気を取り直し、苦笑を湛えて左掌を左右に振った。気にするな、という意味であろう。
 しかし、ここでベンチは真一郎に対し、代走サナギを送った。
 シーズン直前の大事な時期に、ワルキューレの正捕手に万が一のことがあってはならないという配慮から、交代もやむなしと判断したのである。
 当然ながら、以後のマスクはサナギが被ることとなる。
「なぁんや、棚から牡丹餅って感じやけど餅は餅らしく、粘っこくやったるでぇ〜」
 一塁上でけらけらと笑うサナギに、何故かルカルカが獰猛な声を叩きつける。
「ちょっと! 折角真一郎さんの出番を奪うんだから、ちゃんとやってよね!」
「えぇ〜……何でそうなんのよ」
 ほとんど八つ当たりに近い形で矛先を向けられてしまい、サナギは一気にテンションが下がってしまった。
 この後、陽太が三振、更に葵の代打として登場した菊は二塁への併殺打に打ち取られ、五回の裏が終了し、ゲームは成立。
 六回の表の打順の巡りから、ローザマリアの登板はこの回だけであり、何とか無失点に抑えたことで責任は果たしたものの、いきなり死球を与えてしまったのは、何となく悔いが残った。
「ははっ……まぁそんな、気にするなって。0に抑えたんだから仕事は出来たってことさ」
 ベンチに戻ると、瑛菜がローザマリアのお尻をぽんぽんと叩いて、投球を労ってくれたが、ローザマリアは苦笑とも自嘲の笑みともつかぬ形に唇を歪め、小さくかぶりを振った。
「これが第一戦なら、どこかで取り返すチャンスがあったんだけどね」
「なら、どこかの入団テストを受けて、プロでやり返してみる?」
 不意に別方向から、思わぬ声が上がった。
 見ると、オリヴィアが艶然たる笑みを浮かべて、少し離れた位置のベンチから、ローザマリアを覗き込んできていた。
「そうか……そういうのも、ありかも知れない」
 決めた訳ではなかったが、選択肢としては面白い、とも思ったローザマリアであった。

 ゲームは後半。
 SPB代表チームのマウンドには、葵の打順で菊が代打として登場した為、ショウがリリーフとして登板していた。
 この回、ハイブリッズは先頭打者が投手の打順であった為、代打としてミネルバがコールされた。
「あー! ショウちゃんだー! 手加減しないからねー!」
 相変わらずの元気印なミネルバを打席に迎え、ショウはマウンド上で苦笑を禁じ得ない。
(ま、チームメイト相手に本気になっても仕方がない、か)
 ミネルバを打席に迎えるという局面は、アイドル相手にプロの厳しさを教えてやる、という目的からは大きく逸脱している。
 ショウとしては、そこそこの勝負で抑えられれば良かったのだが、しかしミネルバは本気の本気、最初から真剣勝負を挑んできていたらしく、甘く入った内角への初球を、完璧に捉えた。
「あー! しもたー!」
 叫んだのは、サナギである。
 大振りの多いミネルバだから、内角は弱いだろうと踏んでの初球だったが、ミネルバとて、伊達に一年をプロとして過ごしていない。
 少しでも甘く入ってくれば、その打棒は容赦ない破壊力を発揮するのである。
 この六回の表、ミネルバのソロ本塁打でハイブリッズは同点に追いついた。
 更にハイブリッズは攻撃の手を緩めず、エリシュカ、レオン、正子、マグワイアの四連打で二点を追加し、一気に勝ち越しに成功した。
 エリシュカとレオンはさておき、正子とマグワイアに打たれたのは、ショウとしては誤算であった。
(拙いな……レギュラーシーズンで、変な苦手意識とか持ちたくなかったが……)
 だが、今回は捕手がサナギであり、あゆみのリードとは明らかに異なる。ここはいつもと違うということで、頭を切り替えるのが吉であろう。
 この2点勝ち越しを機に、試合はいきなり打撃戦の様相を呈してきた。
 ハイブリッズも、瑛菜が代わり端で連打を浴びて1点を失い、リードは僅かに1点差となった。
「拙いね……流れに呑み込まれてる」
 既に出番を終えたローザマリアが、マウンドで四苦八苦する瑛菜に渋い面で視線を送る。
 アクリトのリードに問題がある訳ではなかったが、野球には必ず、流れというものがある。それまで投手戦だったのが、ちょっとしたきっかけで一気に打撃戦へ変貌するというのは、よくある話であった。
 瑛菜はその急変した流れの中で、ひとりもがいているようにも見えた。
 そして瑛菜の後を受けて登板した吹雪も、この流れを止められなかった。SPB代表チームは下位打線で代打攻勢を仕掛け、カイ、春美の連続適時打で再び逆転に成功し、終盤で主導権を奪い返した。
 この局面、矢張り吹雪には荷が重かったかも知れない――ハイブリッズベンチはビハインドながら、ワイヴァーンズの抑えのエース、優斗を投入した。
 ここで乱打戦の流れを断ち切ろう、というのが狙いである。
 そのベンチの期待に応え、優斗は続くレティシア、ロザリンド、ミスティを三者三振に仕留め、1点ビハインドのまま、最終回の攻防を迎える。
「お疲れさん……やっぱり、プロは違うね」
 ローザマリアの称賛を受けて、優斗は決して驕った態度は取らず、極自然な笑顔で頭を掻いた。
「やっぱり、場数を踏んでますから……でも、まだ勝負は終わってません。泣いても笑っても、この回で全てが決まるでしょう」
 優斗の言葉に、ローザマリアのみならず、瑛菜、エリシュカ、セイニィ、パッフェルといった面々が真剣そのものの面持ちで小さく頷き返す。
 いずれも、野球に於ける真剣勝負の面白みを、ようやくにして理解してきていた。
 その事実を、優斗は肌で感じている。
(こういう形でも良いから、ひとりでも多くのひとが、野球に興味を持ってくれたらいうことないですね)
 優斗のその思いは、今回の交流戦に参加している両チームのプロ選手達が、共通して抱いている思いでもあった。
 SPBは、まだまだ発展途上の組織である。
 観客層も現時点では相当に限られており、シャンバラ全土に普及しているとは到底いい難い。
 それでも、少しずつ時間をかけて、ひとりでも多く興味を持って貰えれば、今回の交流戦は成功を収めたといって良い。

 そして、九回の表。
 マウンド上にはワルキューレ抑えのエース、カリギュラが満を持して登板した。
 1点差という局面で抑えを任されるのは、レギュラーシーズンと全く同じであろう。SPB代表チームは完全に、勝負に出ていた。
「よっしゃー。絶対に抑えたるでー」
 打席には、正子の姿。
 カリギュラは、この時を待っていたのである。
「お兄ちゃん、ふぁいとー!」
 代打に入って以降、三塁の守備を任されている春美が、黄色い声を上げて応援する。カリギュラは目線だけで小さく頷き返した。
(今度は、絶対打たせへんで!)
 その気迫が、正子を圧倒したのかどうか。
 カリギュラは球威、キレ、制球ともに抜群の直球を二球続けて内角へと放り、あっという間に2ストライクを奪った。
 普通であれば、この後ボール球を二球程投げて遊ぶところだが、しかしカリギュラは、三球勝負を選ぶ。
 決河は――空振りの三振。
 カリギュラは生まれて初めて、正子に勝ったのである。
「ぃよっしゃぁー!」
 雄叫びをあげて、派手に拳を握り締めるカリギュラに、正子は苦笑を浮かべてやれやれと首を左右に振る。決して手を抜いた訳ではないであろうが、正直なところ、カリギュラがここまで力をつけていたというのは、予想外だったらしい。
 この後、カリギュラはマグワイア、パッフェルと続けて抑え込み、3アウトを奪った。
 SPB代表チームが雪辱を果たした瞬間である。
『はいはい、えーと、ご覧の通り、本日の試合は……あ、ちょっと、待ってってば』
『もう、だからフィス姉、駄目だってば……えー、ごほん、失礼しました。ご覧になられました通り、本日の試合は5対4で、SPB代表チームの勝利でございます』
 リカインとシルフィスティのウグイス嬢コントも、これで聞き納めである。
 スタンド席からは両チームに向けて、惜しみない拍手が贈られた。
「どうなることかと思ったけど、最後は何だかんだでプロチームが上手く締めてくれたわね」
 舞がスタンド最前列で、幾分ほっとしたように胸を撫で下ろしていた。
 ちょっとしたハプニングはあったものの、試合そのものには大事に至らず、最後までゲームを続けられたことは大きな意味を持つ。
 この後、観客達は家路につくなり、或いはゲートホールの売店で土産物を買うなりして、試合の余韻をそれぞれがそれぞれの形で味わうことになるだろう。
 舞も清音とふたり席を立ち、階段通路を出口方向に向かう。
 その途中、ホットドッグを頬張る天音とブルーズの姿に出会った。
「あ、おふた方も、こちらでご覧になられていたのですか?」
「うん、まぁ、ね……どっちかっていうと、サニーってひとの対策をここで考えてた、っていうのが大きいんだけど」
 天音は幾分、自嘲気味な笑みを浮かべて、残っていたコーラを一気に飲み干す。舞は、天音のいわんとしていることの意味がよく理解出来ず、不思議そうに小首を傾げた。
「まぁ、そんな大した話じゃない。暇人の戯言と思って聞き流してくれれば幸いだな」
 尚も思案顔を続ける天音を代弁するように、ブルーズが愛想笑いを舞と清音に向けた。しかし、天音とブルーズも遂に、サニーさんと関わるようになったのか、という驚きの方が、舞には強かったようである。
 そのサニーさんはというと、外野スタンドの別のところで、新たな犠牲者を捕まえていた。
「さぁ、答えて頂きましょう! 答えは何番でしょぉっかぁー!」
「あ、えぇっと……」
 哀れグラキエスとゴルガイスが、揃って意味不明のクイズに答えを強要されていた。
 この後、すんませんでした師匠をどちらがいわされたのか、球場を後にした舞には、知る由もなかった。