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リアクション
【七 第一戦の勝者と窓辺のマーガレット】
いよいよ最終回。
ハイブリッズは一点リードのこの大事な場面で、昨季あまり良い成績を残せなかった安芸宮 和輝(あきみや・かずき)を、敢えて抑えに指名してきた。
バッテリーを組むのは、先程代打で登場した大鋸である。
どちらかといえば、やや童顔ともいえる和輝と、いかつい容貌の大鋸がお揃いのユニフォームを着込んで、マウンド付近でひそひそと相談している図というのは、それだけで一種異様な雰囲気を漂わせている。
「てめぇ、両利きらしいな。で、今日はどっちで投げるんだ?」
「左でいきます。右は、正直シーズンに取っておきたいので……」
「うっし、分かった」
相談がまとまったところで、和輝は本塁方向へ戻ってゆく大鋸の大きな背中を見ると同時に、打席に向かおうとしている菊にちらりと視線を送った。
奇しくも、守る側のキャッチャーが元・パラ実の大鋸なら、打つ方の菊は現・パラ実の代表のような存在である。
その思いは菊も同じように抱いていたのか、打席に入るなり、小さな苦笑を大鋸のマスク姿に向けた。
「まさか、あんたのリードと勝負することになるたぁね」
「それが野球ってもんだ」
いまいち意味がよく分からない大鋸の応えを軽く聞き流しながら、菊は打棒を構えた。
バットを握る仕草は、実に手慣れている。日頃から菊は、自身の料理を手掛ける際には愛用のバットに大活躍してもらっているのだから、構え方が様になっているのも頷けるというものである。
一方の和輝は、というと――。
(うぅ……どっちに投げても、何か怖そうなんですけど……)
受ける方(大鋸)も見た目からして恐ろしげであるし、打つ方(菊)も眼光鋭い現役パラ実生の獰猛な覇気が凄まじい。
しかし大鋸にしろ菊にしろ、いずれもプロ選手ではなく、和輝の方が野球の技術では一枚も二枚も上である筈なのだが、それを感じさせないところがまた可笑しかった。
(怖いけど……もう、開き直りましょう!)
そんな訳で、和輝は大鋸のリードに全てを任せることにした。
意外な話だが、大鋸の配球は至ってオーソドックスである。
外角低めの直球の次は、内角を突く直球、その後再び外角に、今度はストライクからボールになる変化球でタイミングを狂わせ、最後は内角に鋭く落ちるスライダーで空振りを奪う。
菊のように野球経験の少ない相手には、セオリーに則った配球が最も効果的であることを、大鋸はよく心得ているようであった。
(見た目はあんな風ですけど……キャッチャーとしては、実は凄くキレるひとなのかも)
和輝のその感想は、決して間違いではなかった。
続くソルランをセイニィがほとんど定位置で捕球するショートフライに打ち取ると、最後の打者となったブリジットは、フルカウントの末に、縦に滑るスライダーで空振り三振を奪った。
「あら……去年とはまるで別人じゃないの」
今後、対戦する回数が増えるであろうブリジットから、警戒の声が上がった。
もうそれだけでも、和輝には大きな収穫であったといって良い。
ともあれ、ブリジットを三振に切った瞬間、交流戦第一戦はシャンバラ・ハイブリッズの勝利で終わった。
『ご覧になられました通り、本日の試合は2対1で、シャンバラ・ハイブリッズの勝利でございます』
ウグイス嬢リカインの朗々たる声が、締めくくりで場内のそこかしこに鳴り響く。
高校野球のように、本塁前で整列して挨拶を交わすという文化は、プロの間には存在しない。それでも、両軍のダッグアウトから出てきた選手達は、本塁付近に三々五々と集まってきて、互いの健闘を称え合った。
シーズンでは決して見られない光景に、観客席からも暖かな拍手が沸き起こる。
決勝ホームランを打たれた裁は真っ先に正子のもとへと駆け寄ってきて、拳を真っ直ぐ突きつけて笑った。
「姉御! 出来たら、次の第二戦でも対戦したいね!」
「うむ……シーズンに入ると、なかなか出来ん勝負だからな」
正子のいかつい口元に、豪快漢もかくありやといわんばかりの爽快な笑みが浮かんだ。
試合は終わったが、しかしここからが仕事の本番だ、という者達が居る。
いわずと知れた、スコアラーである。
今回の交流戦では、SPB公式記録員として認定されている火村 加夜(ひむら・かや)を筆頭に、臨時スコアラーとして加夜と共に両軍の記録を取ることになったアレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)とアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)の両名が、記録員室で早速、加夜がつけていたスコアブックと自分達の記録とを突き合わせての照合作業に入っていた。
「いやぁ、しっかしスコアブックつけるのがこんなに面倒臭いなんてなぁ……ぶっちゃけ、ナメてました、ごめんなさい」
アレックスがぶつぶつとぼやいているのを、加夜とアデリーヌは苦笑を浮かべて眺めている。
加夜は昨季からSPB公式記録員として本格的にスコアブックをつける技術を身につけているし、一方のアデリーヌもガルガンチュアのフロント組として、事務方作業はお手の物である。
だが唯一、本来は選手でありながら今回急遽スコアラーを務めることとなったアレックスには、なかなか荷が重い作業だったらしい。
加夜の目から見ても、それは一目瞭然であった。
アデリーヌのスコアブックには、単純に各選手の結果だけではなく、それぞれのプレイスタイルや特色などまでもが実に詳細に記されているのであるが、アレックスの方はというと、本当にただ、記録をつけました、というだけの代物であり、色気も何もあったものではない。
勿論、スコアラー本来の仕事からいえば、アデリーヌの記載が余計であって、アレックスの書いた内容の方が正しいといえるのだが、今回はいわばお祭り的な催しであり、アデリーヌのスコアブックのような記載も、後で選手達には受けが良いと思われる。
しかし加夜は、アレックスとアデリーヌ、いずれが記録したスコアブックに対しても差別を加えるような真似はせず、公平に記録照合を行っている。
加夜が大体の照合を終え、後は清書してSPB事務局に提出するだけだという段にまで至った時、不意に記録員室の扉が開いて、蒼空ワルキューレの共同オーナーのひとり山葉 涼司(やまは・りょうじ)がひょっこり顔を出した。
「やぁご苦労さん。こっちも大体、片付いた頃かい?」
「あ、涼司くん!」
山葉オーナーの姿を認めるや、加夜が声を弾ませてパイプ椅子から跳ねるように立ち上がった。
「今日の試合、オーナー観点からはどうでした?」
清書前のスコアブックを手渡しながら、加夜が訊いた。
対して山葉オーナーは、まんざらでもなさそうな調子で二度三度、小さく頷き返す。
「点があんまり入らなかったのは残念っちゃあ残念だが、三振ありホームランありの派手な展開で、まぁ良かったんじゃねぇの?」
SPB代表チームが負けたのは山葉オーナーのみならず、加夜達にも意外ではあったのだが、所詮はエキシビジョンの色合いが強い交流戦である。
勝ち負けに拘っても、あまり意味はないであろう。
「そういえば……今日はサニーさん、どこにもいらっしゃりませんね。珍しいこともあるものですが」
妙に警戒心をあらわにして、アデリーヌが訊いた。
すると山葉オーナーは意外そうな面持ちで、僅かに目を丸くする仕草を見せた。
「ん? あのおっさんなら、普通に居たぜ。さっきも天音の奴が、球団トップに近い辺りに顔繋ぎしたい、なんていいやがるもんだから、サニーさんのとこに連れてってやったところだ」
「えっ……それって、ある意味、すっごい嫌がらせなのでは……」
軽い調子で答える山葉オーナーの言葉を受けて、アデリーヌは自分で自分を抱きしめる仕草を見せて、小さくぶるると震えた。
実際に被害に遭ったことがない加夜とアレックスは、不思議そうな面持ちでアデリーヌの反応を横目に眺めているのだが、山葉オーナーは妙にいやらしそうな笑みを口元に浮かべ、にやにやと相好を崩している。
矢張り、明らかな意図があったのは間違いない――アデリーヌは、サニーさんのもとへ案内された者が今日の犠牲者であると察し、気の毒に思う一方、取り敢えず今日のところは自分が被害に遭うことはなさそうだという安堵感を同時に抱いていたりもした。
「まぁ知らない奴は一回、あのおっさんの洗礼を浴びてみりゃ良いさ。世界観がらっと変わるぜ」
くっくっくっ、と笑いを噛み殺す山葉オーナーに、加夜とアレックスは何故か、背中に冷たいものを感じてしまった。
試合直後の、VIP観戦ルーム。
先程、山葉オーナー直々の案内を受けてその室内に足を踏み入れてきた黒崎 天音(くろさき・あまね)とブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は、目当ての人物とはまるでかけ離れた人影の出現に、珍しく呆気に取られてしまっていた。
「いらぁしゃぁい」
「あ、はぁ……」
独特の鼻声に迎えられ、天音は何と答えて良いのか分からない。
ビシっと決まった七三分けの黒髪と、不自然に濃い眉、そして意図不明のタキシード姿で不気味な笑顔を浮かべる人物の名を、天音は一応、聞くには聞いていた。
ヴァイシャリー・ガルガンチュアの敏腕GMとの呼び声高い、やり手の絶倫おじさんサニー・ヅラーと、まさかのご対面である。
ブルーズが内心で、
(しまった……嵌められた!)
と山葉オーナーの意味ありげな笑みを、今になって地団太を踏む思いで脳裏に浮かべていた。
「パラミタ800億人のマダムの皆様方、たいっへん長らくお待たせしました。あなたのおそばに可憐な一輪、窓辺のマーガレット、サニー・ヅラーでございます」
この浮遊大陸に、既婚女性だけでそんなに人口が居ただろうかと天音が漠然と考えている前で、サニーさんは不意に妙なフリップボードを取り出し、
「はっ、はっ、はっ」
と、わざとらしい笑い声を絞り上げるようにして虚空に放った。
何事か――天音とブルーズが身構える前で、サニーさんはフリップを掲げていきなりクイズを出してきた。
「さぁお待ちかね、サニー渾身のクイズコーナーでございます。大阪にはとっても安い自動販売機がございますが、この中で正解はどれでしょ〜かぁ〜!?」
いわれるがままに、天音とブルーズはフリップ上に視線を落とす。そこには、
1.10円の自動販売機は無い
2.50円の自動販売機は無い
3.いやいや、両方ともありまんがな
の三択が記されていた。
こんな訳の分からぬクイズに、答えなければならないのか――天音が内心で小さな溜息を漏らすと、突然どこからともなくマンボのメロディーが大音量で流れ出し、サニーさんがひとり、意味不明な踊りを披露し始めたのである。
今回天音とブルーズは初めて遭遇するが、噂に聞く以上に極めて不毛な光景であった。
やがてマンボのメロディーが終了し、バックコーラスによる締めの『ゥゥウッ!』というお決まりの唸り声が響くと同時に、サニーさんは右掌で七三分けを払い上げる例のキメポーズをビシっと決めた。
もう馬鹿馬鹿しくて相手にするのも億劫だったが、天音は相手がガルガンチュアGMという重要人物であることを勘案し、取り敢えず何か適当に答えるべしと判断を下す。
「えぇと……1番、でしょうか?」
すると、どうであろう。
サニーさんは突然、
「ブフゥーッ!」
と吹き出しながら、派手なモーションでその場に転倒してしまった。
やがてサニーさんはひゃっひゃっひゃっと気持ちの悪い笑い声をあげながらのそのそと立ち上がり、
「き、きみ、1番て、んなアホな……きみ! めちゃめちゃ! アホゥやなぁ!」
などと過剰な程にオーバーな仕草で大声を張り上げ、尚もひゃっひゃっひゃっと笑い続ける。
天音は珍しく、本気で殺意を覚えそうになった。
が、その時。
「我がヴァイシャリーが誇るサニー・ヅラーを攻略出来ないようでは、私のもとに達するのはまだまだ遠い先のお話ですわね」
いつの間にか、VIPルームの入り口付近に、ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)が艶然たる笑みを湛えて、静かに佇んでいた。
どういうことかと天音が小首を傾げると、ラズィーヤは意味ありげな口調で更に言葉を続ける。
「ヴァイシャリー・ガルガンチュアの責任者としての私に近づきたいとお考えでしたら、まずはそのサニー・ヅラーという壁を乗り越えてくださいまし。これが、ガルガンチュアのルールです……尤も、サニーさんは相当手強い相手ですから、如何に天音さんといえども、攻略には少々手こずるかも知れませんわね」
天音とブルーズは、揃って愕然たる表情を浮かべた。
ラズィーヤのこの宣言は、ある意味、死刑宣告にも近い。
VIPルーム内には尚もひゃっひゃっひゃっ、と人の人生を舐めきったような笑い声が響き渡っている。
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