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リアクション
【九 第二戦・プレイボール】
そして、翌日。
この日も第一戦に続いて、好天に恵まれた。
まだ竣工して間もないグレイテスト・リリィ・スタジアムは、真新しい観客席に大勢のひとが詰めかけ、開場からものの十数分で満席に近いひとの入りを見せた。
そんな中、ライトスタンドの最前列にはSPB代表チームを応援する橘 舞(たちばな・まい)やエレナ・フェンリル(えれな・ふぇんりる)の姿があり、また舞の傍らにはヴァイシャリー領内での試合ということで、茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)の姿なども見られた。
「今回は代表チームの方を全力で応援出来る、と思ってたのですが……ハイブリッズの方も知った顔が多くて、何だか微妙な感じですね」
舞の苦笑に、清音もどう答えて良いか分からず、曖昧な笑みでお茶を濁すしかなかった。
しかし確かに舞がいう通り、ハイブリッズには百合園の女生徒も少なからず参加しており、ブリジットや春美といった面々が参加しているSPB代表チームを単純に応援していれば良い、という訳でもなかった。
その典型ともいうべきなのが、第二戦のハイブリッズ側先発投手である泉 美緒(いずみ・みお)であろう。
他にも、パッフェルといったような顔ぶれもあり、レギュラーシーズン同様、片方のチームにだけ肩入れするには幾らか抵抗を覚えてしまう場面が、この日も多々見られることだろう。
ちなみにこの第二戦は、SPB代表チームのホームゲーム扱いであり、ハイブリッズがアウェーとなる為、一塁側ダッグアウトと三塁側ダッグアウトが、前回と入れ替わる格好になっている。
攻撃はハイブリッズからであり、まずSPB代表チームの先発メンバーがベンチを飛び出して、それぞれの守備位置に就いていった。
『SPB代表チームの選手が守備位置に参ります。ピッチャー、風祭隼人。キャッチャー、鷹村真一郎。ファースト、オットー・ハーマン。セカンド、綾原さゆみ。サード、ミスティ・シューティス。ショート、ロザリンド・セリナ。レフト、クリムゾン・ゼロ。センター、レティシア・ブルーウォーター。ライト、武神牙竜』
第一戦に引き続き、ウグイス嬢リカインによる各選手の守備位置コールが場内に響いた。
『一回の表、シャンバラ・ハイブリッズの攻撃は、一番、ショート、エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ』
コールを受けて、幾分緊張気味のエリシュカがネクストバッターズサークルから打席へと向かう。
昨日の段階では誰よりもリラックスすることを強調していたのだが、いざ打席に入るとなると、矢張りそれまでの気の持ちようとはガラッと変わるらしく、いつものエリシュカには似つかわしくないほどの強張った表情が面に浮かんでいた。
一方、マウンド上の隼人は既に真一郎と打ち合わせていた通り、勝負球は必ずど真ん中の直球でいく腹積もりであった。
「プレイボールネ〜!」
第一戦に引き続き、この日も主審を務めるキャンディスによる試合開始のコールがかかり、隼人はワインドアップからど真ん中への直球を投げ込んだ。
隼人の手元を離れてからキャッチャーミットに至るまで、ほとんど球速を失わずに異様な伸びを見せる直球を目の当たりにし、エリシュカは思わずごくりと唾を飲んだ。
これが、プロの球である。
昨日まで練習の際に散々受けていたローザマリアや瑛菜の投じる球とは、レベルが三つも四つも違うように思われた。
一方の隼人は、二球でエリシュカを追い詰めると、マウンド上から直球の握りを見せながら叫んだ。
「次はど真ん中の直球で行くぜ! 打てるもんなら打ってみろ!」
その予告通り、隼人は渾身の直球をほぼ真ん中に投げ込んだが、エリシュカの振ったバットは完全にタイミングが遅れてしまっており、まるで掠りもしなかった。
続く二番打者のレオンも同じように直球勝負であっさり打ち取った隼人―真一郎のバッテリーは、三番の正子を迎える。
(よし……ここは力勝負だ!)
打たれても抑えても恨みっこなし――正々堂々の真正面からの勝負を挑む隼人に対し、しかし正子は、妙に感情を抑えた静かなたたずまいで、ゆっくりと打席に入った。
(はて……気合が、感じられませんね)
マスクの奥で、真一郎は僅かに首を傾げた。
いつも正子らしからぬ、まるで覇気のない打撃姿勢に、違和感を覚えたのだ。
そして、いざ隼人の投球が始まると、オール直球勝負であるにも関わらず、何故かファールを連発する。
あからさまに打つ気のない正子のファール連発に、真一郎はようやく、その真意を理解した。
(成る程……シーズンに備えて、タイミングを計っている訳ですね)
ワルキューレにとって、ワイヴァーンズのエース隼人は強敵中の強敵である。その隼人の最も得意とする直球への対策を、この交流戦中にある程度確立させておこう、というのが正子の狙いであるのは、真一郎にも理解出来た。
結局、十七球目で捕邪飛に終わった正子だが、その面には充実感が漂っていた。
『シャンバラ・ハイブリッズの選手が守備位置に参ります。ピッチャー、泉美緒。キャッチャー、アクリト・シーカー。ファースト、馬場正子。セカンド、セイニィ・アルギエバ。サード、パッフェル・シャウラ。ショート、エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ。レフト、レオン・ダンドリオン。センター、マイケル・マグワイア。ライト、アッシュ・グロック』
ウグイス嬢リカインのコールを受けて、場内に僅かなどよめきが起こる。
その理由は一目瞭然であった。
美緒の、はち切れんばかりの圧倒的な質量を誇る胸のふくらみが、ハイブリッズのユニフォームに包まれても尚、その存在感をこれ見よがしに主張しているのである。
しかし打席に入るレティシアは、美緒のけしからん巨乳などには目もくれず、ハイブリッズ全体の守備位置にだけ意識を尖らせていた。
(通常の守備位置ですわねぇ……ってことは、ここはやっぱりセオリー通りに……)
レティシアの狙いは、一本に絞られた。
美緒はいかにも慣れないといった調子で投球動作に入り、そこそこ練習を積んだと思われる低めの直球を投じてきたが、レティシアにとっては何ほどもない球であった。
「あぁ!」
思わず美緒が、悲鳴に近い叫びをあげた。
レティシアは初球攻撃で、センター返しを放ったのである。これも狙い通りで、美緒はその大きな胸元の塊が邪魔となり、足元をかすめてゆく打球を処理し損ね、二遊間を抜けるゴロのヒットにしてしまったのだ。
「うゆっ♪ どんまいどんまい、なのぉ♪」
「気にすることはないよ。これから、これから」
エリシュカとセイニィが、心底申し訳なさそうに頭を下げる美緒に笑いかける。ここでいきなり、不安に陥る必要などない。試合はまだ、始まったばかりなのだ。
続く二番打者には、美緒にとって最も因縁深い相手が立った。
ロザリンドである。
バットを担ぐようにして構えるロザリンドは、マウンド上で表情を引き締める美緒に対し、同じく真剣な面持ちで気合の入った視線を返した。
(打席に入ったら、百合園での関係は一切無用……さぁ、いらっしゃい!)
そんなロザリンドの勝負師魂を察知したのか、美緒も一瞬、小さく頷き返してから、低めの直球を投げ込んできた。
レティシアと同じく、初球勝負を決めていたロザリンドは、やや引っかけ気味のゴロを放った。打球は上手く一二塁間を抜けようとしたが、セイニィがすんでのところで追いつき、横っ飛びで捕球してから一塁の正子へと送球する。
が、間一髪のところでロザリンドの足が優った。結果は、内野安打である。美緒は僅か二球で、いきなり無死一二塁というピンチを背負う格好となってしまった。
続く三番のミスティにはフルカウントで粘られた挙句、四球を与えてしまい、初回から無死満塁という絶体絶命のピンチが美緒を襲った。
が、彼女の真骨頂は寧ろここからであった。
圧倒的有利な状況で打席に入った四番オットーは、まずは最低でも犠飛で1点という状況の中で、しかし、妙な違和感というか、やりにくさのようなものを感じていた。
オットーは、その違和感の理由に早い段階で気づいた。
(そうか……あの巨乳だな!)
決して、笑い話などではない。
男の目は悲しいかな、大きな乳房が揺れると我知らずのうちに、どうしてもその膨らみが視界の内に入ってきてしまうものである。
単純にその揺れが目につくだけであればどうということはないのだが、美緒の巨乳の揺れは、投球動作と微妙にマッチしている。
しかもリリースの瞬間に左右にも揺れるものだから、男の感性からいえば、ものの見事にタイミングをずらす武器として機能していたのである。
結果、オットーは決して速くもなければキレも然程にない直球を、バットの芯で捉えることが出来ず、ポップフライを打ち上げてしまった。
(けしからん巨乳……侮り難し!)
オットーが感じた脅威は、そのままクリムゾン・ゼロにも影響を及ぼした。矢張り同じく、タイミングを完全に外されてしまい、4−6−3のゲッツーで終わってしまった。
無死満塁から1点も取れないという最悪の出だしである。
SPB代表チームは無死満塁の絶好機で無得点に終わったという悪い流れを引きずったまま、二回の表を迎えることとなった。
隼人は相変わらず直球勝負を挑み続けるが、四番マイケル・マグワイアは流石に元メジャーリーガーなだけあって、僅か二球でタイミングを合わせ、三球目を豪快なソロ本塁打に仕留めた。
無死満塁で1点も取れなかったSPB代表チームと、走者なしからたったひと振りであっさり先制したハイブリッズ。この日もSPB代表チームは苦戦するのか、と誰もが思ったその予感通り、隼人はその後もパッフェルとセイニィの連打を浴び、無死一二塁となったところで、アッシュ・グロック(あっしゅ・ぐろっく)の意外に上手い犠打で一死二三塁の形を作られてしまった。
ここで迎える打者は、今日の先発捕手アクリト・シーカー(あくりと・しーかー)である。
野球経験に関しては全くの未知数であったが、その頭脳は、考えるスポーツと呼ばれる野球に於いては、脅威中の脅威である。
第一戦を落としていることもあり、ここは流石にベンチが動いた。
二回の表にして、早くも投手交代である。リリーフに抜擢されたのは、葵であった。
「いや、悪い。ちょっと調子に乗り過ぎたかもな」
「なぁ〜んのなんの! ここはあたしが、ビシッと抑えてあげるよ!」
マウンド上で隼人本人から白球を受け取りつつ、葵は明るい笑顔で自身に気合を入れ直した。
隼人と葵は同じようなピッチングスタイルだが、葵の場合は変化球を交えての投球であり、アクリト相手にはこれ以上はない適任者であるともいえる。
ここから、真一郎も頭を切り替えなければならない。隼人はひたすら直球で攻めるだけだったから、単にコースを変えれば良かったのだが、葵は球種も全て使うから、本格的な配球を考えねばならないのである。
「だぁ〜いじょうぶ! 任せといてよ!」
葵は、小柄な体躯を反り返らせて胸を張った。
彼女の言葉通り、葵はアクリト、そして美緒を連続三振に切って取り、この回をソロ一本による最少失点に抑え切った。
その裏、今度はこの回先頭打者であるさゆみが、セイニィの頭上を越すライナー性の当たりで塁に出た。矢張り女性には、美緒の巨乳は通用しないと見える。
続く真一郎は、意外にも、セーフティーバントという戦術に出た。
スイングでタイミングが崩されるのであれば、バントならどうか――という読みは的中し、然程に球威のない美緒の投球に対し、真一郎の一塁線に転がすバントは綺麗に決まった。
無死一二塁、一回に続くチャンスである。
打席には、今日の先発オーダーで唯一どのチームにも属していない牙竜が入った。
(よしっ! ここで確実に決めて、セイニィに良いところを見せてやる!)
今の牙竜には、美緒の巨乳などアウト・オブ・眼中である。ただひたすら、セイニィの前で良いところを見せたいという中二も真っ青な少年の心意気で、打席に入った。
こうなると、美緒の投球など所詮は素人の付け焼刃に過ぎない。牙竜は叩きつけるバッティングで、高いバウンドのゴロを内野に転がした。
(行くぞ!)
牙竜は、走りに走った。その走力は相当なもので、あわよくば、二塁を陥れようという勢いである。
丁度牙竜が一塁を蹴ったところで、セイニィが一二塁間で捕球態勢に入ろうとしていたが、パッフェルが二塁のベースカバーに入る動きまでは、牙竜の目にも入っていた。
そして――。
「うぉっ!?」
何かと、激突した。
人間の肉体特有の柔らかさと、汗と土の匂いが牙竜の神経を刺激する。
この位置とこのタイミングであれば、激突した相手は恐らく、セイニィに違いない。
やや硬さのある何かから、牙竜はゆっくりと顔を離した。きっとこれは、牙竜にとってハプニングと称する最もおいしい場面であるに相違ない――少なくとも、目の前の存在を確認するまでは、牙竜はそう信じて疑わなかった。
ところが。
「……牙竜ってば、そういうひとが、好みだったんだ……」
思わぬところから、セイニィの妙に軽蔑するような声が響いてきた。
あれ? 何? どういうこと?
牙竜は訳が分からず、少し離れた位置で汚いものを見るように佇むセイニィの美貌に戸惑いの表情を向け、次いで、自身が激突した相手と、今の今まで顔を埋めていた個所を見た。
「何をやっとるんじゃ、うぬは」
正子の山脈のような巨躯の、分厚い胸板が、牙竜のすぐ目の前にあった。
牙竜は何もいえず、否、いえず、その場に昏倒した。
何故か全身が真っ白に燃え尽きていた。
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