空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ

リアクション公開中!

SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ
SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ

リアクション


【四 第一戦・プレイボール】

 いよいよ、交流戦の第一戦が、幕を開けようとしている。
 ここマーシャル・ピーク・ラウンド球場では、ハイブリッズ側をホーム扱いとする為、ハイブリッズが一塁側ダッグアウト、そしてSPB代表チームが三塁側ダッグアウトにそれぞれ陣取る形となった。
『シャンバラ・ハイブリッズの選手が守備位置に参ります。ピッチャー、ミューレリア・ラングウェイ。キャッチャー、ジョージ・マッケンジー。ファースト、パッフェル・シャウラ。セカンド、朝霧垂。サード、カールハインツ・ベッケンバウワー。ショート、セイニィ・アルギエバ。レフト、レオン・ダンドリオン。センター、ジェイコブ・バウアー。ライト、ゲイル・フォード』
 朗々と各ポジションを読み上げてゆくウグイス嬢の美しい声に、三塁側ベンチでは月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)が思わず目を丸くしていた。
「あれぇー? 今の声って、もしかして……」
「リカっち、だよねぇ? やっぱり」
 あゆみと同様、イングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)も、ウグイス嬢の声の主が誰であるのか、すぐに気付いたようではあったが、まさか試合にではなく、こんなところに出番を求めていたなどとは意外だったらしく、あゆみと並んで目を白黒させていた。
「ペタにゃーはあっちのベンチで鼻の下伸ばしてるし、リカっちはウグイス嬢やってるし、今回の試合はよく分からないにゃー」
 困ったような顔つきで頭を掻くイングリットの隣で、あゆみは慌てて両軍の登録メンバー表に目を走らせてみる。矢張りそこには、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)の名前は記されていなかった。
「あはは……ま、まぁ公式戦じゃないんだし、どこで誰が何してても、問題ないっちゃあないかもね」
 本当にそれで良いのかどうかはともかくとして、ひとまずあゆみは引きつった笑みを浮かべながらも、ひとりで勝手に納得することにした。
『一回の表、SPB代表チームの攻撃は、一番、ショート、鷹村弧狼丸』
 再びリカインのよく響く声が、場内にこだました。
 ネクストバッターズサークルでマスコットバットを振り回していた先頭バッターの鷹村 弧狼丸(たかむら・ころうまる)が、自身のコールを受けてバットを持ち替え、ゆったりとした足取りで打席へと向かう。
「いよぉーし。それじゃちょっくら、揉んできてやっかぁ」
 二度三度、素振りをしてから右のバッターボックスに入ろうとしたところで、弧狼丸は主審の位置に立っているずんぐりした影が、見慣れたいつもの顔であることに、この時初めて気づいた。
「あれ……あんたも召集されてたのかい」
「そりゃあ勿論ネ。ミーは今や、押しも押されぬアイドルジャッジだからネー」
 審判マスクを被っているキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)の、ある種奇怪な容貌に、ミットを構えてしゃがんでいるジョージ・マッケンジーも、苦笑を禁じ得ない様子であった。
「例えお祭りみたいな試合でも、ミーはビッシビシと厳しく取っていくわヨ。不正なんかしちゃあ、駄目だからネー」
「やらねぇよ、そんなの」
 半ば呆れるような調子で、弧狼丸は僅かに苦笑を浮かべた。
 一瞬、捕手のマッケンジーと視線が合い、ふたりしてキャンディスに気付かれぬ角度で、小さく肩をすくめ合う。
「コロマルちゃーん! 一発ぶちかましてやるにゃー!」
「でもあんまりいじめちゃ駄目だよー!」
 イングリットとあゆみが、両極端な注文をつける形でベンチから声援を送ってくる。180度内容の異なるふたりの声に、弧狼丸は内心で、
(おいおい……どっちかひとつにしてくれよ)
 などと呆れながらも、打撃姿勢に入った。
 マウンドには、ハイブリッズの先発投手ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)の姿がある。
 今季からヴァイシャリー・ガルガンチュアに移籍したとはいえ、実戦で当たるのは、実は今回が初めてであった。
 そのミューレリアは、キャンディスのプレイの声がかかると、ワインドアップからのダイナミックなフォームで、自慢の4シームジャイロを挨拶代りに投げ込んでいった。
(どうだ!)
 速い。球速は、160km/hを超えていた。
 制球も抜群であり、外角低めのコーナーぎりぎりを突いて、初球からきっちりストライクを奪う。
 いきなりの超速球に、スタンドが大いに沸き上がった。そして打席の弧狼丸は驚いた顔を見せており、明らかに狼狽しているようであった。
(D・マックのジャイロを徹底的に研究して、キャンプで磨きに磨いてきたんだ。いつまでも、昔の私だと思うなよ!)
 新生ミューレリア、ここが再デビューのマウンドである。

 結局、一回の表はミューレリアのいきなりの全力投球で三者凡退に抑え、そのまま裏の攻撃に入る。
 まだ十球も投げていないというのに、一塁側ダッグアウトに戻ってくるミューレリアは、早くも肩で息をし始めており、彼女が如何に力を注いで抑えにかかっていたのかが、よく分かった。
「おいおい、まだ一回だってのに、そんなに消耗しちまってて大丈夫なのかい?」
 カールハインツ・ベッケンバウワー(かーるはいんつ・べっけんばうわー)が、三塁の守備位置から小走りに駆け寄ってきて、ミューレリアの隣に並んだ。
 対するミューレリアは、若干呼吸が乱れたままではあるが、不敵な笑みを浮かべて頷き返す。
「へへっ、どうせ短い回で代わるんだ。全力でがんがんいくぜ」
 ところが、戦略的な意味で苦言を呈す者が居た。中堅を守っていたジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)が、ミューレリアを挟んでカールハインツとは反対側の位置に駆け寄ってきて、いつもの仏頂面を小さく左右に振った。
「そういう問題じゃない。おまえがここで余りにも凄過ぎるピッチングを披露すると、リリーフ陣に変なプレッシャーを与えてしまう。そっちの方が、遥かに問題だ。野球はチームプレイだ、おまえひとりの都合でやられては困る」
「うっ……わ、分かってらい、そんなこと……」
 口ではそう応じるものの、ジェイコブに指摘されるまで、実は全くそこまでの発想に至っていなかったというのが実情であった。
 だが、既に初回で全力投球してしまったものを、今更路線変更する訳にもいかない。
 ミューレリアはリリーフ陣には申し訳ないとは思いつつ、残りの責任回も全力で投げ続ける腹を固めた。
 ともあれ、ハイブリッズの選手達は守備位置から一塁側ダッグアウトへと戻りつつある。そして入れ替わるようにして、今度はSPB代表チームの選手達がそれぞれの守備位置へと向かい始めた。
『続きまして、えー……SPB代表チームの選手が……えっと、何だっけ……そうそう、守備位置につきま〜す……』
 先ほどとは打って変わって、全く自信のなさそうな別人の声が、場内放送のスピーカーに乗って流れてきた。この声がリカインではなく、シルフィスティのものであることは一部の者達には一目瞭然であった。
『ちょっとフィス姉、駄目だってば……はい、失礼致しました。改めまして、SPB代表チームの選手が守備位置に参ります。ピッチャー、南臣光一郎。キャッチャー、月美あゆみ。ファースト、氷室カイ。セカンド、イングリット・ローゼンベルグ。サード、ブリジット・パウエル。ショート、鷹村弧狼丸。レフト、マリカ・メリュジーヌ。センター、ソルラン・エースロード。ライト、レキ・フォートアウフ』
 一回の表の攻撃で、弧狼丸に続いてミューレリアに軽くひねられてしまったソルラン・エースロード(そるらん・えーすろーど)、そしてブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)の両名は、バッターボックスだけではなく、守備に於いても変なアウェー感を覚えてならない。
 観衆の大半が、有名人ばかりで編成されるハイブリッズへの応援に傾いているように思えてしまう。
「まさか、ミューレリアがあんなに張り切って全力投球してくるとは予想外だったわね」
「球場全体も、何となくハイブリッズ頑張れ、みたいな雰囲気ですし……」
 ふたりともアウェーでの戦いには慣れてはいるが、試合開始早々にして、予想外の展開に幾分面喰っている部分があるのも否定出来ない。
「ま、切り替えていくしかないわね。この交流戦はあくまでもショーとしてのエキシビジョンマッチって考えれば、そこまで深く悩む必要もないしね」
「……ですね」
 ブリジットが三塁付近で立ち止まり、中堅の守備へと向かうソルランを見送る傍ら、マウンドに登った光一郎は、リカインのコールに妙な興奮を覚えていた。
『一回の裏、シャンバラ・ハイブリッズの攻撃は、一番、サード、ベッケンバウワー』
「なぁにぃ!? 奴が打席に入るだとぉう!?」
 個人的に妙な遺恨を抱いている光一郎は、カールハインツが一番打者として打席に向かう姿に、因縁めいた思いを抱かずには居られない。
 一方のカールハインツはというと、光一郎が敵愾心を剥き出しにしている様を、どのように眺めているのやら――少なくとも光一郎には、その涼やかないでたちが余計に腹立たしく思えてならない。
「ほーらほら、光ちゃんってば、投げる前から入れ込まないの!」
 バッテリーを組むあゆみが、本塁の向こうから呆れた声を投げてくる。光一郎自身は気づいていなかったが、どうやら相当に目が血走っていたらしい。
「へっ、安心しろおっかさん! ここは南臣光一郎、プロの厳しさをクールに教えてやりますぜぇ!」
 以前の光一郎であれば口だけ将軍に終わったのであろうが、そこは矢張り、一年をプロとして戦い抜いたプライドがある。
 その予告通り、彼は先頭打者カールハインツを、軽く料理してみせた。

 続く二番打者は、レオン・ダンドリオン(れおん・たんどりおん)
 もともと軍人の家系だけあって、身体能力の高さは折り紙つきだが、矢張り野球技術に関していえば、まだまだ素人の域を出ない。
 それでも、ライト線に抜けようかという強烈なゴロを流し打ちで放ったのは、流石というべきであった。
 尤も、結果を見ればやや引っかけ気味に打たせたあゆみの勝利である、ともいえる。
 そして一塁を守る氷室 カイ(ひむろ・かい)は、レオンの放ったゴロの打球をまるで何事もなかったかのように軽く捌き、自ら塁を踏んでふたつ目のアウトを奪った。
「だぁ〜、くそっ! まんまと術中にはまっちまったぜ!」
 カイが打球を掬い上げるのを見て、途中で足を緩めたレオンは、一塁付近で完全に立ち止まり、ヘルメットを軽くこんこんと打った。
 その様を、カイは内野にボールを回しながら苦笑して眺める。
「そう悲観する必要もない。あのバッテリーの老獪なインサイドワークを相手に廻して、尚あれだけの打球を打てたんだ。良い線はいってると思う」
「そうかい? だったら、良いんだけど……」
 カイに評価されても尚、納得のいかない様子のレオンだが、素人に毛が生えた程度のレオンがあれだけの打球を転がすことが出来たということは、カイ自身にとっても思うところを抱かせる部分があった。
(素人が、あそこまで出来るとはな……これはオレも、うかうかしてられん)
 続く三番は、ジェイコブである。
 あゆみは流石に、攻め方を変えた。本来であればワイヴァーンズの一番を務め、本塁打も量産するパンチ力抜群の打者なのである。
 カールハインツやレオンのように、外角だけを攻めていれば良いという相手ではなかった。
 その辺は光一郎も心得ているようで、低めの外、内、外とコースを投げ分け、且つ直球と変化球の配分にも首を振らず、あゆみのリードに従って攻め続けた。
 が、それでもジェイコブは、矢張りジェイコブである。
 勝負球である内角低めへの直球を完全に読み切り、ブリジットの頭上を越えるライナー性の打球を放った。
「あぁん、もう!」
 ブリジットが悔しそうに叫ぶも、彼女が精一杯伸ばしたグラブの僅か上を、打球が鋭い速さで通り抜ける。このコースなら二塁打か、と誰もが思ったが、レフト線の深い位置で守っていたマリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)が予想外の俊足を飛ばして打球に追いついた為、ジェイコブは一塁を少し回ったところで足を止めた。
 この後、四番を打つマッケンジーが高めの釣り球に手を出し、持ち前のパワーで強引に外野へと持って行ったが、再びマリカが左中間の最も深い位置で追いつき、レフトフライに仕留めた。
 一瞬入ったかと青ざめていた光一郎は、マリカに救われた格好になった。
 攻守交代で選手達が三塁側ダッグアウトに向かう中、ソルランがマリカの守備範囲の広さに感心し、惜しみない称賛を贈り続けていた。
「いやぁ……凄いですね。あのフライに追いつくなんて。そういえば、もともとはセンターを守ってたんでしたっけ」
「はい、恐れ入ります……こんな私でも、皆様のお役に立てるのであれば、野球冥利に尽きますわ」
 ソルランも相当に俊足だが、こと守りの足に関していえば、マリカは他の誰よりも徹底的に鍛えているようである。
 同じ守りという点では、ジェイコブのライナーを取れなかったブリジットが、ダッグアウトに戻ってきた後もぶつぶつとぼやき続けていた。
「ちょっと前に居過ぎたかしら。あれ、もうちょっと深めに守ってたら、絶対取れたわよ」
「いやぁ、うーん……代表、あれは守備位置云々の話じゃないと思いますけど……」
 再びブリジットと同じチームで戦えることに喜びを感じつつも、この時ばかりは自慢の推理を披露せずにはいられない――霧島 春美(きりしま・はるみ)が、尚もぶつぶついい続けるブリジットに、やや控えめながら自身の考えを口にしてみた。
「横から見てたから分かりますけど、あの逆ラインドライブだと、ファウルゾーンに居ないとライナーでは取れないと思いますよぉ」
「あら……そんな打球だったの。本当に一瞬だったから、それは気づいてなかったわね」
 いいながら、一方でブリジットは春美が三塁手として爆発的に守備技能を向上させていることを、その言葉の端々から敏感に感じ取っている。
 秋季キャンプから春季キャンプにかけて、相当鍛えているのが、よく分かった。
 マリカにしろ春美にしろ、どのチームの野手も、確実にレベルアップしてきている――三塁側ダッグアウト内は、形の上ではチームメイトとしてハイブリッズと戦ってはいるものの、お互い力量を秘かに探り合うなど、シーズンに向けての情報収集は、既に始まっていた。