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「通信機が使えない、だと?」
 手に持った端末をいくら操作しても、雑音が鳴るだけ。
「モニターも駄目か」
 映し出されているのは砂嵐のみ。
「こいつは想定外だ。この事態、どう把握し、どう報告すべきか……」
 笹塚は別室で唸る。

――――

(私が集められた情報は以上です。アリス、準備はいいですか?)
「準備オッケーだよ、可憐」
 通信機から聞こえてくる葉月 可憐(はづき・かれん)の声。レストランの前に立つアリス・テスタイン(ありす・てすたいん)は万全の体制だと受け答えした。
(一度発動させてしまうと、通信機の類は使えません。何かあれば自分で対処してください)
「了解だよー」
(それでは、お互いの成功を)
 交信を終了し、通信機の電源を落とす。
 今までの経緯を考えると、彼女もまた仕掛け人となるのだがそうではない。
「さてと、【情報攪乱】開始だよー」
 彼女は、彼女達はこの計画の首謀者をあぶり出そうとしていた。
 【対電フィールド】でレストランを覆い、妨害電波の補強を行う。
「新聞部も何をやっているんだろうねー。折角、学院も落ち着き始めているのに、ここでまた事を荒立てるようなことをするなんてねー」
 伝え聞いた陰謀に、「まさにマスゴミ魂だねー」と嘆息。
「生徒会長を貶めようなんて、これは歴とした反逆罪だよー?」
 のんびりした口調とは裏腹、心では怒りが湧き上がる。
「だから、可憐が『あの方』と話をつけるまで、私はお膳立てだねー」
 首謀者達の連絡手段を奪えば、自ずと姿を見せるだろう。そこに『あの方』を迎えられれば、事態は収束へと向かうはずだ。
 しかし、それまでには多少なりとも時間がある。
「外の情報は聞きいたから、中の人たちはどうか聞いてみないとねぇ」
 可憐が暗躍している間に、内部、つまりは仕掛け人から手がかりを得ようと話を持ち出す。
「その役目、ボク達に任せてよ」
 名乗りを上げたのは水鏡 和葉(みかがみ・かずは)だった。
「さっき出てきたルシアちゃんから改めて話を聞こう」
 和葉が視線を投げた先には、唯斗に引っ張られて歩くルシア。丁度美沙、理知、智緒が追いつき、唯斗に説教を食らわしている。
「私はレオに話してくるねー」
「いってらっしゃい」去っていくアリスを見送り、「というわけでルアーク、行って来てね」
「俺がか?」
 指名されたルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)は自分を指差し聞き返す。
「何で俺がナンパしないと……」
「ルシアちゃんが一人になってる今がチャンスだよ。早く早く!」
「……仕方ないなー」
 急かされ、ルシアへ駆け寄る。
「やっほー、一人で何してんの?」
「えっと……」声を掛けられ戸惑うルシア。「あなた、誰?」
 どうやら、ルアークの顔に覚えがないらしい。
「会った機会も少ないしねー。良かったら、俺と一緒に遊ばない? 親睦を深めるってことでさー」
「親睦を深める……いいわね」
 綺麗な言葉に上手く乗せられたルシア。
 ストレートなナンパに成功したルアークは、そのまま和葉の元へ戻る。
「連れてきたよー」
「……あっさりだね」
「俺もビックリだし」
 あまりの無防備さを危ぶみ、「後で説教でもしなければいけないな」と使命感に駆られる二人。しかしながら、だからこそ頼みやすくもある。
「ボク達は目的を果たさないと」和葉はルシアに向かい、「ルシアちゃん、久しぶり」
「あ、和葉さん」
 居合わせた友達の存在に気付き、手を振って挨拶を返す。
「突然ごめんね。ちょっと調べたい事があるんだよ。協力してくれない?」
「いいよ」
 即行の二つ返事。これは予想通り。
 問題は内容だ。
「それじゃ、携帯端末を見せてくれるかな?」
「うーん、和葉さんにならいいよね」
 そう言って渡された端末。多少の後ろめたさを感じつつも、和葉は【サイコメトリ】を使用する。
「やっぱり新聞部だね……でも、首謀者のことはまったく残ってないね」
「空振りってやつかー」
「ルシアちゃん、ありがとう」
「ううん、友達の頼みだから。でも、力になれなくてごめんね」
「気にしないでよ。確証を得られたこともあるしね」
 端末を返すと、ルシアは手を叩き、
「あっ、私、今デート中だったのよ。そろそろ行くね」
 思い出して来た時と同じように手を振って去っていく。
「あれをデートって言うのかな?」
 女の子三人にがっちりガードされ、男一人がその後ろを歩く。
「ま、デートの定義は人それぞれだし、いいんじゃね?」
「そうだね……」
「何か新しい情報あった?」
 そこに合流する平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)
「レ……その格好は円ちゃんの方がいっか」
 彼、もうこれは彼女と称した方がいいだろう。女装したレオは新人アイドル『十音円』として売り出しているのだから。
「新しい情報はなかったけど、新聞部が絡んでることは間違いないみたいだよ」
「新聞部……ものは使い様ってことだよね」
 学院の広報担当。集めること、流すこと、情報戦はお手の物。それを使えば聡の公約を反故にさせ、解任に持ち込むことも出来るだろう。
 それに、トカゲの尻尾きりとして一番ではなかろうか。
「となると、黒幕はそれなりの役職って事になる、か……」
 顎先を摘んで考える仕草。
「円ちゃーん?」
 眼前へと手をかざしてくるルアークに、ハッとしたレオは、
「ごめんね、ちょっと考え事してたよ」
「何かわかったの?」
「ううん、なんでもないよ」
 もしかしたらの話をすべきか悩むも、決定的な証拠もないため言いよどむ。
「ともかく、これは学院に対する明確な反逆だよね。僕達の学院を守るため、調子に乗るとどうなるか教えてあげなきゃ」
「そうだね」
「当たり前じゃん」
 意思を固める三人。
「そろそろ新聞部か黒幕が会長と接触するかもしれないね。僕は店内に侵入するよ」
「ボクたちは待機、かな」
「何かあったら対処しなくちゃだしねぇ」
 通信機の使えない今、発見・連絡・処理と、ある程度人員を割かなければ円滑に進まない。各所に散らばることで、柔軟な対応を目指すことにする。
「そっちは任せるよ」
 レオはそう言うと、入り口へ歩を進めた。他の二人もまた、レストランを取り巻く配置へ。
「レオ、その格好で行くのか」
 ドアに手を掛けたところでイスカ・アレクサンドロス(いすか・あれくさんどろす)が呼び止める。
「この姿は会長にもバレてないからね」
「確かに言うとおりじゃ。まさか副会長が女装して堂々と居座っているとは思うまい」
 隠してはいるが、レオは天御柱学院生徒会副会長でもある。それ故に納得するも、もう一つ聞いておきたいことがあるイスカ。
「しかし、聡が失墜すればお前が学園のトップだというのに、欲のないことだな?」
「僕がしなくちゃいけないのは学院、ひいては大切な人の居場所を守ることだよ。そのためにも、この計画を暴かなきゃ」
 言っていることは先程と変わらない。しかしながら、それは本心の半分。
(新聞部を使うことができれば、僕の認知拡大に一役買ってくれるでしょ)
 これがもう半分の真意。腹の中では黒い思考が渦巻いている。
 そんな部分など知らず、
「我は山葉涼司と話してくるのじゃ。これは天御柱学院に対する内政干渉に他ならんからな。なぁなぁで終わらせるつもりはないのじゃ」
 外部からの干渉。学院の体制を危機に陥れる重罪。何かさせなければ腹の虫が収まらないと言い出すイスカ。
 レオもまた、その意見には同意だった。
「その案件はよろしく。こっちは僕が問題にすれば関係者はそれなりの処分を科されると思うから」
 何せ副会長なのだから発言は人より重大。その流れに持っていくことは簡単。
「それでは、互いの武運を願うのじゃ」
「いってらっしゃい」
 イスカはリカインに制裁された涼司の元へと向かう。
 その行く末が気になるものの、
「僕は僕に出来ることを……やりたいことをやろう」
 言葉に出して意気込みを新たにした。……のだが、その台詞には裏がある。
(首謀者には覚悟があるかもしれないけれど、他の人たちはどうだろうね)
 レオの笑みはどんどんと変色していき、
(ま、僕の駒となれば、今回の件について便宜を図らないでもないけどね)
 腹黒さが表情へ露わにされていく。
「なんかレオく――まどかちゃんから黒いオーラを感じるんだけど……気のせいじゃないよね」
 祠堂 朱音(しどう・あかね)はその姿を見て震えた。
「朱音? どうかした?」
 一瞬でいつも通りに戻るレオ。
「う、ううんっ! 何でもないよっ!?」
 手と髪をこれでもかと振り乱し、「そ、それよりも!」と無理矢理話を変える。
「黒幕は見つかりそうなの?」
「それなんだけどね」
 今の所、有力な情報はない。
「会長の傍で何か掴めないかと思って。連絡手段を絶てば、接触する可能性が高まるでしょ」
 アリスから聞いた作戦内容。そこに自分の意見も加え、できる限り近くでその時を待つことにした。
「朱音はどうするの?」
「ボクは店内で情報を集めるよ。何か不振なものがあったら【サイコメトリ】で過去を探ってみるんだ」
 影の様に、友達の支援に回ることにした朱音。直近なら有力な情報が読み取れるはずだよね、と自分を奮い立たせる。
「これで黒幕を見つけられるといいんだけど……」
「協力してくれてありがとね」
「ううん、友達の頼みだもん。頑張るよ!」
 可愛らしくポーズを取る朱音に、レオは更なる気合を入れる。
「よし、上がろうっ! ここからは僕達のステージだよ!」
 二人は各々の作戦実行のため、舞台を隔てる扉を開けた。

――――

「というわけです」
(そうか……)
 レストランから外れた場所で、可憐は通信を行っていた。
 相手の声は女性。だが、口調は男勝り。
(で、俺にどうして欲しいんだ?)
「私としましては、ルージュ様にお越し頂ければ、と」
 彼女こそルージュ・ベルモント。『炎帝』と恐れられる、天御柱学院風紀委員長である。
(言いたいことはわかった)
「それでは、来ていただけるのですね?」
(ああ。但し――)
 一拍置いて、
(処理に関しては俺に一存してくれ)
「ええ、もちろんです」

 こうして、事態は最終局面へと突入する。