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第五章


「理知さんたちは会長さんと友達だったよね?」
 キャミソールに少し大き目のTシャツとキュロットスカート。無邪気な可愛さを引き立たせたルシアは問いかける。
「うんっ! だから気付かれない様に着替えてみたの」
 薄手のワンピースを着た桐生 理知(きりゅう・りち)と、ぴったり目のシャツにショートパンツの北月 智緒(きげつ・ちお)。どちらも夏らしさを纏って可愛らしい。
「ルシアちゃんも可愛い服だよね」
「あ、ありがと……」
 服装を褒められて照れるルシア。「ところで」と、今から会う聡のことを聞いてみる。
「会長さんって、どんな人なの?」
 頬に手を当てて考える理知。
「えーっとね……諦めない人、かな」
「何回振られても諦めないよね」答えに同意する智緒。「あと、仲間を大切にする人だよ」
「生徒会長に立候補したのもそれが理由だったもんね」
 生徒の意思を尊重する、それが支持されて今の役職に就いている。
「あれからもう三ヶ月以上かぁ」
「忙しくて遊ぶ機会がなくなっちゃったのが残念だよ」
「その分、聡君もしっかりしてきたと思うんだ」
 聡の話で盛り上がる理知と智緒。気心の知れた仲がとても眩しく見える。
「私、友達になれる……?」
 羨ましそうに、不安そうに、色々な感情がない交ぜになったルシアの言葉へ、
「大丈夫! 智緒たちがついてるよ!」
「友達の友達は友達だよ、ルシアちゃん!」
「二人とも……嬉しいっ!」
 手を握り合う。
(会話中に失礼)
 唐突に通信機から発せられる声。
(君たち、目的を忘れているぞ)
 笹塚から注意に顔を見合わせ、
『忘れちゃってたね』
 ぷっと吹き出した。
(まったく、頼んだぞ)
 通信が切れる。時を同じくして、聡がトイレから戻ってきた。
「それじゃあ、聡君と友達になりにいこっか」
 その第一歩は挨拶から。
「あの、会長さん、よね?」
「そうだ……が」
 声を掛けたルシアを見た瞬間、視線を背けて口ごもる聡。先程の報告を思い返す。
「わかっていても、これはやばいぜ」
「どうかしたの?」
 後ろで手を組んで胸が強調されている理知。動くたびに短めのスカートの裾がヒラヒラ。
「具合、悪いの?」
 不安げに覗くルシアの瞳。微かに潤い輝く。
「いや、大丈夫だ、うん」
 自制心をフルに活用して向き直り、
「ん? キミら二人、どっかで見た覚えがあるぜ……」
 理知と智緒を視界に納め、小声で漏らす。
 それはナンパの常套句なのだが、次に続いた言葉は二人の正体に関る事実。
「確か、翔のやつの――」
「そうそう!」暴かれる、と感知した智緒は話を遮ると、「自己紹介がまだだったよね! 智緒……じゃなくて、あたしはちーちゃんって呼んでね!」
 強引に自己紹介を始めた。
「私はりっちゃんだよ」
 それに乗った理知は、「次どうぞ」とルシアに振る。
「はじめまして、私はルシアよ」
「あんたが……」
「え?」
「いや、こっちの話だ」
 聡は漏洩元のルシアに興味を示す。そのおかげで理知と智緒の正体を探ろうとはしなくなった。
 ホッとした智緒は理知と一緒にお膳立てを整える。
「ルシアちゃんが会長さん話したい事があるんだって」
「聞いてもらえるかな?」
 一歩前に押し出されたルシアは、
「私、会長さんと友達になりたいの。だから――」
 あまりにも直球な言葉を投げた。
「ナンパして欲しいな」
『ルシアちゃん!?』
 大胆すぎる発言に驚く二人。
 これには流石の聡も唖然とし、
「いや、それは色々と無理ってもんで……」
 断るに断りきれず、返答に詰まってしまう。
「どうかな? ナンパ、してくれる?」
 無邪気に首を傾げる姿に、聡は違和感を感じて言葉を返す。
「もしかして、ルシアはナンパって何かしらないのか?」
「ナンパは女の子とお友達になることって聞いたよ?」
「ある意味そうだけど……」
「だから私、ナンパされたいの。ダメ?」
 ナンパしてと連呼するルシアに、ナンパというものが何なのか教えた方がいいと、全員がそう思った矢先だった。
「それならあたしがナンパしてあげる!」
 ルシアの後ろから朝野 未沙(あさの・みさ)が手を挙げる。
「男の子がするものって聞いてたけど、女の子がしてもいいの?」
「いいの。だって、ルシアさんは女の子だもん」
「なるほど」
 新たな勘違いが増えてしまう。
「ちょっと待て。色々とちが――」
「それじゃ、レッスンワン! まずはお近づきのし・る・し」
 聡の制止を聞かず、未沙はルシアを抱き寄せ、いきなり唇同士の軽い接触。いわゆる、
「これがナンパの挨拶だよ」
「ナンパって、『キス』から始まるのね」
『いやいやいや』
 総出のツッコミが入る。
 早く何とかしなければと、智緒が間に入る。
「ルシアちゃん、それは違うの」
「違うんですか?」
「初めて会った男の人といきなりキスできる?」
「えーっと……」
 智緒の言った情景が頭を巡り、ボンッとルシアの顔が赤くなる。
「かっっっわいいぃぃぃぃ!」未沙は抱きしめて頬ずりし、「次はレッスンツーに行くよ!」
「だから、ちょっとまっ――」
「ルシアさんって巨乳? 巨乳だよね、うん、間違いない!」
 聡など居ないかのように扱う。今の彼女の世界にはルシアしかいない。
 そのルシアの背中に回って羽交い絞めにすると、
「おおー、やっぱり大きい! これは重力に縛られなかったからかな?」
「やっ、やめっ……」
「だーめ。あたしが縛っちゃうんだもん」
 耳にフッと息を吐きかける。
「ひゃっ!?」
 ナンパと言うより、ただのセクハラになってきている。
 逃げようと身動ぎするルシアだが、
「狙った獲物は逃がさないよ?」
「えっ、あっ、きゃっ!?」
 巧みに動きを操り、腕の中から逃がさない。
「さあ、レッスンスリーにいっちゃうよ」
 回した手を襟首から忍ばせ、胸の上で――
「そこまでだ!」
「あら唯斗さん」
 そろそろ描写限界に到達しそうな時、ヒーローのごとく参上する影。紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の登場だった。
 蠢く手を止め、朝野は指差して言い放つ唯斗に注意を向ける。
「朝野、それくらいにして貰おう。ルシアはムーンチルドレンでウチの総奉行の妹君だ。そんな美少女に不埒な真似はさせられん!」
 前口上を聞き、朝野は訊く。
「とか言いながら、本音は?」
「眼福です! ありがとうございます!」
 男として素直な反応が返ってきた
「しかしこれ以上は流石にヤバイ。ルシアは可愛いくて、危なっかしくて、気付けば何をしているかわからない。このまま放っておけば、更にいけないことへと足を突っ込んでしまう」
「本音は?」
「そんな姿も見てみたい! って、何を言わせるのだ!」
 流れで答えてしまう。周りの視線が痛い。
 唯斗は忌々しげに頭を振り、
「とにかく、俺の保護欲を直撃してくるルシアを守らねば!」
 その台詞と同時、店の窓ガラスが震える。唯斗の飼う【漆黒の鷹】の鳴き声のせいだった。
 獰猛と知られる巨大な鷹の出現に店内は騒然。一般客はパニックを起こし、それを理知と智緒が上手く誘導、避難させている。
 その隙を突き、唯斗は【ブラックコート】でルシアに近づく。
「さあルシア。俺と一緒に行こう」
 肩を抱いて、映画のポスターの様に見えるはずのない未来を眺める。
「もしかして、これがナンパ……?」
「その通りです」
「色々大掛かりね」
「これは演出です。本番はこれから。デートに繰り出すとしましょう」
 そのままルシアを店外へと連れ出す。
「逃がさないよ! ルシアさんはあたしとデートするんだもん!」
 その後を追う朝野。理知と智緒も続く。
「智緒、ルシアちゃんのピンチだよ! 追いかけなくちゃ!」
「そうだけど……ま、問題ないよね」
 残ったのは、
「みんな行っちまったぜ……」
 空気扱いされていた聡だけだった。


 落ち着きを取り戻し始めた店内。騒ぎにより少しだけ荒れていて、店員が動いたテーブルや椅子を直している。
「ふう、俺も落ち着いたぜ……」
 大胆に迫られ、その後に目の前で繰り広げられた不埒な行動。注意しようとしても、それを拒む感情が沸き起こり、結局は黙って見ているだけになってしまった。
 できるならば、、
「ルシアから事情を聞いておきたかったぜ」
 計画の真の目的の情報を集めておきたかった。しかし、今となっては後の祭りだ。
「まあ、そろそろ本命が登場するか」
「そこの劣等種!」
 物思いに耽っていると、威圧的に掛けられた声。
「劣等種って、随分な呼び方……」
 声のした方を見ると、胸をパンパンに張らしたウェイトレスが二人立っていた。
 無理矢理止めているのか、今にも千切れ飛びそうなボタン。辛うじて合わさっている服の隙間から主張する肌。
「ああ、確かに。納得だ」
「ど、どこ見てるのよっ!」
 咄嗟に覆い隠すジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)。どうやら、声を掛けてきたのはこちららしい。
「で、俺に何か用なのか?」
「そうよっ!」
 勢い良く言い放つもののその後が続かず、「え、えっと……」ポケットから紙切れを取り出す。
「カンペですか……」
「うるさいわね!」
 ヴァディーシャ・アカーシ(う゛ぁでぃーしゃ・あかーし)の呟きを一蹴し、もう一度言い放つ。
「コームラントテストパイロットにして生徒会長の山葉聡ね!」
「おいおい、いつの話してんだよ。さすがに俺だって、もう正規パイロットになってるぜ」
「え、そうなの? ……まあいいわ。だったら一人のパイロットとしての誇りを懸けて勝負を申し込むわ! 負けたら相手の言うことを何でも聞くのよ!」
「ち、違っ! 何言ってんのよあたしは……って、これはカンペじゃなくて決闘状じゃない!」
 ジヴァは読んでいた紙を握りつぶし、床に叩きつけて地団駄を踏む。
「で、決闘するのか?」
「そんなわけないわよ! とにかく、言うことを聞きなさい!」
「言うことを聞くとなると、決闘になるぜ?」
「だから、それは違って……もうっ! 訳わかんないわ!」
 錯乱してしまうジヴァ。
「ふん、所詮は十年も生きていない失敗作です。経験が違うですよ、経験が」
 その様子を見ていたヴァディーシャはジヴァの一歩前に出て、
「いいですか、男の恋心というものは、『速さ』『インパクト』『おっぱい!』です!」
 どこから仕入れた知識なのか、力説を開始。
「つまりは――」
 【神速】で動き、
「こうやって――」
 【軽身功】で近づき、
「飲食物ごと――」
 体当たりをかました。
「ぐはっ!」
 確かにインパクトは良かった。心理的にではなく、物理的にだけども。
「わー、ごめんなさいです! すいませんです!」
 まったく感情のこもっていない棒読み。
「ボクがぼーっとしながら運んでいたから! い、今ふき取りますです!」
「ちょっとくらい感情を出しなさいよ……気持ち悪い」
「ジヴァには言われたくないです」
 犬猿の仲の二人。演技中であっても、ついつい気持ちが出てしまうヴァディーシャ。まあ、棒読みを演技と表せばだけれども。
「あ、ごめんなさいです! 何でも言うことを聞きますから、何でもしていいですよ?」
 圧迫された胸を、更に聡へ圧迫。
「柔らかさは押して知るべし、です」
「字が違うわ」
 ジヴァの冷静なツッコミ。当の聡といえば、
「うきゅぅ……」
 まだ伸びていた。
「ほら、さっさと起きなさいよ」
 手荒に頬を叩かれ、目を覚ました聡。
「いてっ! でも、なぜか柔らかいぜ……」
 押し付けられた感触が、腕から鮮明に伝わってくる。
「って、おわっ!」
 状況を理解し、後ずさって距離を置くが、
「意識しないようにと思ったら、逆に意識しちまうぜ……」
 視線はやはり双丘へ。こんなときでも反応してしまうのは、男の性というものか。
「作戦通りです」
「ふんっ、まだ終わっていないわよ!」
 舌を出すヴァディーシャと負けん気を出すジヴァ。
 襲い来る狼と怯える羊の構図が展開される。
 そして、
「はいはい、時間よ!」
 高崎 朋美(たかさき・ともみ)が助けるように間に割って入った。
「聡クン。取材の時間、過ぎてるよ?」
 言われて聡は時計を確認した。
「え? あ、ホントだぜ」
 元々予定していた取材時間。その終了時刻までも過ぎていた。
「生徒会長になって忙しい身なのよ? スケジュール管理はちゃんとしなくちゃ」
 呆れた溜息を吐きつつ、ウェイトレス二人を牽制する。
「キミたち、ごめんね。聡クンは学校の仕事が残ってるのよ。ちょっとお借りするわ」
「ダメよ! それじゃあたしのペナルティがチャラにならないわ!」
 どうやら、ジヴァにも何か理由がありそうだ。その内容を聞き出そうとする聡。
「ペナルティって、何かしたのか?」
「うっ、何でもないわよ! どうして劣等種なんかに言わなくちゃならないのよ」
「ジヴァの性格を考えると、イコンで何かやらかしたんじゃないですか」
「うるさいわね! ちょっと傷つけちゃっただけじゃない!」
 ヴァディーシャの予測は図星で、顔を赤くするジヴァ。
「傷くらいなら、修理を頼めばいいだろうに」
「それが出来たら、こんなことしていないわよ!」
 性格上、人に頼みごとができない。それならばと、
「俺が整備科に修理依頼を出しておくぜ」
 聡は自分が処理を行うと申し出る。
 それを聞いた朋美。
「わかった。修理はボクがしてあげるよ。ボクは整備科だしね」
「お、ありがたいぜ」
「でも、修理したのをまたすぐに修理頼まないでね?」
「……わかったわよ」
 一件落着。
 ナンパする目的がなくなったジヴァはヴァディーシャと共に去っていく。
「助かったぜ」
 聡はホッと息を吐く。
「ま、これはいい経験ね。聡クンは『女性がほっとかない男』を目指してみればいいんじゃない?」
「どういうことだ?」
「そうすれば万事解決、ってことよ」
 肝心なところはぼかして伝える。その意図を汲み取った聡は、
「で、どうすればいいんだ?」
 具体的な手段へと質問を変えた。
「そうだね……背筋の綺麗な男になれば? そうすれば女の子なんて勝手に寄ってくるよ」
「あんたもそうなのか?」
「ボク? ボクは謹んで遠慮させてもらうけどね!」
 笑って断る朋美。
「あくまでも一般的にってことだよ」
「まあ、努力してみるぜ」
「それで、この後も予定あるけれど、どうするの?」
「それなんだけど、少し前に連絡を受けたんだ。その話だと、もうすぐここへ到着するらしい。だったら俺は取材を受けるぜ」
 先程までの体たらくなど感じさせないきっぱりした答え。
「なんだかんだ言って、新聞部も学院の生徒だ。それを蔑ろになんてできるわけないぜ」
「わかったわ。それじゃ、ボクは修理に行って来るよ」
「ああ、ありがとうだぜ」

 そんなやり取りを、近くのテーブルで耳をダンボにして聞いていた高崎 トメ(たかさき・とめ)
「若いのに感心どすなぁ」
「生徒思いな会長だな」
 その呟きに返したのは、対面に座るウルスラーディ・シマック(うるすらーでぃ・しまっく)だった。
「うちの朋美が行かんと、少し危なかったけれどもなぁ」
「でも、その後の対処は評価できるぜ」
「生徒のために自分から動こうとしていたさね」
「俺たちの肩入れは間違ってなかったぜ」
 うんうんと頷く。
「さてと、そろそろお暇させていただくとするかねぇ」席を立つトメ。「あんた、朋美にちょいと連絡しておいておくれ」
「それはいいけど、ここの支払いはどうすんだ?」
 ツバメ役として付き合っていたシマック。
「まさか割り勘じゃねぇよな、ばーさん?」
「あんたはちっちゃい男だねぇ」
「悪かったな」